閑話12:マイリーン・アドニ⑥
アルスメリア神教の聖女―――
これは五百年前に絶大な治癒魔法と光属性の魔法により大勢の人々を救った聖女アメリア様の事を指します。
聖女アメリア様の求心力は非常に大きな物で、彼女の発言で神教内の方針が決まると言っても過言では無かったと云われております。
そして聖女アメリア様の没後、聖女という名の影響力を利用して権威を高めようとする動きが出てきました。
当時の教皇は強力な治癒魔法の適正を持つ少女を聖女として祀り上げ、神の御業として民衆へ知らしめたのです。
現実は聖女は政争の道具です。
聖女によって神教の権威、他国への発言力、そう言った物を手に入れてきました。
聖女は単なる治癒魔法が使えるだけの少女なのです。
私はこの一年、アリア様を教育する為に神教からリアーナ様の下へ派遣されました。
神教の教えはしっかり教えましたが、私の派遣を決めた人間の思惑とは異なる事です。
神教内には二つの派閥が存在し、全ての種族は平等であり差別すべきでは無いと言う種族融和派と、人間はどの種族よりも優れており、どの種族よりも優先されるべきと言う考えの人間至上主義派に分かれております。
私を派遣した人間は後者の派閥に属する人間でした。
私自身は田舎で育ったのでゴブリン、獣人、エルフと言った様々な種族の方が周りにいたので、種族融和の考え方の方が好ましいと思っています。
上からは人間至上主義の事をしっかり教える様にと言われていましたが、アリア様には教えませんでした。
お転婆なやんちゃなアリア様ですが、非常に心優しいお方です。
幸いなのは身近にハンナがいるので決してそちらの派閥へは向わないと言う確信がありました。
本来であれば定期的に他の神官が来て確認するのですが、リアーナ様が全て追い返しています。
私がほとんど侯爵家から出ない為、神教の人間は私にコンタクトを取る事が出来ません。
それでも一年、アリア様の傍で過ごせたのは有意義で貴重な時間だったと思います。
元々一年と言う期限でしたが、とうとうアリア様を神殿に送る日が来てしまいました。
この日は私とアリア様の見送りにリアーナ様のお屋敷の方だけでなく影で護衛して下さった第五騎士隊の皆さん、そしてベルンノット侯爵家の方々も来て下さいました。
最初は暗く、拒絶していたアリア様ですが、今は皆と仲良しになり、自然と笑顔が零れる様になりました。
神殿へ着くとアリア様は別の神教の者が傍に着く事になりました。
少々心配ですが、直接身の回りの世話をするのはハンナなので大丈夫と信じたいです。
私はと言うと上の意向を無視した教育、それに連絡が取れなかった事もあり、かなりお叱りを受ける事となりました。
そして私はピル=ピラの教会への派遣が決まりました。
ファルネット貿易連合国はアルスメリア神教の布教がまだまだの状況で神教の影響力が低い国です。
神教内では影響力の低い国への移動は左遷と同様な扱いです。
上の意向に逆らって行動をしていたので予想はしていました。
母国を離れる事にはなりますが、街としてはとても良い所と聞いていたのでのんびり出来れば良いと思います。
移動前に王都へ寄ってリアーナ様にご挨拶に伺うとかなり荒れておられました。
アリア様とハンナからお手紙が定期的に届いている様ですが、内容はあんまり喜ばしい内容では無い様です。
いつかリアーナ様が単身で神殿に攻め入るのでは無いかと思い心配です。
リアーナ様なら本当にやりかねないので。
リアーナ様にアリア様への異動の挨拶を認めた手紙をお渡ししました。
本当は直接ご挨拶に伺いたかったのですが、上の意向に逆らった人間と言う事で神殿に行ってからは会う事が出来なかったのです。
そこでリアーナ様の手紙に混ぜて送って頂く事にしたのです。
リアーナ様は二つ返事で了承頂けました。
お屋敷を後にすると何処か寂しい思いが心に過ぎりました。
たった一年です。
なのにこの屋敷から離れるのに寂しさを感じてしまいます。
