07:元暗殺者ハンナの過去
ハンナはギルドでアリア達と別れ、対象が働く孤児院へと向う。
彼女は隠密の様な事は慣れている。
元は闇ギルドの暗殺者だった。
物心がつく前に闇ギルドに拾われ暗殺者として教育を受けてきた。
歳が十を超える頃には一人前の暗殺者として生活をしていた。
生きる為に人を殺す日常、それがハンナの生き方だった。
しかし、カーネラルの王都でとある任務で大怪我負った。
路地裏で動けなくなり、死を感じた時だった。
王都内の警邏に出ていたリアーナに見つかった。
リアーナは騎士だった。
逃げる事も出来ないし、捕まって処刑される未来が浮かんだ。
しかし、彼女はその場でハンナを傷の手当をし始めた。
理解出来なかった。
ハンナはどう見ても闇ギルドの暗殺者の格好しているのだ。
騎士が闇ギルドの暗殺者を助けるなんて事はあり得なかった。
ハンナは応急手当の途中で意識を失った。
意識を取り戻すと豪華な部屋にいた。
今まで寝ていた布団が布団だと思えなくなるぐらいふかふかの布団に寝かされていた。
身体を起こそうとしたが傷の痛みで無理だった。
周囲の状況を見てすぐに死ぬ状況では無いが、自分の置かれた状況が全く理解出来なかった。
そんな事に思考を割いていると、ハンナを助けた騎士が入ってきた。
その騎士は侯爵家の令嬢と言う事を聞き驚きを隠せなかった。
侯爵令嬢が騎士になるなんて事は考えられないからだ。
ハンナは彼女に何故、自分を助けたのか問い質した。
だがその答えは予想外だった。
ただ助けた方が良いと思っただけ、と。
ハンナは理解が追いつかず、頭を抱えそうになった。
自らが闇ギルドの暗殺者と言う事を説明した。
それでも彼女は気にした素振りは見せなかった。
自分を捕まえてどうするのかを聞いたが、特に何もするつもりは無い様だった。
だが落ち着いてそれを受け入れられる状況ではなかった。
闇ギルドに暗殺の失敗が伝わっているので迂闊に戻れば処分される恐れがある。
今後、どうするか激しく悩んでいた。
彼女からとんでもない提案が飛んでくるのであった。
彼女は言った、我が家の侍女にならないか、と。
ハンナは耳を疑った。
暗殺者を侍女にするなんて聞いた事がない。
彼女の話を聞くと元々孤児で引き取った義理の娘の専属の侍女にしたいと言った。
ハンナは理解するのを諦めた。
損得勘定で割り切る事にした。
少なからずここで働けば戻るよりは安全で危険は無いと判断し、彼女の家の侍女となった。
最悪、逃げれば良いと思っていた。
傷が癒え、屋敷の者に礼儀作法を一通り教わり、ハンナが仕える事になる彼女の義理の娘と対面した。
まだ十歳の少女だった。
少女はアリア・ベルンノットと名乗った。
アルスメリア神教の聖女となった少女だった。
ハンナは凄く手を焼いた。
アリアはとんでもないお転婆娘だった。
元々孤児だったからか外で走り回る、木に登る、塀に登る、二階の窓から外に下りる等、本当に大変だったのだ。
だがハンナにとってアリアは妹が出来た様で手を焼くのもそんなに嫌ではなかった。
そんな生活をする内に主であるリアーナに忠誠を誓う様になり、アリアを守るべき掛けがえのない存在と思う様になった。
そんなある日、当時の反教皇派の策略によりアリアが神殿の最奥に封印されたと言う情報が入った。
封印されたアリアを救う為にどんな犠牲も厭わなかった。
それはリアーナも同様だった。
ハンナとリアーナは無謀にもアリアを助ける為に神殿に潜入する事にしたのだ。
神殿に向う途中で悪魔と契約し、血濡れのアリアと再開。
アリアの姿を見てハンナとリアーナは怒りに震えた。
尋問で右目を抉られた姿に涙し、神教に激しい怒りを覚えた。
アリアの復讐の決意を聞き、リアーナと共に復讐を成す為に全面的に協力をする事にした。
アリアを守る為なら幾ら汚れても良いと思っていた。
リアーナと共にアリア同様に悪魔と契約をし、この身が悪魔に成り果て様とも守りぬく。
そして三人でカーネラルを離れ、復讐を成す為にピル=ピラまで来た。
今回の対象ははサリーン・ボネット。
アルスメリア神教の神官であり、アリアと同じ孤児院で育った者。
十二歳で神官登用試験に受かり、平民上がりの神官としては当時最年少だ。
彼女は治癒魔法の適正があり、かなり特殊であった。
その特性は【結合】。
治癒方面では切断された手足をくっつけたりする事が出来たりする。
この様な属性以外の特殊な能力を【固有特性】と呼ばれる。
この稀有な【固有特性】により神官へ登用されたのだ。
サリーンのいる孤児院はピル=ピラの市街地と貧民街のちょうど境目にある。
この付近は治安が余り良くない為、廃屋もそれなりに多い。
ハンナは孤児院が観察出来る廃屋に身を潜ませ、孤児院の様子を伺う。
張り込みを始めてまだ三日だが、これと言った変化は無い。
サリーンは孤児院の敷地から出る事が無い。
精々、孤児院の庭までで、必ず子供達と一緒だ。
昼を過ぎた頃、孤児院に一台の馬車が停まった。
馬車には神教の刻印がある。
刻印の付いた馬車に乗れるのはある程度の地位がある者だけだ。
ハンナは誰が降りてくるか見逃さない様に馬車に注視する。
馬車から下りてきたので一人の女性だった。
腰まである長いストレートな黒髪、それに法衣のラインが金、神教の司祭だ。
神教の位は法衣のラインで識別される。
赤は神官、銀は神官長、金は司祭、金と赤のダブルラインで大司祭、金と銀は枢機卿、金と銀と赤のトリプルラインが教皇となっている。
神教で黒髪の女性司祭は一人しかいない。
前教皇アナスタシア・オーデンスの娘、ヒルデガルド・オーデンスだ。
噂で母親である元教皇の派閥距離を置いており、中立派の重要人物だ。
ただヴェニスの神殿仕えの彼女がピル=ピラに来ている理由が分からない。
もっと不可解なのは馬車を見る限り護衛はおろか御者もいない。
彼女一人でこんな隣国まで一人旅とは考えにくい。
ハンナは様子を暫く見守る事にした。
ヒルデガルドは孤児院の中に入っていった。
一時間するとヒルデガルドと神父が一緒に出てきた。
神父はこの孤児院の責任者で五年前の創立からここにいる。
会話の内容は分からないが、事務的な挨拶の様な雰囲気だ。
彼女は御者台に乗り馬車を走らせる。
ハンナは孤児院の監視をやめ、ヒルデガルドを少し追う事にした。
馬車を追っていくと貴族街近くの高級宿に停まった。
どうやらここに宿泊する様だ。
ハンナは一度、ギルドの宿舎に戻り、ヒルデガルドについての判断を求める事にした。
ハンナは雑踏の中で踵を返し、宿舎へ向う。
その背中をヒルデガルドが見ていた事にハンナ気付く事は無かった。