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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第二章:貶められた聖女
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53:魔女と聖女

 アリアは目が覚めると嫌な汗で汗だくだった。

 顔も酷い。

 寝ている間に涙を流したのだろう。

 目が真っ赤だ。

 酷い悪夢だった。

 だがそれはアリアの心に深く刻み込まれた決して癒える事の無い傷痕。


 時間はまだ深夜。

 悪夢によりもう一度眠る気が起きなかったアリアは寝巻きのまま部屋を出て食堂へ向った。

 この時間でも宿舎の食堂は開いている。

 夜中の仕事で食事を取りに来る者がいるからだ。

 人が疎らとなった食堂で適当な席に座り、水を飲む。

 冷たい水が体に沁みこむのが心地良い。


 アリアは夢を思い返す。

 あそこまで酷い夢は久しぶりだった。

 封印から出た直後はよくこの夢に苛まれて、碌に睡眠が取れなかった。

 最近は割と悪夢に苛まれる事は少なかった。

 思い当たる事が無い訳では無かった。


 一つ目の復讐が終わった事だ。


 復讐の一つを成し遂げて何故、あの夢を見るのか分からなかった。

 もっと爽快な気分になっても良いのではないか、と思った。

 復讐が成した瞬間は歓喜、快感に打ち震えた。

 だが残った感情が何か分からない。

 一人、食堂で自分の心の事で思案をしながらいると見知った顔の男が声を掛けてきた。


「よっ」


「ニールさん、こんな時間にどうしたの?」


 それはニールだった。

 ニールは食事の乗ったトレイを持っている。

 アリアの向かいの席に座った。


「今日は夜の警邏の仕事の手伝いさ。ちょうど休憩で戻ってきたから何か食おうかと思ってな。そっちこそ、そんな格好で何してるんだ?それに少し顔色が悪いぞ」


 アリアは自分の顔が酷い事に全く気付いていなかった。


「ちょっと酷い夢を見て何か寝付けなくてさ、こうしてお水を飲んでまったり中?」


「何で疑問系なんだよ。こう見るとまだまだ子供だな」


 アリアはニールの言葉に頬を膨らませる。


「酷いなぁ。レディに向ってその言い方は無いんじゃないかな?」


「立派なレディなら寝巻きでここに来ないぞ」


 アリアは自分の格好に今、気が付いた。

 部屋でなら兎も角、ギルドの食堂は外とほとんど変わらない。

 寝巻きで食堂にいるアリアは激しく浮いていた。


「うっかりしてた……」


 自分の迂闊さに肩を落とす。


「まぁ、俺は珍しい物が見れたから良いがな」


「私は珍獣じゃないよ」


「似た様なモンだろ?」


「酷いな~」


 アリアは軽く笑って流す。


「ニールの坊やはこんな時間にナンパかい?」


 アリアとニールの会話に一人の女性が割り込んできた。

 紫髪に柔和な顔つき、髪と一緒の色をしたローブを着た女性だ。

 見た目は二十台半ばの様だが纏う雰囲気は見た目とはかなり離れていた。

 アリアは誰か分からず不思議な顔をし、ニールは会いたくない人間に出会った様な苦虫を噛み潰した様な顔をした。


「横座るよ」


 了承を取る前にアリアの横の席に腰を掛ける。


「何でアンタがいるんだよ?」


「いやー、急な呼び出しがあってね」


 紫髪の女性は面倒そうな口調で言った。

 彼女自身、普段はこんな時間に仕事をする事は無い。


「誰?」


「あー、あんたは私を見るのは初めてだったね。私はサベージュ。こんななりだけどあんたと同じSランクの冒険者だよ」


 天網の魔女サベージュ・アナトキア。

 ピル=ピラにいる剛剣のガリアスと肩を並べるSランク冒険者。

 ニールを坊や呼ばわりする時点で年齢と外観は合致していないのは明白だ。


「婆さんが一体こんな所で何やってるんだよ?」


「最年少の可愛いSランク冒険者が気になっただけさ。偶々、食堂に入ったら可愛い目立つ格好でいたからつい。これはお近づきの印さね」


 サベージュは自分のトレイに乗っているプリンをアリアの前に置く。


「くれるの?」


「勿論」


「ありがたく頂く」


 アリアは甘い物には目が無い。

 完全に子供扱いされているが甘い物の前では気にしない。


「実際に見ると恐ろしいねぇ。よくガルドの奴はこの子と相対したもんだ」


「あー、そう言えばギルマスと一戦やったって噂になってたな」


「全く……どうしたら十六歳でこんな人間になるんだい?」


 アリアは二人を気にせずプリンを堪能する。

 夢見が唯でさえ悪かったので甘味に癒しを求める。


「あんた何もんだい?」


「ん?孤児院出身のしがない冒険者だよ。それとお姉さんにも同じ質問を返すよ」


