閑話09:マイリーン・アドニ③
帰りの道中、何事も無く王都に着きました。
アリア様は孤児院から離れると寂しそうな顔をされて余り喋らなくなりました。
長い間、住んでいた所から離れるのが辛いのでしょう。
リアーナ様の屋敷へ着くと執事の方がアリア様に住む部屋の案内をしている間、私はリアーナ様と侍女の方と一緒に応接室にいました。
「マイリーン殿、この後どうしたら良いだろうか?」
リアーナ様は怖いぐらい真剣な表情で聞かれました。
正直、目付きが怖いです。
「アリア様が嫌で無ければ奥様は一緒にお風呂に入られては如何でしょう?この屋敷の大浴場ならアリア様も楽しめるのでは無いでしょうか?」
「それはいいな。エマ準備を頼む。それではマイリーン殿も行こうか?」
「え?」
「当然、マイリーン殿も一緒だろう?」
「私は使用人の方と一緒なタイミングで入りますので」
「教育係のマイリーン殿はそんなつれない事を言うのか?」
リアーナ様が物凄く悪い笑みを浮かべている気がします。
もしかしてドレスの一件!?
「まぁ、君もアリアと仲良くなる必要があるだろう。付き合うよな?」
これは絶対に断らせてはくれない雰囲気ですね。
「……はい。分かりました」
大人しくお縄に付きました。
最後は口は笑っていましたが、目が笑っていませんでした。
無駄な抵抗です。
私は既にこのお屋敷に住居を移しました。
リアーナ様が客室を準備して下さったのは大変嬉しいのですが、部屋が広すぎて落ち着きません。
以前に住んでいた部屋の二つ分の広さがあるので持て余してしまいそうです。
私は着替えを持って大浴場へ向うと既に全裸になったリアーナ様とアリア様とエマさんが待っていました。
リアーナ様の体は女性らしい美しさに加えて筋肉の締まった力強さを兼ね備えた誰が見ても見惚れてしまう様な素晴らしさです。
アリア様は初めてのお風呂に緊張しているのかリアーナ様の後ろに隠れていました。
「む、やっと来たか。入るぞ」
私は急いで服を脱いで準備しました。
タオルや石鹸はエマさんが持っていたので私は手ぶらです。
その辺りはエマさんがしれっとやって頂けるので助かります。
私達は湯船に浸かる前に洗い場で体を洗います。
長旅でお風呂には入れなかったので先に汚れを洗い落とします。
私とリアーナ様の間にアリア様が来る様に洗い場に行きます。
リアーナ様とアリア様は侍女のエマさんが体を洗い、私は当然自分で洗います。
と思っていたらリアーナ様が体を洗われながら器用にアリア様の体を洗っています。
ふとアリア様の視線がある一箇所を見ている事に私とリアーナ様が気が付きました。
「アリア、どうしたんだ?」
リアーナ様が泡立てた石鹸をたくさん付けた手でアリア様の体を優しく洗いながら聞きました。
「私にもじゃもじゃが無い……」
一瞬、私とリアーナ様は首を傾げました。
「でもリアーナさんには銀色のもじゃもじゃがあるし、マイリーンさんには金色のもじゃもじゃがあるから」
アリア様の言葉に思わず私とリアーナ様の手が止まり、顔が真っ赤に染まっていくのが分かります。
エマさんも指摘はされていませんが、完全に固まってます。
「エマさんもあるよ。栗色のもじゃもじゃ」
あ、エマさんの顔が真っ赤になりました。
これで仲間ですね。
エマさんは綺麗な栗毛ですから。
「アリア、それはここ意外で絶対言ってはダメだぞ」
「アリア様、女性として口に出すのはお止め下さい」
少し今後の教育が不安になりました。
体を洗い終えると四人で湯船でまったりと浸かりました。
さっきのもじゃもじゃの件は再度釘を刺してお風呂場以外では言わない様にさせました。
「アリア、お風呂はどうだ?」
「うん、気持ちいい」
「そうか、そうか」
アリア様はずっとリアーナ様の懐に収まってます。
「またみんなで入れる?」
「ここがアリアの家なんだから毎日は入れるぞ」
「やった!?リアーナさんありがとう!」
どうやらお風呂が気に入った様ですね。
さらっと全員と仰ってますが、私もなのでしょうか?
