31:マイリーンとギルドマスター
「後はマイリーンの身柄をどうするかだ」
アリアはここで口を開いた。
「マイリーンさんは私と契約させてもらったよ。ギルドが守ってくれるか分からなかったし」
アリアの言葉にマイリーンは髪を避けて首輪がはっきり見える様にした。
「奴隷……いや、魔獣契約か……。マイリーンはそれでいいのか?」
ガルドは心配そうな視線をマイリーンに送る。
「私は自分の意思でアリア様に仕える事を決めました」
マイリーンは淀み無く真っ直ぐとガルドを見てはっきりと答えた。
余りに迷いの無い答えにガルドは少し驚いた。
「俺が保護すると言ったら?」
「私ではガルドさんを幸せにする事は出来ません。この身体を見ても言えますか?」
マイリーンはガルドに全身が見える位置まで移動して、胴体を隠している布を取る。
「な!?」
ガルドはマイリーンの身体から目が離せない。
「ガルドさんが私に想い寄せて頂いていた事も分かっております。私は既に魔物なのです。普通の人間が草原でハンタータームを生み育てながら生活が出来ると思いますか?私はそれを本能的にやってました……」
マイリーンは何処か遠くを見る様な目で話を続ける。
それは叶う事が無い想いを断ち切るかの様に。
「思考的に人間かもしれませんが、私に眠る本能を抑えているだけに過ぎません。間違って我が子が人を殺して連れてきたのを見て普通に我が子の餌にしてしまうぐらいに」
「そうか……アリアの事は前から知っていたのか?」
「はい。こちらの街に赴任する前からの付き合いです」
「それなら良い。まぁ……そっちのお嬢ちゃんならSランクで実力のある奴だから大丈夫だろう。本当はウチで守ってやりたいがマイリーンを懐疑的な目で見る奴もいるだろうからな。そう言う意味でお嬢ちゃんと一緒なら大概の奴は避ける。それにリアーナもいればまず変なちょっかいを出す奴はいない」
アリアはガルドの最後の言葉が引っ掛かった。
リアーナが何かやらかしたのではないかと。
「リアーナさん、何かした?」
「ん、変な事はしてないぞ。一昨日、緊急依頼で北門の外に現れた合成獣退治を手伝ってもらっただけだ。一人で六体いた合成獣の内、五体を一人で薙ぎ倒したらしい。その戦いを見ていた衛兵からは鬼神の如き強さだったと聞いている」
アリアはあちゃー、と言わんばかりに頭を押さえた。
リアーナは手加減が苦手でついやり過ぎてしまう事があるのだ。
「俺もまさかとは思ったが一緒に戦ったメンバーからも同じ様な報告を受けている。俺としては強い冒険者は大歓迎だ。リアーナのお陰で被害が広がらずに済んだしな。最近、合成獣がよく出るから本当に困る……」
言葉の最後は溜息交じりに言った。
「合成獣はよく出るの?」
「ああ、二年ちょっと前から現れ始めだんだ。最初はウェアウルフに尻尾が蛇の合成獣だったな。当時は何かさっぱり分からなかったが合成獣の事を見た事がある冒険者がいて、そいつのお陰であれが合成獣と分かったんだ。最近は合成獣も大型化していて対処で手一杯になっている。一昨日のはケルベロスがベースっぽかったな」
アリアはガルドの話を聞いていて疑問が浮かんだ。
一つは何故、合成獣を外に放り出しているのかだ。
合成獣の研究は何処の国でも禁止されており普通なら見つかれば即処刑だ。
それなのに態々研究成果を外に、それも人の目に着く所にである。
二つ目は魔物の調達先だ。
ウェアウルフ程度であればFランクの魔物でこの大陸の森林部なら何処にでもいる魔物だが、ケルベロスはそう言う訳にはいかない。
ケルベロスはAランクの魔物でそこら辺にいる魔物ではない。
この付近で目撃情報があるのはカーネラル王国の南にあるメッセラント王国の愚者の砂漠の中心にある古代遺跡、埋没神殿ぐらいだ。
Aランクの魔物の捕獲はSランク冒険者でも厳しい。
「一応、領主の方にも報告してそっちからも捜査はしてるみたいだが成果は無い」
二年も捜査しても手掛かりが無いのはおかしいとアリアは思ったが、ギルドと領主が捜査しているならと思い、頭の片隅に考えを追いやった。
「お嬢ちゃん、すまんがこれからマイリーンを頼む。後、少しだけマイリーンと二人だけで話させてくれないか?」
アリアは一瞬、考えたが二人が恋仲だったのはさっきの会話で分かっていたし問題無いだろうと思った。
