表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
207/224

閑話29:ミレル・ランベルト⑩

 平和な日が過ぎていくある日、王国を揺るがす大事件が起きた。

 その日は私はいつも通り王妃様方の護衛に就いていた。


「そう言えば今日はリアーナはいないのですか?」


 側室のマグダレーナ様がお茶を飲みながら護衛の中にリアーナ隊長がいない事を不思議に思った様だ。


「リアーナ隊長は本日、王宮警備の会合に出席する関係で本日は別の者が担当している次第でございます」


 私が代表して答える。

 定期的に王宮警備の打ち合わせがあるのでその時はリアーナ隊長と副隊長のイザベラさんはどうしても任から離れてしまう。

 その代わり護衛を担当する騎士が増える。

 リアーナ隊長と同等の戦力と行かないまでも増強は必要なのだ。


「通りでイライザもいないのね」


 もう一人の側室であるグレース様が納得した様に言った。


「二人がいないと少し寂しいわ」


 少し寂しげに言う王妃様。


「そうですわね。あの二人の掛け合いは何度見ても飽きないわ」


 何処か楽しげなグレース様。


「私達を置いてきぼりにして始めるのですから」


 それとは対照的に少し呆れ口調のマグダレーナ様。

 あの二人は仲が悪い訳では無いけど、意見がぶつかる事があり、王妃様方の前でも始めてしまう事がある。

 第五騎士隊の名物みたいな物で王妃様方も一つの催し物として見ている。

 全く困った物で呆れるしかない。


「そうね」


 その様子を思い出したのか王妃様は少し楽しげに頷く。

 この日も何事も無く終われば良いなんて思いながら王妃様方との談笑に花が咲いていた時、一人の女性騎士が駆け込んでくる。


「ミ、ミレル様、大変です!!」


 女性騎士は王妃様方に目も暮れず私の元へとやってくる。

 流石に不敬では無かろうかと思ったので注意をする。


「静かにしなさい。ここは王妃様方がおられるのです」


 その女性騎士はそれ所では無い様な焦り、緊迫感を持っていた。

 その騎士は私と同じ第五騎士隊の仲間で今年入った子だ。

 何かあったのだろうか?


「リアーナ様を止めて下さい!!」


「は?」


 女性騎士の言葉に私は間抜けな声が出た。

 リアーナ隊長が何を仕出かしたのだろうか?


