閑話04:受付嬢ミランダ
冒険者ギルドの受付嬢ミランダ視点です。
暫く閑話が続きます。
私はファルネット貿易連合国の交易の中継都市であるピル=ピラの冒険者ギルドで働く受付嬢です。
名はミランダ・アナトキアと言います。
私自身は生まれてから二十四年間ピル=ピラで過ごしてきました。
十六歳から二十歳までは冒険者として活動してきましたが、あんまり素質が無かったのかCランク止まりでした。
パーティーを組んでいたメンバーが怪我でパーティーを抜けたのを気に解散する事になってしまったのです。
他のメンバーはBランクなので問題無かったのですがCランクの私は単独で続けるのは厳しいと感じていました、
そんな折ギルドに受付嬢募集の案内を見つけたのです。
冒険者を続ける自信を失っていた私はそれに応募する事にしました。
元冒険者と言う事もあり即採用となりました。
受付嬢の仕事は思っていたより重労働でした。
ギルドのカウンターにいる時は新人冒険者の登録、冒険者へ依頼の斡旋、冒険者のランク管理、依頼の完了確認及び報酬の支払い、苦情処理、冒険者預金の対応等があります。
冒険者預金とはギルドにお金を預ける事により何処の国にギルドでもお金を引き出せるシステムです。
現金を持ち歩くのは怖いですからね。
デスクに戻れば自分の受発注を行った業務の集計、清算業務の様な書類仕事も行います。
私の場合、元冒険者と言う事もあり、依頼完了の現地確認も業務に入ります。
魔物の討伐であれば討伐した魔物の一部や魔物その物で確認出来るのですが、例えば巣の駆除とかの依頼の場合は巣に魔物がいない事を確認しないといけないのです。
ギルド職員の中でもかなり危険な仕事です。
場合によっては上手く駆除出来ておらず、魔物と対峙する事もあります。
因みに受付嬢以外の職員の仕事も少し紹介します。
まずは渉外担当です。
平たく言えば依頼の発注を出してくれる人を捜して金額を交渉するお仕事です。
所謂、営業ですね。
この渉外業務はギルドマスターを筆頭にベテランの職員が担当しています。
どうしても依頼主に街の偉い方や大きな商人の方がいたりするので失礼な対応は出来ません。
ある意味冒険者ギルドの最前線と呼べる業務です。
他には経理、人事、設備管理等のギルドの中に特化した業務を行う方々もいます。
経理と人事は二階のフロアで業務を行っているので冒険者の方が目にする事はありません。
見られると都合の悪い書類もありますので。
そして併設の酒場、宿舎での業務です。
酒場は冒険者ギルドに併設する事によって冒険者同士の交流を盛んにし、冒険者同士の情報交換を活発化させる事により、依頼の達成率、更には冒険者の死亡率の低下が狙いです。
宿舎は冒険者から見ると普通の宿より安く泊まれるのがメリットです、
ギルド側が設置した一番の理由は緊急依頼があった場合、冒険者を呼び出しやすいのです。
バラバラの宿に泊まられると伝達が非常に大変なのです。
この街だかの宿だけでも三十件以上あり、伝達するだけで大きな時間が掛かってしまいます。
ギルド併設で宿舎を置くのはメリットは大きいですが街にある他の宿と軋轢を生まない様に気を付けています。
特に中級クラスの宿は完全に競合となるので冒険者以外の方から宿に関する問い合わせがあった場合は優先的にお客を回したり、ギルドカードを持っていない方はギルドに泊まれない等の制限を設けたりしています。
そしてこんな仕事を四年もやっている内に受付嬢と言う仕事にやりがいを見つけました。
冒険者と違い最前線で戦う仕事では無いのですが、後から支援する役割が私には合っていたのかなと思います。
自分が登録した冒険者がランクを上げていく姿をみているのはとても嬉しいです。
そんなある日、ピル=ピラの街の東部に討伐ランクがSランクより上の災害級に指定されている魔物であるマーダーウルフが現れたとギルドに一報が入りました。
災害級とは出現すればいくつもの街が壊滅の恐れがある魔物です。
地震、大津波、火山噴火等の天災と同等の意味を持つ恐ろしい魔物。
マーダーウルフは過去にメッセラント王国とガル=リナリア帝国の間に聳えるデイラード山に出現した狼の魔物で、十以上の街や村が滅びました。
特徴としては人と同じぐらいの大きさがあり、黄昏の様な仄暗い赤い毛が特徴で、人に限らず魔物も関係無く襲い掛かります。
傍から見ると大きい狼にしか見えませんがその体から発せられる猛烈な濃度の瘴気の所為で普通の冒険者では近づく事も間々なりません。
