閑話14:マイリーン・アドニ⑧
「昔は赤い髪じゃなかったけど覚えているよ。孤児院から神殿に行く馬車の中で泣いていた私を慰めてくれたのを」
本当は最初から神殿に行く予定だったのですが、リアーナ様の意向で無理矢理変えたのを思い出しました。
元々、私の髪は金髪だったのですが、魔物と合成された影響からなのか、私の髪は燃える様な赤い色になっていました。
ただこんな醜い姿でアリア様の前にいる訳に行きません。
私は額に地面を擦り付ける様に頭を下げた。
「アリア様!この様な見苦しい姿で御前にいる事をお許し下さい!」
「マイリーンさん、顔を上げて!私はもう神教の聖女じゃないから!」
アリア様が必死に頭を下げる私を起こします。
それにしてもアリア様が聖女では無いと言う事、眼帯をされているし、ヒルデガルド様もいて謎だらけです。
「申し訳ありません……そう言えばアリア様もヒルデガルド様も何故この様な所に?その眼帯は?」
「ちょっと事情があってね。眼帯はちょっと右眼の調子が悪いから」
アリア様は何処か困った様な顔をされてばつが悪い様に目を逸らしました。
きっと私には言いにくい事なのでしょう。
「でもマイリーンさんの裸を晒すのは気が引けるなぁ……」
アリア様は懐からワンピースを取り出し私に着せようとしました。
「マイリーンさん、取り敢えずこれを着て」
「ちょ、ちょっと、アリア様!?そんな無理矢理!私の様な魔物に服なんて!」
「はい、早く着ようね。男の人の前で裸はよくないよ」
結局、アリア様に押し切られて私はそのワンピースを着ました。
でもちょっと心が温かくなった様な気がしました。
それからアリア様達は私の事を案じてどうやったら保護出来るか必死に考えて下さいました。
討伐しても構わないと言うとアリア様から絶対ダメとキツく言われてしまいました。
こんな魔物に身を窶した私に優しくしてくれるアリア様に思わず涙してしまいそうになりました。
どうやら話は誰かの魔物として連れて行かれる事になりそうです。
私に首輪を着ける事に抵抗がある様ですが、私にはありません。
少しでも意味のある生き方をさせてもらえるなら私はそれで満足です。
「マイリーンさんが望むとしたら誰に主になってもらいたいですか?」
勿論、私がお仕えする方は決まっています。
「叶うのであればアリア様にお仕えしたいです」
アリア様が聖女だから仕えたいと思っている訳ではありません。
傍から見ればアリア様を叱る怖い神官に見えたかもしれません。
でもどの様な方にも優しく手を差し伸べようとするアリア様だからこそ私は仕えたいのです。
こうして私は長い様で短い穴倉での生活は終わりを告げました。
街に着いてアリア様が私に首輪を着けなければ行けない場面になり、葛藤していました。
本当に心優しいお方です。
私の様な者にも心を配って下さる方なのですから。
私は自分の首を差し出すとアリア様は心を決めて私に首輪を着けて下さいました。
今の私にとってこの首輪は大切な物です。
アリア様と私をつながりとして。
外しても大事に取ってあります。
冒険者ギルドへ入り、ギルドマスターへ報告が必要と言う事でフードを目深に被り受付待っていると、ある意味一番会いたくない人物が奥からやってきました。
まさかギルドマスターになっているなんて思いもしませんでした。
私はただただ怖かったのです。
自分が好きになった人にこの醜い姿を見られるのが。
案内されてギルドマスターの執務室へ入りますが、目の前にガルドさんがいると思うと胸が苦しくて泣いてしまいそうでした。
そんな思いを必死で抑えこみ平静を装いました。
黒髪の冒険者のニールさんが私の名を伏せて討伐内容を報告しました。
「クイーン以外と言うのが引っ掛かるが後ろの奴の事か」
私はガルドさんのその言葉にドキッと心臓が飛び出しそうな思いでした。
「マイリーン、フードを取ってもらえるか?」
