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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第一章:復讐の聖女
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45: 合成獣殲滅戦 in 西門@ハンナ

 ハンナはダガーを両手で持ちながら歯噛みした。

 先程の合成獣(キメラ)はマイリーンとハンナを引き離す為の誘導だった事に気付かずマイリーンの元を一時的にとは言え意識の外に置いてしまった事を悔やんだ。

 二体の合成獣(キメラ)はハンナの手によって絶命している。


『君らしくない失敗だねぇ』


 頭の中で話しかけてきたのはハンナと契約した悪魔バジール。

 人を揄う様な言い方だ。


『五月蝿い。黙ってなさい。私の失敗なのは分かってます』


 自分の失敗をしっかり認識しているからこそ悔やみ、腹立たしいのだ。


『私の力が必要なんだろう?』


 分かっていて聞くバジールに腹が立つがそんな事に腹を立てていても終わらない。


『ええ、腹立たしいですが力を貸して下さい。あの愚か者達にはしっかり償ってもらいましょう』


『単なる八つ当たりにしか見えないんだけどねぇ』


『マイリーン様の結界の維持を。後は私で何とかします』


『了解っと』


 ハンナは黒ずくめの方へ向う瞬間、魔法を放った。


風刃(ウィンド・スラッシュ)追跡(ホーミング)


 放たれた魔法に黒ずくめは身構える。

 しかし、ハンナが狙ったのは黒ずくめではない。

 マイリーンに魔法を放った冒険者だ。


「ぐわっ!?」


 突如、複数の風の刃に襲われ冒険者は崩れ落ちる。

 死なない様に手加減はしたが、身動きを止める為に足は切断した。

 足の切断は衛兵だけでは治療出来ない。

 出来るとすれば高位の治癒魔法を修めた神官ぐらいだろう。

 殺してしまっても良かったが後で情報を吐かせる為に生かしたのだ。


 背後で崩れた冒険者には気を留めず黒ずくめに迫る。

 黒ずくめの半分は応戦、半分は撤退の動きを取った。

 その動きをハンナ気付いており、予測もしていた。

 ハンナは地面に手を付く。


影網(シャドウ・ネット)牢獄(プリズン)


 ハンナの影が網の目上に伸び黒ずくめを全員囲む広さで影の網は止まる。

 本来は影の網を広げて敵を捕縛する魔法だが、範囲が狭い。

 範囲を広げる代わりに捕縛する機能を無くして一時的に影の結界を生み出す様に改良したのだ。

 突如、逃げ道を影の結界に阻まれた逃げようとした黒ずくめ達に混乱が生じる。


「逃がしません。交換(スイッチ)


 静かな口調でそう宣言するとハンナはその場から消える。

 逃げようとしていた黒ずくめ達の背後の空中にハンナは姿を現した。


 ハンナの悪魔の能力は空間にある物体を入れ替える事。

 今のは自分自身と黒ずくめ近くの目標の空間を入れ替えたのだ。

 アリアやヒルデガルドと比べると地味な思える能力ではあるが、ハンナ自身は結構気に入っている。

 ハンナは懐の投擲用のナイフを一気に投げつける。

 ハンナの存在に気付いた黒ずくめもいたが、突然の事で避けられず膝を着く。

 着地と同時に近くにいる黒ずくめ二人の喉をダガーで切り裂く。


 背後から足止めとして残っていた黒ずくめが襲い掛かってくる。

 黒ずくめ達は失敗していた。

 焦っているのは当然だが、同じ場所に五人固まっているのだから。

 ハンナの口元が緩む。

 獲物が掛かった(・・・・)と。


網斬(スラッシュ・ネット)


