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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第四章:深淵に揺蕩う悪夢
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191:カトリーヌ・ドリスの正体

 アリア達がコルドバーナで羽を伸ばしている頃、ミレル達はカーネラル王国の王都であるドルナードへ戻ってきていた。

 行きの行程と比べるとかなりのハイペースだった。

 理由は単純でミレルとブレンはクアールのシルヴァラの背中に乗り、グラーヴァは横を平然と駆けていた。

 その為、馬車なんかより遥かに速く、何とドルナードまで一週間しか掛からなかったのだ。


 王都の門を潜るとミレルはぐぅーっと背伸びをする。


「やっと戻ってきたわね。まずは王宮へ向かいましょうか」


「そうだな。でもグラーヴァはどうするんだ?」


 ブレンはミレルの言葉に頷きつつも王都の町並みを興味深そうに見ているグラーヴァを見て言った。


「それなら一緒に行くわよ。カトリーヌの手紙にグラーヴァの事も書いてあるみたいだから」


 そう、カトリーヌの手紙にはシルヴァラの事だけでは無く、グラーヴァについてもしっかり書かれているのだ。


「カトリーヌからの伝言だとそのまま殿下に見せれば大丈夫らしいんだけど……」


 二人は少し難しい表情になる。

 一国の王子に手紙を渡せばどうにかなる人物の正体が気になるのだ。


「あいつ爆弾なんて残してないよな……?」


 悪戯が好きそうなカトリーヌを思い出してブレンが呟く。


「流石にそんな事はしないでしょ。まずは報告ね」


 三人は王宮へと向かうと今回の任務のまとめ役である第一騎士隊の隊長であるヴァンへ取次ぎを依頼する。

 一度、着替えてからでも良かったのかもしれないが、早く報告した方が良いと判断した為だ。

 王宮の来賓の待合室で待つ事一時間、ヴァンが王宮の奥からやってくる。


「待たせてすまない。今回はご苦労だった。事前にある程度、報告は受けている。こっちだ」


 シルヴァラについては事前に包み隠さず報告しているので王宮への入場及び同行が許可されている。

 グラーヴァについては道中の協力者としか報告はしていない。

 三人はヴァンに連れられて王太子であるヴィクトルの執務室へと案内される。

 入るとヴィクトルは笑顔で三人を出迎えた。

 ヴィクトルが笑顔なのは事前の報告で任務自体が満足の行く結果だからだ。


「大変な任務、ご苦労だった。感謝する。客人もいる事だからそちらで座って報告を聞こうか」


 三人はヴィクトルの執務室にある応接スペースに座り、ミレルが報告を始める。


「前第五騎士隊の隊長であるリアーナ様と問題無く接触し、殿下からお預かりした書簡をお渡ししました。書簡を読んで如何にも予想通りと言った反応でした」


「まぁ、そうだろうな。伊達に付き合いが長い訳では無いからな」


 ヴィクトルからすればリアーナは姉の様な存在で悩んだ時とかよく相談に乗ってもらっていた。

 そして自分が取るであろう行動も予測されていると思っていたが、予想通りだった。


「同行されていたのはアリア様、侍女のハンナ、前教皇アナスタシア猊下のご息女であるヒルデガルド様、アリア様の教育係をしておられたマイリーン様、冒険者のベリスティア、バジール、ハルファスの七名の者です」


 ミレルの報告にヴィクトルは僅かばかり違和感を覚えた。


「ヒルダが一緒にいるのか……。アリアとの仲はどうだった?」


 アリアは前教皇であるアナスタシア殺害の容疑が掛けられているので当然の疑問だった。


「非常に仲睦まじい感じでした。ヒルデガルド様に率直にお話を聞いたのですが、アナスタシア猊下はアリア様を自分の孫の様に可愛がっておられていたと。アリア様も非常によく懐いており有り得ない話だとも言っておられました」


