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閑話27:ミレル・ランベルト⑧

 私のアリア様に対する第一印象は暗い感じの少女と言う印象だった。

 私達が迎えに行った時、終始顔を俯かせ、余り感情を露にしないと言う印象があった。

 時折、帰りの馬車では外の風景が珍しいのか窓を覗き込むぐらい。

 最初はおずおずとではあるけど、会話をしていたが、故郷を離れるに連れて口数が減っていった。


 でも彼女の側に立って考えればそれは当然とも言えた。

 侯爵家の人間と言う立場は平民からすれば雲の上の存在。

 ましてやこんな辺境の村にある孤児院に住んでいれば尚の事。

 私も貧困層出身の平民ではあるけど、第五騎士隊に長くいると慣れてしまうので感覚が鈍くなっていた。

 それに加えてリアーナ隊長は平民だからと言って見下したりする事は無い。


 基本的にベルンノット侯爵家の方は平民だからと言って見下す様な方はいない。

 仕事柄、リアーナ隊長のご両親であるルドルフ侯爵とアレクシア様とはお話する機会が何度かあったが、気さくに話してくれる。

 これはよくリアーナ隊長のお洒落全般を見繕ったりしているのが関係あるらしい。

 侯爵家のご令嬢にも関わらずお洒落には疎い。


 服等を買う時は侍女のエマさんに私が同行するパターンが非常に多い。

 余談だがどさくさに紛れてドレスを勧めると本人から厳しい目で見られる。


 話が逸れてしまったが、ベルンノット侯爵家の方は総じて差別はしない。

 出会ったばかりのアリア様にはそんな事は分からない。

 平民が貴族に無礼を働けば無事で済まない。

 カーネラル王国はそう言う行いは厳しく罰する様にはなっているが、全てに目がある訳では無い。


 私は屋敷までの護衛だった為、一ヶ月ぐらいは様子が分からなかった。

 ただ一緒に迎えに行った身としては心配だった。


 だけどそれも杞憂だった。

 リアーナ隊長の用事で屋敷に伺った時に見たアリア様は元気良く挨拶をして、にこやかな笑顔で過ごしていた。

 そうやら元々は活発な性格みたいで色々な不安が重なり暗くなっていただけだった。


 アリア様も私の事はよく覚えていた様で少し嬉しかった。

 それから用事で屋敷に伺う時はアリア様への手土産にスイーツを持って行く様にした。


 私もアリア様が嬉しそうにスイーツを食べているのが微笑ましくて、その顔が見たいが為についつい差し入れてしまうのだ。

 リアーナ様がでれでれになるのも分からなくは無かった。


 隊の中ではアリア様が来られてからリアーナ様の様子がかなり変わった。

 話す事のほとんどがアリア様の事なのだ。

 やれご飯をしっかり食べる様になった、やれ寝顔が可愛かったと溺愛っぷりを隠さない言動が酷い。

 アリア様が可愛いのは分かるが、会議中にアリア様に思いを馳せるのはやめて欲しいと思う。


 隊の仲間もリアーナ様があんなに親馬鹿になるとは誰も思いもしなかっただろう。

 本人の前ではキリッとした所を見せる様にしているみたいだが、仕事にはだらしない顔で来るのは如何な物かと思う。


 輪に掛けて酷いのがベルンノット侯爵夫妻。

 会う度にアリア様の可愛さをこれでもかと話し始めるのだ。

 リアーナ隊長の養子だと言うのに本当の孫以上に可愛がるのには驚きを隠せない。

 でも平民の子でも平等に可愛がれるのは他の貴族と違って非常に好感が持てる。

 普通であれば厄介者の様に扱われる事がほとんどだ。

 そう言う意味ではアリア様はリアーナ隊長の子供で良かったと思う。


 ただ親子揃って溺愛っぷりを晒すのはやめて欲しい。


 しかし、その時間はあっと言う間に終わってしまう。

 アリア様は聖女となるべく神教の聖地であるヴェニスへ行ってしまわれる。

