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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第一章:復讐の聖女
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36:蠢く影

 ルーカスは苛立ちを隠さず学院の寮には戻らず街の外れにある屋敷へ向っていた。

 そこは父親に内緒で購入した秘密基地代わりの屋敷だ。


 先程、父親であるバルナパスから当主を継がせない、と告げられた事に激しい苛立ちを感じていた。

 ルーカスはバルナパスが不甲斐無い所為で首長を奪われ、他の首長にへこへこ言う通りに動いている事が気に食わなかった。

 トゥクムスラ王家の人間が他の首長達に下に見られるのは看過出来なかった。

 ルーカスは何故、周囲からトゥクムスラ王家が忌避されているかを知っていたが、二百年前の先祖のした事を一々言ってくる方がおかしいと考えていた。


 屋敷に近づくと明かりが灯っていた。

 ルーカスは屋敷内に来ている人物が分かっていたので足早に屋敷へ入り、リビングへ向う。

 リビングには白の法衣を着た男が一人、ゆっくりとソファーに座りお茶を飲んでいた。


「今日は遅かったですね」


 男は嫌味をぶつけた。


「悪いのは父上だ」


 そう言って向かいのソファーに腰を下ろすルーカス。


「おや、もしかして本邸への呼び出しでしたか?それなら致し方無い」


 ルーカスの苦虫を噛み潰したかの表情を楽しそうに観察する。


「そんな事より拙い事になったぞ。父上から当主を継がせない、と宣言された」


「うーん、拙いと言えば拙いかもしれませんが、そこまで重要では無いような気も……」


 男は少し考える素振りをしながら興味なさげに言う。


「ハデル、今まで何の為に協力してやったと思っているんだ?」


「そんな事を言われましても私にはあなたの父上を説得する手段は持ち合わせていませんよ」


 ハデルは軽く肩を竦めて返す。


「制御が利く合成獣(キメラ)を何体か貸せ」


「何をなさる気ですか?」


「父に引導を渡すだけだ」


 ハデルは立ち上がり溜息を吐きながら二人分のお茶を淹れる。


「まぁ、良いですけどね。私は実験の成果が分かれば良いだけですから」


 そっとお茶を差し出す。


「悪い」


「いえいえ、お気になさらず。そう言えば二年前に逃げた実験体が見つかった様ですよ」


「そんなのはどうでも良い。単なる魔物なんだし」


 ルーカスはハデルの事が鬱陶しくなってきた。


「大事な事ですよ。その実験体は人としての自我が残っているみたいなのですよ。手に入れば実験が更に進みます」


「その言い方だとまだ捕まえていないみたいだな」


「流石に冒険者ギルドに保護されている相手に手は出せないのですよ」


 冒険者ギルドはそう簡単に動かない。

 王族が相手であっても中立を貫く組織だ。


「早く捕ま……えろ……あれ?」


 ルーカスは突如意識を失い、体は力を失ったかの様にソファーにもたれ掛った。


「研究所へ連れて行け。この屋敷にいた痕跡を残すな」


 ハデルが指示すると突如、黒ずくめが現れてルーカスを抱えて消え去る。

 それを見送ったハデルは口角を吊り上げた。


「ちゃんと父上に引導を渡せる様に手配してあげますよ」


 それ以降ルーカスを見かける事は無かった。





 ハデルは孤児院に戻ってきていた。

 神教運営の孤児院に入るほとんどの子供はスラムにいる者か捨てられた者だ。

 ピル=ピラにもスラムが存在する。

 街の南西部の外壁の外にある集落が並んでいる場所だ。

 街で唯一、南部に広がる森と接触している地域で魔物の危険も有り、街の人が近寄らない為、貧しい者、行き場の無い者達が集まる結果になってしまった。

 ハデルが孤児院に入ると子供達が一斉にハデルの元へ駆け寄る。