 ミレルの言葉にヴィクトルは表情に出さないが少しだけ安堵する。

 アリアがそんな事をする筈が無いと信じていても客観的な情報がほとんど入ってこないので少し不安だったのだ。


「マイリーンは確かアリアの送別会の時に一度会った記憶がある。ただ彼女の件で一気に神教が信用出来なくなったな」


 ヴィクトルとマイリーンの接点はかなり希薄である。

 顔は思い浮かばないが、名前を辛うじて覚えている程度だ。

 ピル=ピラで起きた合成獣(キメラ)事件については別の経由で報告されていた。

 表向きは神父の暴走となっているが、額面通り受け取る事は出来ない。


「残りの三人はどの様な者だ?私には聞き覚えが無い人物の様だが」


「ベリスティアは新進気鋭のDランクの冒険者です。銀髪赤眼で長剣とソードブレイカーの二刀流で実力は私より強いと思います。雰囲気から育ちの良さが窺えます。リアーナ様、アリア様の信頼も厚い様に感じました」


 ヴィクトルは特徴で推測出来る事を口に出す。


「特徴からして魔族の者だろう。もしかしたら西の大陸の者なのかもしれん」


 一つに気にして口に出さなかった事があった。

 それは二刀流の実力者だと言う事だ。

 ちょうどアリア達が出奔した時期に失踪したディートリントの事が過ぎったのだ。

 ただディートリントは魔族では無いので違うと判断しながらも何かが引っ掛かったのである。


「その可能性はあると思います。バジールは何処か掴み所の無い感じの青年です。ただこれと言った情報は手に入れられませんでした。ハルファスですが、どうやらヒルデガルド様と長年一緒に住んでおられた方でアナスタシア猊下とも親交が深かった様です。ヒー、ハル姉とお互いを呼び、まるで仲の良い姉妹に見えました」


 ミレルの報告にヴィクトルは学院時代の記憶が引っ掛かった。


「ヒルダが言っていたな、少しだらしないけど頼りになる姉がいると。アリアとリアーナは元気にしていたか?」


 ヒルデガルドが愚痴を零している時に聞いた事があった。


「はい。二人とも以前よりも仲睦まじく……。ただアリア様の右目が……」


 歯切れの悪いミレルにヴィクトルは何を言いたいのか悟る。


「全く酷い仕打ちをした物だ。やはり情報は正しかったか……」


 ヴィクトルは密偵からアリアの容姿については聞いていたが、出来れば信じたくは無かった。

 そしてその様な仕打ちを行った神教に対して怒りを覚える。


「はい。それとピル=ピラで起こった暗殺組織の襲撃事件の戦いで大きく消耗されたリアーナ様なのですが、魔力を使い過ぎた影響で髪の色が銀の髪からアリア様と同じ蒼い髪になっておられました。リアーナ様曰く、先祖帰りで魔族の血の影響との事でした」


 ミレルの言葉にヴィクトルはおかしな事に気が付く。

 魔族の特徴は銀髪赤眼で蒼い髪は魔族の特徴では無いからだ。

 ただミレルはリアーナから聞いた話をそのまましている様にしか見えないので質問は意味が無いと判断する。

 この事は父である国王に奏上する前にベルンノット侯爵であるルドルフに話を聞いた方が良いと考えた。


「よく分かった。二人とも元気なのは良かった」


 ミレルは懐から三通の手紙を取り出す。


「こちらはリアーナ様からお預かりしているお手紙です。こちらが国王陛下宛でマグダレーナ様とベルンノット侯爵に宛てられた物です」


 ヴィクトルは封筒を眺めながら一通をミレルへと返す。


「ベルンノット侯爵にはミレルから頼む。明日、都合を付けておくから直接渡して欲しい。恐らく、リアーナの近況を知りたいだろう。母上には私から渡しておくが、後で色々と根堀葉堀聞かれるかもしれないが、よろしく頼む」


