48:慈悲など無い復讐
ピル=ピラで合成獣襲撃があった夜、孤児院の地下にある研究室でサリーンは帰ってこないハデルの事を考えていた。
実験体を取り返すと言って五十体以上の合成獣を連れて出て行った。
昼過ぎに襲撃があって、日が落ちる前には襲撃が終わっているのに帰ってこない。
準備した手駒はケルベロスベースの合成獣に実験で廃棄予定だった再生力しかない人をベースにした合成獣、そして召喚士の力で呼び出したドラゴン、これだけいれば失敗なんて考えられなかった。
もう深夜になろうと言うのに孤児院に戻ってきていない。
言い知れない不安がサリーンを襲う。
ガチャっと地下室の扉が開く音が聞こえた。
サリーンはハデルが帰ってきたのだと思った。
ゆっくりと階段を下る足音が聞こえてくる。
サリーンはふと違和感を覚えた。
ハデルの足音はこんなに軽い足音だっただろうかと。
それにハデルにしては足音が大人なしい。
実験体を取り返したハデルならもっと軽やかな足取りになる筈だと思ったのだ。
ハデルは体全体で感情を表現する。
サリーンはそれが鬱陶しくて仕方が無かったが。
ふと違う答えに辿り着いた。
それは実験体を取り返せず失敗した場合を考えた。
それなら足取りが重いのも頷けた。
だがあれだけの準備をして失敗だと損失が大きくて頭が痛くなった。
サリーンは落ち込んだハデルをどの様にやり過ごそうかと考えていた。
足音が止まったので下りてきたのだろう。
失敗前提で嫌味でも言ってやろうとサリーンは思っていた。
「お帰りなさい。あれだけ準備してどの面を下げて帰ってきたの?」
振り向くとそこにはハデルの姿は無かった。
そこには黒い服に身を包んだ眼帯を着けた少女がそこにいた。
「会いたかったよ。サリーンさん」
その少女はサリーンの名前を口にした。
サリーンは突如、強い力で後ろに引っ張られ壁に磔にされた。
「がっ!い、一体……何!?」
サリーンは自分の身に起きた事が全く理解出来ていなかった。
振り向いたら見知らぬ少女がいて、何故か壁に磔にされている。
目の前の少女はサリーンを見て口角を吊り上げて笑みを浮かべている。
サリーンはその笑顔に背筋が凍る様な感覚が走った。
「私の事を忘れたのかな?これでも長い付き合いだと思うんだけどな」
少女の声は気心が知れた友人に声を掛ける様な軽さだった。
徐々に少女が壁に磔にされているサリーンの元へ近づいてくる。
さっきは地下室の暗さで見えなかったが、地下室の明かりで徐々に少女の顔が露になっていく。
「そ、そんな……何で、何で……あなたがここに……?」
露になった少女の顔を見たサリーンは衝撃を受け、言葉が上手く出ない。
目の前の少女は神殿の地下に封印されている筈なのだから。
「あなたは……神殿の地下に封印された筈……」
そう、サリーンにとっては決して目の前に現れてはならない存在がそこにいた。
「聖女アリア……何故、こんな所に……?」
サリーンは嫌々と現実を否定する様に首を横に振り続ける。
今日はもうベッドに入って悪夢を見ているので無いかと思った。
だが明確に壁に叩きつけられた痛みが背中を走っている。
嫌でも現実と認識させられる。
「一年振りの友人との再会にしては酷くないかな?そんなに友人と会いたくなかった?」
アリアはケラケラと笑いながらゆっくりサリーンへ歩み寄る。
「な、何で……この場所が?」
サリーンは目の前にアリアがいる事を受け入れられなかった。
神殿の封印はそう簡単に抜け出せる物ではないからだ。
力を持った悪魔でさえ、あそこに封印されてしまえば抜け出せないのだから。
それに加えて何故、この地下室の事が知られたのか。
ふと帰ってこないハデルの事が過ぎった。
「ハデルが……逃げた?」
失敗で大きな損失を出して逃げたのだと思った。
そして情報が漏れてここがバレてしまったのではないかと。
