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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第一章:復讐の聖女
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閑話10:マイリーン・アドニ④

 アリア様が来られた翌日から教育が―――

 始まりませんでした。

 侯爵家の方々が来られる様で使用人の方がその準備に追われています。

 私はいつも通り神官の服を着てボーっと自室待機しているのですが、何故か目の前にリアーナ様がいらっしゃいます。


「あの……朝からどうされたのですか?」


「朝っぱらからドレスを着せられたら準備で邪魔だからと追いやられた……」


 何か少し気の毒ですね。

 この家にいて気付くのはリアーナ様と使用人の仲が驚く程良いのです。

 普通の貴族のお屋敷では有り得ません。

 言葉遣いは丁寧ですが、扱いが友達感覚です。


「でも今日はベルンノット侯爵家の方々が来られるんですよね?」


「ああ、そうだ。父上に母上に兄弟姉妹全員だ。本当は少し時間を置こうと思ったのだが、昨日の夜中に言伝があった。全く非常識な……」


 何となくその言伝の意味が読めました。

 リアーナ様が断るから有無を言わせない為でしょう。


「多分、母上だろう。養子とは言え初孫だ。きっと今日は大騒ぎになる……憂鬱だ」


 リアーナ様と知り合ってから凛々しい姿より憂鬱になって溜息を吐く姿の方が多い気がします。


「そんなに憂鬱ですか?」


「あぁ、マイリーン殿が我が家への引越し準備をしている三日間はずっとドレスの採寸と調整だったんだ。母上は私のドレスが作れると張り切って父上からかなりの軍資金も持参してきてな。マネキンの気持ちがよく分かったよ」


 挨拶に伺ってから三日間は引越しの準備でこちらへは窺って無かった間にそんな事が……。

 着せ替え人形にさせてしまったのは少し申し訳無かったかもしれません。


「だがドレスを我慢して着ていた効果はあった様だ。昨日、アリアが寂しいと言って私の部屋へ来たんだ」


 いくら孤児とは言え見知らぬ家、それにこの屋敷の部屋はどれも広いので寂しく感じたのでしょう。


「私のベッドで一緒に寝たのだがもう寝顔が可愛くてな。ついついアリアの寝顔を見ていたら夜更かししてしまったよ。アリアの顔を見ていたらこう幸せな気分になるんだ。ギュッと抱きしめるとアリアも私のネグリジェをギュッと握り締めてくるのがもう、堪らん」


 完全に暴走してますね。

 これはどうなんでしょうか?


「朝も寝ぼけ眼で私の名前を呼ぶんだ。頭を撫でてやるとまた寝てしまったが、それがまた可愛いんだ。こうギュッとつい抱き締めたくなってしまう。今はエマに着替えをお願いしているが、どれだけ可愛くなるか気になって仕方が無い」


 本当に今日は大変な気がしてきました。

 リアーナ様はアリア様に完全にメロメロです。


「あんな可愛いアリアを神殿に渡すなんて考えられない。一層の事単身乗り込んで壊滅させれば……」


 何か物凄く呟き始めましたよ!?

 この方だと本当にやりそうで怖いです!


「奥様!奥様!!非常に不味い心の声がだだ漏れです!?聞かなかった事にしますから、一旦、落ち着いて下さい!」


「ん、あぁ、すまない。つい可愛いアリアの事を考えるとな。忘れてくれ」


 本当に先行きが不安です。


 結局、一時間以上リアーナ様の惚気話に付き合わされた所でアリア様が私の部屋に来ました。

 どうやら準備が終わった様です。

 淡いピンクのドレスが非常に可愛らしくてよくお似合いです。


「あの……私、こんなドレスを着ても良いの?」


「あぁ、構わないさ。その為に用意したんだ」


 アリア様は何処か落ち着かない感じでそわそわしてます。


「頑張って働いて返さないとダメですよね……」


「な、何を言っているんだ?」


 アリア様の言葉にリアーナ様は動揺を隠せない。

 アリア様はもしかして勘違いされているのでは?


「私、頑張って返しますから捨てないで……」


 もしかしてお金で買われたと思っている?