 ヴィクトルもリアーナがいなくなってから塞ぎ込んでいる母であるマグダレーナの事が心配だった。

 リアーナからの手紙とミレルからの話で少しでも元気になってくれればと思った。


「畏まりました。それと道中共にしたカトリーヌと言う少女から殿下へとお預かりした手紙です」


 簡素な封筒に入った手紙を受け取ったヴィクトルはカトリーヌの名前に一瞬、訝しげな表情を浮かべた。

 名前に覚えはあるが、そう簡単に出会える様な人物では無いからだ。

 ヴィクトルは手紙を読み進めていく内に表情が徐々に強張っていく。


「ミレル、ブレン……凄い偶然だぞ。グラーヴァ殿、彼女の正体を二人に明かしても良いだろうか?」


 ヴィクトルが突然、グラーヴァに話を振った。

 グラーヴァについて書かれていた事は驚くしかないのだが、必死に抑えていた。


「構わぬだろう。奴は困った事にこう言う悪戯が好きなのだ」


 グラーヴァは困った物だと言わんばかりに僅かばかり苦笑しながら言った。


「そうか。ありがとう。彼女はカトリーヌ・ドリス……彼女は超越者であり、序列第九位の魔王、氷獄と放浪の二つ名を持つ者だ」


 ヴィクトルの言葉にミレルとブレンは驚愕の余り言葉が出なかった。

 この世界に於いて魔王の名は偉大なる超越者として語られている。

 この大陸では序列第四位、メッセラントの広大な砂漠の中央に位置する灼熱の溶岩地帯である焔獄の海に封印されている焔罪の魔王フラムメリア、序列第六位、バンガ共和国を統べる賢獣の魔王ガルヴァ、序列第十一位、ランデール王国の北に広がる広大な森林地帯を治める世界樹の守護者である幻妖の魔王アルマロスが挙げられる。