「あぁ、ここの神父さんなら胸に大きな風穴を開けて死んだよ。今頃、ギルドかな?」
アリアはリアーナがハデルと対峙し、死体をギルドに提供した事、ハデルが首謀者と言う報告をしたと聞いてここにやってきたのだ。
ギルドの捜査の者が来る前に。
「嘘……」
「まぁ、サリーンさんはここで終わりだけどね。私を嵌めたお礼をしっかりしないとね」
アリアは復讐を成す為にここに来た。
「違う……私は悪くない……だって私は……」
「知らなかった?そう言いたいのかな?」
アリアはゆっくり歩みを進める。
「タイミングが良すぎるんだよね。私が見つけた瞬間、サリーンさんが悲鳴を上げてすぐに神殿に詰めている騎士が一斉に来たんだから。悲鳴がまるで合図かの様に」
アリアは手を伸ばしサリーンの顔に触れるとヒッと息を呑むように怯えるサリーン。
「あの時、態々私をアナスタシア様が殺害された部屋へ誘導したんだもんね」
サリーンは今の状況に思考回路が追いつかない。
「あの時は偶々!」
「サリーンさんは私が邪魔だったんでしょ?治癒魔法の適正があるのに年下の私が聖女になった事が気に食わなかった。結合の特性を持っているのにも関わらず」
正にアリアの言った通りだった。
サリーンはアリアより治癒魔法に関しては優秀だと思っていた。
普通の治癒魔法しか使えない癖に何故、アリアが聖女なのか理解が出来なかった。
片や聖女、片や普通の神官と言うのが耐えられなかった。
「そしてボーデンの手駒になって私を嵌めた訳だ」
事実を並べられて反論が出来なかった。
「ま、もうそんな事はどうでも良いんだけどね」
アリアは懐から一本の針を取り出す。
「な、何をする気!?」
サリーンは必死に踠くが拘束からは抜け出せない。
アリアはサリーンの靴を無理矢理脱がせて裸足にした。
「やめなさい!?私が何をしたって言うの!!そんなの濡れ衣よ!!」
必死に叫ぶがアリアの動きは止まらない。
アリアは足を掴み、足の親指の爪との間に針を突き刺す。
「痛い!?やめて!!」
喚くサリーンを気にせず両足の指の爪との間に針を突き刺していく。
サリーンの足の指には綺麗に刺さった針に血が滴る。
「……もう……やめてよ……」
痛みでサリーンは叫ぶ気力を失くしていた。
アリアはそんなサリーンを見て、満面の笑みを向けた。
「そう言えば私の治癒魔法の特性って、知ってる?」
「え?」
アリアの言葉にサリーンは何故、と疑問符を浮かべた。
サリーンの記憶ではアリアは普通の治癒魔法しか使えなかった筈なのだ。
「そうだよね。知らないよね。まぁ、実は治癒魔法も欠損程度なら一瞬で回復出来たりするんだけどね。私の特性は悪性なんだよね」
サリーンは聞いた事が無い特性に首を傾げた。
「この特性は意図的に切り替えが出来るから特性を使わない様にしておけば誰にも分からないんだよね」
アリアは今迄この特性を人に言った事は無い。
知っているのはリアーナとハンナ、それに前教皇であるアナスタシアだけだ。
「平たく言えば傷や病気を悪化させる事だね。強大な治癒魔法が使える私が使うとどうなると思う?」
サリーンは漸く磔に拘束され、足の指に針を刺された理由が分かった。
それと同時に顔から血が引き、真っ青になる。
「お願い!!それだけはやめて!!何でもするから許して!!」
サリーンの顔は涙や鼻水でぐちゃぐちゃになりながらアリアに許しを懇願する。
「何を言っているの?私がサリーンさんを許す道理なんて無いよ」
アリアからすればサリーンを許すつもりなんて更々無い。
今は如何に苦痛を与えようかで頭が一杯だ。
そして泣き喚く姿は何とも心地良い。
アリアはサリーンの足に手を翳す。
「治癒」
治癒の光がサリーンの足を包み込む。
それと同時に痛みに慣れてきたサリーンに新たな痛みが足から伝わる。
「アァァァァァァァ!!