瘴気は人体に激しく有毒で長時間晒されれば死に至ります。
更に厄介なのはほとんどの魔法が効きません。
マーダーウルフの毛皮は火を通さず、凍りもせず、雷は空中で放電し、鋼鉄の剣を弾き返す強靭さを持っています。
動きも非常に素早く地上の魔物では最も速いとまで言われているぐらいです。
当時、国、冒険者ギルドで討伐隊を組み、討伐に向かいましたが悉く返り討ちに合う惨憺たる結果に終わりました。
ではどうやってマーダーウルフを倒したのか。
その方法は伝えられていません。
ですが討伐した物の名前は残っておりました。
東の大陸で最も優れた魔術師、宝石の魔女と名高いクリス・ディアイアです。
東の大陸の大国であるオーゼン帝国の宮廷魔術師で魔道具の母と呼ばれるぐらいに画期的な魔道具を世に送り出した人物。
三十年前に突如、行方を眩まして以来、世に姿を現していません。
生きていたとしてもかなりのご高齢でしょう。
ギルドマスターはギルドの各支部に緊急応援としてSランク冒険者へ助力を依頼しました。
ピル=ピラには二人のSランク冒険者がいるのですが、過去の事を考えると二人だけでは討伐は無理と判断しました。
Aランク以下の冒険者については街の防衛と監視をしてもらう事になりました。
災害級の魔物の場合、Sランクの冒険者でも手に負えない事が多く、それ未満の冒険者を動員しても徒に被害と増やすだけになってしまいます。
ただSランク冒険者が他のギルドから応援で来るとしても時間が掛かるのである程度は何とかしないといけません。
一応、天網の魔女と呼ばれるこの街のSランク冒険者の一人、サベージュさんが常時警戒に当たって頂ける事になりました。
そんな状況の中、サベージュさんからマーダーウルフらしき反応があったと報告がありました。
彼女が使う魔法は魔力の網を広範囲に広げて行使するもので、索敵だけであればかなりの広さを感知する事が出来るそうです。
網と言う特殊属性だからこそ成せる魔法みたいです。
どうやらマーダーウルフはカーネラル方面へ向う街道にいる様でした。
街では住民を家の外に出ない様に知らせたり、西門の警備を増員したりと大騒ぎです。
そんな厳戒態勢でマーダーウルフの動きを監視しているサベージュさんから不思議な報告が入りました。
突如、街道沿いにあったマーダーウルフの反応が消えたと。
ギルドにいる誰もが首を傾げました。
急遽、ギルドマスターを含んだ偵察隊でマーダーウルフの反応があった場所の確認を行う事になりました。
ギルドマスターが調査から戻ってくると偵察隊では無い女性三人の冒険者らしき人達も一緒でした。
私は道中にこの街へ向っている人を危険だから保護したのだと思っていたら、なんとマーダーウルフをこの方々が討伐したらしいのです。
それが本当なら非常に喜ばしい事ですが、正直に言って女性冒険者三人で勝てるとは思えません。
ギルドカードを確認したら銀髪の長身の女性と獣人の女性がAランク、蒼い髪の少女はDランクなのです。
どう見ても倒せる実力には思えません。
ですが目撃情報と同じマーダーウルフと思わしき死体を持っておりギルドへ提出されています。
解体の魔物の鑑定担当の方曰く本物で間違い無いそうです。
ただ実力に関しては皆懐疑的で急遽、ギルドの修練場で実力の確認を行う事になりました。
相手をするのはこの街のもう一人のSランク冒険者の剛剣と名高いガリアスさん、Aランクトップクラスと言われている雷撃のベイルートさん、そしてウチのギルドマスターです。
一応、ギルドマスターは現役時代Aランクで優秀な冒険者だったのです。
最初はギルドマスターと蒼い髪の少女、アリアちゃんが戦う事になりました。
アリアちゃんはその小柄な身体に似合わない大剣を使う様で模擬戦用の大剣を軽々と振り回しています。
対するギルドマスターは両手で扱う大斧です。
傍から見ると非常に体裁が悪い光景にしか見えません。
だって四十過ぎたスキンヘッドのおっさんが斧を持ってまだ十代半ばの少女に襲い掛かろうとしているのですから。
犯罪の匂いしかしませんね。
次からロリコンマスターとでも呼んでみましょうか。
そんな事を思っている内に戦いが始まりました。
そこで私は唖然としてしまいました。
なんとアリアちゃんがギルドマスターと普通に打ち合っているのです。
多分、ギルドマスターが手加減していると最初は思いました。
ですが時間が経つに連れて徐々にギルドマスターが押され始めました。
ギルドマスターが防戦を強いられているのです。
彼女の何処にその膂力があるのでしょうか?
