27:冒険者達との語らい
「乾杯!」
シモンの乾杯の音頭でグラスがぶつかる。
ギルドへ先に戻ってきたリアーナ達は一足先に戦いの苦労を労って宴会を始めていた。
本当は戦いの前に夕飯にするつもりだったリアーナとハンナだったが、先程の緊急依頼によりお預けの形なってしまったので改めて夕飯を食べている。
四人組の冒険者も街に帰ってきてすぐの襲撃に対応していたのでお腹が限界だ。
「リアーナさん、凄いですね。あの魔物を怒涛の様に薙ぎ倒すなんて」
リアーナに声を掛けたのは四人組の冒険者の内の一人、ニアだ。
ニアは斥候タイプの冒険者で、さっきの戦闘でも煙幕や魔法を上手く使って敵を撹乱していた。
「あのぐらい朝飯前だ」
リアーナにとってあの合成獣は苦戦する程では無い。
単独で戦うなら素手でも充分なぐらいだ。
「自分にもあの強さに届くのかな……」
ニアはリアーナの戦いを見てSランクの強さを初めて見たのだが、余りにも自分と掛け離れた強さに自信を少し失っていた。
「一つ勘違いしているが、冒険者の強さは戦う強さだけじゃない。君の様に敵を撹乱して仲間を上手くサポートする力も立派な強さだ。目立たないが君がいるお陰で仲間は何倍も力を出せるんだ」
斥候になる冒険者は割合的には少ない。
冒険者になろうとする者は華やかで派手に見える前衛の戦士や剣士、後衛の魔法使いになる者が多い。
斥候は目立たず地味なので率先してなる者が少ない不人気のタイプだ。
だが事前に状況確認、探索、逃走経路の確保、罠の察知を行ったり、戦闘では敵を撹乱したりと仲間をサポートするのは非常に重要な役割なのだ。
斥候がいないパーティーより斥候がいるパーティーの方が生存率が高い。
リアーナはそれを知っており、戦闘中の彼女行動は充分にランク以上の働きをしていたのを見ていた。
今は冒険者とは言え、元騎士隊長だっただけの事はあり、人を見る目はあるのだ。
「あの戦闘で君がいたから君のパーティーは誰も大怪我をせずに済んだんだ。斥候は剣士や魔法使いみたいに目立たないが非常に大事な存在だ。それは誇っていい事だ」
リアーナの言葉にニアは感動の余り泣きそうになっていた。
ニア自身、前衛に向かず仕方なく斥候をやっていた。
それでも彼女は仲間の足を引っ張らない様に見えない所で斥候としての技術を磨いていた。
ただそれがどのぐらい仲間の為になっているか本人は分からず、戦力になれていないのではと悩んでいた。
「ニア、俺達はいつもお前には助けられているんだ」
パーティーのリーダーの青年、ウォルトは自信を持ってニアに言った。
「そうですよ。ニアは僕達の見えない所で努力しているの知っていますよ」
魔法使いの青年のバートが続いた。
「ニア先輩。俺、いつもヘマして危ない所をさり気なくいつもフォローしてくれるの知ってるよ」
茶色毛の狼の獣人の剣士であるトムもニアを励ます。
「良い仲間ではありませんか」
ニアの横にいるハンナは彼女の頭を優しく撫でた。
「ぅぐ……ぐす……みんな、ありがとう……」
ニアは改めて言葉にされて胸が一杯だった。
「折角の可愛いお顔が台無しですよ」
ハンナはニアにハンカチを差し出す。
「……すみません」
ニアはハンカチで涙を拭う。
「そう言えばさっきの魔物はよく出るのか?」
リアーナは緊急事態だった為、気になった事を口にした。
「そうですね。今日みたいな大型の奴は珍しいですが、二年前ぐらいから現れる様になりました」
リアーナの疑問にバートが答えた。
「大体複数の魔物の特徴を持った感じですね。出るのはこの街の周辺だけです。原因はギルドで調査しているみたいですが、原因は分かっていません」
ふむ、と頷きながらリアーナは先程戦った魔物の事を思い出していた。
あれは合成獣の可能性が高いと思っていた。
ただ合成獣の研究は禁術扱いとなっており、どの国でも禁止されている。
