39:名前を付けよう
「これって、どうするの?」
ミレルは首を傾げてルーに聞いてみる。
ルーも首をコテンと傾ける。
そしてカトリーヌの方を見る。
困ったカトリーヌはブレンを見た。
「何で俺に振るんだよ。一番、懐いているそいつと一緒で良いんじゃないか?」
ブレンのその言葉にクアール群れががっくりとした様に残念感を漂わせる。
「ブレン、そんな酷い事を言ったらダメよ」
「そうだよ、おじさん。可哀相な事を言っていると食べられちゃうよ」
どさくさに紛れて諸悪の根源であるカトリーヌまでミレルと同調する。
「カトリーヌ、お前はこっち側だぞ。ミレル、お前はどうしたいんだ?」
「うーん、こんな可愛い子達に懐かれた私にどうしろと?」
もうモフモフで幸せなミレルは思考回路が飛んでいた。
群れのクアールもミレルに近づき顔を擦りつけ始め、囲まれてしまう。
「お前さ、ここに住んだら?」
ミレルの目が見開いた。
「そうするわ!そうしたらこの子達と毎日戯れられる!そうすれば毎日モフモフが……フフフフ……」
ミレルは想像しただけで幸せになれた。
ブレンは冗談で言ったつもりが本気で受け止められるとは思ってなかった。
「あー、これって俺が悪いのか?」
「おじさんの為に違うと言っておこうかな。寧ろ群れのボスになっちゃったお姉さんをどうしようか?」
「え?」
ミレルはカトリーヌの言葉に現実に戻ってきた。
「何を言っているの?」
「言葉のままだよ。だって群れのボスがお姉さんに懐いているから実質、お姉さんがその群れのボスだよ。良かったね」
そうなのだ。
クアールとは言え群れを成す魔物なのでボスの命令は絶対だ。
そのボスが恭順示す者がいれば群れの中ではボスより上になる。
それは実質ボスと一緒だ。
「それに仕事の途中だぞ」
「ブレンに任せたわ。私、ここに住む」
「いや、ダメだろ。それに王都に戻ったら結婚相手探すんだろ?」
「私は結婚相手探すよりこの子達といる方が幸せ」
クアール達は嬉しそうにミレルにじゃれる。
「なぁ、これ何とか収集着かないか?」
「うーん、代表で誰かに一緒に来てもらうしか無いんじゃないかな。と言うかお姉さんって、魔物に好かれる性質なのかな?」
「そんな事は無いと思うぞ。普通に魔物狩りしてるし、こんなに懐かれるならあいつの周りは魔物だらけになってるぞ」
「そうだよね。面白いからちょっと実験してみようかな」
「おい、これ以上収集の着かない事態は勘弁してくれよ」
「大丈夫、大丈夫」
そう言ってカトリーヌはルーの所に行き、何かを耳打ちするとルーは何処かに走り去ってしまう。
これはきっとフラグだと思ったブレン。
ブレンは溜息を吐いてミレルに近寄る。
「取り敢えず、誰か選んで連れて行ったらどうだ?他の奴はここに残ってもらうしかないだろ」
「そ、そうね。このモフモフの幸せに溺れそうだったわ」
いや溺れていただろ、と心の中の呟きを口には出さないブレン。
「ねぇ、あなたは一緒に来てくれる?」
一番、大きい群れのボスに聞くと嬉しそうに鳴き、ミレルの頬に顔を擦り付ける。
だが他のクアール達はしょんぼりとする。
「みんなごめんね。ずっとここにいる訳には行かないのよ。たまに遊びに来るから許してね」
ミレルがそう言うとしょんぼりとしていたクアール達がちょっと嬉しそうにミレルを見る。
「お姉さん、その子を連れて行くの?」
「ええ、そうするわ。どの子も可愛いからみんな一緒にいたいんだけど、それは無理だから」
「じゃ、名前を付けないとね。呼ぶ時困るし」
それを聞いたミレルはハッとなって連れて行くクアールを見る。
「そうね。名前は必要よね」
ミレルは考える。
今まで動物を飼った事が無いのでしっかりと良い名前を付けてあげたいと思っていた。
ミレルはクアールの毛並みに目が留まった。
金と銀の混じった毛並みだが銀の毛の方が輝いている様に見えた。
