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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第四章:深淵に揺蕩う悪夢
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193:報告と輿入れ

「失礼します」


 カーネラル国王は書類に決裁のサインをしながら入室した来た者へ目を向ける。


「ヴィクトルか」


 入室した息子を見てペンを置く。


「はい。リアーナと接触を図った二人が戻ってきたのでその報告に参りました」


 国王は書類をさっと脇に避け、報告を聞くべく姿勢を正す。


「報告を聞こう」


 ヴィクトルがミレルからの報告を父である国王へ順番に報告する。

 そしてリアーナから預かった手紙を出す。


「こちらがリアーナからの手紙になります。一通は陛下へ。もう一通は母上宛になります」


 国王はマグダレーナ宛と聞いて僅かに顔を綻ばせた。

 体調を崩しているが、リアーナからの手紙と聞けば喜ぶに違いないと思ったからだ。


「反応は予想通りと言った所か……」


 国王は手紙を読みながら呟く。


「はい。リアーナとは付き合いが長いですから」


 国王は手紙の内容を読みながら僅かばかり顔を顰める。

 ヴィクトルはその表情をしっかりと捉える。


 手紙の最初はミレルが携えてきた書簡に対する感謝。

 そして全員が元気であると言う旨。


 国王が手紙を読んで表情を変えたのはアリアに関する事だ。

 国王への手紙には他の手紙には書かれていなかった事が書かれていた。

 それはアリアが自らを貶めた者達へ復讐を行おうとしている事だ。


 アリアに対する仕打ちを考えればその気持ちは理解出来ない訳では無い。

 しかし、神殿へ行く前の無邪気な姿を知っている国王は胸が痛んだ。

 無理矢理にでもヴィクトルの婚約者にしてしまえばこんな事は起きなかったのではないかとも考えてしまった。


 国王は文面からリアーナがアリアの復讐に対して迷いを持っている事も感じ取っていた。

 リアーナはアリアの復讐には手を貸してはいるが、本音では反対なのだ。

 色々と指揮を執ったりするのもアリアが傷付いたり暴走しない様にする為だ。


 手紙を読み進めていくと国王が一番知りたい事が書かれていた。

 それは前教皇であるアナスタシア殺害の状況だ。

 国王は読みながら状況を把握する。

 一通り読み終えると手紙の一枚を抜いてヴィクトルへ渡す。


「読むと良い」


 ヴィクトルは国王から手紙を受け取りさっと目を通す。


「この神官の女性はピル=ピラの孤児院で無惨な遺体で発見された者ですね。やはりアリアは冤罪でしたか……」


 リアーナはアリアから聞いた当時の状況を手紙に事細かに記していた。


「アリアの拷問には第四騎士隊が関わっていたとはな……。受けた拷問の内容が書かれているが……」


 二人は揃って唇を噛む。


「アリアが右目を眼帯で隠していると報告で聞いておりました。そして拷問で目を失った事も聞いておりましたが、まさか騎士隊の人間が行っていたとは……」


 ヴィクトルはアリアへ行った仕打ちに怒りで拳を振るわせる。

 国王も気持ちは一緒だった。

 冤罪にも関わらず行った拷問。

 到底、許せる物では無かった。


「やはり第四騎士隊は神教側に付いているといっても過言では無いだろう。アリアへの拷問は報告には上がっていなかった筈だ」


「第四騎士隊の報告では尋問は神教の者が行ったと聞いております。もしかしたらリネティスの復活でも狙っている可能性もあるのでは?そろそろ騎士隊の編成を本格的に見直すべきでは無いでしょうか?」


