23:クイーンの事情
ハンタータームの巣は通路が馬車の往来が可能なぐらいの広さがあった。
ここまで来れば普通に洞窟と言っても差し支えないぐらいだ。
ハンタータームの巣の通路が広い理由は巣を移動する時にクイーンが通る為だ。
クイーンはソルジャーに比べて三倍ぐらいの大きさがあるのだ。
基本的にクイーンを探す時は大きい通路の一番奥に進むだけだ。
アリア達は巣の中を慎重に足を進める。
所々に小さな部屋があるが、運び込んだ餌や卵等が置かれているだけだった。
小部屋にいるのは普通のハンタータームばかりでアリア達は一匹ずつ確実に仕留め、卵はヒルデガルドが凍らせて奥へ進む。
アリアが先方を進みながらニールは周囲を窺う。
「今の所、ブラッディタームが出てくる感じは無いな」
「さっきから見かけるのは普通のばかりだね。奥に大量にいたりして」
「有り得るな。クイーンを守るのにソルジャーを固めている可能性は高いからな」
通路を歩いて進めると広い空間のある部屋が見えてきた。
通路と影に潜みながら慎重に周囲を確認しながら部屋の様子を窺う。
広い部屋の中央には普通のハンタータームより長い腹を横たえ、上半身が裸で赤い髪の女性の姿をしている。
見た感じでは寝ている様だ。
ソルジャーは見た限りではいなかった。
その姿にニールは驚きの表情を浮かべた。
「あれは明らかに変異種だ。ハンタータームが人の姿を取るなんて聞いた事が無い」
「どうしますか?」
ヒルデガルドはニールに問う。
「ここまで来てあれだが引き返すのも有りだな。正直、どのぐらい強いか分からん。大人しく応援を呼んだ方が良いかもしれん」
アリア達が部屋の様子を窺っているとクイーンが身体を起こし、こちらを凝視する。
一気に緊張が走り、身を潜めながら戦闘態勢を取る。
「そこにいるのは匂いで分かっています。部屋に入らなくても良いので話を聞いてくれませんか?」
クイーンが人の言葉を話した事にアリア達は驚愕し、三人とも目を合わせた。
「どうする?」
アリアは小声でニールに聞く。
「バレてるな。逃げるのも有りだが少し話を聞いてからでも遅くはないか?」
ニールも戸惑っていた。
高位の魔物は人の言葉を介する事はある。
しかし、ハンタータームがその様な事が出来るのは聞いた事が無かった。
「さっきの口ぶりだと非常に理知的な話し方でしたので、部屋に入らず話を聞いてみませんか?」
ヒルデガルドはクイーンと話してみたい様だ。
「うーむ、話を聞いてみるか。お嬢さんは後方の警戒を頼む。俺とヒルデガルドで話を聞く」
「了解」
アリアは通路の影に残り、ヒルデガルドとニールは部屋の入口の手前に立ち、クイーンを見据える。
「出てきてやったぜ。話と言うのは何だ?」
クイーンは少し表情を崩した。
「話を聞いて頂ける様でほっとしました。私はマイリーン・アドニと申します」
ニールとヒルデガルドはクイーンの自己紹介に怪訝な顔をした。
「ハンタータームが人間の様な名前を持っているのですか?」
魔物が名を持つ事が無い訳では無いが、姓を持つ事はまず無い。
「マイリーン・アドニだと?二年前に行方不明になった神官の名前と一緒じゃないか?」
ニールには心当たりがあった。
二年前にギルドからの依頼で行方不明の神官の捜索に参加したのだ。
「私がそのマイリーンです。男の方の横におられるのはアナスタシア猊下の御子であるヒルデガルド様でお間違いありませんか?」
ヒルデガルドは目を見開く。
そしてヒルデガルドの素性を知らないニールはヒルデガルドを見る。
「お前、前教皇の娘だったのか?」
「はい。私の顔を知っているのは神教の関係者だとは思いますが、魔物が神教の神官が出来るとは思えません」
ヒルデガルドはニールに肯定で返す。
「私は元々人間でした……二年前までは」
「どう言う事だ?」
「二年前―――」
マイリーンは二年前に自らの身に起こった事を語りだした。
彼女はピル=ピラの教会で神官として四年前にヴェニスにある神教の総本山から派遣された。
当時は特に何事も無く神官として務めていた。
三年前にこの地に赴任してきた新しい孤児院の神父とは運営方針で意見が食い違い、時には言い争う事があった。
そして二年前、自室で一日の出来事を書類にまとめていた時に突然意識を失い、気付けば独房の様な場所にいた。
拉致されたのは理解出来たが、何故連れ去られたのかは検討が付かなかった。