それが頭の中に強く残った。
「……シルヴァラ……なんてどうかしら?」
クアールはその名前に満足したのかミレルの顔を舐める。
「良い名前だね」
「ありがとう。シルヴァラ、これから宜しくね」
シルヴァラはミレルの服の襟を咥えてミレルを自らの背中に乗せた。
背中に乗ったミレルは背中の鬣に顔を埋めてその感触を味わう。
顎下の毛と比べるとちょっと硬いがこれから一緒にいると思うと悪くないと思った。
シルヴァラの首にそっと手を回して抱きしめる。
「ラブラブだね」
「そうだな」
コイツ結婚出来ないな、と思ったブレンだったがまたクアールの群れに睨まれるのは嫌だったので心の中に留めた。
シルヴァラの背中でミレルは夢の世界に旅立っている姿を眺めているとカトリーヌは何かを察知した。
「そろそろ来たかな」
「何がだ?」
ブレンは訝しげにカトリーヌに尋ねたその時、大地に大きな揺れが走った。
「え、何!?」
「何だ!?」
ミレルはシルヴァラの上で体を起こすとカトリーヌとブレンの背後に見た事も無い巨大な獣の魔物がいた。
ブレンも背後の巨大な気配に気付き後ろを振り向くが、その余りにも巨大な姿に身体が金縛りにあったかの様に固まる。
その魔物は五階建ての建物並みの高さがあり、王の様な威厳を感じさせる角、天を衝く様に背中に向けて生える鬣、人など蟻より矮小な存在にしか思えなくなる様な巨躯、クアールの様な流麗な身体と言うよりは強大な筋肉に覆われている。
ブレンとミレルは本能で死を予感した。
『お前の遣いが来たと思ってやって来たらただの人間がいるだけではないか』
竜より大きな巨躯を持つ魔物は人の言葉を発した。
いつの間にかルーがカトリーヌの横に戻ってきていた。
「ルー、ご苦労様だよ」
ルーを労う様に頭を撫でる。
「久しぶり。いや、面白い人がいたから見て貰おうと思って。意外と近くにいたんだね」
カトリーヌは友人に話しかける様な口調で魔物に話しかける。
『ここは我の土地だから大した手間でも無い。ふむ、面白いと言うのはそこの人間の女の事か?』
「そうだよ。ちょっと面白半分でクアールを紹介しようと思ったら群れが懐いちゃってね」
いや~、と言う感じで頭を掻くカトリーヌ。
魔物と和やかに話すカトリーヌだが、ブレンとミレルはこの状況に頭が全く追いついておらず、未だに石化状態だ。
『ふむ、確かに珍しい事だな。人間の女よ、名は?』
魔物は僅かに首をミレルの方へ向ける。
「え、わ、私?」
急に振られて頭が混乱していた。
「お姉ちゃん、落ち着いて」
カトリーヌはミレルを落ち着かせる。
「えっと、名前はミレル・ランベルトです」
『ふむ』
巨躯の魔物は顔を近づける。
余りの魔物の威圧感にミレルは身体を強張らせる。
巨躯の魔物は鼻で勢い良く空気を吸い込む。
吸い込む勢いが強く、ミレルは吸い込まれるかと思いシルヴァラにしがみつく。
「どう?」
『人間の女とは思えんぐらいに良い匂いがするな。こやつ等が気に入るのは至極当然だ』
どうやら先程のはミレルの匂いを嗅いでいた様だ。
「でもお姉さん、魔物に懐かれるのは初めてみたいだよ」
『この極上の香はそこらの獣には理解出来まい。私もこの香なら毎日嗅ぎたくなるな』
ミレルは一瞬、自分が変な匂いを出しているのかと思い、服の匂いを嗅ぎ始める。
『ハッハッハ、ミレルよ。そんなに気にする物ではないぞ。中々可愛いではないか』
ミレルは自分の取った行動に顔を赤らめる。
『む、そこにいる男はミレルの番か?』
巨躯の魔物はブレンに気付いた。
「あ、番?」
ブレンは魔物の言葉を理解出来ず一瞬、固まるがふと意味が分かって手を横に振る。
「違う、違う。コイツは俺の仕事仲間だ」
ブレンの言葉に巨躯の魔物はニヤリと笑みを浮かべた。
ただそれを読み取れるのは魔物しか分からないが。
『そうか。ミレルよ、我の番となるが良い』