いくら魔法で身体能力を強化しても出来る芸当とは思えません。
Aランクのギルドマスターがそう簡単にあの小柄な少女の攻撃に防戦を強いられるなんてありえません。
私もギルドマスターと何回か模擬戦をして事もありますし、他のAランクの方と模擬戦をしている様子も見た事がありますが、こんなに一方的な状況になるのは初めてです。
決着は突如訪れました。
彼女の猛攻に耐え切れなくなった斧が壊れた瞬間、彼女の大剣がギルドマスターの首に添えられてました。
まさかの事態です。
負けたギルドマスターは肩を落としていました。
周りにいる冒険者もなんと言ったら良いのか分からないのか皆黙ってしまい、修練場は沈黙に包まれてしまいました。
次は狐の獣人のハンナさんです。
あの金色の尻尾につい目を奪われそうになりますが、彼女はダガーの二刀流の様でした。
それに対しベイルートさんは槍です。
元々ベイルートさんはバンガで出身で狼の獣人である彼の使う槍は稲妻の様に鋭い事から雷撃の二つ名が付けられました。
模擬戦が始まり仕掛けたのはベイルートさんです。
ハンナさんの間合いの外から鋭い一撃が襲いますが、苦も無く躱しています。
ベイルートさんも彼女を近づけさせない様に間合いを上手くキープしていました。
お二人ともAランクなので見応えのある戦いです。
でもハンナさんは防戦一方で間合いに入れない様子でした。
ふと横でギルドマスターがこの戦いはおかしいと言いました。
私にはおかしい理由が分かりませんでした。
ギルドマスターはハンナさんが一度もダガー使ってないと言うのです。
全ての攻撃を躱していると言うのです。
言われてみればハンナさんが武器を持っているだけで使っていませんでした。
そんなやり取りが続く中、戦いはいきなり終わりを迎えました。
ベイルートさんが槍を放とうとした瞬間、ハンナさんが消えたと思ったらベイルートさんの背中にダガーを当てていたのです、
私には何が起きたのか分かりませんでした。
ギルドマスターにも聞いたのですが、分からないそうです。
ベイルートさんもショックを受けていました。
これはギルドマスターも同じですが、ハンナさんは手が出せなかった訳では無く、手加減をして手を出さなかった事に気付きました。
ベイルートさんもそれに気付いたからです。
この戦いは最初の一合で決着が付いていたのですから。
最後にリアーナさんとガリアスさんです。
リアーナさんは身の丈より大きいハルバート、ガリアスさんは剛剣の名の通り大剣です。
対峙するガリアスさんの表情がいつも以上に険しいです。
今までの戦いの流れを見ていればそうなるでしょう。
この街の冒険者ギルドの手練れが悉く下されているのですから。
二人が構えを取りました。
何故かその様子を見ていると背筋に冷たい嫌な汗が流れた気がしました。
足が何故か震えます。
周りを見ると表情が青くなっている冒険者がたくさんいました。
横にいるギルドマスターも顔色が悪いのが分かります。
後で教えて貰ったのですが強者の放つ威圧を受けるとこの様な状態になる様です。
二人とも全く動きません。
これまでに比べて異様な緊張感が場を支配しています。
これはあれでしょうか?
一撃で勝負が決まる的な戦いでは?
そんな事を思っているとリアーナさんが動きました。
リアーナさんの一撃はガリアスさんに大剣に受け止められましたが、その一撃は見ている以上に重い様に感じました。
あのガリアスさんが踏ん張りきれず後方に弾かれたのです。
体勢が崩れたガリアスさんへリアーナさんが追い討ちを掛けます。
ガリアスさんは辛うじて大剣を盾にして防ぎますが、修練場の壁まで吹き飛ばされてしまいます。
吹き飛ばされたガリアスさんは修練場の壁に大穴を空けて壁の向こう側に行ってしまいどうなっているか分かりません。
あの位置はもしかすると副ギルドマスターの執務室の様な気もしなくもないですが、今はどうでも良いですね。
リアーナさんは構えを解き、肩にハルバートを担いで楽にしています。
この場合はどうなるのでしょうか?
壁の穴からガリアスさんが出てきました。
リアーナさんがまだやるか、と聞くと彼は首を横に振りました。
戦いはリアーナさんの勝ちで幕が下ろされました。
三人の実力を認めざるを得ません。
まさかガリアスさんまで敗れるとは誰が予想出来たでしょうか?
その後、ギルドマスターの執務室で色々話を聞きましたが出身等の事は一切、話して頂けませんでした。
ギルドマスターはリアーナさんの正体に心当たりがありそうですなのですが、教えては貰えませんでした。
一応、彼女達三人がマーダーウルフを討伐した事になりました。
ギルドマスターは暫く国やギルド本部への説明に追われて大忙しでした。
彼女達のランクは全員Sランクになる事が決まりました。
特にAランク上位のギルドマスターより強いアリアちゃんがDランクなのは問題です。
彼女がDランクの依頼を行うと他の適正ランクの冒険者の仕事が奪われてしまいます。
そこら辺も冒険者のランクを管理する上で大切です。
国や領主から感謝したいので来て欲しいと言う要請が彼女達に来ていましたが全て断られました。
犯罪者では無さそうですが、どうも訳有りっぽい感じです。
私としては強い冒険者がこの街にいてくれるのは安心なのでしっかり仕事をしてくれれば構いません。
今日も私は冒険者のカウンターで受付嬢をしています。