「マイリーンさんはいい?」
「私からもお願いしても良いですか?」
「分かったよ。私とヒルダさんはニールさんと一緒に受付で依頼達成の報告をしてくるから終わったら受付に来て」
「分かりました」
ガルドが待ったをかける。
「マイリーンを一人にさせたくないから終わったらここまで呼ぶから来てくれるか?」
「了解」
アリア達はマイリーンとガルドを残し部屋から出て行った。
部屋にはガルドとマイリーンだけだ。
沈黙が部屋を包み込む。
先にマイリーンが口を開いた。
「ガルドさん、二年前に橋の上で私に告白してくれた事を今でもはっきりと覚えています……。当時のあなたはなんて厳つい冒険者なんだろうと思ってました」
ガルドは頭を掻きながら、何処か気恥ずかしそうな感じだ。
「神官から見た冒険者はどうしても怖いイメージがあったのですが、仲間想いなのは有名でしたし、顔は怖いけど優しい人なんだと思いました。当時は一介の冒険者だったあなたがギルドマスターをやっているのはよく分かります」
「そ、そうか?当時のギルマスが大分年でな、新人の育成で評判の良かった俺を後継に指名したんだ。まだ慣れないが精一杯やってるつもりだ」
「先代のギルドマスターは寡黙で厳しい方でしたが人を見る目は確かな方でしたからね。ずっと……私を捜してくれていたんですか?」
「ああ、当然だ。惚れた女を放っておける程ろくでなしでは無いからな……。それでも俺にはお前を見つける事は出来なかった……。アリア達には感謝しないとな」
「今でも私を愛していると言ってくれるのですか?」
ガルドはマイリーンから目を逸らさなかった。
マイリーンはガルドに自分の所為で辛い思いをさせてしまった事に心苦しくなった。
「今更だな。マイリーンはマイリーンだ。今でも俺は変わらない」
ガルドは立ち上がりマイリーンを力強く抱きしめる。
「ずっと待っていたんだ。俺にはマイリーンが良いんだ」
マイリーンにガルドの想いが痛い程伝わってくる。
以前の彼女なら素直に受け入れる事が出来ただろう。
だが今の彼女は合成獣であり、普通の人としての生活は困難だ。
ガルドがギルドマスターとしてこの街に欠かせない人物なのだと言うのはマイリーンにはよく分かっていた。
彼なら冒険者や街の住民から信頼され、期待されていると。
今、マイリーンが彼と一緒にいるのはギルドマスターとしての体裁として問題があるのも充分に理解していた。
「……ごめんなさい」
マイリーンはガルドの胸を押し、拒絶した。
流れる涙が止まらなかった。
「今のあなたに私は邪魔にしからならない。今のあなたは街に必要です」
苦しい。
抱きしめてくれて本当は嬉しかった。
それでもマイリーンは愛してくれる人の為に涙を流しながら強く言った。
「今の私はあなたを受け入れる事が出来ません。本当にごめんなさい」
マイリーンの言葉にガルドは奥歯を噛み締める。
ガルドもマイリーンがただ拒絶したのではない事に気付いていた。
だがそれ以上に彼女の意思は固いと思った。
「……分かった。でも何処かに落ち着くなら教えて欲しい。そんな簡単に諦めれない」
マイリーンはもう胸が一杯だった。
出来るならすぐにでも彼の胸に飛び込みたい気持ちで一杯だった。
こんな私をずっと待ってくれると言ってくれているのだから。
「いつになるか分かりませんよ。アリア様の事情もありますから」
「それでも構わない。それまでに俺は後継者をしっかり育てるさ」
マイリーンはすっと優しくガルドの唇に己の唇を重ねた。
「今、私から出来る精一杯です」
二人とも顔を赤くした。
「お、おう。取り敢えず、あいつら呼んでくる」
ガルドは照れを隠す様にアリア達を呼ぼうとドアの方を見るとドアの隙間から覗く視線と目が合った。
「あ?」
ガルドは勢い良くドアを開けるとそこには先程、受付に行ったアリアとヒルデガルドにニールがいた。
マイリーンもアリア達を見て顔を更に真っ赤にした。
「てめぇら、そんな所で何してるんだ?俺の執務室を覗くとは良い度胸だなぁ?」
アリア達は乾いた笑いを浮かべながら逃げ時を間違った事を後悔した。
アリア達は部屋を出た後、二人が良い雰囲気になると思い覗いていたのだ。
首謀者は勿論アリアだ。
「いや、偶然目の前を通ったら……」
