190:エステ組は心配する
一方その頃、アリア達と別行動のリアーナ、マイリーン、ハルファスはエステサロンへ来ていた。
実はバジールも行きたがっていたのだが、一人男性を連れて行くと言うのもあれだと言う事で一人でショッピングに出掛ける事になってしまっていた。
同じ男性陣ではカタストロフがいるが、彼自身は街でのショッピングに興味を持っておらず、ヒルデガルドから借りた本をのんびり読んで過ごしている。
リアーナ達が来ているのはエステでもオイルマッサージを中心に行う店だ。
コルドバーナ近郊で収穫される肌に良いと言われているオイルをふんだんに使ってマッサージする事によって、肌の輝きを少しではあるが取り戻す効果があるとの触れ込みで注目を浴びている。
富裕層の女性にとってコルドバーナ観光の一番の目的はこのオイルマッサージが目当てと言っても過言では無いぐらいだ。
三十路を過ぎているマイリーン。
間も無く三十路に突入しようとしているリアーナ。
ハルファスに関しては特に関係は無いのだが、悪魔とは言え一人の女性として肌の手入れには人一倍気にしていて、肌に良いと聞けばやってみたくなってしまう。
肌の手入れに関してはこの面々の中でハルファスが一番詳しかったりする。
リアーナとハルファスは台の上でうつ伏せになり、ショーツだけ履いた状態でマッサージを受けている。
マイリーンは下半身が大きく台の上にうつ伏せにはなれないので上半身を台の上に乗せるようにし、マッサージ師を背中に跨らせている。
普通であれば店側は対応に苦慮したりするのだが、そこはリアーナが金を積む事で解決した。
「このマッサージ……少し癖になりそうね」
そう漏らすのはハルファス。
「あぁ、この温かいオイルと一緒にマッサージされていると心地良いな」
ハルファスの言葉に頷くリアーナ。
「ここのエステを受けるだけで私の給料の何ヶ月分……」
対照的にここの料金に驚愕を覚えているマイリーン。
既に神官として働いている訳では無いのだが、料金を見て、つい自分が貰っていた給料と比較をしてしまったのだ。
特に今いる店は貴族御用達の店なので料金は決して安くない。
「エステに行けばこんな物だろう?そう言えばミレルをエステに連れて行った時も最初は同じ感じだった様な……」
リアーナは騎士時代にミレルと何度もエステに一緒に通っていた事があるのだ。
初めはミレルに街で人気のエステサロンに連れて行って貰ったのがきっかけで、それから偶に通う様になった。
ただミレルとリアーナでは通う店が全然違う。
ミレルが行くのは少し裕福な街の人が行く様なお店で値段もそこそこなのだが、リアーナが通う店は上級貴族御用達の店なのでサービスも料金も雲泥の差がある。
リアーナが良いエステサロンが無いかと聞いた相手が偶然、夜会で談笑していた公爵夫人と言うのもあった。
そんな店に貴族でもないミレルが行けばマイリーンと同じ反応になるのは仕方が無い事である。
「へぇ~、王都にもエステがあるのね。あのお堅い街にはそんなのは無かったわね」
少し羨ましそうにするハルファス。
ここにヒルデガルドがいれば無くて良かった、と言うだろう。
そんな物があればハルファスが足繁く通うのは火を見るより明らかだ。
「王都に行く機会があれば連れて行こうか?私や母上も行っている店なのだが、薬草を使用した肌のケアや、リラックス出来るマッサージが中心だが中々良いぞ。結婚は諦めているが、女性として綺麗でありたいからな」
お洒落には疎いリアーナだが、肌の手入れや髪の手入れは人並みに気を付けている。
母親が喜ぶと言うのもあったりするが、女性らしさを捨てる気は更々無い。
昔は自暴自棄になっていた事もあったが、アリアが来て以来、一層気にする様になった。
それに加えてアリアがリアーナがやっているなら自分も、と色々真似をするのだ。
肌の手入れとかに興味の無かったアリアがそう言うケアをしているのはリアーナの影響が非常に大きいのである。