周辺諸国でその様な噂も無く、公式に合成獣を作った研究者がいたのは百年以上も前の話だ。
合成獣なんて物は自然発生する物ではない。
その為、リアーナは何かしら人為的な行為なのは間違い無いと踏んでいた。
この程度の結論ならギルドも既に至っており、下手人を捜すのに手間取っているのだろう、と考えた。
リアーナが解決する問題ではない。
「この街に合成獣の研究者でもいるのか?」
自らの予想をぶつけてみる。
「ギルドもそう考えているみたいですね」
リアーナはやはりか、と思った。
あの魔物も合成獣で合っていた様だ。
「そう言えばリアーナは三人パーティーじゃなかったっけ?」
シモンもリアーナ達の噂を知っていた様だ。
「ああ、新しく入った仲間の昇級試験に連れ添っているよ」
アリア達は今頃野営の準備をしているだろうと思いながら。
「あんた達と一緒に行くからSランクの昇級試験?」
「いや、Aランクだな。今はEランクなんだがEランクだとギルドが困るそうだ」
リアーナの言葉にシモンはハッとなった。
「もしかして、ゴザが小便漏らして心を完膚無きまでにへし折った新人の事か!?」
ギルド内ではヒルデガルドの事はかなり有名になっており、かなり噂になっている。
「そこまで言ってやるな。事実だが本人が可哀相だ」
リアーナはシモンを窘める。
「冒険者としては新人だが、下手な宮廷魔術師より強いからな」
「それならEランクにいたら他のEランクの奴ら気の毒だ。Aランク昇格間近の新人とか俺もヤバイんじゃないか?」
「うむ、君なら余裕で蜂の巣だな」
リアーナはにっこりシモンに返す。
その返しにシモンはマジかよ、と呟く。
「あの……そんな新人の方がいるんですか?」
漸く落ち着いたニアがヒルデガルドの事が気になった様だ。
「ああ、登録の模擬戦でBランクのゴザを瞬殺した魔法使いの女がいるんだよ。何でも魔法で作った剣で蜂の巣にされそうになったとか。俺が直接見た訳じゃないが、ギルド内では結構、噂になってるぞ」
シモンはちょうど依頼でギルドから出ており、依頼から帰ってきて噂を聞いたのだ。
「まぁ、雰囲気的に登録が遅かったパターンだな。若くて強いより何処かで魔法使いとして仕事していた口だろ?強い冒険者の新人剣士の蓋を開けたらどっかの近衛騎士だったりする事もあるぐらいだし」
「それなら納得出来ますね」
ニアは同い年ぐらいの人だったらへこみそうだったのだ。
「ヒルダ殿の年は私から言えないが、君より年上だから安心するといい」
リアーナはヒルデガルドよりアリアの方が問題だな、と思った。
アリアは十六歳でSランクになったのだ。
ギルドでは最年少Sランク昇格者なのだから。
「大丈夫です!私はハンナさんが気になります。ハンナさんも斥候ですよね?」
「そうですね。私も斥候になるんですかね?」
ハンナは自分の事なのに首を傾げる。
「まぁ、斥候と言える範囲じゃないか?多分」
リアーナも首を傾げながら答える。
「お二方ともなんでハテナマーク付けながら何ですか?」
二人の答えにニアはよく分からなかった。
「それではメイドでお願いします」
ハンナは真面目な顔で答えた。
「もっと分からないのですが……」
元暗殺者とは言えないのでメイドと言うのは間違っていないのだが、傍から聞いている身からすれば混乱をするだけだが。
「斥候の技術は持っていますがそれはオプションですね。私も基本的には前衛なのですが、今回は負傷者の救助を優先した結果、行動が斥候の様になってしまっただけかと」
ハンナの説明にニアは少ししょんぼりとなった。
「まぁ、それでも斥候よりなのは否定出来ませんね」
「因みにハンナさんは私の技術をどう思われますか?」
「どうとは?」
「私に足りない物があれば教えて頂けないかと思って……」
ニアは上のランクに上がるには自分の今の手持ちの技術だけでは足りないと思っていた。
