32:状況整理
しっかりお仕置きされたアリアは宿舎のベッドの上でうつ伏せになり、氷をタオルで包んで尻の上に乗せていた。
治癒魔法で回復は出来るがマイリーンから反省の意味を込めて禁止されていた。
ヒルデガルドの昇級はアリアがたっぷりお仕置きをされた後、無事にAランクに昇級出来た。
「お尻痛いよー。マイリーンさんは私に仕えるんじゃなかったの?」
「アリア様に誠心誠意仕える所存で御座います。でも主が間違った行動をした場合、それを正すのも仕える者の役目です」
マイリーンは毅然とした態度で答えた。
「マイリーン殿、昔から済まない……」
リアーナがマイリーンに頭を下げる。
お転婆なアリアの教育係だったのでマイリーンの事はリアーナもハンナもよく知っている。
寧ろ迷惑を掛けすぎて申し訳なさが先行するぐらいに。
「いえいえ、これが私の役目ですので」
そう言うマイリーンは何処か嬉しげだった。
二年とは言え人との接触を絶ち、魔物として暮らさざるを得なかったのが、多少なりとも人として扱ってもらえるのだ。
それに加え昔の様にアリアに仕える事が出来るのが何より彼女にとっては喜ばしかった。
「それにしても大変だったな。このメンバーは君の身体の事は気にしないから昔みたいに接してくれれば良い」
マイリーンの事についてはヒルデガルドがリアーナとハンナに先に説明したのだ。
二人とも面識があった為、特に問題無く話は済んだ。
アリアの事情もリアーナからマイリーンに説明した。
「リアーナ様、ありがとうございます」
「当面はアリアと一緒に行動してもらうからそのつもりでいてくれ。アリア、今回はお前が悪い。人の恋路に出歯亀とは関心せんな。今日は大人しくしてるんだな」
アリアはヒルデガルドを睨むがスッと目線を逸らす。
私だけお仕置きはおかしい、と言わんばかりに。
だがそれをここで言えば追加でお仕置きの可能性が高いので黙っているしかなかった。
「だって気になったんだもん」
「それでも覗きは褒められんな」
「う~」
アリアは枕に顔を埋めて脚をバタバタと動かす。
「こっちも進展があったから報告しよう」
リアーナは向き直り報告を始めた。
「合成獣出現の件はギルドで聞いているだろうから割愛する。孤児院から引き取られていく子供を乗せた馬車をハンナに追跡してもらった。子供達が連れて行かれたのはハルネート行きの街道を森の中に入っていくと途中にある小道の先の屋敷に連れて行かれた。念入りに昼食に睡眠薬を混ぜて食べさせる徹底振りだ。明らかに計画的だ」
「子供達が連れ込まれるのを確認した私はそのまま街へ帰還しようとしたのですが、ちょっと気配を漏らしながら森の中を走っていたら屋敷から追っ手が釣れました」
乱暴な、と思ったアリアだが中途半端な相手ではハンナに手も足も出ない事に気付いて、特に何か言う事はしなかった。
「追っ手を尋問して分かったのはその屋敷で合成獣の研究をしている事。その追っ手は領主の子飼いだそうです。そして孤児院の地下でも合成獣の研究をやっている様で、その研究の助手としてサリーンが関わっている様です。孤児院の神父と領主がよく研究の事で話し合っているみたいですが、目的までは分かりませんでした」
アリアはハンナの話を聞いてマイリーンから聞いた話で符合する点に気付いた。
そう、ギルドマスターとニールが目星を付けた屋敷とおおよその場所はハルネート行きの街道沿いだ。
ハンナが尾行して辿り着いた屋敷もハルネート行きの街道から小道を入った先だ。
「ハンナが辿り着いた屋敷って、もしかしてマイリーンさんが監禁されていた屋敷?」
合成獣研究と言う共通点が早々重なる事はない。
「そう、マイリーン殿の話を聞いた時に私もそう思った。恐らく、間違いないだろう。領主が絡んでいるのが厄介だな」
「孤児院と領主様が共謀……もしかして孤児院の運営に不審な点がある事に気付いた私が邪魔だったから……」
マイリーンは胸を押さえ、身体が震えだした。
何故自分が浚われたのかを理解した。
「孤児院も教会の管轄だったのでお金の最終報告は私がまとめていて、その中に不自然なお金の流れに気付いて孤児院を管理するハデル神父に問い質していたんです……。口封じだったのですね……」
ヒルデガルドはそっとマイリーンの傍に寄り添うと震えが少し治まる。
「マイリーン殿は恐らく実験の素材にされ、本当は処分される予定だったのだろう。しかし、向こうも予定外の事が起きた。それはマイリーン殿が暴走し、屋敷から逃げてしまった事だ。」
リアーナは全員の方へ向き直る。
「恐らくだが既に領主へマイリーン殿が見つかったと報告が入っている可能性が高いと見て良いだろう」
マイリーンはどうしても目立ってしまう。
門からギルドに行く間に領主の間者に見つかっている可能性が高い。
下手をすればギルドから漏れている可能性もある。
ギルドマスターは大丈夫だとしても職員や冒険者が領主の子飼いになっている可能性は否定出来ない。
「状況を見る必要はあるが、領主か孤児院から接触があると見ている。その為、暫くは依頼を受けない事にしようと思う。接触手段がどの様な形になるか分からないが、下手をすれば襲撃の可能性も充分有り得るからな」
マイリーンは領主や神父にとって非常に不都合な存在だ。
下手をすれば禁忌の研究をしている事が明るみになる可能性があるのだから。