「良いの?それならお言葉に甘えるわ。雑誌では見てたけど、ずっと気になっていたのよ」
ハルファスは王都の流行については情報を扱う商会から雑誌を購入して知っていた。
ヴェニスだと一ヶ月遅れで雑誌が届くのだが、意外と購読者は多い。
値段は高めだが娯楽の一つとして需要があるのだ。
「勿論だ。当然、マイリーン殿も一緒にな。王都にいる時は屋敷にほぼ軟禁状態だったからな」
「あれは私の意志でそうしていただけですから。それにお屋敷にお店の方を呼んで頂いていたので充分です。でも行かれる時はご一緒させて下さい」
リアーナの屋敷にいる時はマイリーンの外出は禁止されていた訳では無い。
アリアの教育を考えた時、変に外出して神教の者と接触したくなかったからだ。
リアーナは屋敷の使用人には神教からの来客がある時はアリアとマイリーンには来客があるフロアへ近付かせない様にしていた。
リアーナは外出が出来ないマイリーンの為に懇意にしている商会や行きつけの店の人間を屋敷へ呼んだりしていた。
王都にあるエステサロンのサービスはその時に何度か受けた事があるのだ。
料金については非常に気になるが、リアーナは全く気にしないので半分は諦めに近い感覚になりつつある。
「そうね。また三人で行くのも楽しそうね。そう言えばあの子は連れて行ったりしないの?」
ハルファスの言葉にリアーナの表情が僅かばかり曇る。
「本当は一緒に行きたかったのだが、色気より食い気と言うか……。それにアリアは私達以外に触られるのを嫌がるのもある」
リアーナやハンナ、ヒルデガルドに触られるのには平気だが、これが他人となると激しく拒絶反応を示す。
リアーナが一度、リラックスをする為にとエステサロンに連れて行った事があったのだが、威圧する様に店員を拒絶した事があった。
「やっぱりトラウマかしら?罪人と分かれば襲う輩もいたのかもしれないし」
罪人に対する扱いは人権なんて無い。
牢番が罪人の女性を襲うなんて珍しくもない。
「何が原因かは分からん。ただカタストロフにそれとなくそう言う事が無かったか聞いたが、奇跡的にそう言う事は無かったそうだ」
カタストロフはアリアの記憶を覗いているのでどの様な仕打ちを受けたか知っている。
そしてそれをリアーナに教えている。
「一緒にいると分かるのですが、魘れた次の日は顕著に荒れている感じがします」
カタストロフを除くとマイリーンが一番、アリアの状況を把握していた。
「最近は特に差が激しいわね。出会った頃より明らかに悪化している様に感じるわよ。私はそんなに付き合いが長い訳じゃないけど、リアーナに噛み付くなんて初めは無かったし」
ハルファスから見てもアリアの様子は心配になるのだ。
それ程精神状態の不安定さが見て取れる。
「旅の初めからそう言うのが無かった訳じゃない。ただ最近は頻度が多くなっているのは私も気になっている……」
当然、付き合いの長いリアーナもアリアの様子がおかしい事には気が付いている。
「アリア様自身も理解している様で……でも抑えが効かないと……」
アリア自身も自分の感情に抑えが効かずにぶつけてしまっている事に悩んでいるのだ。
「カタストロフにも聞いても特に異常は見られないらしい」
アリアの精神は常にカタストロフが監視、維持をしている。
その為、カタストロフが一番把握しているのだが、彼が原因が分からないとリアーナでは見当も付かない。
ただカタストロフも専門家では無いので万能では無い。
「あの御方で分からないと難しそうね。そちらの中の御方はどうなの?」
ハルファスが指したのはアスモフィリスの事だ。
彼女が二人の事をあの御方と呼ぶのは直接名前を呼ぶ事は畏れ多いからだ。
ハルファスは悪魔としては中堅の位置するが、際立った強さは持っていない。
戦闘に関してはこの面子の中では一番弱い。
ハルファスの様な悪魔から見ればカタストロフもアスモフィリスも畏れ多い存在なのだ。
カタストロフは魔王の一角として。
アスモフィリスはカタストロフと対峙出来る実力者として。
