閑話08:マイリーン・アドニ②
聖女候補の少女を迎えに行くのは私とリアーナ様、侍女のエマさん、護衛に騎士のミレル様の四人となりました。
馬車の周りには護衛として馬に乗った騎士の方が四名同行しています。
アルスメリア神教としての説明は私が担当し、当面の生活に関してはリアーナ様に説明頂く形になりました。
護衛のミレル様はリアーナ様の部下の方でプライベートでもよくご一緒される仲の良い後輩との事でした。
リアーナ様は馬車の中で疲れたご様子でした。
不思議な事にミレル様とエマさんは満面の笑みを浮かべています。
「奥様、お疲れの様ですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ……。まさかあれから毎日ドレス選びになるとは思ってもいなかった……」
なるほど。
普段慣れないドレスの採寸をしたり、着せ替え人形にされたりして疲れていた様ですね。
「私の様な女にドレスは似合わないのに……着替えはドレスしか無いし……」
普段の凛々しさが微塵も感じられませんね。
「リアーナ様でドレスが似合わないと仰られたら、ほとんどのご令嬢がドレスを着れなくなってしまいますよ」
今日、リアーナ様がお召しになっているドレスは薄い青のドレスで外出用なので装飾は控えめでシンプルな作りですが、これで似合わないと言ったら誰がドレスを着るのかと言ってしまうぐらい似合っていました。
「隊長、もう少し自覚して下さい。マイリーン様の言う通りですよ」
「恥ずかしい……」
時々、思うのですが普通、侯爵令嬢がドレスを着て恥ずかしがるとか有り得ないと思うのですが……。
「マイリーン様、仰りたい事は私どももよく分かります。これが奥様なのです」
何で私の思っている事がバレたのでしょうか?
「隊長って、いつの間に奥様と呼ばれていたんですか?私もそう呼びましょうか」
「ミレル、仕事中呼んだら次の模擬戦で私との一騎打ちと言うとても名誉な役をやろう」
「それは勘弁して下さい。命がいくつあっても足りません。それに冗談ですよ」
冷や汗をだらだらと流しながら答えるミレル様は余程、リアーナ様との模擬戦は嫌だった様です。
「マイリーン様、この度は奥様に色々とアドバイスを頂きありがとうございました」
「エマさん、気にしないで下さい」
「いえいえ、今回のマイリーン様のお陰でアレクシア様が大喜びしておられました。戻られたら是非、お茶をしたいと申されておりました」
ベルンノット侯爵夫人とお茶なんて平民の私には気の遠くなりそうなイベントです。
少し戻るのが憂鬱になってきたかもしれません。
「……はい」
私には素直に頷く以外の選択肢は存在しません。
「ミレル、私に服を貸してくれ。ずっとドレスでいると死にそうだ」
「隊長、流石にそれは無理ですよ。そもそも身長も胸も私より大きい隊長が私の服を着るなんて無理です」
「うぅ……誰か助けて……」
リアーナ様って、こんな方でしたでしょうか?
こう弱い部分を見るとときめいてしまいそうです。
「奥様、諦めましょう」
エマさんの一言にがっくりと肩を落とすリアーナ様。
最初に思っていた以上にストレスの無い馬車の旅でした。
鉱山の街ディートを過ぎて南に一日程進んだ所にある村へは王都から二週間で到着しました。
ただ周りが荒野で小麦等を育てている畑がありますが、育ちが良い様には思えません。
南部でも私の生まれ故郷のカノーラディアと比べると大分、厳しい環境に見えました。
村の外れにある教会が孤児院になっており、聖女の少女はそこに住んでいる様です。
「思っていた以上に貧しいな……」
リアーナ様は窓からの風景を見て呟きました。
「この地域は南の砂漠の影響で乾燥していて、荒野が多いので作物も育ちにくいのです」
「……そうか」
質問に答えたミレル様の言葉に何処か憂う様な表情でリアーナ様は窓の外を眺めていました。
気が付けば目的の教会に到着しました。
その教会を前に私達は絶句しました。
確かに教会なのです。
ですが、壁には罅だらけで至る所に大きな穴が空いており、屋根も半分は崩れて無い様な状態です。
まるで教会の廃墟の様な有様なのです。
奥からは子供達の声が聞こえてきます。
「ミレル、私が金を出す。馬車を使って街まで行ってたくさん食料を買って来い。そこの二人も一緒に行け」
「はい」
ミレル様と護衛の騎士の二人はリアーナ様の指示に従い、街へ戻っていきました。
外でそんなやり取りをしているとシスターらしき女性が教会から出てきました。
「あの……どちら様でしょうか?」
少し怯えた様子で尋ねてきました。