きっとそうなんでしょうね。
リアーナ様が視線でお母さんと呼んでもらえずにどうしたら良いかと視線で聞いてきます。
これにはゆっくり待ちましょうと返すしかありません。
いきなりそれは難易度が高いです。
そう返したらがっくり肩を落とされてました。
そしてエマさんがそれを見て大爆笑しています。
侍女が主人と一緒に湯船に浸かって、主人に対して大爆笑しても良いのでしょうか?
「エマ、笑いすぎだ……」
「アハハハハ……可笑しい……あのリアーナの顔がデレデレになってるんだもん……アハハハハ」
敬語すら完全に崩れています。
「おい、マイリーン殿が呆れて見てるからいい加減にしろ」
「アハハハハ……御免ね、マイリーン様。リアーナとは生まれた時からずっと一緒なの。所謂乳姉妹と言った方が早いかしら?結構、お真面目さんの寂しがり屋だからお風呂場では敬語禁止なのよ」
「う、うるさい!」
そう言う事でしたか。
「エマさんはリアーナさんと仲良しなの?」
「そうよ。可愛いなぁ、アリア様は。私もこんな娘なら養子にしたいわ」
そう良いながらエマさんがアリア様のほっぺを触っているとリアーナ様がアリア様を抱いてエマさんから距離を置きました。
「アリアは私の娘だ。エマも早く子供を作れば良いじゃないか」
「そうね。アリア様に付く子が一人前になったら子供を作るつもりよ。三十になる前には一人目は生みたいわ」
どうやらエマさんは結婚している様です。
もうすぐ三十近い独身の私には少し辛いです。
「休みが欲しい時は言ってくれ。ここに復帰したいなら言ってくれれば何とでもなるから」
「ありがと。でもリアーナも大事な人を見つけて結婚して欲しいんだけどね……」
エマさんの表情が少し暗くなる。
やはりリアーナ様が子を産めない事を気にされているのだろうか。
「エマ、そこまで気にしなくて良いんだ。今はアリアがいるから大丈夫だから」
アリア様はキョトン、としながら首を傾げていましが、エマさんは少し苦笑いをしました。
「ま、それでも前に進んだのかな」
何となくですがリアーナ様とエマさんの関係は私では推し量れない何かがある様な気がしました。
でも私はそれに触れる事は出来ませんでした。
ただエマさんが物凄くリアーナ様を大切に想っている事が言葉から伝わってきます。
今の私がここにいて良いのか少しだけ不安になりました。
お風呂から上がるとアリア様はすぐ部屋で寝てしまいました。
私はリアーナ様に呼ばれリビングにいます。
「なぁ、アリアは神殿に行って聖女にしなければいけないのか?」
「はい。私からそうお答えしか出来ません……」
リアーナ様は手元のグラスを手に取り、酒を呷る。
「この場は立場無しでお願い出来ないか?ここの会話を聞いている者もいない。エマも外させた」
リアーナ様は何処か物憂げな表情を浮かべ、グラスを揺らす。
「私はアリアを神殿に送る事が怖いんだ。あそこは嫌いだ……」
私は身を強張らせた。
一瞬、寒気の様な物が背筋を抜ける感じがしたのです。
「マイリーン殿の事は割と気に入ってるさ。そうでなければ裸の付き合いなんてしない」
リアーナ様は自ら酒をグラスに注ぎ足す。
「本音を聞きたい。ダメか?」
ここまで来て語らないのは無理だと思った。
「ここがマイリーンとリアーナと言う二人の女性が語らう場なら」
敢えて呼び捨てにした。
リアーナ様はまた一気にグラスを空にした。
「構わん。私なんて女にもなれなかった出来損ないだ。本来なら敬意なんて払われる様な存在じゃない」
お酒が入っている所為か少し感情がネガティブになっている様です。
「私も正直……不安に思います。きっと派閥争いに巻き込まれるかと」
私の言葉にリアーナ様は安堵の表情を浮かべ、更にお酒を呷る。
さっきからかなり早いペースで飲んでいるので少し心配です。
「良かった。少し安心した。アリアを見てあの子を幸せにしてあげたいと思ったんだ。アリアを守る為なら誰が敵であろうが容赦はしないだろうな」
最後の一言を聞いた瞬間、背筋が凍ったと錯覚しました。
「すまんな。付き合わせて。ここで言った事は誰にも言わんよ。教育は大変だと思うが宜しく頼む」
「はい、勿論です」
この時、私にはリアーナ様の思いは分かりませんでした。
でも再会した時にこの時の言葉を思い出す事になりました。