ニールさんの言葉に促され被っていたフードを取るとガルドさんは信じられない様な目をしてました。
「お久しぶりです、ガルドさん。マイリーン・アドニです。私を覚えておられますか?」
「ああ……当然、覚えているさ。何度も一緒に仕事をしたし、色々世話になったからな。それにしてもその身体は……?」
覚えていてくれた事に私は凄く嬉しかったです。
「それは私から説明させて頂きます―――」
私はアリア様へ話したのと同じ内容をガルドさんに説明しました。
「私は今後、アリア様に仕える事になります。今の私に人として過ごす事は無理がありますので」
必死に我慢をして突き放す様に言いました。
今の私では彼と幸せになる事は出来ません。
それから合成獣に関する話に移り、調査が進みそうで良かったと思いました。
アリア様達が先に部屋から出てガルドさんと私、二人きりで部屋に残りました。
沈黙は長く私から昔を思い出す様に語り始めました。
「ガルドさん、二年前に橋の上で私に告白してくれた事を今でもはっきりと覚えています……。当時のあなたはなんて厳つい冒険者なんだろうと思ってました。神官から見た冒険者はどうしても怖いイメージがあったのですが、仲間想いなのは有名でしたし、顔は怖いけど優しい人なんだと思いました。当時は一介の冒険者だったあなたがギルドマスターをやっているのはよく分かります」
「そ、そうか?当時のギルマスが大分年でな、新人の育成で評判の良かった俺を後継に指名したんだ。まだ慣れないが精一杯やってるつもりだ」
ガルドさんが何処か気恥ずかしそうに照れる仕草が懐かしく愛おしいです。
「先代のギルドマスターは寡黙で厳しい方でしたが人を見る目は確かな方でしたからね。ずっと……私を捜してくれていたんですか?」
「ああ、当然だ。惚れた女を放っておける程ろくでなしでは無いからな……。それでも俺にはお前を見つける事は出来なかった……。アリア達には感謝しないとな」
やっぱ私を探してくれていた。
その事に私は胸が一杯でした。
「今でも私を愛していると言ってくれるのですか?」
厚かましい質問だと思う。
魔物に身を窶してしまった身だと言うのに。
それでも何処か期待してしまう私がいました。
「今更だな。マイリーンはマイリーンだ。今でも俺は変わらない」
ガルドさんはいきなり私を強く抱き締めました。
目頭から頬伝い熱い物が伝って零れ落ちました。
「ずっと待っていたんだ。俺にはマイリーンが良いんだ」
私の胸は張り裂けそうな想いで一杯でした。
今すぐ彼に身を委ねてしまいたい。
そんな思いが噴火直前のマグマの様に胸に溜まっていくのが分かります。
ただ今の自分では彼にきっと迷惑を掛けてしまう。
魔物となってしまった私では彼の横に立つのは決して許されない。
私は彼の抱擁を拒否する様に腕で彼の胸を押し、拒絶した。
「……ごめんなさい」
必死に抑えているのに流れる涙が止まらない。
「今のあなたに私は邪魔にしからならない。今のあなたは街に必要です」
苦しくて心が押し流されそうになる。
彼はこの街の冒険者ギルドのギルドマスターなのだから、私がその足を引っ張る訳には行きません。
「今の私はあなたを受け入れる事が出来ません。本当にごめんなさい」
本当は自分が受け入れらない。
それを言えない自分は少し卑怯だと分かっています。
「……分かった。でも何処かに落ち着くなら教えて欲しい。そんな簡単に諦めれない」
彼は苦しげに辛い表情をしながら言ってくれました。
私を諦めないと言ってくれるのは本当に嬉しい。
こんな私をもらってくれると言ってくれているのです。
「いつになるか分かりませんよ。アリア様の事情もありますから」
「それでも構わない。それまでに俺は後継者をしっかり育てるさ」
私は少し夢を見ても良いのかもしれない。
そう思いながら彼と唇を重ねました。
いつか二人で過ごせる日を夢見て。