アリアは苦しく言い訳をする。
「ニール、お前まで何をやってるんだ?」
「いや……出来心だった」
ニールは諦めて白状した。
「首謀者は?」
ヒルデガルドとニールはアリアを見た。
「ほう。まだまだ子供の気分が抜けてないみたいだな」
ガルドの横にいつの間にかマイリーンがいた。
「アリア様、悪い事をした子供がどうなるかご存知ですか?」
「マ、マイリーンさん?」
マイリーンはアリアの首根っこを掴み無理矢理四つんばいにさせ、ホットパンツを容赦なくさげてお尻を露にした。
「これはアリア様の為を思ってするんですよ」
アリアはマイリーンを見て身を硬くした。
マイリーンは笑顔だが目が全く笑ってなかった。
アリアはヒルデガルドとニールに目で助けを求めたが二人とも首を横に振った。
マイリーンは手を高く上げ、アリアの露になった尻に容赦なく打ち据えた。
「ひぎゃぁぁぁぁぁ!!」
パシーン、と部屋に尻を叩く良い音が響き渡る。
アリアは一発目でもう涙目になった。
「アリア様、昔もよく悪戯して怒られていたのをお忘れですか?」
アリアはよく悪戯をしてマイリーンに怒られていた。
屋敷にある木にドレスで登ったり、部屋に入ると頭に虫が振ってくる様にしたり、教科書にゴキブリを挟んだりと。
その度にマイリーンに尻を叩かれていた。
「もうしないから!許して!!」
マイリーンは再び、アリアの尻を打ち据えた。
「痛ぁぁぁぁぁい!!許してぇ!」
「ダメですよ。しっかり反省しないといけません。私を救って頂きましたのでアリア様のお歳の分の回数にしてあげましょう。本当なら五十回なのですから」
にっこりと笑顔を向けるマイリーンにアリアは背筋が凍った。
マイリーンが教育係についていたのはほんの一年程だったが、アリアが一番おてんばだった時期だ。
お転婆が矯正されたのはマイリーンのお陰とも言ってもいいぐらいだ。
『世の中諦めが肝心だよね』
どうでもいいタイミングで茶化すカタストロフ。
「そんな都合の良いタイミングで出てくんなー!」
「反省が足りない様ですね」
カタストロフの声はアリアにしか聞こえない。
アリアの年齢分の回数、計十六回叩き終わるまでアリアはマイリーンに尻叩きのお仕置は続いた。
アリアはと言うと涙をぼろぼろと流しながらもうしません、と必死に反省の言葉を溢していた。
アリア「マイリーンさんに首輪を着けるのは嫌だったよー」
ヒルダ「よしよし、もっと撫でてあげますよ」
ア「ヒルダさんは私の癒し……」
ヒ「ハンナさんの尻尾は?」
ア「それも可」
ヒ「それにしてもアリアちゃんはマイリーンさんに頭が上がらないんですね」
ア「マイリーンさんのお仕置き怖いもん」
ヒ「そう言えばボーデンにゴキブリ投げてましたねぇ……。そう言えばゴキブリなんて何処から調達してきたのですか?」
ア「え?あんなの厨房の近くの物陰とか探したら普通にいるよ」
ヒ「死骸だけ集めるとかよく出来ますね……」
ア「え、生きたままだよ」
ヒ「まさか……手掴みじゃないですよね?」
ア「普通に素手だよ。生きたまま箱に入れてハゲじじいにの顔に十匹ぐらいぶつけたら、ヒィヒィ良いながら逃げ回ってたよ」
ヒ「ちょっとボーデンが気の毒に思えてきました。アリアちゃん、私達にそんな事は絶対にダメですからね」
ア「ヒルダさん、ゴキブリ苦手?」
ヒ「当たり前です。そう言えばマイリーンさんにも同じ事をしたんですよね?」
ア「うん。凄く怒られたよ。教科書に死骸を挟んだだけなのに……」
ヒ「マイリーンさんも苦労に絶えない人だったのですね」
ア「そうだね。でもギルドマスターとマイリーンさんが恋仲なのは以外だったかな」
ヒ「そうですね。てっきり結婚されている方と思っていました」
ア「それが三十、ぐぎぎぎぎ」
マイリーン「あらアリア様、さらっと私の年齢を漏らすなんて、なんて悪い子なんでしょうか」
ア「マ、マイ、リーン、さん、頭、わ、割れる、ごめん、な、さい」
マ「そんな悪い子はあっちでお仕置きしないといけませんね」
ア「ゆ、ゆる、して」
マ「ヒルダ様、少しアリア様をお借りします」
ヒ「アリアちゃん、連れてかれちゃいましたね。まぁ、女性の年齢を勝手に暴露するのは賛同しかねますが。私はもう少しお茶を飲んでから戻りましょう」




