184:金銭感覚の違い
コルドバーナに着いたアリア達は海沿いのリゾートビーチからそれ程遠くない宿へと移動した。
船を下りるとリアーナとハンナの体調は徐々に回復の兆しを見せたが念の為、大人しくする事になったのだ。
それに滞在期間も一週間程もあるので無理をして急がなくて良いのもある。
対象の監視はベリスティアが定期的に部屋に篭って千里眼で確認をする、
場合によっては対象のいる近くに転移して様子を見る事もあるだろう。
アリア達にとってベリスティアの恩恵は非常に大きい。
悪魔の能力の千里眼と虚無魔法の転移の組み合わせは反則に近かった。
アリア達は今、宿の一室でゆったり寛いでいた。
「このベッド凄いふかふかだよ!」
アリアはベッドの心地良さにゴロゴロと転がり回る。
「あぁ……ダメです……。この柔らかさは反則です」
アリアと同様にベッドで転がっていたのはハンナだった。
体調は少し回復したが、まだ完全と言い難く、宿に着いて早々にベッドで横になっていたのだ。
そしてベッドと布団の心地良さに抗えず、ゴロゴロしているのである。
「アリアもハンナも転がるなら着替えてからにするんだ」
そうやんわり注意するのはソファーで寛ぐリアーナだ。
いつもと違うのはゆったりとした楽な格好をしている事だ。
リアーナも船酔いからは解放されたが、まだ本調子では無いので楽にしているのだ。
「さ、アリア様。着替えてこのふかふかを堪能しましょう」
「うん!」
アリアとハンナは素早くベッドから起き上がり着替え始める。
「一応、夕食は部屋に運んで貰う様に頼んではあるが、その時はちゃんとした服に着替える様にな」
リアーナの事場に二人は頷く。
「それにしてもこんな高い宿にして良かったのですか?」
少し落ち着かない様子でリアーナに尋ねるマイリーン。
アリア達が泊まっている宿は冒険者ギルドが運営する安宿とは違い、それなりの身分の人間が泊まる様な格式の高い宿だった。
マイリーンは今まで高級な宿とは無縁だった為、落ち着かないのだ。
「それなら問題無い。領主から報酬はたんまり貰ったからな。貯金を使えばここに一年以上はいられるぞ。まぁ、そこは心配しなくて良い」
ここの宿泊費はリアーナが一括で払ってしまったのだ。
マイリーンはそれは悪いと思って自分の分を払おうとしたのだが、リアーナはそれを断った。
そもそもマイリーンの手持ちでここの宿代を払うには少し心許ないのもリアーナは分かっていた。
高級宿にしたのはリアーナがお金を払ってでものんびり楽して過ごしたいからで、自分の我儘に付き合わせているので支払うのは当然だと思っている。
「この人数を一部屋でとなるとそれなりの宿しか無いしな」
今回はかなりの大所帯での宿泊だった。
いつもは申請しない悪魔のハルファスとバジール、カタストロフの分も支払っている。
理由は単純で彼らもリゾートを堪能したいからだ。
カタストロフは余り興味は無いが、ハルファスとバジールは仲良く雑誌を広げながら何処のお店を回ろうか相談している。
いつも以上に姿を現すと隠しておくより堂々としていた方が扱いやすいのだ。
「金の心配は必要無いから安心してくれ。これでも褒章で貰った金はたんまりあるんだ」
マイリーンはお金に関しては庶民脳なので分からないのだが、リアーナの所持金はマイリーンが思っているよりも遥かに多い。
褒章で貰ったのは屋敷だけでは無いのだ。
カーネラル王国では褒章が増える毎に基本的な給与が増える仕組みでリアーナは二つの褒章を持っており、褒賞の数は過去の褒章受勲者の中でも多い方だ。
リアーナに支払われていた給与は下手な大臣より多い。
それらが示すのはそれだけ王国に貢献している証なのだ。
更に王都の大きすぎる屋敷の維持に関しては元々王家の物とあって多少は補助が出ており、リアーナの手許にはかなりの金額があるので、少し豪遊した所で大した問題では無かった。
領主から貰った報酬も一人金貨二十枚とかなり多い。
「それにアリアと一緒に来る初めての旅行だぞ。そんな事をケチって台無しにしたく無い」
マイリーンはリアーナの最後の言葉に納得した。
「ほら、マイリーン殿もそんなに気を張っていないで楽にしたら良い」
マイリーンはリアーナのソファーの近くにある大きいクッションにもたれ掛かる。
「私が普通にこの部屋に泊まるのをよく宿は了承しましたね」
素朴な疑問をぶつけるマイリーン。
