05:悪魔との契約
ピル=ピラの南、ハルネートへと伸びる街道を進むアリアとリアーナ。
盗賊の襲撃が多い方面を中心に捜す事にしたのだ。
本来、街の警備隊が盗賊討伐を行う際にアジトが不明な場合は山狩りを行う事が多い。
ただ二人の冒険者が普通に盗賊のアジトを探すのは骨の折れる作業になる。
ひたすら該当の森等に人の痕跡を探し辿るのだが、これが大変なのだ。
人の痕跡と言っても盗賊以外に素材採取の冒険者、野生動物を狩る者等の痕跡もあるからだ。
しかし、彼女達からすれば難しい事は無かった。
「アリア、匂いで分かるか?」
「大丈夫だよ。ここからでも分かるくらい不味そうな魂の匂いが漂ってきてるし」
アリアには魂の匂いが分かる。
業の浅い半端な人間の魂は美味しくない。
業が深く、悪逆を重ねた魂は何よりも美味しい。
「詳細はカタストロフに聞いた方が早いかな。何か分かる?」
アリアの問い掛けに二人の頭に直接声が響いた。
『くそったれな魂はそっちの森に入って一時間程の所に二十人ぐらい集まってるね。そこがアジトじゃないかな』
声の主はカタストロフ。
アリアが背負う漆黒の大剣に封印されていた悪魔だ。
カタストロフと契約する事によりアリアはその力を行使する事が出来る。
空間魔法や魂の匂いが分かるのもその為だ。
そしてリアーナとハンナも悪魔と契約している。
「不味いけど無いよりは良いでしょ?」
『ずっとお預けされるよりはマシだけど食べる方の身にもなってごらんよ』
「それを言うなら心臓を食べる私達の事も考えてよ」
そう盗賊討伐の目的は合法的に魂と心臓を食べる為だ。
『契約なんだから仕方が無いじゃん。僕としてはたくさん食べて、早く仲間になってもらうと嬉しいしね。ちゃんと復讐には力を貸すしギブアンドテイクでしょ』
彼女達の目的はアリアを貶めた者達への復讐だ。
そして悪魔が力を与える条件としたのが、彼女達が悪魔なり、仲間になる事だった。
穢れた心臓を悪魔との契約者が悪魔になる事を望みながら食す事により徐々に悪魔になっていくのだ。
完全に悪魔になるには大量の心臓が必要であり、他にも様々な条件があり普通には条件が揃う事は無い。
アリア達は既にかなり変質しており思考が人間より悪魔に近づいている。
人間の心臓を食す事に抵抗感は無く、気にするのは味だけだ。
人間的な感覚が無い訳ではない。
罪の無い人を無理して食べようとは思っていない。
だからこそこの様に盗賊討伐をしているのだ。
「まーね。私もそこはちゃんと理解してるよ。でも魂の味と心臓の味は連動してないよね?」
『そこは僕にも分からないな。僕達は心臓は食べないし人間から悪魔になった者なんてほとんどいないし。僕としては一番最初の食事から美味しそうに心臓を食べていた君の方が不思議だよ。正直、聖女じゃなく元から悪魔だったんじゃないかと思うぐらいに』
アリアは三人の中で飛び抜けていた。
リアーナやハンナは今は普通にしているが、契約したての時は何回も嘔吐しながら口の中に入れていた。
しかし、彼女は迷い無く美味しそうに食べていたのだ。
純粋な悪魔であるカタストロフでさえ、その光景に戦慄を覚えた。
まだ完全に悪魔にはなっていないが、精神的な部分で言えば悪魔を超えているとも言えた。
「そう?もう仲間みたいなもんでしょ?それなら私も悪魔って事で良いんじゃないの?それにやりたくて聖女をやっていた訳じゃないし、今の方が自由だから好きだよ」
悪魔自体は人間と敵対し、恐怖の対象だ。
しかし、彼女には悪魔に対する忌避感が存在しない。
昔はあったかもしれない。
だが彼女の人間的な部分はカタストロフと契約する前に半分以上壊れていた。
『そう思ってくれているなら嬉しいね。まぁ、アジトまでは僕が案内するよ』
「任せた」
案内をカタストロフに任せて街道沿いの森の中を進んで行く。