 リアーナ様はアリア様を優しく抱きしめました。


「アリア、君は私の娘なんだ。だからアリアが返さなければいけない物なんて無いんだ」


 これは不味いかもしれません。

 昨日は浮かれていたか混乱していただけなのかもしれないですね。


「だって……だって、私は一人だから……一人だから……家族に捨てられたから」


 これは相当な重症だ。

 あの孤児院でも孤立していたのかもしれません。


「違う!!」


 余りの声の大きさに部屋が震えました。

 アリア様は驚いてビクッと体を震わせました。


「違う!私がアリアの母親だ!アリアを絶対に捨てたりしない!」


「でも……私はいらない子だから……」


「そんな事あるもんか!どんな事があろうとアリアは私の娘だ!誰が何と言おうと私の娘なんだ!そんな悲しい事は言わないでくれ……」


 リアーナ様の剣幕にエマさんも驚いていました。

 アリア様はリアーナの胸の中で泣き始めました。

 確かアリア様は赤ん坊の時にあの孤児院に預けられたと聞きました。

 親の顔を全く知らないのにアリア様の心に大きなトラウマを残しているのを見て、心が締め付けられる様な思いです。

 突然、部屋の扉が空き、そちらを見ると妙齢の立派なドレスを来たご婦人がいました。

 何処かリアーナ様を似ている気がします。


「あらあら、私の娘はいつの間にか母親になっちゃったのね」


「母上……」


 あの御方がベルンノット侯爵夫人、アレクシア様。


「リアーナの声が玄関まで聞こえたから急いで来たのよ。アリアちゃん、こんにちは。あなたのお祖母ちゃんよ」


 アレクシア様はアリア様の頭を優しく撫でながら落ち着かせます。

 本当の母親と言うのは違いますね。

 何でしょうか、この包容力は。

 やはりこれは子を産まないと分からないのでしょうか?

