21:グレーターブル討伐
「ギルドに言われた順番とは違うがボムツリーは一番最後にするぞ」
海岸沿いの比較的周囲の影になる目立たない場所に陣取って火を囲んで夕食を取っていた。
「何故でしょうか?」
いきなりギルドの依頼の順番の変更を申し出てきたニールにヒルデガルドは疑問を返した。
「ボムツリーは知っているか?」
「はい。確か実を大砲の火薬の材料に使うと聞いておりますが」
「そうだ。ボムツリーは火薬の材料になるんだが、熟成すると爆発しやすくなるんだ。あれの厄介なのは収穫後も熟成を続けるから危ないんだ。出来れば採ってから早めに持ち帰る必要があるんだ」
ボムツリーの実自体の採取は全く難しくない。
西の草原地帯に疎らに生えており、背丈も人より少し高いぐらいだ。
何故Cランク扱いなのかと言うと衝撃を与えると爆発するからだ。
更に熟成された実になればなる程、爆発しやすく威力も高い。
主に大砲の火薬に使用したり、鉱山を掘る時に使用する。
しかし、ボムツリーの実はその爆発性から事故が絶えない素材なのだ。
採取の難易度より取り扱いの難しさからCランクになっている。
「街中で爆発したら目も当てられないからな」
「はい。私もそれを知っていたので一番安い空間収納が付与された袋を持ってきました。容量は少ないですが、そのまま渡せば安全と思いまして」
ヒルデガルドはポーチから空間収納の付与された袋を取り出す。
「それなら安全だな。ちょっと袋は勿体無い気はするがな」
ニールはヒルデガルドの持った袋を見ながら焼けた魚に齧り付く。
夕飯も昼飯同様にアリアが釣った魚達だ。
夕暮れ頃に魚を釣っていたら爆釣で手持ちの食料は温存出来た。
ヒルデガルドはアリアに教わりながら魚を下ろしていたが、上手く出来なくて肩を落としていた。
内臓を掻き出す感触がどうも慣れない様だ。
明日は恐らく動物か魔物の解体を行う可能性が高く少し自信を失くしていた。
「私、冒険者でもやっていけると思っていたのですが、厳しい世界なのですね……」
「そんなに落ち込むなよ。慣れれば大した事ないさ」
落ち込むヒルデガルドを慰めるニール。
「ヒルダさんもそんなに落ち込まないで。私は単に田舎の貧乏村育ちだから慣れているだけだから」
アリアもフォローに回る。
「今まで如何に自分のいた環境が恵まれていたのかを実感するとどうしても……」
ヒルデガルドは今まで神教内の視察で国外に行っても豪華な神教の馬車で、野営と言っても全て周りの人間が準備をして馬車の中で寝泊りをして周囲の警戒は護衛がやっていたのだ。
ピル=ピラへ向う時も人がたくさんいる野営地を選び馬車で寝泊りをしており、周囲の警戒は錬成で作り出した魔道具に任せきりだった。
冒険者からすればまだまだ甘いのだ。
彼女はこの昇級試験の依頼で実感していたのだった。
「気にすんな。貴族のボンボン相手だともっとあれだしな。警戒は二時間毎に交代で行こう。最初は俺がやるから次にそっちのお嬢さん、あんたの順番でやろう。慣れない生活は意外と体力を消耗するから休んでおきな」
ニールはヒルデガルドは早めの休む様に勧める。
慣れない事をやっていると思いの外、体力を消耗してしまう。
休憩出来る時に休憩を取るのも大事なのだ。
「分かりました。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」
「じゃあ、私も一眠りするよ。ニールさん、時間が来たら起こして」
「分かった」
アリアとヒルデガルドは岩壁を背にして横になる。
アリアは落ち込んでるヒルデガルドの方に寄り添いギュッと抱きめる。
ニールはその光景を横目に見ながら火の前で呟く。
「まだまだ若いな……」
日の眩しさにヒルデガルドは目が覚める。
初めての野営でもしっかり寝れたが身体の節々が固い感じがした。
起きるとニールが火の前で見張りをしていた。
「ニールさん、おはようございます」
「おう、おはようさん。起き掛けで悪いが鍋に水をお願いしてもいいか?」
三人共手持ちで水の備蓄はあるが、ヒルデガルドは水の魔法が使える為、節約出来る所は節約したいのだ。
「はい。水成」
鍋の上に手を翳すと一瞬で鍋が水で満たされる。
「おう、サンキュな。因みに何級まで使えるんだ?」
鍋を火に掛けながらニールは聞いた。
「一応、六級まで使えます」
本当は八級まで使えるが使えるのがバレるを避けたかった。
一般的に五級まで使えれば宮廷魔術師になれるレベルだ。
便宜上では十級が最上位となっている。
ヒルデガルド自身、九級が使える可能性は高いが使用出来る場所が無かった。
九級の波災は広範囲を水で沈めて巨大津波と渦潮を起こす大規模殲滅魔法で小さい街一つぐらい水に沈めて破壊する事が可能なのだ。
こんな魔法を何処で使うのか全く理解出来なかった。
「六級とは恐れ入ったな。宮廷魔術師にでもなった方が良かったんじゃないか?」
