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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第一章:復讐の聖女
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35:トゥクムスラ王家の者達

 ピル=ピラはファルネット貿易連合国の交易都市だが別の側面を持っていた。

 ファルネット貿易連合国は七つの国が合併し出来た国だ。

 大陸の西側のこの地域は特に小さい国が多かった為、常に周りの国々の動向に気を配らせなければならなかった。

 特に南の強国であるバンガ共和国は獣人の王、別名獣王と呼ばれる魔王の一角が収める国であり、近隣諸国から見れば恐怖の対象となっていた。

 最初は大陸の西に位置するアルシアクリェラ共和国、ラゴスレシュ王国、ヴィトリアーロ王国が合併しアルヴィラ連合国を樹立したのが発端だった。


 その流れにファルネット王国、その東に位置する中立を貫いていたラメリアランテーア自治領が同盟を結び、そこから元となった国の首長から元首を選び、歴史的な観点からファルネットの名を起こしファルネット貿易連合国が樹立した。

 ファルネット貿易連合国は一気に大陸の中でも海を制する大国として頭角を現す事になる。

 それからカーネラル王国との間に位置するトゥクムスラ王国とカルピモデナ公国を吸収し、今のファルネット貿易連合国となっている。


 ファルネット貿易連合国は合併前の国を一つの領としており、各領毎に独立して統治されている。

 国全体の事に関しては各領の代表者が集まる七首長会議で決定される。

 七首長会議の議長がこの国のトップとなる。

 首長は国の運営に携わる領の代表で領主は領を運営する責任者となっており、権限は首長の方が大きい。


 ピル=ピラは旧トゥクムスラ王国の王都だった。

 現在ではトゥクムスラ領となっている。

そこを収める領主バルナパス・ロジャ・トゥクムスラはトゥクムスラ領の扱いに不満を持っていた。

 ファルネット貿易連合国では建国時から西方との繋がりの強い領の発言権が強い事だ。

 バルナパスはトゥクムスラ王家の血筋を引く正当な血筋にも関わらず首長は海運を取り仕切る貴族、カンプラード家が担っている。

 トゥクムスラ領内の首長選出会議にて反トゥクムスラ王家派が多数でカンプラード家に首長の座を持っていかれてしまったのだ。

 反トゥクムスラ王家派はファルネット中央の意見に恭順派でその影響が色濃く出た形だ。


 代々首長を続けてきたトゥクムスラ王家で唯一首長になれなかった人間の汚名被る事になり、トゥクムスラ王家の親類から無能な当主と蔑まされ、領内での発言力も低下していた。