 アリアはサベージュの質問を気にせずに質問で返す。

 知らない人間から見ればどちらも怪しいのには変わらない。

 十六歳のSランク冒険者に年齢不詳の魔術師なのだから。


「私なんか何処にでもいる魔術師さ」


「ふーん、私にはどうでも良いや」


 アリアはサベージュの答えに少し面倒だとは思ったが余り気にしない事にした。

 どうせ答える気が無いのだから。


「こっちはどうでも良くないんだけどね」


「だからと言って答える義理も無いし」


 アリアはプリンをありがたく口に放り込みながらどう煙に巻こうか考える。

 こう言う頭脳労働的な駆け引きが苦手なアリアにとってはサベージュの様な相手は苦手なのだ。


「私としては街を守る者としてはあんたを見極めたいのさ。この街に害ある者なのかどうかをね」


 サベージュには古くに交わした盟約がある。

 彼女はそれを守らなければならない。


「私達の邪魔をしなければ何も無いと思うけど」


 サベージュは僅かに顔が強張る。

 アリアの言った意味が理解出来たからだ。

 敵対する意思は無い。

 しかし、邪魔をすれば容赦はしないと。

 そしてアリアの眼を見て寒気がした。

 その眼には闇に吸い込まれそうなぐらい暗澹とした仄暗い感情が見えたからだ。


「何て眼をするんだい、あんたは」


 それは決して十六歳の少女が持つ眼では無い。

 まるで怨念が宿りそうな昏い濁った眼。

 今まで色んな人間を相手にしてきたサベージュだが、ここまでの人間には出会った事が無かった。


「……私には荷が重いさね」


 サベージュは息を吐いた。


「それはお疲れ様。で、やるの?」


「やらないよ。いくら私でも命を賭してまでやらなければいけない様な約束では無いからねぇ」


 正直な所、サベージュはアリアを甘く見ていた。

 依頼主からは盟約を盾にされて断れなかったと言うのもあるが、それ以上にマーダーウルフの討伐で活躍したのがリアーナだと思っており、何と言ってもリアーナの強さは噂ではよく聞いていた。

 年齢的に見ても自分と同じぐらいの実力だろうと思っていたのだ。

 それがいざ相対してみれば見た目は何処にでもいそうな十六歳の少女なのに、どれだけ負の感情を溜め込めばそうなるのかと思う程の昏い眼、そして余りにも得体の知れない魔力。


 本人は巧みに隠している様だが、サベージュ程の熟練の魔術師からすればその魔力を読み取る事は難くない。

 覗きこんだ相手が悪かった。

 そこには底が見えない、まるでブラックホールの様な全てを吸い込みそうな漆黒の穴、そこから漏れ出る異質、怨念の様な魔力。

 それを見た瞬間、サベージュは絶対に敵に回してはならない相手だと判断した。


「ふーん、私にはよく分かんないけど」


 話をしている内にプリンを食べきってしまいスプーンが所なさげにぶらぶらさせる。

 アリアにとってサベージュがどう動こうが気にする事では無かった。


「これはあんたには関係ない事。私は街に悪さしなければどうでもいい事さ」


「そんな見境の無い人間になった覚えは無いんだけどね。これでも常識のある人間のつもりだけど」


 ニールが横目でアリアを見た。

 その視線はお前が言うな、と言わんばかりに。


「おや、ニールの坊やは何か言いたいみたいだけど」


「婆さん、俺に振るな。どっちもどっちだよ」


 ニールからすればどちらも常識とは掛け離れた存在だ。


「お前ら同類と言われるのは流石に遺憾だよ」


「私もそれには同意だね」


 アリアとサベージュは計ったかの様にニールに抗議する。


「無駄に息を合わせてんじゃねぇよ」


 ニールは疲れた顔で二人に言った。


「そうかい?それは気の所為さ」


 サベージュは懐の飴をアリアの目の前に置く。


「そうだよ、ニールさん。はむ……この飴美味しいね」


 アリアは差し出された飴を早速口の中に放り込み、柑橘の酸味と甘さを堪能する。


「さらっと、飴で買収されてんじゃねえ。さっきまでは睨み合っていたのに……」


 ニールは二人の様子に納得が行かない様だが、二人は全く気にも留めない。


「そんなんだからいつまでも坊やって、呼ばれるんだよ」


 アリアはふと時計を見てそろそろ部屋に戻ろうと思った。

 きっとハンナ辺りが部屋にいない事を気付いているかもしれないと思ったからだ。


「お姉さん、ご馳走様。暫くしたらこの街を発つから安心しても良いよ」


「そうかい」


 アリアはが立ち上がるとサベージュは手をひらひらと振り、別れを告げた。

 サベージュ自身は偵察のつもりで接触したが、依頼主にどう報告するか悩みそうになったが、細かい事を考えるのをやめた。

 ただ相手が悪かったと思うだけで。




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