 ヴィクトルの提案に国王は頭に手を当てて思案する。

 元々第四騎士隊はリネティス神教国の近衛で聖地防衛と言う任と言う形にして残したのが始まりである。

 その為、第四騎士隊はリネティス神教国の者や神教派の者が多くなってしまう。

 以前はそれ程顕著では無かったが、ここ数年は神教からの意見をそのまま奏上する事が多くなっていた。

 これには国王も問題視していた。

 一応、カーネラル王国とアルスメリア神教で相互不干渉と言う取り決めはあるが、第四騎士隊や神教派の貴族を使い、国の政策へ干渉してくる事に苛立ちを覚えていた。


「……そうだな。奴が次に王都へ来るのは月末にある騎士会議の時か……」


 月に一度、騎士隊の隊長が集まり防衛面の施策等を協議するのだ。


「はい。騎士隊長の出席は余程の緊急時以外は出席が義務になっていますから確実に王都へ来るでしょう。そこでヘンリーを拘束し、聴取しましょう」


 ヴィクトルの提案に国王は頷く。


「もしかしたら抵抗するかもしれん。第一騎士隊長ヴァンに第二騎士隊長ヘクター、第五騎士隊長イライザに声を掛けておけ。あの三人なら確実だ。ただギリギリまで他の者を動かすな。情報が漏れるかもしれん。気を付けろ」


 国王が挙げた三人なら事情を話せば間違いなく動く人物だ。

 三人ともアリアやリアーナと親交が深い。


「畏まりました。第四騎士隊はどうしますか?別の騎士隊へ組み込みますか?」


 ヴィクトルの頭の中では他の騎士隊へと吸収させるのが良いのではないかと考えていた。

 第四騎士隊が持つ権力を奪うつもりでいるのだ。


「そのぐらいではダメだろう。第四騎士隊は国軍の一部隊にする。部隊は中央軍と北方軍に割り振り、ヴェニスの守護は中央軍のアルムグレン子爵の指揮下にする」


 中央軍に所属するローランド・アルムグレンは子爵位ながらも国王からの信頼が厚く、軍の指揮能力も高く国軍の中では一目置かれた存在である。


「ローランド総長なら安心ですね。ここまで骨抜きにすると神教派の者の反発が激しいと思いますが?」


 第四騎士隊は神教派にとっては都合の良い騎士の集まり。

 そんな第四騎士隊が骨抜きとなれば反発は必至だ。


「良い頃合だろう。カーネラル王国が神教の国では無い事を示さねばならん。神教の者達は些かやり過ぎだ」


 国王は神教派の貴族が神教の者に対して幾度と無く不正紛いの優遇をしている事を苦々しく思っていた。

 前教皇のアナスタシアは不正根絶路線で進めていたので協調していたが、ボーデンになってからはその監視が緩くなっており、それに伴って神教派の貴族達も調子付いていた。

 更には神教の後ろめたい部分が徐々にではあるが明らかになってきている事もある。

 ピル=ピラの合成獣(キメラ)は表向きは神父の凶行と言う事になっているが、裏で神教の上層部が絡んでいるに違いないと踏んでいた。


「ボーデンが教皇になってから神教派の動きが活発になっている。多少は間引く必要があるだろう」


「影響が少ない範囲で数人摘発する方向で?」


「あぁ。多少、荒れるかもしれんが已むを得まい」


 そう、これは場合によっては反乱を起こす貴族が出てくるかもしれないからだ。

 特にリネティス神教国出身だった者は可能性が高い。


「ある程度のいざこざは覚悟の上だ。帝国もそろそろ神教派を叩きに行くと言う情報もある」


「皇帝の雷でも落ちるんですかね?」


 帝国の場合、神教派の工作に皇帝の怒りが爆発したと言うのがあったりする。


「可能性は高い。この話は宰相にもしておく」


 国王は一旦、話を区切る。


「追加で報告があります」


 追加の報告と言う言葉に国王は僅かばかり眉を動かす。


「今回の任務に当たっていた騎士のミレル・ランベルトとブレン・サドウィックですが、道中にカトリーヌ・ドリスと接触しました」


 国王はヴィクトルの報告に表情が厳しくなった。


「出会いは偶然の様ですが、ミレルにはカトリーヌ殿からの紹介でクアールを従魔に。そしてアドレナール山脈に居を構えるキングベヒーモスの長であり、獣王ガルヴァの兄であるグラーヴァ殿がミレルに求婚しています。グラーヴァ殿はミレルと共に王都へ来られた為、リアーナが以前使用していた屋敷に来賓として滞在して頂く様に手配しました」