ニールの質問にヒルデガルドは黙る。
「まぁ、人には事情はあるわな。それよりそっちお嬢さんを起こすか」
二人は寝ているアリアを見て苦笑いを浮かべた。
「いくらなんでもあれは無いな」
「えぇ、私もあそこまで寝相が悪いとは思いませんでした」
二人にそう言われるアリアは火を挟んで毛布のある場所の反対側に転がっていた。
それもお腹を出して大の字だ。
これでも元聖女で貴族なのだ。
「逞しすぎるぞ。どうやって育ったらああなるんだ?」
「かなりお転婆だとは聞いてますが、私には無理ですね。取り敢えず、起こしてきます」
ヒルデガルドはアリアの身体を揺らし起こす。
「アリアちゃん、起きて下さい」
「……ん……う……ん、ヒルダさん……?」
眠い目を擦りながら身体を起こすアリア。
「お湯を沸かしてますのでこっちに来てください」
アリアは立ち上がり欠伸をしながら体の埃を払って、火の方へ行き座る。
「おはよう、ニールさん」
「よう、起きたか。大胆な寝相だったな」
「ん、そう?ふぁ……」
まだ眠いのか、目を擦り欠伸が止まらない様だ。
「ほら」
ニールはアリアとヒルデガルドにお湯をカップに入れて渡す。
「うん、暖かい」
アリアはお湯をゆっくり胃に流し込む。
徐々に眠気が取れていく。
「今日は草原でグレーターブル、ワイバーン、ハンタータームの巣、この三つを探しながら見つけた順にやっていく形だ。どれも見つけるのは難しくないから気楽に行けば良い」
「ニールさんって、優しいよね。昇級試験なのに割と細かい指示するから」
普通、昇級試験を行う監督役は依頼内容に対して余り口を出さない者の方が多い。
アリアの時もそうだった。
「そうなんですか?」
「まぁ、普通はな。今回はギルド側が早くあんたのランクを上げたいと言う意図もあるし、俺自身、教えられる事は教える事にしている。その所為か監督役としては人気があるな」
ニールは特に初心者の冒険者には特に優しい。
冒険者は危険な職業と言うのを充分に理解しているが、特に初心者にその自覚は薄い。
更に野営等の普段の生活面で気を付けなければいけない事への知識不足が多い場合が多いのだ。
意外と魔物と戦う以前に野営等の生活面で死んでしまう冒険者もいるのだ。
食料が尽きて餓死、野営中に火を絶やして魔物に襲われて死亡、汚れた水を飲んで病死等挙げたら切りが無い。
そう言う事が無い様にニールは色々と教える事にしているのだ。
「ヒルダさんは運が良いよ。私の時もニールさんが良かったな」
「それは有難いな。もうSランクだったら関係無いな」
「そうなんだけどね」
Sランクになってしまっているアリアにはもう関係無い話だった。
三人は日が頂点に来る頃には草原地帯を歩いていた。
ピル=ピラの西に広がる草原地帯は魔物も多く生息しているが、比較的大人しい魔物が多く、初心者の冒険者にとっては有難い場所となっている。
今回、ヒルデガルドが討伐しようとしているグレーターブルも基本的には大人しい魔物だ。
ただ怒ると相手に物凄い勢いで突進してくる為、危険だ。
それに加え群れで行動する習性があるので気を付けなければいけない。
「あ、みんな茂みに身を潜めて」
アリアが前方に何かを発見した様だ。
三人は背の程ある茂みに身を潜めて前方を伺う。
そこには五匹程の小さな群れのグレーターブルだ。
アリアはヒルデガルドに目でターゲットの確認を促す。
ヒルデガルドは地面に手を当てる。
「泥沼」
ヒルデガルドの力ある言葉と共にグレーターブルの周辺一帯が泥沼と化し、足の動きを奪う。
「水断」
手元に水を生み出す。
水は猛スピードでグレーターブルに迫り、次々と首を落としていく。
水断は六級の水属性の魔法だ。
水を高速で動かす事によって相手を切断する魔であるだ。
「おぉ……流石だな」
ニールはグレーターブルが瞬殺される光景に感嘆の声を漏らす。
ヒルデガルドは泥沼を解除する。
倒した五匹の内の四匹を回収する。
「それじゃ手早くコイツの解体方法を教えるから俺の指示通りやってくれ。お嬢さんは魔物が寄ってこないか見張りを頼む」
ヒルデガルドは手元からナイフを取り出し、ニールの指示に従い、刃を入れながらグレーターブル解体していく。
初めての解体の為、手元が覚束無い所はあるが必死に刃を入れる。
時々、込み上げてくる物があるのか苦しそうだ。
アリアは周囲を警戒しながらその光景を見て鶏からやれば楽なのに、と思ったりした。
暫くすると解体が終わり、全て空間収納のポーチに仕舞う。
「……アリアちゃん、終わりました」
ヒルデガルドの顔色が余り良くない。
初めての解体は精神的に来る物があった様だ。
「ヒルダさん、お疲れ。ニールさん、ちょっと離れて休憩を兼ねてご飯にする?」
「そうだな。こっちはキツそうだから休憩を取った方が良いだろう。上手く行けばワイバーンはやれそうだしな」
グレーターブルを解体した場所を離れて三人は休憩する事にした。