監禁されている時は朝昼晩と食事は普通に提供されたがその場にいる人間の顔は見る事が出来なかった。
食事は壁にある横長の穴から差し入れられるだけだった。
ある日を朝、目を覚ますと悪夢の様な出来事が自らの身体に起こっていた。
下半身がハンタータームのクイーンの身体になっていたのだ。
混乱し錯乱した彼女は部屋で大暴れした。
変質した身体は人間より強固で周囲の壁を破壊し、容易く地面を掘り、外へ逃亡、気が付けば西の草原にいた。
暫くは草原の茂みを転々としながら人に見つからない様に過ごしていた。
最初は木の実を採って飢えを凌いでいたが、ある日魔物に襲われて魔物を殺し、飢えに耐え切れず夢中で魔物を食べた。
彼女はその時認めてしまった。
自らが魔物になってしまった事を。
それからは人の目に付きにくい場所に巣を掘って生活する事にした。
本能で巣は問題無く掘れた。
クイーンの身体だからなのか卵を定期的に産み、孵るとハンタータームが生まれたのだった。
自らが産んだハンタータームと共にコロニーを形成し、近くの魔物を餌にしながら生きてきた。
自分が産んだハンタータームには人間を襲わない様に指示をしていたが、稀に指示を守れない個体がいて頭を悩ましたが諦める事にした。
そんな生活を彼女は二年近く過ごしたきた。
「それが本当なら人を魔物にどうやって変えたんだ?」
「合成獣化だね」
アリアが答えた。
「何だと!?俗に言う悪魔の研究で何処の国でも禁止されてる筈だぞ」
ニールは合成獣の研究は聞いた事はあったが実際にされているのは聞いた事が無かった。
「やる人はやるんじゃないかな。怪しい事なんて一杯世の中にあるんだし」
「そうか。あんたは魔物か、人間のどっちだ?」
ニールの厳しい質問にマイリーンは表情を崩さず答えた。
「私は既に魔物です。私自身が手を下してはいないとは言え、何人か殺めてします。そして飢えに勝てずに已む無く食した事もあります。ヒルデガルド様達が来られたのも討伐依頼が出たからではありませんか?」
「はい」
「私をここで討伐して頂いても構いません。街の方にご迷惑は掛けたくはありません。その代わりとは言ってはあれですが、私の願いを聞いて頂けないでしょうか?」
マイリーンは覚悟は出来ていた。
誰かが自らを討伐に来たら命を差し出そうと。
彼女は魔物として生きるのが辛かったのだ。
「何が望みだ?」
ニールは完全に信用しておらず警戒しながら聞き返す。
「私の身体を変えた元凶と突き止めて欲しいのと家族にこの手紙を送って欲しい。ただその二つです。報酬は私の命の前払いで問題ありません」
ニールとヒルデガルドは表情を強張らせる。
このまま彼女を討伐しても良いか判断出来ないでいた。
アリアはすっと通路の影から出てマイリーンから見える位置に立った。
「マイリーンさん、私を覚えてる?」
マイリーンはアリアを見る。
彼女にとって遥か昔の出来事だった事が頭の中に走馬灯の様に過ぎった。
「ア、アリア様……ですか?」
マイリーンは目を見開いた。
過去、自らが孤児院に聖女として迎えに行った少女が目の前にいた。
「昔は赤い髪じゃなかったけど覚えているよ。孤児院から神殿に行く馬車の中で泣いていた私を慰めてくれたのを」
マイリーンは頭を地に擦りつける様にに平伏した。
「アリア様!この様な見苦しい姿で御前にいる事をお許し下さい!」
「マイリーンさん、顔を上げて!私はもう神教の聖女じゃないから!」
慌ててアリアはマイリーンに駆け寄り身体を起こす。
アリアは全くマイリーンの事を警戒していなかった。
「申し訳ありません……そう言えばアリア様もヒルデガルド様も何故この様な所に?その眼帯は?」
マイリーンは二年前からこの巣で暮らしている為、外の状況を全く知らなかった。
「ちょっと事情があってね。眼帯はちょっと右眼の調子が悪いから」
アリアはニールのいる前で細かい事情は説明する気にはなれなかったので説明は省いた。
「でもマイリーンさんの裸を晒すのは気が引けるなぁ……」
そう言ってアリアは空間収納から一着のワンピースを取り出す。
「マイリーンさん、取り敢えずこれを着て」
マイリーンの頭からワンピースを被せて無理矢理着させる。
「ちょ、ちょっと、アリア様!?そんな無理矢理!私の様な魔物に服なんて!」
「はい、早く着ようね。男の人の前で裸はよくないよ」
アリアの言葉にニールはバツが悪そうに横を向く。
俺は悪くないと言わんばかりに。
マイリーンは大人しくアリアに従い服を着た。