「突然の訪問、すまない。アリアと言う少女を養子で引き取らせてもらう事になったリアーナ・ベルンノットだ。こちらは神官のマイリーン・アドニ殿だ」
「マイリーンです。宜しくお願いします」
私とリアーナ様が名乗ると女性は慌て始めた。
「こ、侯爵家の方でございましたか!?すぐご案内しますのでこちらへどうぞ。私はここの孤児院を運営を任されておりますミナです」
ミナさんはパタパタと私達は教会の中へと案内されました。
中もかなり荒れており、孤児院の様相をなしていません。
一応、応接らしき部屋に通されましたが、窓が無く、天井も穴がいくつも散見されます。
「どうぞお座り下さい。大したお持て成しも出来ませんがご容赦下さい。昨年から不作が続いて余り食料がございませんので……」
「ミナ殿、気にしないでくれ。アリアの件は既に聞いていると思うが」
「はい。街の神官の方から聞きました。アリアの方には既に話をしております。もう少ししたらこちらに来ますので暫し、お待ち下さい」
リアーナ様は辺りを見回して―――
「かなり建物の状態が酷い様だが、何があったんだ?」
「お恥ずかしいお話なのですが、不作続きなので修繕用に取っておいたお金を全て食料に回してしまいまして……。子供達を飢えさせる訳には行きませんから」
「ふむ、それなら修繕に関しては私の方から手配させよう」
「そ、そんな侯爵家の方にそんな事をして頂く訳には」
「問題無い。アリアは私の養子になるならここはアリアの故郷だ」
突然、応接室の扉の開く音がした。
「あのー、シスターから呼ばれてきました……」
淡い水色の髪をの少女が部屋の入口に立っていました。
あんまり食事が当たらない所為か、かなり細いです。
腕なんか握っただけで折れてしまいそうです。
「アリア、こっちに来て私の横に座りなさい」
アリアと呼ばれた少女はいそいそとシスターの横へ座った。
「アリア、こちらの方があなたの母親となるリアーナ・ベルンノット様、そして神官のマイリーン・アドニ様ですよ」
「リアーナ・ベルンノットだ」
「マイリーン・アドニです」
アリア様は少し不安げな表情をした。
「アリアです……」
「まず簡単に私の方から説明させて頂きます」
説明と言ってもアルスメリア神教の概要とアリア様が聖女として迎えられる事、それに伴って後見人としてリアーナ様がおり、リアーナ様の養子になる事を簡単に説明するだけです。
三十分程で説明も終わりましたが、アリア様が何処まで説明を理解されたのかは自信がありません。
「アリア、大丈夫ですか?」
「……うん」
アリア様は頷きましたが何処か不安げな表情が消えません。
「アリア、やっぱ私の養子では嫌かな?」
リアーナ様の問いにアリア様は首を横に振ります。
「……みんなが心配で」
アリア様は孤児院に残る子達の事を心配していました。
後に聞くと自分だけ良い思いをしてみんなは苦しい生活を送っているのが辛いと思っていた様です。
「それなら心配無い。今までの援助に加えて私から追加の援助を毎月を行う。それに教会の修繕も私の方で手配するから安心すると良い」
「本当!?」
「本当さ。自分の娘の故郷を守りたいと思ってはダメかな?」
「ありがとう!!」
先程まで暗かった表情が一気に明るくなりました。
本当にお優しい方です。
「ミナ殿、暫くしたら街から食料も届くので当面はそれで何とかして欲しい。修繕の手配は早急にさせてもらおう」
「本当に何から何までありがとうございます」
ミナさんは深々と頭を下げた。
この状況下で孤児院を必死に運営しているミナさんを応援したい。
私も孤児院の運営していたので大変さはよく分かります。
ミレル様が購入してきた食料を孤児院へ全て渡し、帰りは行きの四名にアリア様を加えた五名の旅となりました。
アリア「新年、明けましておめでとうございます!今年も宜しくお願いします」
ヒルダ「2017年始まりましたね」
ア「今日は初詣に行くよ!」
ヒ「張り切ってますね」
ア「屋台が私を呼んでる!」
ヒ「食い意地先行型ですか……アリアちゃんらしいと言えばらしいですが……因みに何を狙ってるんですか?」
ア「たこやきにはし巻き、ベビーカステラに綿菓子」
ヒ「定番ですね。ベビーカステラは私も好きですね。あの一口サイズで甘くてふわっとした食感が堪りません」
ア「一番の狙いはまん丸焼きだよ!屋台と言ったらこれは絶対に外せないんだよ!」
ヒ「お好み焼きとはまた違って良いですよね。卵が主役で量も手頃ですから。でもそんなに食べれるのですか?今日はマイリーンさん以外晴れ着だからあんまり食べれないかと」
ア「は!?今、気付いた!じゃあ、着替える」
ヒ「はい、マイリーンさんに怒られるから諦めましょうね、アリアちゃん」