「分からないそうだ。そもそもそう言う方向に聡いタイプでは無いからな」
リアーナはハルファスの問いに首を横に振る。
アスモフィリスは知識に対して貪欲では無い。
長く生きているので知識があるだけで自分から求めて得た訳では無い。
「そう言えばリアーナ様はアリア様がどんな夢を見て魘されているかご存知ですか?」
「いや、聞くと嫌な記憶に触れてしまいそうな気がして聞いた事が無いな」
マイリーンの問いにリアーナは否と答える。
リアーナは夢に触れる事がアリアのトラウマを刺激しそうで怖くて聞けないのだ。
「やはりそうですよね……。私も気になってはいるのですが……」
マイリーンが歯切れ悪く言うが、思っている事はリアーナと一緒だ。
「魘れている夢ねぇ……。最近、あの子、朝は酷い顔をしている事が多いわよ。やっぱり魘れた朝だからかしら?」
寝起きのアリアの顔色の悪さは目立つ。
「そうですね。大体その認識で合っています。お気に入りのぬいぐるみを抱かせたり手を握ってあげると落ち着いたりするのですが、気休め程度にしかなりません」
マイリーンは毎夜、アリアの傍で付きっ切りで見ている。
魘れているアリアを見ながら起こさない様に優しく頭を撫でたり、手を握ったり、布団を掛け直したりしているのだ。
「マイリーン殿の方が母親らしい事をしている……。私も付きっ切りでアリアの横にいようか……」
リアーナはマイリーンが眠らない事は把握している。
ただ如何にも母親らしい感じが羨ましかった。
「それはダメです。いざと言う時、寝不足で本領を発揮出来ないなんて言い訳出来ませんよ」
この中のリーダーはリアーナだ。
リーダーが本調子で無いのは致命的な事であり、リアーナとて理解している。
「大丈夫だ。分かっている。だからこうやって羽を伸ばしているんだ」
コルドバーナでゆっくりしているのは本調子で無いリアーナの事もあるが、それ以上にアリアを戦いから離れた状況に置きたかったからだ。
マルクスの件が無くても何処かで休養は考えていたのでコルドバーナを経由するのは都合が良かった。
ただ気懸かりな事もあった。
「ハルファス……あのフルフルと言う奴はどう感じた?」
ピル=ピラでアリア達の妨害をしたフルフルの事だ。
「あれは私と同類だと思うわよ」
ハルファスは断言した。
つまりフルフルは悪魔と言う事になる。
「やっぱりそうか……」
リアーナの中にいるアスモフィリスもそう判断していた。
悪魔の外見は人に非常によく似ているが決して同じ存在では無い。
アスモフィリスにしてもハルファスにしても外見で判断はしていない。
相手から感じる魔力で判断している。
だからこそ断言出来るのだ。
「彼女がそうなのは良いのですが、アリア様とは非常に打ち溶け合っている感じに見えましたが……」
マイリーンはフルフルと戦っている事は聞いているが、実際に目にしたのは二人仲良くはしゃいでいる所だけだった。
そこだけを見る分には仲の良い友達同士にしか見えなかった。
「そう、そこだ。アリアは他人と打ち解けるのは苦手では無いが、敵対した相手と打ち解けられる程、器用な性格では無い」
「あれですかね。辛い事を乗り越えた時に芽生える友情みたいな」
マイリーンはある光景を思い出すが、船酔いでグロッキーだったリアーナは首を傾げた。
「何の事だ?」
「いえ、二人仲良く船酔いで苦しんでおられましたので。その時はヒルダさんが二人を介抱していたのですが、その後なんですよ。仲良くなったのは」
船酔いが二人の仲を縮めたのは間違いでは無い。
それ以上に二人の相性は悪くは無い。
フルフル自身、アリアと敵対するつもりは毛頭も無いのだから。
「余計に分からん。アリアの機嫌を見て聞いてみるさ」
後でアリアにフルフルに関して聞くが大した答えは得られなかった。
アリア自身も理解していないから。
「それよりここが終わったら次はどうするのかしら?」
三人は存分にエステを楽しんだ後、ショッピング、グルメとコルドバーナを満喫するのだった。




