閑話11:マイリーン・アドニ⑤
アリア様が来られてから二週間が経ちました。
少し生活に慣れた様で食事は以前より食べられる様になり、一緒に住む事になったレイチェル様とも少しずつお話をされる様になり、少しずつではありますが、打ち解けてきた気がします。
来てから習慣になってしまったのが、お風呂だけはリアーナ様にアリア様、エマさん、そして私に新たにレイチェル様を含めて五人で一緒に入る事です。
お風呂ではアリア様が元気なのもあってこれは中々無くなる事が無さそうです。
ただ何故興味がそこに行くのか分かりませんが、私とリアーナ様とエマさんのもじゃもじゃが凄く気に入っている様でお風呂に入ると必ずじっと見られます。
これだけはやめさせたいのですが、注意してもやめてくれません。
レイチェル様は淑女らしくお顔真っ赤にされていたので少し安心しました。
教育に関しては先日から開始しました。
勉強は苦手な様で説明をしているとすぐ居眠りをしてしまいます。
ここで甘やかしてはいけませんので、注意しますが、中々直りません。
リアーナ様に相談をしましたが、アリア様を叱るのに抵抗がある様で甘やかしてしまうそうです。
嫌な役ではありますが、叱り役は私がやる事にしました。
これでスムーズに教育が出来るのなら仕方がありません。
そう決めて今日もアリア様の部屋で勉強を教えています。
「アリア様、それではこちらの紙に教科書に書いてある問題を解いてみて下さい」
「うん」
アリア様は教科書を見ながら一生懸命に問題を解いていきます。
一応、孤児院のシスターが読み書きは教えていた様である程度出来たので計算の勉強をしています。
神職で必ず必要な訳ではありませんが、基本的な事は知っていて損はありません。
まだ神教の事は何も教えていません。
どうせ神殿に行ってから勉強させられるのですから無理に教える必要は無いと思っています。
本当はその為にいるのですが、私としてはアリア様がしっかりと生きていける様な勉強を中心に教えたいと考えていました。
これに関してはリアーナ様からは大手振って賛成して下さりました。
「終わった様ですね。一個ずつ確認していきましょう」
基本な計算ばかりなので難しい問題はありません。
ざっと確認していきますが、特に間違っている箇所は無さそうです。
「それでは歴史の勉強をしましょうか」
歴史の教科書を広げながら説明を始めるとアリア様は頭をカクンとさせながら舟を漕ぎ始めます。
特に歴史の授業はこの傾向が顕著です。
ほとんど教科書を読んで説明するのが中心になるので眠くなる気持ちは分かりますが、しっかり聞いて欲しいものです。
「アリア様、居眠りはダメですよ」
「……ふぁ……うみゅぅ……あ、ごめんなさい」
アリア様は私に肩を揺さぶられると居眠りしていた事に気付いた様で慌てていますね。
「これから勉強中に居眠りをしたらおやつは抜きですからね」
「……頑張る」
アリア様は舟を漕ぎそうになるのを必死で耐えながら授業に望みます。
こうして少しずつ勉強を教えていく日々が過ぎていきます。
厳しくすると言いながらも私もそんなに厳しくする事は出来ませんでした。
最初はずっと暗い顔していたのが、最近はそんなに暗くなる事が減っていました。
ついアリア様が暗い顔をされるのに抵抗があったのです。
アリア様が来て一ヶ月程経った頃、アリア様に侍女が一人付く事になりました。
金狐族の獣人の少女でハンナと言う子です。
年齢の割に大人びた印象を受けましたが、仕事はそつ無くこなすので優秀です。
アリア様とはすぐ打ち解けて庭で一緒に出たり、部屋で一緒に話をしたりしている様です。
最近、アリア様の本性と言うべきなのでしょうか?