 黒ずくめ達の足元の影が迫り出す。

 地面から迫り出した無数の影の刃が黒ずくめ達を容赦なく切り裂いていく。

 この一瞬で五人の黒ずくめ達は復元不可能な細切れとなった。

 細切れとなっていく仲間の姿を見た生き残った黒ずくめ達に恐怖が走る。


 突如、黒ずくめ達が身体を抱き、苦しげに踠き始める。

 ハンナはその黒ずくめに何もしていかったので訝しげに見る。

 苦しんでいるなら殺してしまおうと思い距離を詰めダガーを一閃。

 普通なら血飛沫が舞う筈が何も起こらなかった。

 切りつけた黒ずくめの喉は切り裂かれていたが、その傷口は中に虫の幼虫が這い回る様に蠢いていた。


 ハンナは嫌な予感がして咄嗟に黒ずくめから距離を取る。

 黒ずくめの切り裂いた傷口、目、皮膚を喰い破る様に触手が飛び出す。


「……何ですか……あれは?」


 警戒を解かず目の前の起きた事を推察しようとするが、全く答えが見つからない。


『バジール、あの悪趣味なのは何ですか?』


『私にも分からないねぇ。あれも合成獣キメラの一種とか?』


『さっきまでは普通の人間だったと思うのですが?』


『そんな事言ったって私も知らないよ。あんなの見た事無いんだから』


 長く生きる悪魔ですら見た事が無い物。

 そんな物を生み出す研究とは何が目的なのだろうか、と思ったハンナだったが、目の前の謎の異形の合成獣(キメラ)に集中する。


『近づくのは無しですね。見ているだけで吐き気がしそうですから』


『それは同感。私の本能では近づくなと言ってるねぇ』


 バジールの一言で離れて戦う事に決める。

 人の心を逆撫でして腹立たしい悪魔だが、この長い時を生きてきた者の直感は無視出来ない。

 異形の合成獣(キメラ)はゆっくりとハンナへ向ってくる。

 幸い早くなかった。


風刃(ウィンド・スラッシュ)


 風の刃が異形の合成獣(キメラ)を両断していき、地面に転がる。


『何だか呆気無いねぇ……』


 バジールの気の抜けた感想を横に流しつつ異形の合成獣(キメラ)を見ていると両断された箇所が蠢き始めた。


『これって……まさか……』


 ハンナは嫌な想像をした。


『うわ、あんなの悪趣味過ぎるねぇ。切ったら分裂とか最悪以外なんでもないよ……。私も手伝うからあれ(・・)を使いなよ』


『そんなに危険ですか?』


 ハンナはバジールが指した物が何かはすぐ分かったが、それを使わなければならない事態とまでは考えていなかった。


『あれ自身は強くないがとても嫌な予感しかしないんだよねぇ。それに風しか使えない君じゃ多分、キツイ。暗球(ダーク・スフィア)でも大丈夫そうな気はするけど、さっきので数が倍になったからねぇ。途中で魔力が尽きかねないねぇ』


