37:ミレルのお見合い
ネッタでリアーナ達の情報を得たミレル、ブレンはカトリーヌと共にファルネット貿易連合国との国境にある街、ミルマットに来ていた。
旅自体は順調で少し奮発してネッタからミルマットまではスレイプニールで引く客車を使ったので、ネッタを出発してから一週間でミルマットに着いた。
ミルマットへ行く街道はずっと上り坂なので普通の馬車だと早さが余り出ないので一週間半程掛かってしまう。
料金は馬車なら銀貨十枚だがスレイプニールに引かせると金貨一枚も掛かる。
高いだけあってカトリーヌと一緒にいるクアールのルーが一緒に乗っても問題が無かったりと融通が利くのも利点だ。
Bランクの魔物であるスレイプニールが引いている為、魔物が寄り付かないので安全面を考えても優秀だ。
客車もかなり豪華だ。
外装は鋼鉄と要所で精霊銀を使って強度をかなり上げてあり、半端な魔物の攻撃では傷すら付かない。
見た目は割りと無骨だが内装はかなり凝っている。
御者が二人体制で運用しており、客車のスペースは広く、御者用の部屋が御者のすぐ後ろの席に有り、客室は四人用の座席に後方に四人分の寝所スペースまで備えた豪華仕様で一人金貨一枚でも納得が出来る仕様になっている。
豪華スレイプニールの客車で充実した旅を堪能した三人はミルマットで宿を取り、宿の食堂で夕食を食べていた。
カトリーヌはハンバーグにスープとパン、ブレンはホーンベアの煮込みをツマミにエール、ミレルはミドラスネークの香草焼にサラダとパンだ。
「なぁ、ミドラスネークって、美味いのか?メニューにも大きく書いてあるし」
ブレンは見た事の無い食材の料理を訝しげに見ながらミレルに聞く。
「あー、あんたはこっちの人間じゃないから知らないか。こっちではよく食べる食材かしら。蛇の魔物にしては脂が乗っていてジューシーなのにしつこくならないから食べやすいのよね」
そう言ってミレルは一口サイズに切ってカトリーヌの口に持っていくと、ぱくっと一口で食べて満足そうに笑顔を浮かべる。
「おいひい」
ミレルはモグモグと食べるカトリーヌを見てほっこりとした気分になる。
「そうするとここの名物なのか?」
「名物なのかは分からないけど、私は小さい時からよく食べていたわよ。この付近じゃよく獲れるし、養殖もしてるから牛肉や豚肉よりもお手軽だし。何て言うんだろう……故郷の味的な?」
ミドラスネークはミルマット周辺のミドラ高原に生息するEランクの魔物で、大きさも大きい固体で太さは人のふとももぐらいで、長さは一般的な人の身長ぐらいある。。
この辺では藪や高原に行けば簡単に見つかる。
蛇にしては珍しく雑食なので草が生えていれば育つ逞しい魔物で毒も無いので扱いやすい為、この街では養殖されている。
脂がよく乗っていて水分の多い身なので保存食には向いていない。
その為ミドラスネークはミルマットまで来ないと食べれない味だ。
だからと言って高い食材では無く一匹銅貨二枚で買えるぐらい安い。
ミレルの言う通りで下手な家畜の肉を買うより量があって安いので庶民の家庭では定番の食材だ。
「ふーん、で、俺の分は?」
「は、何言ってるの?あんたの分は無いわよ。ねー」
「ねー」
ミレルが首を傾げるとカトリーヌも一緒に首を傾げる。
「おい」
ブレンが抗議の声を上げるも二人ともスルー。
「あんたは自分で頼みなさいよ。高くないんだし」
久しぶりの故郷の味ミレルはをゆっくり味わう。
「ケチくせぇな……。ん、そういやルーは何処行ったんだ?」
ブレンは辺りを見回すがクアールのルーの姿が無い。
一週間以上一緒にいてブレンとミレルもルーに大分慣れた。
「もぐもぐもぐもぐ……ん、ルーはちょっと街の外に行ってるよ」
「何でだ?」
「お姉さんのお見合い相手探しに」