特に道がある訳ではないが、途中にナイフで傷を付けた様な痕がある木が何本かあった。
恐らく、盗賊の中での何かしらのマーキングと思われる。
それを見てリアーナは盗賊の痕跡だと確信した。
『もう少しでアジトだよ。一応、入口の近くに見張りが一人いるね。何か作戦はあるの?』
リアーナは軽く考える様な動作をした。
「人質はいるか?」
『割と綺麗な絶望した魂が三つあるから人質じゃないかな?』
「具体的な人数は分かるか?」
『くそったれな魂は入口近くに十九。人質と思われる魂はそこからちょっと離れた奥のほうだね』
リアーナは考えを巡らせる。
「入口の見張りを静かに排除し、正面突破で速攻で片を付ける。それで良いか?」
「私はリアーナさんの作戦でいいよ。煩わしい事は苦手だし」
アリアはいつも作戦みたいな考え事はリアーナに丸投げだ。
考えても他の二人より良い案が出ない。
盗賊討伐に関しては騎士隊で慣れているリアーナの方が経験値が多いので、自ら考えるより任せてしまった方が安全なのである。
「見張りは私の方が確実だから私がやるね。影移」
そう言ってアリアは影に潜り込む。
考える事は苦手だが手数が多く、扱える魔法は三人の中では彼女が一番多い。
見張りの男はいつも通りアジトの前で番をしていた。
まだに二十代半ばだろうか。
彼は住んでいた村が魔物に襲われ命からがら逃げのびた。
しかし、村を出た彼に行く場所は無く、偶然通りかかった盗賊に拾われたのだ。
彼自身も盗賊をやりたくてやっている訳ではない。
その時はそれしか生きる方法が無かった。
最初は抵抗感があったが、時が経つに連れて失くなっていった。
仲間意識が芽生え、頭の懸賞金が上がったり、討伐依頼が出るとその強さに誇りさえ覚えた。
昨日も街道を行く商人の馬車を襲った。
奴隷を扱う商人だったので若い女が手に入ったのだ。
普段は裏の奴隷商に売り払ってしまうが、今回はかなりお金や物資も手に入った為、自分達で飼う事になったのだ。
女なんてかなりお預けだったので、そんな時に見張り番と言うハズレくじを引いてた彼は肩を落としていた。
「中は今頃お楽しみで盛り上がってんだろうな……ハァ……」
落胆しながらも怒られるのは嫌なのか周囲の警戒は怠らない。
「!?」
アジト入口横の茂みから何か音が聞こえ、その方向を見据える。
特に誰かがいる様な気配は無い。
腰に差した剣を抜く。
「……兎か何かか?」
男は茂みに近づいてみるが、何もいなかった。
「気のせいか……」
何も無い事を確認した彼は剣を納め、後を向く。
「あ?」
そこには大剣を背負った黒ずくめの少女が立っていた。
少女の口角が釣り上がる。
反応するより速く、少女の腕が彼の胸に突き立っていた。
「ひゅ?」
彼は自らが置かれた状況を全く理解出来なかった。
何故か声にならなかった。
出たのは空気が漏れる音だけ。
少女は心臓を掴んでいた。
心臓を掴む直前に喉を切り裂いていた。
当然、声を出せない様に。
少女は無造作に心臓を引き抜く。
男の身体は力無く地面に伏す。
彼は何も理解出来ぬまま、その生に幕が下りた。
「うーん……予想よりはマシだけどあんまり美味しくないね」
アリアは不満げに見張りの男の心臓に噛りつく。
口元を鮮血で真っ赤に濡らし、鮮血を滴らせている光景は常軌を逸している。
『魂も大した味では無かったかな』
カタストロフも感慨も無く言う。
「まぁ、無いよりは良いんだけどね。リアーナさん、半分食べる?」
アリアは半分程食べた心臓をリアーナに差し出す。
「いや、今はいらない。どうせ胸焼けがするくらい中にたくさんいるからな」
差し出した心臓をさっと食べ切り、魔法で水を精製し顔の血を洗い流す。
「それじゃ、サクッと終わらせちゃいましょうか?」
まるでピクニックにでも行くかの様な雰囲気でアジトへ足を踏み入れた。