サリーンの絶叫が地下室に響き渡る。
治癒の光によって針が刺された箇所の傷が広がり始めたのだ。
悪性の特性により治癒魔法で傷が広がったのだ。
徐々に傷が広がっていき爪が剥がれ落ちる。
床を赤い血で濡らしていく。
アリアは一旦魔法を止める。
空間収納から小指程の太さの杭と金槌を取り出す。
「サリーンさん、これが分かるかな?」
アリアはサリーンの顔の前に杭と金槌を近づける。
「もうやめて……お願いだから……」
サリーンは泣きながら許しを乞う。
アリアはサリーンの右の掌を無理矢理開き、杭の先端を当てる。
「ダーメ」
にっこり笑い、躊躇い無く金槌を杭に打ちつける。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!?」
「悲鳴のバリエーションが変わったね。それじゃ反対側もね」
左手に容赦なく杭を打ちつけていく。
「アァァァァァッ!!お願い!お願いだからぁ!!」
サリーンの絶叫をノリの良いBGMの様に両足にも杭を打ちつけていく。
アリアは影での拘束を解くと自重で杭が打ち込まれた所に更なる痛みがサリーンを襲った。
「ぐぁっ…あぁ……あぁ……」
アリアの拷問にサリーンは息も絶え絶えだ。
意識も少し朦朧としてきた。
「治癒」
今度は杭の刺さった部分に治癒魔法を施す。
杭が刺さった箇所の血が止まり、サリーンの意識が戻ってくる。
「これでよしっと」
アリアは徐にサリーンの服を剥ぎ取った。
その裸体はアリアが付けた傷以外は無い綺麗な体だ。
「これ以上は……」
サリーンはアリアに怯えながら首を横に振る。
普通の嫉妬だった。
何故、自分がこんな酷い目にあっているのか。
もう苦痛を与えるのをやめて欲しいとしか頭の中に無かった。
アリアは新しい針を取り出した。
先程の針に比べると少し長い針だ。
それを女性器の僅か上に針が行く。
「お願い……そこだけは……そこだけはやめて」
「フフッ」
アリアの持った針がゆっくりと刺し込まれていく。
サリーンは歯を食いしばった。
針が全部埋まるまで刺し込んだ。
アリアの手が針の刺さった箇所に伸びる。
サリーンはアリアが今からやる事が予想出来たがもう首を振って抵抗する以外出来なかった。
「治癒」
さっきはサリーンの意識を復活させる為に普通の治癒魔法だったが、今度は治癒魔法の効力を悪性方向に上げた。
最初より込めた魔力が多い為、悪化も早い。
痛みでサリーンは叫ぶがアリアの拷問が止む事は無い。
暫くすると何かが湿った音が床からした。
サリーンは痛みで自分に何が起こったか理解出来なかった。
ただ視線を足元へ向けると自分の下腹部から落ちた肉の塊が目に入った。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!?嫌っ!!嫌っ!!嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
もう自分の体がどうなっているか理解したく無かった。
そして徐々にピンク色をした内蔵もはみ出してきた。
そこでサリーンは突如、叫ぶ事が無くなった。
「あ……うぁ……」
サリーンの目は既に焦点が定まらず、半開きの口から涎が垂れている。
体が死ぬ前にサリーンの精神が壊れてしまったのだ。
「ま、こんなもんかな」
アリアは仕事が終わったと言わんばかりの口調で呟いた。
復讐の対象者の一人の始末が終わった。
サリーンの心臓に手を当てて力を込める。
アリアの指がめり込んでいき心臓を鷲摑みすると、サリーンの体は痙攣し、口から泡を吹き始めた。
勢い良く心臓を抜き出すと動脈から血が噴出し、アリアの顔が真っ赤に染まっていく。
アリアはそれを気にする素振りも見せずに心臓に齧り付いた。
濁ったサリーンの心臓はどんなワインよりも芳醇で濃厚な甘みがあり、その味の美味しさにアリアは夢中で貪った。
まるでアルコールに酔ったかのように顔が赤くなったが返り血で全く分からない。
心臓を食べ終えるとその名残惜しさからサリーンの胸にぽっかり空いた穴に顔突っ込む再び貪る。
湿った音が地下室に響く。
無我夢中で貪っていたアリアだが、味が薄れていくに連れて酔いが醒めたかの様にサリーンの死体から離れた。
『満足した?』
『充分美味しかったよ。こう言う魂は最高だね』
サリーンの味にカタストロフも満足した様だ。
アリアは魔法で返り血を落とし、孤児院を後にした。