 国王は思わず天を仰いだ。

 突然の大物との接触に現実逃避したくなったのだ。


「キングベヒーモスの長が表に出てくるなど過去に無かったと思うが……カトリーヌ殿は何を考えておられるのだ?」


 国王は困惑を隠しきれない。


「グラーヴァ殿とは少し話はしましたが、カトリーヌ殿の悪戯では無いかと……。現にカトリーヌ殿はこちらの大陸を離れて西の大陸へ向かわれた、との事なので」


「正に放浪の魔王の名に違わぬ奔放さだな。グラーヴァ殿は王都におられるなら機嫌を損ねぬ様に丁重にもてなせ。可能であれば話をしたいが……グラーヴァ殿が拒否する様であれば無しで良いが……一応頼む」


 国王はグラーヴァが魔王に名を連ねていなくても超越者である事は間違いないと思っている。

 超越者がいないカーネラル王国では何をしてもグラーヴァには敵わない。

 決して敵対せずやり過ごしたいのだ。


「畏まりました。ミレルの事はどうしますか?」


「成り行きに任せるしかあるまい。気持ちとしては命令したいが……どう思う?」


 国王としてはミレルがグラーヴァと一緒になる方が都合が良い。

 国に超越者と深い繋がりを得る者がいれば周辺国に対しての抑止力になるからだ。


「現在はミレルが答えを保留している様です。グラーヴァ殿は時間が掛かってもミレルの答えを待つつもりです」


「それならこちらから何もしない方が良さそうだな。こちらから強制されたと分かればお怒りになるかもしれん」


「私もその方が良いと思います」


 短い会話だったが、ヴィクトルにはグラーヴァがミレルに対して心を砕いているのは直ぐに分かった。

 だから外野が手を出さない方が良いと判断した。


「彼女が功績を挙げたら騎士爵では無く、正式に爵位を授けるのは有りかもしれん」


「確かに。暫くは様子を見る方が良いと思います」


「そうだな。報告で忘れていたがお前に伝えなければならん事がある」


 国王の言葉にヴィクトル気を引き締める。


「お前に二人の側室を設ける事を決定した」


 国王の言葉にヴィクトルはとうとうそうなってしまったかと思った。

 王太子と言う立場にありながら二十五歳で独身と言う方がおかしいのだ。


「一人はコトラール侯爵家の次女のエリーゼだ。令嬢ではあるが経済分野に対して非常に博識だ。政務の補佐にも向いている。悪くは無いだろう」


 ヴィクトルはエリーゼを思い出し、僅かばかり顔を顰める。


「エリーゼ嬢はまだ学院に通っている筈では?それに八つも離れています」


「その程度、大した問題では無い」


 年齢差ははっきり言ってヴィクトルの気持ちの問題であって貴族の結婚であれば珍しくもない事。


「もう一人はバンガ共和国から獣王の血を引く子孫の一人であり、赤狼族の族長の長女であるラダナ・スヴァタ・バンガ殿だ」


 バンガ共和国は基本的な政の決定は各種族の族長が集まり決める。

 獣王ガルヴァが出てくるのは重要な事項の時だけだ。

 だから共和制なのだ。


「私は構いませんが、ラダナ嬢は獣人ですが良いのですか?」


「構わん。神教派とやり合うならその程度気にしていても仕方が無い。それにバンガとの親交が深まるのは国としては大歓迎だ」


 バンガ共和国から齎される良質の鉱石はカーネラル王国にとって非常に価値があった。

 ヴィクトルは国としての利益は理解していたが表情は晴れない。


「ラダナ殿の事なら心配無い。お前には内密で既にエリーゼと引き合わせて、側室にする旨は伝えてある」