カトリーヌの言葉にミレルもブレンも頭の中にクエスチョンマークを浮かべた。
「この街で結婚相手を探すつもりは無いけど……」
寧ろこの街で探すと知り合いとバッタリ会いそうで怖い、と心の中で思ったミレル。
この宿もわざわざ実家から遠い場所の宿を選んだのだ。
「違う、違う。ルーのお仲間を紹介する約束だからね、ルーに相手を選んで貰ってるの」
事も無げに言うカトリーヌにミレルは固まる。
「え?」
ブレンはミレルにポンと肩を叩いた。
「骨は拾ってやるから安心しろ」
そしてカトリーヌもブレンと同じ様にポンと肩に叩く。
「きっと凄く良い子だよ。ルーが選ぶんだから間違い無いよ」
ミレルのフォークからミドラスネークの身がぽとりと落ちた。
まさか本気で探してくるなんて思ってもいなかったのだ。
少し経って現実に戻ったミレルは頭を抱えた。
「あ、騎士隊の寮、ペット大丈夫かしら?」
「気にするの、そこかよ……」
意識は戻ったが思考は若干、現実逃避中である。
「あのモフモフがあれば布団いらないかも」
「そうだよー。布団が無くても暖かいよ。あれを知ると抜け出せなくなる魔性のモフモフなんだよ」
ミレルはモフモフを想像して視線は遥か彼方へ飛んで行っている。
「おーい、こっちに戻って来い」
ブレンはミレルの肩を持って軽く揺するとハッとなった様に首を振る。
「凄く幸せな想像したら現実逃避していたわ」
「お姉さん、明日は一日、ここに留まっても良い?明日のお昼ぐらいに高原に行けば会えるから」
カトリーヌの言葉にミレルは完全に現実に戻った。
本気でどうしようと思った。
この後、クアールをずっと連れて行って良いのか、それに王都に戻ったらどうするのか、家で飼えるのか、餌はどうするのか、考える事が山程頭に過ぎり、また現実逃避したくなった。
「お前さんが何者か凄く気になってきた。突っ込むまいと思いながらも気になって仕方が無い」
「横に同じ」
ブレンもミレルもカトリーヌと言う少女の正体が気になってはいたが、一時的な関係だと割り切って聞かなかった。
ただ普通では無いのは明らかだ。
「うーん、教えても良いけど今教えても面白くないから却下で」
カトリーヌは残念と言う感じで却下する。
だが絶対に教えない訳では無い様だ。
「でもお姉さんとおじさんの職業は分かるよ」
「!?」
二人は驚きを表情に出さない様に抑える。
「二人とも分かりやすすぎだよ。カーネラルの騎士でしょ?」
無言で答えない。
「言っちゃうと警戒されちゃうから言わなかったけど、お姉さんとは昔会ってるから」
「嘘……記憶に無いわ。いくらなんでもあなたみたいな可愛い娘を見たら覚えているわよ」
「今から九年ぐらい前にカーネラルの王宮で見たよ。一生懸命訓練してたのをちょうど見掛けたの」
九年前はミレルが学院を卒業して騎士見習いで王宮の鍛錬場で扱かれていた時期だ。
「その時はたまたまお姉さん一人で頑張っていたから印象に残っていたんだよね」
ミレルが卒業した年はミレル以外に女性で騎士になる者がいなかった。
女性で騎士を目指す者はごく少数だ。
「直接、面識が無いなら納得。あの時期は訓練に着いていくのが必死だったから」
「あー、分かる。一年目は地獄だったな……」
ミレルの言葉にブレンは遠い目をしながらキツい訓練を記憶が蘇る。
「まぁ、カトリーヌの事は聞かないわ」
「いいの?」
「教えてくれない事を無理に聞く必要は無いでしょ。多分、カトリーヌもいつか分かるよ、みたいな雰囲気だし」
ミレルに答えは分かっていないが、王宮に来訪した事がある人物なら任務が終わって誰かに聞けば良いだけの話だ。
「じゃ、明日はよろしく」
「えぇ……大丈夫よね?」
頷いた後に呟いた一言は誰も聞いていなかった。
ミレルとブレンはカトリーヌの正体を知り腰を抜かすのはまだ先の事。