「神父様お帰りなさい」


「神父様、遊ぼー」


「本読んでー」


 子供達の要求にハデルは困った様な表情を浮かべる。


「皆さんダメですよ。ハデル神父を困らせてはいけません」


 奥から静かに子供達を窘める声が響いた。

 赤いラインが入った黒髪の女性がそこにいた。

 年はまだ二十歳を超えない何処か幼さを若干残した顔立ちに不釣合いな程、表情が無い。


「サリーンさん……いつも怖い顔して叱るの……」


 一人の子供がハデルの法衣を掴みながらサリーンから隠れる様にハデルの後に下がる。

 他の子供達も合図をしたかの様にハデルの後ろに隠れる。


「こらこら、サリーンも悪気がある訳じゃないんだから。ね?」


「……うん」


「今日はもう皆遅いから寝ようね。悪い子はオーガに食べられちゃうんだぞ~、ぐわぁ~」


 ハデルは両手を広げ脅かす様に子供達は蜘蛛の子を散らす様に部屋へ戻っていく。


「神父様、お休みなさい」


 子供達は口々に就寝前の挨拶をして消えていく。


「もう少し笑った方が良いよ、君は」


 子供がいなくなった事を確認してからサリーンに向き直る。


「いえ、問題ありません」


 サリーンは表情を変えずに答える。


「取り敢えず、下に行こうか。良い物が手に入ったんだけど、それは屋敷に送ったから」


「はい」


 サリーンはハデルの言葉に従い、孤児院のとある一角にある隠し扉から地下へと下りていく。

 そこにはいくつもの大きな水槽が並んでいた。

 水槽の中には腹部から蜘蛛の様な八つの脚を生やした男性、下半身が魚の尾ひれで脇腹から爬虫類の様な足が生えた女性、腕が蛇になっている子供等が入っており、動く事無く静かに中に満たされた液体の中で揺蕩っている。


「サリーン、面白い情報が入ったよ」


 徐にハデルが口を開く。

 何処か楽しそうに。


「何でしょうか?」


 ハデルの気分を知らないのか知ろうとしないのかサリーンは全く表情を変えない。


「大分前に話したと思うんだけど、二年前に逃げた実験体(おもちゃ)が街に戻ってきたんだよ。えっとね、確かハンタータームのクイーンと合体させた女と言ったら分かるかな?」


「研究資料で見覚えがあります。確か目が覚めたら暴れて研究所を破壊して逃走した実験体でしたか?」


「そう、それ。話を聞いていると、どうも人としての意識が残っているみたいなんだよね。うん」


 何処か満足気にハデルは一人でウンウン頷く。


「確かにそれは興味深いですね。捕獲はしないのですか?」


 サリーンは疑問をそのまま口に出す。

 手が早いハデルがそんな実験体(おもちゃ)を見つけて野放しにしているのかが不思議だった。

 好奇心の塊で探究心を我慢出来ない人間なのだ。


「それがさ、保護したのがSランク冒険者三人のパーティーみたいで常に僕の実験体(おもちゃ)と一緒にいて手が出せないんだよ。明らかに警戒されているよね、これ」


 ハデルは身振り手振りが激しくなる。

 手が出せない事で実験体(おもちゃ)を弄る想像が止まらない。


「それでは私達では手が出ませんね。Sランク冒険者三人だとこっちがやられます」


 くるっと振り返ったハデルはビシッとサリーンを指を差す。


「そうなんだよ。ちょっと時間掛ければ何とか出来ないかなー、と。前に放流した奴を五十体ぐらい用意すればさ、誘き出せないかな、と思う訳ですよ」


 ハデルのテンションに着いていけないサリーンは溜息を漏らす。

 テンションが上がると面倒臭いと内心思っているサリーン。


「……まぁ、彼の力を借りれば向こうの研究所と同時に掛かって二週間もあれば出来ます」


「良いね。後、向こうの研究所で面白い事をやるからまた教えるから」


 サリーンは水槽に入った合成獣(キメラ)を見ながら僅かに口元が緩んだのにハデルは気が付かなかった。




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