40:人間にモテないけど獣にはモテる
「ちょ、ちょっと、グラーヴァ!?何を言っているのよ!?人間を番にするとか無理だよ!?」
突然の求婚にミレルでは無くカトリーヌが動揺して声を上げた。
この巨躯の魔物であるグラーヴァを呼んだのはカトリーヌなのだから責任と言う意味では彼女にある。
カトリーヌ自身も余りにも突拍子も無い展開に着いていけなくなってきていた。
当のミレルは許容量オーバーなのか全く動きがなく、思考も完全停止した。
ブレンはもう諦めの境地に達していた。
もうどうにでもなれと心の中で呟き、俺に出来る事はもう無いと思っていた。
『この極上の香を持つ人間なら我の番に相応しかろう?』
「いやいや、キングベヒーモスの長が人間に求婚するとか意味分からないよ!?」
『良いではないか。我が気に入ったのだ。悪い話では無かろう。強い雄の番となるのに何の問題がある?』
「種族的な問題があると思うよ!!」
『小賢しい竜共でさえ人間を番にしたりするではないか。それであれば我の番が人間でもおかしくは無かろう。お前に文句を言われる筋合いは無い。ミレルよ、我の番となれ』
食って掛かるカトリーヌを意に介さずミレルに向き直る。
改めて求婚されたミレルは現実に戻ってきたは良いが、グラーヴァの要求にどうしたら良いか全く思い浮かばなかった。
本心としては断りたいのだがグラーヴァが万が一、暴れたらと思うと断れなかった。
かと言って結婚相手に魔物とか有り得ない。
その二つがただただ頭の中でぐるぐると回っていた。
「グラーヴァ、お姉ちゃんが完全に怖がってるじゃない。優しくない人は嫌われるんだよ」
ある意味限界を迎えているミレルにカトリーヌが助け舟を出す。
『む、それはいかんな。でもどうしたら良いのだ?』
「人の姿になれるよね?」
『そんな事で良いのか。暫し待て』
グラーヴァはそう言ってブツブツと何かを言っているとグラーヴァの身体が光に包まれる。
光に包まれた体は徐々に縮んでいく。
光が収まるとそこには一人の青年がいた。
燃える様な赤い髪に獰猛さを宿した鋭い眼、体つきはかなり良く身長もブレンより高い。
服装は極々普通の村人の様な格好なので整った顔立ちに対して何処かミスマッチだ。
「これで良いか?」
グラーヴァはミレルに近付いていく。
周りにいるクアール達は本能的に後ずさる。
魔物の本能として勝てないと分かっているからだ。
だがシルヴァラはその場から動かない。
「ほう、我を前にして退かぬとは中々見上げた心意気だ。ミレル、お前の気持ちを聞かせて欲しい」
ミレルの頭の中はもうぐちゃぐちゃだ。
この混乱している状況でグラーヴァがイケメンになって自らを求めてきている。
こんな特殊な状況で無ければ喜んで頷いただろう。
混乱した挙句でた言葉は―――
「お、お友達からで!」
グラーヴァはミレルの言葉にふむ、と少し考え込み、目を閉じるがすぐに開いてミレルを見つめる。
「まぁ、我が伴侶なる者に答えを急くのは些か配慮に欠けるか。最近は暇だからミレルに着いて行こう。さすれば我の事も分かろう」
「ちょっと、何でグラーヴァが着いてくるの?里で大人しくしてれば良いのに……」
カトリーヌはこの場にグラーヴァを呼んだ事を後悔した。
ただミレルの性質を見極めたかっただけなのに。
そして当のミレルはシルヴァラの背に顔を埋めて現実逃避していた。
「ふふふ……私が何をしたって言うの……」
背中でブツブツと呟くミレルにシルヴァラは慰める様に優しい鳴き声を掛ける。
「俺は何も見なかった。俺は何も悪くない」
完全蚊帳の外だったブレンは目の前の状況に思考を放棄した。
王都に戻ったらこの事は報告しないといけない為、後程頭を抱える事になるのだが、それはまだ先の話。
「グラーヴァ、人のルールが分かるの?」
「そのぐらい我でも分かる。年に数度は高原の街に出向くからな」
このキングベヒーモスはミルマットの街に定期的に訪れていた。
理由は街で行われる祭りに参加する為だ。
祭りの時期は街の入場の検査が緩くなり、出入りが容易いからだ。
何よりも祭りの屋台を回るのが密かな楽しみなのだ。
普段は群れの長としての役目がある為、山奥から出てくる事は無い。
「てっきり引き篭もりかと思ってたけど、違うんだ?そんなに人里に行っているなら何で元の姿のままだったの?」
「ここで何かに気を遣う必要性は無かろう。正直な所、人間に我がときめく等と思うまいよ」
グラーヴァからすれば人間は矮小な存在で気にする様な存在では無い。
「へぇ~、それはまた意外。ちょっとお姉ちゃんには悪い事をしちゃったかな」
カトリーヌは少し反省していた。
これからミレルの身を考えると気の毒と思ったからだ。
キングベヒーモスは災害級の魔物中でトップクラスに位置しており、国際情勢に多大な影響を与える存在である。
そんなグラーヴァに求婚されているともなれば彼女の周りが色んな思惑が蠢き、否が応にも巻き込まれざるを得ないのだ。
そんなミレルの存在は非常に不安定な立ち位置に立つ事になる。
「ミレルに謝っておけよ。お前さんの正体が気になるがもう聞かない事にした。聞けば碌でも無い事になる予感しかしないからな」
ブレンはもうカトリーヌの正体を聞くのをやめる事にした。
普通に考えてもキングベヒーモスの長、グラーヴァとの接点を持っている存在が普通の存在では無いのは明白だ。
何処かの王族なんて言うのが大した物ではないぐらいの存在である可能性が高く、それを知るのは危険過ぎると考えたからだ。
「お姉さんにはちゃんと謝るよ。私でもこの事態は予想不可能だよ」
少しげんなりした様子のカトリーヌ。
「おじさんにそんな事言われるとここで正体を言ってしまうのも面白いかも」
何処までも揄ったり悪戯が好きなのだ。
「やめてくれ。特にミレルが耐えれない。アイツ完全に現実逃避してやがんな」
「あ、そうだね」
ミレルはシルヴァラの背中に頬ずりしながらグラーヴァに頭を撫でられて、ある意味微笑ましいな光景がそこにあった。
「俺にはそのまま結婚しても良い様に思えてきたぞ」
「砂糖吐きそうなぐらい甘そうだよね」
二人が言っているのは強ち間違いではなかった。
現実逃避しているミレルにとってはイケメンに優しく頭を撫でられて、大好きなモフモフを堪能しているのだから。
本人は正常な思考をやめて現実逃避しているので、現実に戻って慌てる事になるのは火を見るより明らかだ。
「街に戻るか。アイツ連れて行くのか?」
ブレンはグラーヴァを指す。
「本当は嫌なんだけど、あれに暴れられると目も当てられないから諦める」
「だよな」
結局、グラーヴァを連れて街に戻ったが、入口でシルヴァラの入門に手間取ったのは言うまでも無い。
Sランクの魔物を従える事は普通には有り得ない事なのだから。
ミレルはと言うとシルヴァラと一緒にいるのが嬉しいのかブラシを買って初日から一生懸命ブラッシングをしていたとか。
グラーヴァに関してはさらっとギルドカードを持っており入場には問題無かった。
問題があるとすればランクが下から二番目のEランクな事ぐらいだ。
次の日、ミルマットの街では謎の巨大怪物が出たとして街を騒がせるのであった。