「アリアとヒルダ殿は必ずマイリーン殿と一緒にいる様にしてくれ。一番、狙われるのはマイリーン殿だ。万が一、領主から呼び出しがあった場合は私とハンナで対応する」
領主の呼び出しがあって全員で行った場合、マイリーンだけ拒否される可能性を見越しての割り振りだ。
領主の館に合成獣となったマイリーンは普通に入れないだろう。
ここ東の大陸は人間至上主義を掲げている国が多く、その考え方は広く浸透している。
西の大陸は種族融和が進んでおり亜人差別を禁止している国がほとんどだ。
西の大陸との公益が多いファルネットは比較的差別が少ない国だが、カーネラルの北にあるランデールは人間至上主義を掲げる国の一つだったりする。
人間至上主義は二百年程前のアルスメリア神教の教皇が唱えたのがきっかけだった。
それまでは東の大陸も亜人に対する差別が無かった訳ではないが、今程酷くは無かった。
この大陸の東に構える大国、ガル=リナリア帝国が人間至上主義を掲げた影響が大きい。
カーネラルは軍事力のガル=リナリア帝国と経済力のファルネット貿易連合国に挟まれている為、国内で亜人融和派と人間至上主義派が二分している。
特に帝国から近い東側の領を治める貴族は顕著だ。
今のアルスメリア神教の現教皇は人間至上主義の人間で亜人融和派の前教皇アナスタシアと真っ向から対立していた。
現教皇派の教会の亜人排斥は酷く、更に現教皇は各国に亜人排斥を進める様に圧力まで掛けている。
ファルネット貿易連合国は神教からの要求を完全に突っぱねている。
それは西の大陸との取引が出来なくなる可能性が高いからだ。
南のバンガ共和国に至っては獣人が元首なので神教の教会が国に存在しない。
東の大陸でアルスメリア神教の影響が及ばない数少ない国だ。
他には北の大森林に構えるエルフの国ぐらいである。
ピル=ピラの街で亜人排斥の動きは無いが、この町の領主は亜人嫌いで有名だ。
金になるから付き合っているだけなのだから。
「暫くはのんびりしてる感じ?」
「アリア、その言い方はあれだが警戒は怠るなよ」
「了解。今日はお尻が痛いから大人しくしてるよ……ここまで叩かなくても良いのに」
最後の言葉は聞こえにくいぐらい小さな声でぼやいた。
「マイリーン殿には不便を掛けるが当面はギルドの敷地内から出ない様にしてくれ。敷地内でも単独行動は控える様に。何処に向こうの眼があるか分からないからな」
「分かりました。すみません、ご迷惑を掛けてしまい……」
「気にするな。アリアは身内には甘いからな」
アリアは身内を大切にする。
赤ん坊の時に捨てられて真面な家族と言う者が存在しなかったからアリアには本当の家族と言う物が分からなかった。
彼女の中でリアーナとハンナで差があるかと言えば差は無いに等しく、どちらも家族同然だからだ。
家族同然と言っても明確に母親、兄弟姉妹の区別は無い。
一緒にいてくれる大切な人と言う認識だからだ。
そう言う意味では孤児院のシスターもそうだ。
ヒルデガルドは数少ない友人、マイリーンは先生と言った所でアリアの中では大切な人の分類になる。
アリアの中ではそれを家族と定義している。
家族を知らないから定義が歪なのだ。
「マイリーンさんは良いんだよ。でももう少し手加減してくれると嬉しいかも……こんなに痛いと思わなかったよ……」
マイリーンはあら、と言った感じだ。
実は合成獣になってから身体能力が著しく上昇しているのだ。
本人はその事に気付いてない。
普通に考えれば神官と言っても管理を中心に行っている女性がキラーマンティスみたいな魔物を倒せる筈が無いのだ。
マイリーンをギルドのランクで定義するのであればSランク相当だ。
本人の強さがAランク相当、しかしハンタータームクイーンの特性上、ハンタータームの軍勢を操る事が出来る。
それは軍隊を相手にするのに等しい。
且つ、ハンタータームより強いブラッディタームと言う変異種を生み出す事も可能なのだから下手をすれば災害級認定も有り得るぐらいだ。
何もしなくても一週間に一度、卵を産み、本人がその気になれば一ヶ月でハンタータームを百匹以上産む事が可能であり、時間を掛ければ一国を滅ぼす事が可能な戦力を有している。
本人に自覚は無く、そう言う力の使い方を望んではない事もあり、今まで人に被害が無かったが、本気で牙を剥いた時はピル=ピラの街を壊滅させる事が可能であった事を誰も知らない。
「そろそろ許して欲しいな。ダメ?」
アリアは懇願する様な表情でマイリーンを見る。
「仕方が無いですね。次からダメですよ」
あれから四年が経っているのにお転婆なのは変わらない、と思ったマイリーン。
そんな風に思える日が来ると思っておらず絶望に打ちひしがれて惰性で生きてきた二年は長かったし、またアリアに会える日が来るとも考えられなかった。
五年前と環境は一緒では無いがアリアが王都で教育をしていた頃に近い環境が目の前にある。
そして大切な想い人との再会も果たした。
そう思いながらアリアの頭を撫でた。
「どうしたの?」
アリアは頭を撫でられて不思議そうに尋ねた。
「いいえ。何も無いですよ」
ただほんの少し幸せを噛み締めただけですよ、と心の中で呟いた。
マイリーンは今の状況に迷惑を掛けながらも安堵を覚えると共に懐かしい日々を思い出していた