本来の姿が判明しました。
それは先日の事です―――
「アリア様、それでは授業始めますので教科書を開いて下さい」
「うん」
この日も計算の授業をした後、休憩を挟んで歴史の授業を行う予定でした。
いつも休憩はアリア様と一緒に取るのですが、その日は偶々、エマさんから呼ばれ少し部屋を離れていました。
大抵、呼ばれる時は誰かが怪我をした時なので、アリア様には休憩を長めに取って頂いて待ってもらう形になります。
部屋に戻ってきて授業を再開しようとした私に悲劇が訪れました。
授業を始めようと思って教科書を開くとそこには絶対に目にしてはいけない物体が挟んであったのです。
「キャアァァァァァァァァァァ!?」
私は悲鳴を上げて腰を抜かしてしまいました。
一体、何が挟んであったかと言うとGです。
この世で最も存在していはいけない虫、人類の敵、いえ生きとして生ける者の全ての敵とも言える存在です。
実家の食堂ではヤツが定期的に現れるので毎日、私は恐怖と戦ってました。
ヤツは何故か人の顔に向って飛んでくるのです。
恐怖以外何もありません。
そんなヤツの恐怖で打ち震えている私をアリア様とハンナは笑っておられました。
私の悲鳴にエマさんやリアーナ様が部屋に集まってきました。
「どうしたんだ!?」
リアーナ様は部屋に入るなり首を傾げました。
涙目で地面にへたり込んでいる私とお腹を抱えて笑っているアリア様とハンナと言う摩訶不思議な状況ですので、傍から見たら謎です。
エマさんが手を貸してくれたので何とか立ち上がりました。
「うわっ、エマ、これは酷い……」
「奥様、どうし……ひぃっ!」
教科書の上にあるヤツの死骸を見てリアーナ様もエマさんも一歩後ずさりました。
お二人ともヤツは苦手な様ですね。
これを仕掛けたのは間違いなく、あそこで大笑いしている二人でしょう。
「エマさん、ハンナに厳しいお仕置きをお願いしても良いですか?」
エマさんが驚いた様な顔をして私を見ました。
多分、この時の私の声はかなり低い声が出ていたのでしょう。
その声にリアーナ様も驚いていました。
私の只ならぬ気配に大笑いしていた二人も気が付いた様です。
この悪戯は決して看過出来ません。
「リアーナ様、躾は必要ですよね?」
「あ、あぁ……勿論だ」
あの時の私は笑顔だったのですが、眼が全く笑ってなかったらしいです。
「アリア様、今日の授業はお仕置きにしましょうね。自分の犯した罪は自ら償わなければ行けません」
私はアリア様の首根っこを掴んで私の膝の上に乗せてドレスとパンツを捲りました。
手を高く上げて、そこで一旦止めました。
「アリア様、弁明があるなら聞きましょうか?」
有無を言わさぬ私にアリア様は既に涙目でした。
今から何をされるのか分かっているのでしょう。
「ご、ごめんなさい!」
「よく謝れましたね。でも今回のはダメです。しっかり反省して下さいね」
振り上げた手を容赦なくアリア様のお尻に叩き込みました。
パァン、と皮膚を震わす乾いた音が部屋に響きました。
「いったぁぁぁぁぁい!?ごめんなさい!!」
アリア様は私の膝の上で必死に暴れますが、私の手でしっかり押さえられている為、逃げる事が出来ません。
お仕置き中に逃がすなんて事はしません。
一発目で既に涙ボロボロですが、ここは心を鬼にしてお仕置きを続行します。
もう一発お尻へ叩き込まれます。
「いだぁぁぁぁぁぁ!!」
アリア様のお尻に綺麗な紅葉が二つくっきりと描かれています。
それを見ていたハンナは青ざめているとエマさんに首根っこを掴まれて引き摺られて行きました。
「ごべんなざい!!もうゆるじで……」
鼻水と涙で顔がくしゃくしゃです。
これで反省したでしょうか?
「アリア、この悪戯はマイリーン殿が怒って当然だ」
リアーナ様もこの悪戯は擁護出来なかった様です。
こう言う事はしっかり叱らないと行けません。
「アリア様、二度とこの様な事はしませんね?」
「……はい」
私はアリア様のパンツを元に戻してベッドにうつ伏せで寝かせます。
「怪我であれば治癒魔法で治しますが、今回はアリア様が悪い事をしたお仕置きなので治しません。その痛みはアリア様が犯した罪の重さだと思って下さい」
アリア様は泣きながらも反省した様で悪戯の頻度は減りました。
飽くまで減っただけです。
好奇心から来る悪戯は中々やめれない様でその度にアリア様のお尻に紅葉が量産されていきました。
ただ一度だけリアーナ様に悪戯した時にリアーナ様がお仕置きをしたらアリア様は気絶してしまいました。
その場に私もいましたが、私の時とは比較にならない音でした。
ちょっと想像すると怖い気がしました。
アリア様はそれから二度とリアーナ様に悪戯はしなくなりました。
出来れば私への悪戯も止めて欲しいんですけどね。
悪乗りしたハンナもエマさんから厳しいお仕置きがされた様です。
使用人が客人に悪戯なんて以ての外ですから。
最初は暗かったアリア様ですが根は明るいのです。
それに関しては私もリアーナ様も喜びました。
ただ思っていた以上にお転婆なのです。
先程挙げた悪戯もそうですが、庭の木にドレスのまま登ったり、全力疾走で走り回ったりとアグレッシブ過ぎて大変なのです。
私はアリア様を追っかけ回す日々です。
そのお陰で体重が少し減ったのはラッキーでしたが。
明るくなってきたら勉強も進んで行きました。
マナーに関してはレイチェル様と一緒に学ぶ事によってかなり順調に身に着いています。
レイチェル様とは淑女らしい見本なのでちょうど良いお手本になるのかもしれません。
お歳も一緒なので尚更です。
今更ながらリアーナ様のお屋敷でアリア様に色々と教える日々は大変な事が多かったですが、それ以上に楽しく充実した日々だったと思います。
そして一年後、アリア様が神殿へ行かれる日が来ました。