大切な思い出を思い起こしながらお屋敷を目に焼き付けて新天地へと旅立ちました。
ピル=ピラの教会へ赴任しましたが、私は至って平和に過ごしていました。
アルスメリア神教の布教はまだまだですが、治療に来られる方に丁寧に当たっていたので一年経つ頃にはすっかり街に馴染んでいました。
私と話をしに態々教会に来て頂けたり、ギルドど連携して派遣治療をやったりとピル=ピラでの生活は順調です。
私の近況についてはお手紙をリアーナ様経由でアリア様へ送ってます。
アリア様も神殿で苦労されながら頑張っている様です。
ハンナからの手紙でボーデン枢機卿に生きたGを投げつけると言う恐ろしい悪戯をやらかした事が書いてありました。
私がその場にいたらお尻叩き百回は確実でしょう。
どうやって生きたヤツを捕まえたのかは疑問ですが……。
そんな平穏に思えたピル=ピラでの生活ですが、雲行きが怪しい状況になってきました。
ピル=ピラに孤児院建設の計画が持ち上がり建設が始まった事です。
孤児院を増やす事事態は何も問題ありません。
行き場の無い孤児に生活する手段を与えるのですから。
問題は孤児院建設に掛かる費用に関してかなり不明なお金が多い事です。
私はここの教会の唯一の神官なのでこの街の神教に関する書類の確認や決裁も行っているのです。
以前に孤児院の運営をやっていた私は何にどのぐらいのお金が掛かるか把握しているので、おかしいお金に関してはチェックしていると気付いてしまうのです。
ただ上に報告をしても全て通せとの一点張りです。
一応、予算を管理する会計担当の部署へも報告をしましたが、問題内の一言だけでした。
明らかな賄賂、使途不明金が多く、これでは腐敗していくだけです。
改革派のベルデン枢機卿へ嘆願書を送りましたが、動きは特にありません。
もしかしたら手紙が届く前に処分されてしまったのかもしれません。
私は教会を管理する者として詳細が不明な決裁を行わない旨の事を伝えると孤児院の責任者になる予定の神官ハデルと言い争う日々が続きました。
ハデルは別口からお金を調達し、孤児院を建て運用を開始しました。
一応、この街にある教会施設のお金に関する報告は私の所へ届きます。
孤児院の使途不明金は一向に無くなりません。
寧ろ増える一方でした。
ただ孤児の里親を定期的に見つけており、その成果と言われると私としては手が着けにくい状況でした。
そんな大変になってきた生活の中、私に春が訪れたのです。
私は三十歳になるまで男の人とお付き合いした事がありませんでした。
結婚適齢期を逃しており、結婚に関しては諦めていました。
リアーナ様やアレクシア様から殿方の紹介の打診があったのですが、怖くて受けられませんでした。
そんな偉いお方の紹介されるお方がどんなお方が想像するだけで怖い物があります。
エマさんに後で聞いた話だと伯爵家の次男だったり、文官として活躍する子爵だったりと身分の高い方ばかりでした。
お見合いをセッティングされようものならストレスで胃に穴が開くとしか思えません。
そんな私に何と告白してくれた男性がいたのです。
こんな干物の様な女に好きと言ってくれる方がいるなんて思いもしませんでした。
その方はAランク冒険者のガルドさんと言う方です。
出会ったきっかけはギルドでの派遣治療でした。
高ランクの魔物が街の周辺に出現し、怪我をした冒険者を治療する為に冒険者ギルドに詰めていました。
ちょうどその時に怪我の治療に来たのがガルドさんでした。
怪我と言っても軽い切り傷がほとんどでしたので、その時は余り会話はありませんでした。
彼はぶっきらぼうにありがとな、と言って去っていくだけでした。
見た目は如何にも冒険者と言う感じで筋骨隆々、頭はスキンヘッドで顔も強面で初めは少し怖いと感じました。
派遣治療でギルドに行って他の冒険者の方達に囲まれて困っていると助けてくれたり、何でも無い事でも声を掛けてくれたりしてくれました。
見た目以上に優しい方なんだと思いました。