「そうですね。今日の戦いしか見ていないので的確な事は言えないと思いますが、それでも宜しいですか?」
「はい」
「私が見ていて感じたのは攻撃にほとんど参加していないのは少し気になりました。きっと魔物にダメージを与える手段が少ないのではないかと思いました。いくら斥候とは言え戦闘技術は多少なりあった方が良いですね。前衛に勝てなくても良いので時間稼ぎが出来る程度の実力があった方が良いかと」
「そう……ですよね」
ニア自身も実感して分かっていた。
彼女が攻撃で使うのは腰に差した大振りのナイフと体術だけだ。
しかし、それも前衛のメンバーの攻撃を捌ける程の技量は無い。
鍛錬を続けてはいるが閉塞感があった。
「今の手持ちの技術に不安を感じるなら斥候と言う枠に囚われずに技術を身に着けるのも一つの道ですよ。私自身も短剣術に体術、斥候の技術、風魔法と色んな事を身に付けていますので」
そうですね、とハンナは前置きをした。
「例えばですが、どの魔法の適正があるか分かりませんが、魔法を学んでみるのはどうでしょうか?」
「魔法……ですか……」
魔法と聞いてニアは俯いた。
「ニアは適正が何も無かったんです」
バートがニアの代わりに答えた。
「魔力はあるのですよね?」
「はい。それは適正検査で平均的な冒険者並みにはあります」
「それなら魔力をそのまま使用する無属性の魔法なら使えるのではないですか?洗浄や移動は使えますよね?」
洗浄は汚れを落とす無属性の代表的な魔法の一つで移動は物を移動させる魔法だ
「はい。そのぐらいなら」
「それなら練習して魔力の塊をぶつけるとかどうですか?」
バートは手をポンと打った。
「確かにそれなら適正が無くても魔力があれば使えますね」
「それに結構、応用が利きますから便利です。夜戦で色を変えて周囲に溶け込ませて攻撃するとか出来ますから。ただ放つだけなら難しくないと思いますよ」
夜に紛れて黒い魔力の矢で不意打ちをすると言うのをハンナは昔はよくやっていた。
魔力の感知力が高いと避けられるが、感知力の低い相手には効果絶大だ。
因みに魔物は全般的に魔力の感知力が高い為、普通に放つのと代わりが無かったりする。
「私でも出来るかな……」
「何事も練習ですよ。手数が増えれば色々役に立ちますから無駄にはなりません」
ニアは拳をぐっと握りこんだ。
「私、頑張ってみます!」
「頑張れば結果は必ず出ますよ」
ハンナはニアのそんな姿に少し昔の自分と重ねた。
暗殺者として鍛錬を重ねていた頃に回りに追いつけず苦労していた姿と。
「俺も覚えてみようかな。俺も適正はないけど遠距離から攻撃手段は欲しいし」
ウォルトは遠距離からの攻撃手段が無い事を気にしていたのだ。
「みんなで練習したら良いんじゃないかな?僕も手が増えるし、みんな使えても損は無いし、誰かがコツを掴んで共有すれば早そうだし」
「そうだな」
バートの言葉にウォルトは頷く。
「若いとは良いな」
ぐいっと酒を呷るリアーナ。
「何を言っているんですか。まだリアーナ様も充分若いですよ」
「む、そうか?まぁ、私には結婚は無いから関係無いがな」
リアーナは結婚は完全に諦めているので年齢に関しては気にしていない。
「何か枯れてるなぁ」
「実際に枯れているからな」
シモンの言葉にリアーナは笑って返す。
「おっと、女性にこんな会話は野暮だな」
しまったと言わんばかりにシモンは会話を逸らす。
「気にしないさ」
リアーナは全く気にも留めなかった。
リアーナ達は程よい所で解散して宿舎に戻った。
偶然にもシモンやウォルト達もギルドの宿舎を利用していたので、帰りも一緒だった。
やはり格安で宿泊出来るギルドの宿舎は冒険者にとっては欠かせない存在の様だ。
そして後処理を任された冒険者達は仕留めた合成獣の検分や後始末でギルドに戻ってくる頃には深夜に差し掛かっていたそうだ。