 アリアも知っている北の魔王は正確にはこの大陸では無く、大陸の北にある大きな島を統べる国の王である。


 カトリーヌ自身は遥か南に広がる永久凍土で覆われた氷の大陸を統べる魔族の王である。

 ただ彼女は政治面を部下に丸投げにしており、普段はとある人物を捜す為に世界各地を放浪している。

 彼女が放浪の魔王と呼ばれるのもその為だ。


「数年前に一度、王宮へ訪ねてこられてお見受けした事がある。幸いバンガ共和国のガルヴァ陛下と面識があったお陰で普通に対応出来たが中々、難しい御仁であったな」


 カトリーヌは他国の重鎮と相対する時はミレル達と接した様な気さくな感じではなく、もっと威圧感を前面に出す様な態度を取る。

 彼女も普段は好き勝手な事をしてはいるが、腐っても一国の主である。

 ヴィクトルが賢獣の魔王ガルヴァと面識があるのは末の妹がバンガの王族に輿入れする際に親善大使として同行したからだ。


「ほう、ガルヴァと面識があったのか。アイツは元気にしているのか?」


 グラーヴァは興味深げに聞く。


「非常に元気でおられました。グラーヴァ殿は……」


「思っている通りガルヴァは我の弟だ」


 続いて明かされる真実にミレルとブレンは言葉も出ない。


「お会いした時に自分にも兄弟がいると仰られておりましたので。種族も一緒な事からそう考えました」


 ヴィクトルがバンガ共和国へ訪問した際、バンガ共和国が比較的優位になる様な交易の話を持って行ったので非常に友好的に歓迎されたのだ。

 カーネラル王国がそれで損をする事は無いが、バンガ共和国との距離は縮まった。


「ほう。そんな事を話すとはアイツに気に入られた様だな。それならアイツに言って一人、嫁に来させれば良い。噂だとその年齢で独身だと言うではないか」


 結婚の話を切り出されたヴィクトルは苦笑いを浮かべた。


「私としては魅力的なお話なのですが、政情を考えると難しい……」


 ヴィクトル自身は獣人の婚約者でも一向に構わないと思っている。

 しかし、国内の貴族からの反発、神教との関係に大きく影響する為、難しい。


「そうか。人の国はままならぬな。王の子も難しい物だな」


 グラーヴァもそれなりに情報を持っているのでそれとなく頷く。


「本当にままならない物です」


 ヴィクトルの言葉は何処と無く苦労を感じさせる様な響きがあった。


「カトリーヌ様のお手紙を拝見するとグラーヴァ殿はミレルに求婚されているのは本当でしょうか?」


 ミレルはヴィクトルの言葉にそこまで書いてあるのか、と思い顔を赤くする。


「そうだ。まだミレルからは返事は貰っていないが、これからゆっくりと我の事を理解して貰おうと思う」


「そうなると当面は王都に滞在されると思ってよろしいですか?」


「あぁ。まだ宿は決めてはおらぬがそのつもりだ」


 ヴィクトルは少し思案する。


「それであればリアーナが住んでいた屋敷に滞在してはどうだろうか?王宮からそれ程遠くなく話が分かる使用人も多い。グラーヴァ殿もそうだが、ミレルもその方が良いだろう。騎士隊の宿舎ではクアールを飼うのは無理だ。リアーナの屋敷ならベルンノット侯爵と王家の共同管理になっているから融通が利く」


 リアーナの屋敷はベルンノット侯爵家に譲渡したが、元々王家の屋敷の為、共同管理と言う形になっている。

 その為、リアーナの屋敷の使用人は現在でもそのまま屋敷の使用人として働いている。


「で、殿下!?ひ、一つ屋根の下ですか!?それにリアーナ様が住んでおられた屋敷に私みたいな者が住むなんて畏れ多く……」


 ミレルは突然の提案に声を上げた。

 まず第一にミレル自身は騎士なので爵位は持っているが、辛うじて持っていると言うレベルで、ほとんど平民と変わりは無い。

 その上、何度も通った事のあるリアーナの屋敷なのでその大きさは身に余る程。

 更に使用人にはミレルより身分の高い者がおり、気後れしてしまうのだ。


 一番、困るのがグラーヴァと一緒の場所に住む事。

 グラーヴァの告白に満更でも無いので、はっきり言って気恥ずかしいのだ。

 一つ屋根の下で住む事になれば余計に意識してしまう。


 シルヴァラに関しては寮では難しいと言うのは理解していた。

 騎士隊の宿舎の部屋はかなり狭く、ベッドと簡易的な机とクローゼットがあり、他に家具を置くスペースが無い。

 それなりに体躯があるシルヴァラと部屋にいればかなり窮屈なのは明らかだ。

 ミレルはこれを機に騎士隊の宿舎を出て一軒家を探すつもりだった。


「それにグラーヴァ殿は王都に不慣れだ。知っている者が一緒の方が良いだろう。これは命令だ。それとミレル宛に招待状を預かっている」


 ヴィクトルに命令だと言われてしまえば従うしかない。

 ミレルは招待状を受け取る。


「畏まりました。これは何の招待状でしょうか?」


 ミレルは意味が分からず聞き返す。


「その中にはお茶会の招待状が入っている。差出人は母上とベルンノット侯爵夫妻、アーネルベン公爵夫人からだ。これは諦めろ」


 ミレルは挙がった名前を聞いて眩暈がしたが、予測して然る事態でもあった。

 全員リアーナの安否を気にしている人物だ。

 ベルンノット侯爵夫妻は親子として、側室のマグダレーナもリアーナを自分の子供の様に可愛がっている。

 アーネルベン公爵夫人はリアーナの妹であるクラウディアだ。


「それと長旅は大変だっただろう。ブレン、ミレルの両名には特別休暇を二週間与える。所属の隊長とは調整済みだ」


 ブレンは純粋に休みなので嬉しいが、ミレルは複雑な気分だった。

 休みの半分が手元にある招待状のお茶会で潰れるのだから。

 王都に帰ってきても気が休まらないミレルだった。


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