「一体、何があったのですか?」


 一呼吸を置いて彼女に説明を求めた。


「実は聖女様が教皇猊下殺害の疑いで投獄されたとの連絡が神殿からありまして……それを聞いたリアーナ様は王都の神殿に乗り込もうとしておりまして」


 私は直ぐに危機的な状況だと言う事を理解した。

 アリア様を溺愛するリアーナ隊長がそんな事を聞いたらキレるに決まっている。

 今直ぐにリアーナ隊長を止めないと惨劇が起こるのは火を見るより明らかだ。


「分かりました。リアーナ隊長は今何処にいますか?」


「騎士隊の詰め所の近くです」


「ありがとう。あなたは急いでヴァン隊長とヘクター隊長に連絡して」


 私では止めきれない可能性が高いので王宮にいる最高戦力を呼んでおくべきだろう。


「はい!」


 女性騎士は私の指示に従って急いでその場から離れて指示を全うしに行った。

 彼女が如何に早く二人を連れてきてくれるかに掛かってくる。

 私は王妃様に向き直る。


「ルクレツィア様」


「私達の事は構いません。急いで行きなさい。私達は後宮へ戻りますので、そちらの二名に護衛を頼みます。ミレル、リアーナを頼むわ」


 王妃様は事の大きさを充分に理解されており、私が言う前に言って下さった。

 流石に私よりリアーナ隊長との付き合いが長いのでよく分かっていらっしゃる。


「ルクレツィア様、ありがとうございます!それでは失礼致します」


 私は急いでその場を離れて騎士隊の詰め所へ急いだ。

 第五騎士隊の詰め所は王宮の中にあるので後宮に近い場所からはそれ程遠くない。


「ぐっ……」


 詰め所に近付いた時、猛烈な殺気に思わず足を止めてしまう。

 余りの殺気に息が詰まりそうになった。

 私が思っている以上に事態は危ないと思った。

 この殺気は間違いなくリアーナ隊長の物だからだ。


 私は覚悟を決めて歩みを進めると第五騎士隊の仲間達が意識を失って倒れていた。

 恐らく、リアーナ隊長の殺気に当てられたからだと思う。

 一緒に戦場に行った私でさえ、ここまで強い殺気を放つリアーナ隊長は見た事が無い。

 正直、私でも身構えも無しにこの殺気をいきなり浴びせられたら危ういだろう。


 仲間達には申し訳無いが、無視して先へ進ませて貰う。

 廊下を曲がった瞬間、私の視界が歪んだ。

 まるで異空間へ連れ込まれたかの様な感じだった。

 無差別に放たれる強烈な殺気に当てられたのだ。

 私は必死に意識を保ち、その殺気の中心を見ると完全武装してハルバートを手にしたリアーナ隊長がいた。


「リアーナ隊長!!」


 必死に声を絞り出す。

 一歩間違えば悲鳴に聞こえたかもしれない。

 そしてリアーナ隊長が私の声に反応して振り向いた。


「何だ?」


 私は今まで聞いた事がリアーナ隊長の声に本能的に一歩後ずさる。

 背筋には嫌な汗が流れる。

 私の直感がけたたましく警鐘を鳴らしている。

 過去のどんな戦いでもこれだけ危険を感じた事は無い。

 生きたければ直ぐに逃げろと本能が告げていた。


「用が無いなら行くぞ」


 リアーナ隊長が踵を返そうとする。

 何としてでもここで止めないと思い、必死に声を絞り出す。

 はっきり言って声を出すだけでもかなりキツイ。


「待って下さい!!」


 リアーナ隊長の鋭い視線が刺さる。

 逃げたくなる気持ちを必死に抑える。


「一度、落ち着きましょう!アリア様が心配なのは分かりますが、このまま神殿へ行っても何もなりません!」


 神殿は行った所で解決する訳では無い。


「カナリス派を一人ずつ尋問していけば良いだけだ」


 感情の無い言葉が放たれる。

 きっと尋問して答えなければ容赦無く殺すだろう。

 一番、怪しいのがカナリス派だと言うのは私にでも分かる。


「それはダメです!そんな事をしても解決にはなりません!」


「全て殺して処刑台で私の首を落とせば良い話だ」


 予想はしていた。

 リアーナ隊長は自分の事など全く気にしておられない。

 アリア様を救出さえ叶えば自分が死のうが構わないのだ。

 その犠牲は非常に大きい。

 国は英雄を失い、アリア様の心には大きな傷を残す事だろう。

 そんな結果は誰も救われない。

 私は何としてでもリアーナ隊長を止めるべく恐怖で震える足を前に出し、一歩ずつ距離を詰める。


「そんな結末、誰が望むと言うのですか!!」


「お前には関係の無い話だろう」


 私の言葉が届かない。

 こんなに歯痒い事は無い。


「そんな結果、もしアリア様が助かっても悲しむだけでしょう!?」


「私にとってはアリアが全てだ。それを害成す者を私は許さない」


 一瞬、殺気が緩んだと思ったが、濃厚な殺気を浴びて息が苦しくなる。

 それでも必死に声を張り上げる。

 少しでも届けと。


「ダメです!私は……私はリアーナ隊長を行かせる訳には行きません!」


「で、私をどうやって止めるんだ?その様で」


 その様……確かに足が震えて満足に立っているのも必死な状態なのには違いない。

 私は目を瞑り覚悟を決める。

 尊敬するリアーナ隊長とアリア様の不幸は見たくない。

 私はゆっくりと剣を抜いて構えた。

 それが何を意味するか私も充分理解している。


「アリア様の為に……命に代えてでも止めます」


 リアーナ隊長がどれだけアリア様を想っておられるのかはよく知っているし、その逆もよく知っている。

 アリア様と二人で話す機会があり、とても愛おしそうに語っておられたのは今でもはっきり覚えている。

 そんな不幸な結末を私は望まない。


「そうか」


 リアーナ隊長は私を見据え、一歩ずつ近付いて来る。

 一歩近付く毎に濃厚な殺気が私を苦しめる。

 王宮の廊下に響く乾いた足音はまるで死の宣告の様に聞こえた。

 鼓動が速くなる。

 それにも関わらず一秒がこれ程長く感じた事は無い。


 私は息を吐いて行動へ移す。

 しかし、その瞬間、リアーナ隊長は目の前から消えていた。

 私の目の端に僅かばかり影が写る。

 横に目を向けると拳を振り上げたリアーナ隊長がそこにいた。


 ほんの一呼吸の間に間合いを詰めたのだ。

 私は油断したつもりは無かった。

 その攻撃を防ぐべく腕を上げようとした瞬間、私の顔面に恐ろしい衝撃が走った。

 はっきり言って首から上が吹き飛んだ様な錯覚を起こすぐらいだ。

 気が付けば私は王宮の外の芝生に転がっていた。


 裏拳の一撃でここまで吹き飛ばされたのだ。

 立とうと体に力を入れるが全く力が入らない。

 今、思えば意識があった事が奇跡的であった。

 そして視界の端にたくさんの騎士達が廊下に雪崩れ込んで来るのが入ってきた。

 私は何とか足止めに成功した事が分かり、意識はそこで途切れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