 暗球(ダーク・スフィア)は生命力を直接奪う闇の魔法だ。

 欠点は範囲が狭く異形の合成獣(キメラ)を倒すのには何回も放たなければならない。

 バジールはハンナの魔力量では厳しいと判断したのだ。


 ハンナは影の結界を解除した。

 あれを外に出さない為に影の結界を解除するべきでは無いが、異形の合成獣(キメラ)を倒すには影の結界を解除しないとダメなのだ。

 影の結界と通常の魔法は並列起動出来ないからだ。

 網斬(スラッシュ・ネット)影網(シャドウ・ネット)の進化系の魔法なので問題は無かった。


 ハンナは懐から赤い魔石を取り出す。

 これは七級の魔法である連炎陣(イグニス・ヴェール)を封じた魔石だ。

 バジールがあれ(・・)と言っていたのは広範囲殲滅魔法を封じ込めた魔石の事だ。

 いざと言う時の為の切り札である。

 この魔石を使用すれば連炎陣(イグニス・ヴェール)が発動するが制御は使用者が行わなければならない。

 魔石を使用すると言っても魔法を使うのと大差は無い。

 精々、適正相性を無視して発動出来る程度だ。


 ハンナ自身に異形の合成獣(キメラ)を確実倒す手段が無かった。

 風の魔法で細切れにする事は出来るが何処まで細切れにすれば活動を停止出来るか分からないし、最悪全て動き出したら手に負えない。

 背に腹は代えられない。

 手にした魔石に魔力を注ぐと魔石から赫光が迸る。

 後は魔法を発動するだけ。


連炎陣(イグニス・ヴェール)!」


 ハンナから解き放れた炎は勢いよく異形の合成獣(キメラ)を囲む。

 異形の合成獣(キメラ)を燃やし尽くす様に取り囲んだ炎は渦を巻きながら炎の囲いの中を駆け巡る。

 渦巻いた炎は異形の合成獣(キメラ)を焼き尽くす。


 ハンナの顔に汗が滲む。

 これは炎によって生まれた熱の所為だけでは無い。

 ハンナはこの魔法の制御に必死だった。

 本来であれば使えない魔法である。

 それを魔石を鍵にして無理矢理発動させているのだ。

 その負担は普通の魔法の何倍にもなる。

 更にこの魔法は七級の広範囲殲滅魔法だから魔力消費も多い。


 炎が止むとそこに炭化した異形の合成獣(キメラ)だった物は残されていた。

 流石に炭化までしたら動く気配は無かった。

 ハンナはマイリーンの元へ駆け寄る。


「大丈夫ですか?」


 ハンナはマイリーンの傷を確認する。

 幸い大きな怪我は見当たらなかった。


「はい。先程、自分で治癒魔法で対処しましたので」


 マイリーンはハンナが黒ずくめと相対している内に治癒魔法で自らを治療していた。

 マイリーンは全快とは行かないが重い身体を起こす。


「すみません。ご迷惑を掛けてしまい……」


 すっとハンナの人差し指がマイリーンの口に添えられる。


「謝らないで下さい。もう仲間じゃないですか。助けて助け合うのですから気にしたらダメですよ。その代わり私が危ない時は助けて下さい」


 マイリーンはハッとなる。


「向こうを片付けましょう」


 ハンナに促されてマイリーンは一緒に後ろにで呻いている冒険者の方へ近づいていく。

 マイリーンを魔法で攻撃した冒険者だ。

 足は切断されており、傷口をきつく縛って出血を防いでいる。


「マイリーンさん、治癒魔法を彼に掛けてもらって良いですか?」


「はい。ですが、私の治癒魔法だと傷をふさぐ程度しか出来ませんが構いませんか?」


「それで大丈夫です」


 マイリーンはハンナの意図は分からなかったが指示に従う事にして冒険者の足に手を翳す。


治癒(ヒーリング)


 冒険者の男は淡い光に包まれる。

 痛みが引いたのか呼吸の乱れが少し治まる。

 一人の衛兵が駆け寄ってくる。


「こちらでは何も出来ずにすみません」


 その衛兵はマイリーンとハンナに頭を下げた。


「いえ、それよりこの方の身柄はギルドで拘束しても宜しいですか?」


「そうですね。ギルド内で解決するのが良いでしょう。こちらはそれで処理しておきます」


 少し悩む素振りを見せた衛兵だったがあっさり引き渡しに応じた。

 彼も合成獣(キメラ)と必死に戦うマイリーンを見ていた。

 いくら魔物とは言え街を守ろうと戦う者を無碍に扱う人間では無かった。


「二週間ぶりですね」


 ハンナは首を傾げるがマイリーンはその衛兵には覚えがあった。


「その節はお世話になりました」


 ぺこりと礼をするマイリーン。

 マイリーンが街に入る時に対応していた中年の衛兵だった。


「いえいえ、あなたの様な方であれば私としては歓迎ですよ」


 衛兵はにこやかに笑って返す。


「あの……私の様な魔物にその……普通に扱っても良いのですか?」


 マイリーンからすれば魔物は忌避される存在だと思っているので普通に接するこの衛兵が不思議だった。


「私はバンガ出身と言うのがあるのかもしれませんね。バンガに行けば蟲人族もいますから。寧ろ蟲人族に比べればあなたの方が抵抗感が少ないですね」


 蟲人族とはバンガ共和国を中心に住む虫の特徴を持つ亜人の事だ。

 他の国では亜人にも含まれず魔物として扱われている。

 バンガ共和国では人の言葉を介する者であれば何人も差別してはならないと言う法律があり、亜人に限らず魔物でも差別が禁止されている。

 差別に対する刑罰も厳しく、差別を行った事が判明すれば死罪を言い渡される。

 その為アルスメリア神教の現教皇が進める人間至上主義とは相容れない国だ。


「後、街を守ろうとしてくれる者を無碍に扱う事は出来ませんよ。私達では太刀打出来ない相手と戦う者を蔑む様な愚か者ではありません」


 マイリーンは中年の衛兵にはっきりそう言われ、嬉しくて少し涙が出そうになった。


「ありがとうございます」


「私もそう言えるあなたの志が素晴らしいと思います」


 ハンナも衛兵の言葉に嬉しさを覚えた。


「そんな事ありませんよ。おや、向こうも終わった様ですね」


 門より外を見ると合成獣(キメラ)はほとんど倒され門の方に戻ってくる冒険者がちらほらいる。

 その中にアリアの姿もあった。

 こうして西門の合成獣(キメラ)は全て討伐された。



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