閑話01:ヒルデガルド・オーデンス①
ヒルデガルド視線での過去語りでまとめて三話投稿します。
ヒルデガルド・オーデンス―――
それが私に与えられた名前。
前教皇でもあり母でもあるアナスタシアが名付けた。
生まれてすぐ私は捨てられ偶然通りかかった母が私を拾った。
私が悪魔憑きで母はそれを知っていて私を拾ったと言っていて、母は私に悪魔との付き合い方を小さい頃から教えてくれました。
教皇が何故悪魔憑きの自分を保護したのか分かりませんでした。
アルスメリア神教は世界の創世神である女神アルスメリア様を崇め奉る宗教です。
その教えの中に悪魔は人々を苦しめ、貶め、世を乱す存在と言われており、悪魔が見つかった場合、捕まえて神殿に封印する事になっています。
その教え通りであれば私は封印されなければいけない存在なのです。
だが母は私を封印せず、悪魔と上手く付き合い生きる道を示してくれました。
悪魔憑きとは本人の意思と関係無く悪魔と契約してしまった人を指します。
私と契約している悪魔はハルファスと言い錬成の能力を持っており、実体化した姿を見た事はありますが、綺麗なお姉さんみたいな感じです。
悪魔と言っても人と姿は変わりません。
私は悪魔なんて凄く禍々しい感じの見た目と思っていました。
本当の姿はもしかしたら別にあるのかもしれませんが。
小さい頃は忙しい母に代わってよく話し相手になってくれたり、困った事があった時に相談に乗ってくれたりしました。
正直、私には悪魔が悪い存在に思えませんでした。
私と契約しているハルファスは面倒見の良い姉的存在です。
母は結婚していないので養子の私しか子供がおらず、ハルファスが私の中で必然とそう言う位置付けに収まってしまった訳です。
私が教皇の娘と言う事もあり、親しい友人もおらず独りでいる事が多いのもそう感じる要因かもしれません。
母の娘と言う事もあり、私は神職を目指す事になりました。
悪魔憑きの私が神職になるのは何処か滑稽な話とは思いましたが、これと言ってやりたい事が無かったので言われるまま神職の道へ進みました。
私が悪魔憑きだと言う事は母しか知りません。
母からは絶対に教えてはならないと厳しく言われていました。
知られれば封印されるか、異端者として処刑されるか、なので私も母以外に話す事はありませんでした。
悪魔と契約した者には身体の何処かに契約印と言う紋様が身体に刻まれます。
私の場合、生まれた時から契約していた所為か、成長するに連れ契約印は広がりを見せ、普通の契約者より身体の広い部分に契約印が刻まれており腕、胸、背中、右足と全身に及んでいます。
ハルファスに聞くと契約印が広がると悪魔との繋がりが強くなり、能力も強くなるとの事です。
悪魔の力は何かを代償にしないといけないと本に書いてありました。
その事を聞くと既に代償は貰っているから気にしなくても良いと言われたが、代償の詳細については教えてくれません。
ハルファスは心配しなくても代償を要求する事はない、と言っており、母に聞いても契約者でないから分からない、と言われ諦めました。
私も大きくなり王都ドルナードにある学院へ行く事になりました。
私は生まれてからずっと神教の神殿があるヴェニスで生活していた為、王都の学院に入学する際に学院の寮に入る事になっていました。
寮では大浴場でみんな一斉にお風呂にはいる為、裸を見られる危険性があり、どうしたものかと考えておりました。
裸を見られると拙いと思っていたらハルファスから魔力を制御すれば契約印を見えない様に出来る事を知り、他の方に見つかる心配が消えました。
王都での学院生活は極めて平穏その物でした。
教皇の娘と言う事で寄ってくる方がいない分けでは無かったのですが、神教の教皇は神教内の選挙で選ばれる為、母が教皇の座を退いたとしても私が選ばれる事はありません。
もし教皇になれたとしてもかなり年を重ねて実績を作らないと厳しいでしょう。
カーネラル国内の有力者はそれを分かっているので無理に近づこうとせず、近づいてくるのは専ら後が無い下級貴族の子息達です。
運が良い事に同級生にカーネラル王国の第一王子であるヴィクトル・カーネラル殿下がいらっしゃったので皆さん、殿下へお近づきになる為に一生懸命だったので矛先が私の方へは向かなかったのです。
殿下の影にすっかり隠れてしまった私はのんびりとして学生生活を堪能する事が出来ると思ってました。
しかし、問屋はそう卸してくれませんでした。
殿下が私に興味を持ったのです。
悪魔憑きである私が殿下と一緒にいる訳にいきません。
必死に殿下を避けていたら余計に興味を持たれてしまい、殿下から逃げる毎日でした。
悪魔憑きである私は魔力が高く水属性、土属性、治癒魔法が使え、成績が良く、悪い噂が無く、教皇の娘と言う事もあり、非常に好物件と思われていたらしいのです。
私自身、殿下の周りの女性陣が怖くて近づきたくありませんでした。
向こうは王子様を手に入れる為に何でもする様な方々なのです。
それはもう何をされるか分かりません。
その所為で学院生活は碌に友達も出来ず一人、周りに目が着かない様に気を付けながら過ごす羽目になりました。
結婚に関しては私は出来ないと諦めてました。
悪魔憑きが結婚出来るとは思えないのと子供に引き継ぎたくないと思ってました。