 バルナパスを無能と蔑んだ親類が有能かと言えばそう言う訳ではない。

 無能な親類にも頭を痛めていた。

 叔父は事業に失敗し多額の借金を抱え、バルナパスの弟は領内の貴族院のメンバーに入っているが孤立状態、妹は浪費癖と浮気で離縁され禄でも無い状態なのだ。


 そんなバルナパスはいつも通り執務室で領内の状況をまとめた報告資料に目を通していた。

 作物の収穫、税収に関しては問題無かった。

 トゥクムスラ領は南部に広大な森を抱えてはいるが広大な穀倉地帯に加え南西部に鉄鉱山と黒精霊銀(ブラックミスリル)鉱山がある為、財源に困る事は無い。

 それに加えて大陸の東側の特産品を西方に輸出する事での収益も増えており、トゥクムスラ領は非常に豊かな領だ。


 ここ数年問題となっているのが治安の悪化だ。

 街道での盗賊被害が年々増加している。

 財政には余裕があるのでギルドに依頼を出しているが鼬ごっこだ。

 最も酷いのが南部だ。

 カルピモデナ領のハルネートの治安が悪化し、盗賊が徐々に北上しているのである。


 それに加えて合成獣(キメラ)の出現だ。

 複数の特徴を持った魔物がピル=ピラ周辺に頻繁に出現し、領民の不安が増している。

 ギルドマスターに直接、原因調査の依頼をしているが、進捗は芳しくない。

 報告書を一通り目を通し、決裁が必要な書類を確認していると一枚の請求書が目に留まった。


「これは……ルーカスの奴め」


 忌々しそうに呟いたのは己の息子の名だった。

 請求書には息子が買った宝石の請求書だった。


「何だこの金額は?あの馬鹿息子が無駄遣いばかりしおって……」


 請求書に書いてある金額に頭を痛めた。

 息子のルーカスが買った宝石は金貨三百枚と書いてあったのだ。

 街に住む平民であれば一ヶ月の収入が平均銀貨二十枚程と考えれば如何に高い買い物かが分かる。

 机の上に置いてある呼び鈴を鳴らすと執事が入室し、頭を垂れた。


「旦那様、お呼びでしょうか?」


「ルーカスが帰宅次第呼べ」


「畏まりました」


 執事が退出すると背もたれにゆっくりと寄り掛かる。


「そろそろ考えないとダメか……」


 深い息を吐き、領の将来の事を考えながら意識を離した。




 夕刻を過ぎた頃に執務室の扉がノックされた。


「父上、お呼びと聞き参りました」


「入れ」


「失礼します」


 入ってきたのは息子のルーカスだ。

 ルーカスは父に似なかったお陰で面長のすっきりとした顔立ちで身長も高く夜会では出自も相まって貴族令嬢からの人気が高い。


「父上、どの様なご用向きでしょうか?」


「この請求書はなんだ?」


 バルナパスは一枚の請求を出し、ルーカスへ見せる。


「キルナラ王家に縁のある品だったので買っただけですよ。貴重な品なので買わないと損だと思ったので」


 至極買うのが当然だと言わんばかりの口調にバルナパスは頭に手を当てる。


「買うにしろお前の裁量で決めて良い金額では無い。我が家の金の権限はお前に無い」


「その程度の買い物で怒る事も無いでしょう?幸いこの領は恵まれているので市井にお金を回して何か問題があるのですか?」


 ルーカスの言い訳に教育失敗のツケの大きさを悔やんだ。


「それにどうせ僕がトゥクムスラを継ぐのだから結局、僕が使おうが変わらないしね」


「一応、言っておくがお前に当主を譲るつもりは無い」


 バルナパスは息子に次期当主の座を譲るつもりはさらさら無かった。


「は?何を……?」


「次期当主は妾の子に継がせる。既に本人に伝えてある」


 市井にルーカスより一つ上の子供がおり、現在は領内の学院に通っている。

 妾の子と言ってもバルナパスの妻はその子の存在は知っており、市井で貧乏暮らしをしている事もない。

 生活に関してはバルナパスが不自由が無いレベルで金銭や便宜を図っており、今では妾の子の方がバルナパス自身、可愛く感じている。


「そんなの聞いてない!僕は正式な長男じゃないか!」


 ルーカスはバルナパスに食って掛かる。


「黙れ。お前に当主としての素質が無いからだ。学院を卒業した後、トゥクムスラを名乗る事は許されない。元王族とは言え我が家は一貴族でしかない。お前自身が何かしらの功績を立てねば平民だ。まぁ、何処かの貴族の家に婿入りすれば可能性はあるかもしれんがな」


 いくら父親とは言え当主としてこれ以上は放っておけない。


「何でだよ!親子だろ!?」


「そんなのは関係無い。親子だろうが無能な者に当主の座はやらん」


「無能なのは父上でしょう。代々守ってきた首長の座をカンプラードに奪われたのだって父上の所為だろう!トゥクムスラ王家を復活させれるのは正当な血を受け継いでいる僕しかいない!」


「そう叫んでもお前が有能である事にはならん。次に我が家の金を使った場合、お前個人に対する借金と言う形にしておく。これ以上話す事は無い。下がれ」


「はぁ!?勝手に呼びつけておいてなんだよ!」


 喚くルーカスを見て溜息を吐きながら呼び鈴を鳴らす。


「旦那様、お呼びでしょうか?」


 部屋の外で待機していた執事が入ってくる。


「ルーカスを下げろ。仕事の邪魔だ」


 執事はルーカスの腕を掴み、部屋の外に引っ張っていく。


「人の話を聞けよ!おい、放せ!まだ父上との話が終わってない!」


 ルーカスは抵抗するが執事は全く意に介さず部屋の外へ連れて行く。

 扉が閉まっても外で喚き散らすルーカスの声が聞こえる。


「ふぅ……無能な息子あればその親も無能か……人の事は言えないな」


 バルナパスは自嘲気味に呟いた。

 自らを有能とは思っていない。


 トゥクムスラ王家の復権を願わない訳ではない。

 だがバルナパスには腹立たしいがトゥクムスラ領が冷遇される理由を知っている為、我慢をするしかなかった。

 そもそもファルネット貿易連合国にトゥクムスラ王国が合併される原因を作ったのはトゥクムスラ王家だからだ。

 当時のトゥクムスラの王子が夜会に出席していた一人の女性を強姦した。

 その女性は国賓で来訪していたカーネラル王国の王女だったのだ。

 それを知った当時のカーネラル王は怒りに荒れ狂い、トゥクムスラ王国への侵攻を宣言した。


 トゥクムスラ王家はファルネット王家に頼った。

 当該の王子の首と多額の賠償金で侵攻を留まって貰える様にお願いしたのだ。

 カーネラル王国はファルネット王家の事を無碍には出来なかった為、その条件を飲む事にした。

 戦争はファルネット王家が間に入った事によって回避出来たが、多額の賠償金に伴い財政が一気に傾いた。

 そこで前々から話が挙がっていたファルネット貿易連合国への合併だ。


 建国当初から合併の誘いはありずっと断ってきたが、財政を立て直す為には止むを得なかった。

 トゥクムスラ王家はカーネラル王国との軋轢があり、先の経緯から愚か者と敬遠されているのだ。

 ファルネット貿易連合国の旧王家でカーネラル王家から嫁を貰っていないのはトゥクムスラ王家だけである。

 トゥクムスラ王家の者はカーネラル王国への入国を未だに禁じられている。



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