 国王の言葉にヴィクトルは自分の知らない間にいつの間に、と思いつつ、これは受け入れるしか無いと諦めた。


「私としては二年以内にはお前に引き継ぐつもりだ。正妃に関してはラダナ殿が今の所は有力だが、お前自身が正妃に望む者が現れた場合はその者になるだろう」


 つまりラダナとエリーゼを正妃にしたくなければ自分で相手を見つけてこい、と言う事だ。


「それにしてもバンガ側はよくラダナ嬢の輿入れを許可しましたね?」


 ラダナはバンガ共和国では赤の戦姫と呼ばれ、幾度も戦を勝利に導いた女傑だ。


「それはもうラダナ殿がお前に一目惚れしたからに決まっているだろう。ラダナ殿は学院時代からお前の事が好きだったらしいぞ。ラダナ殿からお義父様と呼ばれているぐらいだからな」


 何処か嬉しそうな国王にヴィクトルは溜息しか出なかった。


「はぁ……それは初耳でした」


「はっはっはっ、安心するが良い。ラダナ殿もエリーゼも二人でお前を支えると意気投合して息巻いている。もう役割は決めている様だぞ。内政はエリーゼ、軍はラダナ殿らしい」


 国王は既に二人の仲が良いと言う事を知っているので割と安心している。

 エリーゼの優秀さは社交界では知られており、ラダナの強さは他国にも知れ渡っている。

 国王としてはラダナが輿入れを決めてくれた事には喜びしか無かった。

 普通であればラダナ程の英雄を他国へ輿入れするなんて事は有り得ないからだ。


 だがバンガ共和国はそれをした所で軍事力が著しく低下する訳では無い。

 バンガ共和国には超越者の一人、獣王ガルヴァがいる。

 獣王ガルヴァが前線に出れば全てが覆る。

 つまり、獣王ガルヴァがいる限り気にする必要が無いのだ。


 ラダナの輿入れに関しては獣王ガルヴァや重鎮達が二十三歳になるにも関わらず結婚する気配が微塵も無かった事に業を煮やした事もあった。

 その相手がラダナの一目惚れした相手だと知り、快く了承したのだ。


「ラダナ殿に関しては輿入れと共に第五騎士隊への配属も決めている」


「リアーナの代わりですか?」


 ヴィクトルの言葉に国王は首を横に振る。


「そう思われても仕方が無いが、それは違う。ラダナ殿自身の希望だ。戦う事しか出来ないから常に鍛錬を怠らず、前線でこの国を守りたい、と言ったのだ。なるべく普段は王宮にいて欲しいから第五騎士隊と言うのもあるな。それにお前が王になり、ラダナ殿が軍を見るとなればある程度、馴染んでおくのも悪くないだろう。それに騎士達もバンガの英雄に触発されて良い刺激にもなる」


 ヴィクトルは溜息を吐きながら諦めた。

 ヴィクトル自身もこの年齢で結婚相手が決まってない事が異常な事は理解している。


「はぁ……畏まりました。二人とも王宮に滞在しているのですか?」


 ヴィクトルの言葉に国王はにこやかな笑顔を浮かべる。


「ラダナ殿は王宮の来賓用の客室でエリーゼはコトラール家の屋敷だ。二人の輿入れはエリーゼの学院卒業タイミングに合わせるからそれまでにしっかりと仲良くなっておけ。男児は欲しいがアリアの様な可愛い女子も良いな。孫には期待しているぞ」


 国王の余計な一言にヴィクトルは頭が痛くなった。


「まずは彼女達との距離を縮める様にします。それでは失礼致します」


 ヴィクトルは疲れた表情を浮かべながら重い息を吐き、国王の執務室を後にする。

 そして自分の側室となる女性に会うべく足を向けた。



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