そう気付いてからは私からも他愛無い事で話かけたりしてよく話をする間柄になっていました。
この街には年の暮れに恋人達の聖日と言う日があります。
街の青年が貴族の令嬢に恋をして二人は海に身を投げると言う悲恋の言い伝えがあるのです。
お話としてはそこで終わるのですが、それ以降この街ではその二人が身を投げた日に愛の告白をすると、その愛が成就すると言う伝説があるのです。
正直、干物でこの年まで男性とお付き合いした事が無い私には関係の無い話だと思っていました。
今まで浮いた話が無い女です。
去年のこの日は一人寂しくギルドの酒場で独身の女性冒険者達と侘しい宴会をしていました。
話していて悲しくはなりますが……。
そんな私にデートの申し入れがあったのです。
この日にデートに誘うイコール告白があると言っても過言では無いぐらいです。
デートの相手はなんとガルドさんでした。
余りにも予想外でした。
私はてっきり結婚をされている方だと思っていたのです。
後々、話を聞くと十年前に奥さんを流行り病で亡くされた様でした。
お子さんがいらっしゃるので不思議に思ってましたが納得出来ました。
最初は断ろうかと思ったのですが、見た目はともかく性格は割りと好みで、普段から優しくしてもらっているのでデートの申し出を了承しました。
今まで男の方とデートなんてした事がないので知り合いの女性の冒険者の方に色々と聞いたりしながら当日に向けて準備をしました。
化粧品を購入したり、化粧の仕方を教えてもらったり、ドレスを購入したりと大変でした。
人生初めてのデートなので当日までずっとドキドキして、禄に仕事に手が付きませんでした。
三十歳で初デートとか切ないですよね。
デートの当日、目一杯お洒落をして出かけると普段は如何にも冒険者と言わんばかりのガルドさんなのですが、その日はなんとスーツだったのです。
私は思わずその姿にドキッとしてしまいました。
到着して声を掛けるとガルドさんは少し気恥ずかしそうでした。
その後は街の色んな所回ったり、カフェでお茶をしたり、雑貨屋でアクセサリーを物色したりして、ディナーはガルドさんが予約した高級レストランでした。
非常に美味しいお店だったと思うのですが、余りにも夢の様な時間で味を忘れてしまうぐらいでした。
多分、今までで一番幸せな時間だったと思います。
そのディナーの席でガルドさんは私にお付き合いして欲しいと告白をされました。
お恥ずかしい話なのですが、この時にガルドさんが言われた事をほとんど覚えて無いのです。
余りにも嬉しい告白に頭が真っ白で首を縦に振った事しか記憶がありませんでした。
その日どうやって教会の部屋へ戻ったのかも記憶にありません。
翌日、ギルドへ派遣治療へ伺うとガルドさんと出会ったのは良いのですが、恥ずかしくて顔を直視出来ません。
ガルドさんも顔を赤くして少し困った顔が可愛く見えました。
そこで残念な話がありました。
ガルドさんは商の隊護衛でバンガ共和国の首都ネルクまで行くと言うお話でした。
ネルクまでは片道で一月、つまり二ヶ月は会えないのです。
ですが冒険者にとって商隊の護衛は報酬が良いので美味しい仕事です。
分かっていても少し辛いものです。
それでも私は笑って送り出しました。
彼が帰ってきたら精一杯迎えれば良いのだから。
私の幸せは長くは続きませんでした。。
ガルドさんがピル=ピラを発って二週間、私はいつも通り教会で書類仕事に明け暮れていました。
年が明けると休みの間に案件の書類が一気に来るので忙しくなるのです。
ただ書類を見ていて相も変わらず孤児院の使途不明なお金が多い事に頭を抱えていました。
先日も報告書を持ってきたハデルと口論になり、喧嘩別れの様な形で終わっています。
正直、勘弁して欲しいです。
その日は普通に教会で夕食を取り、水浴びで体を清めて、自室のベッドで寝ました。
しかし、目が覚めると私は見覚えの無い場所にいました。




