38:ミレルの新しい相棒
ミドラ高原―――
カーネラル王国とファルネット貿易連合国、バークリュール公国の国境を跨ぐ自然豊かな高原。
高原の南に大は陸を縦断する様に連なるアドレナール山脈。
街道沿いは比較的魔物は少ないが、高原の南側の山間には強い魔物が犇く魔境の一つである。
ミレル達は朝早くに宿を出発し、高原の南側を目指して歩いていた。
周りには遮る物が無く、見渡せば緑の絨毯が広がる
目的はミレルのお見合い相手のクアールを探しに。
「ルーからはそんなに奥に行かなくても良いって、言っていたから昼までには会えると思うよ」
カトリーヌはピクニックに行く様な気分で言った。
「何かお見合いと言われると緊張するわ。二十五超えてから切実ね……」
ミレルは自分の言葉に肩を落としアラサーを一人で実感する。
「まぁ……頑張れ」
ブレンは良い言葉が見つからず普通に励ます以外思いつかなかった。
「ルーの魔力が近づいてくるからここで待ってようか」
そう言ってカトリーヌは近くにある岩に腰を掛ける。
足をパタパタと動かす姿は何処にでもいそうな少女だが、普通だとミドラ高原の南部近くまで足を踏み入れる事はまず有り得ない。
ミドラ高原の南部はSランクのクアール以外にもバジリスクやベヒーモス、グリフォン等も生息しており、Sランクの冒険者と言えども迂闊に踏み入れる事が出来ない場所だ。
五十年前に発見された災害級の花の魔物であるアシッドラフレシアが自生するのもこのミドラ高原ならではで、アシッドラフレシアが自生するのは魔物ですら近寄らない腐海と呼ばれる高原の南部にある腐った水で出来た湖だ。
これだけ強い魔物が生息するにも関わらず人里に魔物が現れる事が無い。
普通の場所ではこれだけ強い魔物が生息する地域だと周囲に弱い魔物がたくさん出てくるのだが、ここはそう言う事も無い。
理由は解明されていない。
その所為でミルマットの街では魔物討伐依頼が他の街より少ない。
ミレルとブレンは周囲を警戒しながら辺りを窺う。
「私、南側来た事無いのよね」
「そうなのか?」
ブレンは不思議そうに聞く。
「この街に住んでいたらまず高原の南側に近づかないわよ。冒険者でも南側に来るのは死に等しい行為だからね。私一人だったらこの付近でもヤバイわよ」
魔物が街に近寄って来ないとは言え、高原の南側はAランク以上の魔物が普通に現れる場所なのだから。
だが不思議とこの日は魔物が現れてはいない。
寧ろ魔物が避けているかの様に。
何かの気配を感じ取ったのかカトリーヌはピョンと腰を掛けていた岩から立ち上がる。
「ルーが来たみたい。これ……もしかして群れ?」
コテンと首を傾げる。
「む、群れだと!?」
「え!?」
二人は群れと聞いて身体を強張らせる。
辺りを探るがそれらしい姿は見付からない。
「大丈夫だよ。多分、お姉さんが気になって見に来ただけだと思うから」
カトリーヌは平然とした様子で言う。
「あ、来たよ」
そう言って指を差す。
その先にはルーらしきクアール、その後ろには十頭では収まらない程のクアールの群れを引き連れている。
ブレンとミレルは血の気が引いた。
ミレルの見ただけでもクアールが三十を超える数がいるのだ。
Sランクの魔物群れの遭遇は死と同じだ。
「俺、ここから帰れたら自慢出来そうだな」
「もう諦めたら?こうなったら最後にモフりまくるしか無いわよ」
「お前、それで満足出来るのが羨ましいぜ……」
この時ばかりはそう考えられるミレルが羨ましかった。
ミレルは諦めて最高のモフモフがたくさんいると言う現実逃避に走っただけだった。
「最高のモフモフがたくさんいると分かれば怖くはないわ」
「お姉さん、普通の人でアレを見てそれを言えるのは流石に凄いと思うよ」
カトリーヌちょっと引いていた。
本当は半分悪戯のつもりだったのだ。
普通はこれを見ると腰を抜かして激しく動揺する。
一応、懐いてくれそうなクアールは見繕ってはいるが、それは絶対と言う物ではない。
クアールはSランクの魔物だ。
下手をすれば殺されるなんて珍しい事でも何でもないのだ。
カトリ-ヌは自らの想定した事態と違う方向に向うかも知れないと思った。
「何だか王都の夜会より楽しくなってきたわ」
ミレルの頭の中ではあのモフモフと戯れる事しか頭に無い。
ルーを先頭にしたクアールの群れはミレルの目の前までやってきた。
ルーが連れてきたのは六十頭のクアールの群れだ。