 私は静かに入口近くに立っているエマさんに声を掛けます。


「私は一旦、外します」


「どちらへ?」


 ここは私の部屋ですからね。


「使用人の食堂にいますので、準備が出来たら声を掛けて下さい」


「すみません。お手数をお掛けしてしまって」


「いいえ、アリア様の心はみんなでゆっくり融かして行きましょう」


「そうですね……」


 エマさんも気付いた筈だと思います。

 アリア様の奥底に眠る心の大きな傷を。

 私は静かに部屋から出て行きました。

 使用人の食堂に入ると誰もおらず、適当な席に腰を下ろしました。


 誰もいないのでゆっくり出来ますね。

 普通に教育する事しか考えていませんでしたが、そう言う訳には行かなさそうです。

 教育よりも先に心を開いてもらわないと行けません。

 私の担当した孤児院ではここまで根が深そうな子はいなかったので正直、どう接するのが良いか判断が出来ません。

 教育は一旦、置いておいても良いかもしれません。

 今、無理矢理教育をしても意味が無いでしょう。


 それにしてもリアーナ様があれ程感情を見せられた事には驚きました。

 もっと冷静な方だと思っていましたが、意外に熱くなられる方なのかもしれませんね。


 結局、侯爵家の方々と一緒になったのはちょうどお昼を回った所でした。

 アリア様は少し落ち着いておられましたが、ずっと俯いたままリアーナ様のドレスを掴んだままでした。

 その雰囲気を察して軽い自己紹介しただけでそのまま昼食を取る形になりました。

 孤児院で貧しく育ったアリア様はマナーを全く知らないのですが、そこはリアーナ様がフォローされてましたが、食欲が無いのか余り食べられませんでした。

 その様子を見ていると心配になります。

 あの年頃にしては食べる量が少なすぎます。


 私は食事後にエマさんにお願いしてクッキーを焼いてもらう様にお願いしました。

 あれでは間違いなく空腹は満たされません。

 きっと周囲の雰囲気に食事が喉を通らなかったのではないかと思いました。

 ほぼ最底辺にいた人間が国の頂点に近い立場の人達と一緒すると言うのは非常に強いストレスです。

 私はお茶とエマさんに焼いてもらったクッキーを持ってアリア様の部屋に来ました。


「アリア様、失礼します」


 扉をノックし部屋へ入るとアリア様の姿が見えません。

 エマさんから昼食後は部屋におられると聞いてましたが、何処にもいません。

 私は部屋の奥へ行くと窓際に置かれているベッドと壁の隙間に膝を抱え込んで座っていました。

 私は部屋のテーブルにお茶とクッキーを置いてアリア様の傍まで行き、横に腰を下ろしました。


「?」


 アリア様は私を見ながら首を傾げました。


「私も平民なんですよ。街の片隅で食堂をやっていて、儲かっていた訳では無いので生活は一杯一杯でした」


「……マイリーンさんは貴族じゃないの?」


「違いますよ。平民上がりの神官です。縁があってアリア様の教育係を受ける事になりましたが、偉い方ばかりで疲れますね……」


 本当に平民の胃に厳しい職場です。


「……分かるかも。雲の上の人達しかいなくて怖い……」


 侯爵家の方々にはこの感覚は無いのです。

 生まれが違いすぎて理解が出来ない。


「……リアーナさんは……とっても優しいけど……偉い人だから迷惑を掛けたらと思ったら……」


「奥様は迷惑とは思っていませんよ。寧ろ迷惑を掛けて欲しいと思ってますよ」


「……分かんない」


「アリア様に頼られたいと思っているんですよ。なのでアリア様が甘えれば喜ばれますよ」


「……どうやったら良いかが分からない……甘える相手がいないから……親もいないし……」


「じゃあ、アリア様の好きな物はなんですか?」


「……甘い物。昔、村の人にもらったお菓子が甘くて凄く美味しかったから……」


 それを聞いて私はテーブルのクッキー持ってきてクッキーを一つ差し出す。


「良かったら食べませんか?焼きたてだから美味しいですよ」


「食べても良いの?食べたら怒られたりしない?」


 孤児院でのアリア様がどの様に扱われてきたのかが凄く気になりますね。


「誰も怒りませんよ。それにこれはアリア様の為に焼いたクッキーです」


 アリア様をクッキーを取って食べ始めた。


「……美味しい」


 一枚食べ終わると視線がバスケットの中にあるクッキーへ移った。


「遠慮せずに食べて良いんですよ」


 そう言ってバスケットを差し出すとアリア様は貪る様にクッキーを食べ始めました。

 お昼はほとんど食べられてませんでしたからお腹が空いていたのでしょう。


「どうしてお昼は食べられなかったのですか?」


「食べ方が分からなくて……」


 そう言えば侯爵家の方々が来られるのでコース料理でしたね。

 孤児院にいたアリア様がそんな料理を前にして普通に食べられる訳がありません。


「アリア様は今までどの様な物を食べていたのですか?」


「……味気無いスープに麦をふやかしたのと偶にパン」


 かなり食事が寂しいですね。


「いつもそんな感じなんですか?」


「うん。偶にメイルスパイダーの塩茹でが出る。あれは美味しくてたくさん食べれるから好き」


 メイルスパイダーって、確か蜘蛛の魔物だった様な……食べられる魔物とは聞いた事がありませんが……。

 想像すると食欲が湧きません。


「あれを食べるのですか?」


「……凄く美味しい。あれが出てくる日はごちそう」


 一度、調査した方が良いかもしれませんね。

 そこはリアーナ様へ報告すればすぐ何とかされるとは思いますが。


「お腹空いてますよね?」


 アリア様は首を横に振りましたが、お腹は正直な様で大きな音で空腹を訴えていました。

 まぁ、クッキーではお腹は膨れませんからね。

 私は部屋の外にいるエマさんにお願いしてサンドウィッチをお願いしました。

 手掴みで食べれる物であれば抵抗感が無いと考えました。

 アリア様はエマさんが持ってきたサンドウィッチも夢中で食べられすぐ寝てしまいました。

 私はそっと布団を掛けます。


 静かに部屋を出ると不安そうな顔のリアーナ様が部屋の前におられました。

 どうやらずっと部屋の前におられた様です。


「ありがとう。私ではやはり無理なのかな….…」


 リアーナ様は少し暗い顔をされていました。

 きっとアリア様の事を気にされていたのでしょう。


「そんな事は無いですよ。奥様の優しさはちゃんとアリア様に伝わっておられますよ。強いて言うなら身分の差を理解された方が良いかもしれません」


「身分の差だと?」


「不敬ながら申し上げるならこの国で最底辺にいる身分の人間が国の上位の身分の人間に囲まれるのがどれだけのストレスになるか考えた事がありますか?」


 リアーナ様は私の言葉に呆然として言葉が出ない様でした。


「平民からすれば侯爵家と何かあれば人生が終わる事もあるぐらい身分差のある関係です。侯爵家の方々に囲まれて食事を取るのは失礼ですが、アリア様にとって恐怖しかありません。私でさえ緊張するのです。それが孤児であるアリア様からすればどのぐらいの負担になるかお考え下さい」


「……そんな事……考えてもいなかったよ……」


 かなりショックを受けておられる様ですね。

 エマさんも奥歯を強く噛み締めてます。


「焦らずゆっくり行きましょう」


「その通りよ、リアーナ」


 声のした方を向くとアレクシア様とレイチェル様がおられました。


「今日は無理に押しかけて悪かったわね。孤児だとは聞いていたけど、あそこまでとは思わなかったわ。でもあなた達には懐いてるんだからゆっくり時間を掛けて接して行けば大丈夫よ。マイリーンの様なしっかりした子がいて良かったわ。これからもリアーナとアリアちゃんの事をお願いするわ」


「はい。精一杯頑張ります」


 アレクシア様はしっかり見ておられる様です。


「後、レイチェルは暫くこっちに住まわせるから」


「母上、いきなり何を言っておられるのですか?」


「お、お母様、私は何も聞いていないのですが……」


 レイチェル様は何も聞いてなかった様です。


「アリアちゃんと一緒の年代の子がいないと寂しいじゃない。レイチェルの講師はこっちに来させれば良いだけだし、部屋も余ってるんだし。あ、私も暫くここに住むのも良いわね。孫と一緒の生活なんて楽しいわ」


「母上、もう少し時間を頂けませんか。レイチェルは百歩譲って構いませんが、母上がこちらにおられるとなると色々と手配が必要になりますから」


「それは冗談よ。でも遊びには来るから。レイチェルの事は任せたわよ。服は後で誰かに持ってこさせるからよろしくね」


 アレクシア様は踵を返して行ってしまわれました。

 何か怒涛の様に決めてしまわれましたね。


「お、お姉様、ご迷惑なら私も帰りますが……」


 少しレイチェル様も気の毒です。


「いや、母上に言っても無駄だろう。アリアに同年代の子がいた方が良いのは事実だ。エマ、レイチェルの部屋を準備してくれ。マイリーン殿には済まないがアリアを見ていてもらって良いか?父上達は私が対応しなければならん」


「畏まりました」


 こうして慌しくも侯爵家の方々の訪問が終わりました。




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