ハルファスから子供を産んだ場合、悪魔憑きになると言われたからです。
普通の悪魔との契約者ではそう言う事は無いみたいですが、私の場合は生まれてからずっと悪魔と繋がっていた為、人より悪魔に近い性質だそうです。
人と悪魔の明確な違いは教えてくれませんでしたが、最悪は悪魔を産んでしまう可能性もあり、諦めざるを得なかったのです。
学院生活二年目に殿下の婚約者が決まり、私は安堵しました。
これで落ち着いた生活が出来ると。
そもそも殿下に今まで婚約者がいなかった事が不思議でした。
聞いた所によると元々はベルンノット家の長女でリアーナ様と婚約予定だったのですが、リアーナ様は不幸な事故で子を授かれない身となり婚約が破棄され、そこから良い婚約者が現れなかったそうです。
裏では殿下の婚約者候補に私の名前が挙がっていたらしいですが、母が全力で阻止していた様です。
母には感謝です。
悪魔憑きが王妃とか洒落になってません。
王国史上、神教史上最大の汚点になりかねません。
そんな役は御免被りたいです。
そして学院も無事に卒業した私は王都からヴェニス戻り神官になりました。
私の場合、小さい頃から神殿で神官の見習いをしていた為、卒業後すぐに神官になれました。
普通は神官見習いとして最低三年仕えなければなりません。
私の様に小さい頃から仕えている人間は非常に少ないのです。
神官になった私は枢機卿のマイリア様の補佐をする事になりました。
マイリア様は小さい頃から私に色々と神官のお仕事を教えて下さり、教皇である母の補佐もやっておられる方です。
私にとっては叔母の様な存在です。
アルスメリア神教は権力争いが酷く幾つかの派閥に分かれています。
アルスメリア神教の三分の二は人間至上主義を掲げる者達、枢機卿であるボーデン・カナリスが率いるカナリス派と呼ばれてます。
私の母はアルスメリア神教の中のトップと言う地位に有りながら種族分け隔てなく接する人で種族融和を謳う穏健派です。
そして日和見的にどちらにも属さない中立派の三つです。
アルスメリア様は全ての神であるのに人間を至上であると言う考え方は私には理解出来ません。
私自身が差別対象だと言う事もありますが、全ての種族に対して平等に接するべきと言う母の考えに私は全面的に賛成だと思ってます。
差別して迫害すれば争いの元です。
その所為でカーネラルより南の獣人の国でもあるバンガ共和国にアルスメリア神教の教会は存在しません。
アルスメリア様を崇めていますが、神教の存在を認めないのです。
それに関しては私は仕方の無い事だと思ってます。
母も関係改善に努力していますが、三分の二を占めるカナリス派の反発が強く上手くは行ってません。
私の母が教皇になれたのは強大な光魔法の使い手であり、強大な悪魔を何体も封印してきた実績が大きく民衆から絶大な支持を持った英雄であり、人間至上主義の派閥も物が言えなかったのだとか。
一番後押しとなったのは煉獄の悪魔アスモフィリスを封印した事です。
強大な力を持つガル=リナリア帝国にいる契約者が街を四つも灰燼と化し、その脅威は徐々に大陸に広がってきました。
光魔法の使い手で当時、神教内でトップクラスの強さを誇った母がアスモフィリス封印の命を受けたのです。
悪魔は魔剣と言われる武器に封印します。
これは五百年前に聖女アメリア様が考案した悪魔の封印方法でした。
母は見事、魔剣にアスモフィリスを封印しました。
そんな母を退く事は対立派は出来ませんでした。
稀代の英雄となった母を退ける事は信者の支持を失いかねません。
自分達の支持が下がるのを恐れたのです。
枢機卿のボーデン・カナリスを中心として勢いを増しています。
そんな複雑な政情を抱えた神教に身を置きながら私は日々精進に励んでいました。
そして二十歳を迎えた私は神殿で唯一の友と呼べる人間と出会ったのです。
二十歳を迎える年のある日、神殿にある情報が神殿を駆け巡りました。
それは聖女アメリア様を上回る治癒魔法の素質を持った少女がカーネラル辺境の孤児院で見つかったと言う話です。
その少女は辺境の孤児院で貧しい生活を送っていました。
砂漠の大国メッセラントとの国境に近い事もあり、その孤児院のある村は荒れた土地が多く、作物の育ちが悪くかなり生活が苦しかったらしいのです。
神教内では聖女の再来の可能性が高く早急に保護せよ、との声が高くなりその少女を保護する事が決まりました。
私は枢機卿のマイリア様の補佐をやっていたのでカナリス派の思惑を知っていました。
カナリス派は聖女を担ぎ上げ、人間至上主義の求心力にしようとしている魂胆は見えていました。
母もそれを知らない訳ではありませんでした。
孤児院からそのまま神殿で聖女になるのは困ると言う事で少女を貴族の養子にして、ある程度の教養を教えてから神殿に行く手筈になりました。
母は養子の引き取り先をカーネラルの戦女神と名高いベルンノット侯爵家の長女であるリアーナ様に強引に決めました。
アルスメリア神教は大陸に広く普及している宗教とは言え、国政に手出しは出来ません。
特にカーネラル王国とは国政には不干渉の取り決めがあるのです。
カナリス派と言えどランデール王国との戦の英雄に手を出す事は出来ません。
聖女となるべく来た少女と出会うのは私が二十三歳の時―――