ブレンはその光景に圧倒され顔が真っ白になり身動きさえ取れない。
ミレルは平然と群れを眺めている。
普通に遭遇すればミレルも取り乱しただろうが、ルーがいると言うのが心に落ち着きを与えている。
「ルー、ご苦労様」
ルーはカトリーヌの傍に来て顔をカトリーヌに擦り付ける。
頭を撫でられたルーは気持ち良さそうな声を出す。
「ルー、お姉さんにどの子を紹介してくれるの?」
グルゥ、と鳴き群れを指す様に首を振る。
「え、もしかしてダメだった?」
ルーは首を横に振り、先程と同じ動作をする。
「ちょ、ちょっと本気!?」
カトリーヌはルーの言った意味が分かり驚きを隠せない。
「カ、カトリーヌ、どうしたの?やっぱ私じゃ不満なのよね?」
ミレルは不安そうにカトリーヌに聞く
「ち、違うの!あのね、驚かないでね」
カトリーヌはミレルに念を押す。
ミレルからすればこの事態より驚く事は無いだろうと思った。
「えっとね、みんなだって」
「「は?」」
ミレルとブレンは二人揃って間の抜けた声を出した。
「私……きっともうお婆ちゃんになってしまったんだわ。言葉の意味が分からないわ」
「俺は何も聞こえなかった。この歳で難聴かー」
二人ともカトリーヌの言葉に現実逃避を始めた。
「二人とも現実逃避したい気持ちは分かるけど現実だからね」
カトリーヌも二人の気持ちは充分に理解出来た。
これを仕掛けた本人もこの様な事態になるなんて思っていなかったのだから。
精々、群れの仲間外れが懐けばラッキー、みたいな感覚だったから。
それが群れを紹介するとは誰が予想出来ただろうか。
ルーがミレルの背中に回り込み、背中を押し群れの方に連れて行く。
「ちょ、ちょっと、ルー!?」
ルーに促され前に出ると目の前にはクアールの群れがじっと観察する様にミレルを見つめる。
「れ、冷静になると恐ろしい光景ね」
群れの目の前に来て現実に帰ってきたミレル。
だがクアール達は特に警戒をして威嚇する素振りが無かったので少し安堵した。
「私、どうしたら良いの?」
ミレルが困ったかの様にカトリーヌの方を見るが、それはカトリーヌでも分からなかった。
そもそもこんな事態は全くも想定していないのだから。
「おじさん、どうしよう?」
「……俺に聞くなよ」
困った様に聞いてくるカトリーヌに対してブレンは俺にどうしろ、と言った感じだ。
ブレン自身はどうしようも無いから成り行きに身を任せているしかない。
群れの中で一際大きく美しい金と銀が混じった毛並みを持つ一頭のクアールがミレルの傍まで来て、頭を身体に擦り付ける。
そっとミレルは喉元をゴロゴロと撫でてみた。
顎下の毛は他の所より長く、その滑らかな艶やかな毛は最高の触り心地だった。
ミレルはそこを撫でているだけで自然と顔が緩んでしまう。
そうするとそのクアールはルーが気持ち良さそうに鳴く時と一緒な声を出した。
「ここが気持ち良いの?」
今度は両手でがっつりワシャワシャと撫でてみる。
そうするとそのクアールはミレルの顔を舐め始める。
「ちょ、ちょっと、どうしたの!?」
それを後ろで眺めていたカトリーヌとブレンは。
「凄く気に入られているね」
「ああ、そうだな」
「ここで勝手に帰ったら怒るかな?」
「俺はとっとと帰りたい気分だな。俺に分かるのはアイツの結婚が遠のいたぐらいか?」
「あ、それは分かるかも」
二人の会話が聞こえていた様で振り向いてジト目で二人を見るミレル。
それに合わせたかの様にクアールの群れもカトリーヌとブレンに目を向ける。
「もしかして、お姉さんに懐いている子が群れのボスだったり?」
「俺もそう思った。それよりもミレルが群れのボスに思えてきた」
「同感」
「ミレル、すまん。今のは冗談だ」
ブレンはここは素直に謝っておく事にした。
ここでミレルを敵に回すとクアールの群れまで敵に回しそうな予感がしたからだ。
「あなた達覚えてなさいよ」
一際、低い声でブレンに言うとクアールの群れもブレンに対して低い声で唸る。
「お姉さん、ごめんなさい。群れが私達を威嚇してるから」
カトリーヌも慌ててミレルに謝って状況を伝える。
「え、どうしたの?」
そう言ってミレルが傍に寄り添っているクアールを撫でると群れの威嚇が止み、静かになる。
「おい、カトリーヌ、これどうするんだ?」
「ヒュ~♪」
カトリーヌは口笛を吹き、目を逸らした。
これを仕掛けたカトリーヌに責任があるのだが、もう本人もどうしたら良いか分からず成り行きにお任せ状態だった。