「逆に高級宿だから問題無い、と言った所だろう。悪い言い方だが、碌でも無いペットを連れた金持ちもいるから慣れているんだ」
「なるほど……」
寧ろ、特別な者の扱いは中堅や底辺の宿と違って慣れているのだ。
宿の者はマイリーンが一行に普通の人間と代わらず扱われている事も短い時間の間で確認していた。
従業員が持つ客の観察眼も高級宿には欠かせないのだ。
「それに一週間分の宿泊費をまとめて払ったのもあるのだろう。あれで金払いの良さと言う信用が得られたからな」
金はある意味、何よりも分かりやすい信用とも言える。
「そんなものですか?思っている以上にお宿の方はドライなのですね」
マイリーンとしてもお店から拒否されずにホッとしていたが、少し複雑だった。
「宿も商売だし、客を選べないのもあるだろう。それよりマイリーン殿、これに一緒に行ってみないか?」
マイリーンはリアーナから差し出された雑誌のページを見る。
「良いですね。このオイルマッサージとかは興味があります」
そこに載っていたのはコルドバーナのエステ情報だった。
三十前後の女性にとっては欠かせない情報だ。
「そうだろう?他にもこの砂に体を埋めて汗から老廃物を出すのも気になる」
「あら、良いですね。でもアリア様はどうされるのですか?」
マイリーンにはそれらがアリアが好みそうな物では無いと思ったからだ。
「うむ。本当は一緒に行きたかったが、恐らく嫌がる気がするからこっちに行く時はヒルダ殿とベリスにお願いするつもりだ」
因みにだがハンナはずっとアリアと一緒に行動するのは確定事項だ。
「カタストロフも常に一緒にいて貰う様にするから何かがあっても大丈夫だろう」
精神的に不安定なアリアを一人にする訳には行かなかった。
「それにしてもカタストロフ様は何と言うか……」
マイリーンは離れたテラスにある席でお茶を飲みながら景色をのんびり眺めていた。
「絵になりますね」
「あぁ、それに意外な感じもするがな」
リアーナの言葉にマイリーンも頷く。
伝承で語られる悪魔王はもっとおどろおどろした醜悪な悪魔の王として語られている。
だが、いざ実物を見れば普通の好青年だ。
これには拍子抜けとしか良い様が無いだろう。
「そうですね。話してみると気さくで話しやすくて、アリア様にとっては面倒見が良いお兄さん的な存在かもしれませんね」
アリアにとっては面倒見が良い、と言うよりかはお節介好きと言った感じだ。
兄的な存在と言う言葉にリアーナが反応した。
「私ももっと頼られたい……」
少し嫉妬心が湧いたリアーナだった。
「充分に頼られていますよ。だってリアーナ様はアリア様の唯一の母親なんですから」
「本当にそうなのか?」
リアーナは常に気になっていた事があった。
「どうしたのですか?」
「いや、アリアの本当の母親……と言うか元となった人物……助けたかった人物が出てきたらどうなるのか、と思ってな」
そこが常に気掛かりだった。
アリアを孤児院に預けた人物はアリアを助ける為にアリアが作られた場所から逃げたに違いないと思っていた。
その人物はアリアにとって母親と言って良いぐらいの人物になると考えたのだ。
もし目の前に現れたらアリアがその人物と一緒にいなくなってしまうと言う不安があった。
「恐らく、大丈夫では無いでしょうか?」
マイリーンはあっけらけんと言い放つ。
「私も孤児院の運営をしていたので孤児の本当の両親との再会を見る場面は幾度かありました。赤ん坊の時に捨てられた子と実の両親が再会しても感覚的には親とは思えない様です」
孤児にとっては自分を捨てた両親は他人としか思えないのだ。
子供達にとって親は自分達を育ててくれた孤児院の人間の方なのだ。
「そうなのか?」
「はい。傍から見ていましたが、実の両親にこのおじさんとおばさんは誰、と聞く姿は何とも言えない辛さでした……」
両親からすれば大切な子供かもしれないが、記憶の無い頃に捨てられた子供からすれば単なる見知らぬ大人でしか無いのだ。
「中々、心に来る言葉だな……」
リアーナはもしアリアにそんな事を言われたら立ち直れる自信が無かった。
悪意では無く、何も知らずに言っているからこそ辛い。
「なので心配はいらないと思いますよ。リアーナ様は堂々と構えておれば良いのです」
マイリーンの言葉にリアーナは何処か安堵した様な表情を浮かべた。
二人はこれからこの街の何処を観光するか夕飯時まで話し合った。