 これは元から決まっていた事である。

 アリア様が行ってしまった事でリアーナ隊長の機嫌が酷い事にならないか心配していたが、特に変わりは無かった。


 寧ろ手紙が来た時の暴走っぷりが酷いぐらいだ。


 そんな中、再びランデール王国が喧嘩を吹っ掛けて来た。

 アルシアック要塞に奇襲を仕掛けてきたのだ。

 だが要塞は伊達にカーネラル王国の国境を守ってきた訳では無い。

 そう簡単には落とせない。


 それに加えて優秀な諜報部隊の情報により奇襲の事を事前に知らされていた為、リアーナ隊長と第五騎士隊、それに王都の一部の軍隊が待機していたのだ。

 こうして再び、ランデール王国との戦争が始まった。

 これを第二次ランデール戦役と呼ぶ。


 第二次とは言うが争った回数はもっと多い。

 今回は感覚が短かったのでそう呼ばれているだけだ。

 歴史書には第一次侵攻やら第四次侵略の役とか数が多い所為で戦の呼び方が多すぎる。

 文官も戦の多さに嫌気が差しているだろう。


 第一次も第二次も基本的には要塞での篭城戦である。

 時々、追い討ちを掛けるのに出撃したりするが、頻度は多くない。

 そして今回も事件が起こった。


 追い討ちで出撃しているタイミングでランデール王国の将軍とリアーナ隊長が相対した時にそれは起こった。

 その場にいた第五騎士隊の面々は口を揃えてリアーナ隊長を本気にさせては行けないと言った。

 私も同じ場所にいたので同じ事を思った。


 ランデール王国の将軍はなんと、リアーナ様の前でアリア様を侮辱した。

 やれ下賎な血を持つ者は聖女に相応しくないだの、虐殺姫の子は聖女では無く血を求める魔女だのと言ったのだ。


 恐らくランデール王国の将軍は神教の対応に不満を持っており、それをアリア様の義理の母親であるリアーナ隊長にぶつけただけだと言うのは予想が出来た。

 ランデール王国は親神教国でほぼ神教の言いなりの国だ。

 その為、神教からかなりの優遇を受けているのだが、ランデール王国だけ聖女の訪問が保留になっている。

 理由は単純にカーネラル王国との緊張状態と言うのが一番の理由である。

 その不満をぶつけただけだが、相手が良くなかった。


 普段、冷静なリアーナ隊長がキレた。

 文字通りプッツンした。


 その瞬間、私は小便を漏らしそうになった。

 リアーナ隊長の殺気が恐ろしい程に放たれたからだ。

 私は必死に仲間へ退却指示を出した。

 はっきり言ってこれは越権行為でしか無いが、近くにいたら巻き込まれる予感がしたからだ。


 逃げ惑う仲間を誘導していると突如、轟音が響く。

 目を向けると大地が抉れてランデール王国の将軍の上半身、その周辺にいたランデール王国の兵が吹き飛んだ。

 将軍の上半身はリアーナ隊長の加減の無い一撃で無惨な肉片と化したのだ。

 その衝撃波は敵兵を吹き飛ばし、大地を削る。


 リアーナ隊長が本気で力を振るう姿を見るのは初めてだった。

 いつもは私達と軽く……と言っても私達は全くと言って良い程歯が立たないのでかなり手加減された状態で模擬戦を行ったりしていたが、この光景を見て自分達と如何に違うのかを見せ付けられた。


 ハルバートを振るえば大地を削り、人を容赦無く肉片と化す。

 そして拳や蹴りは容易く人体を穿つ。

 全身に金属の鎧を纏っていようが、お構い無し。

 戦乙女(ワルキューレ)とはよく言った物でランデール王国で鮮血の虐殺姫と呼ぶのがよく分かる。

 英雄なんてそんな輝かしい響きとは真逆でただただ一方的な虐殺が繰り広げられているだけだった。


 ランデール王国の兵達も反撃を行うが、当たらない。

 掠りもしない。


 リアーナ隊長と模擬戦で戦うと分かるが、絶妙なタイミングで不意を突いても持ち前の超反応で返されてしまう事が多々ある。

 死角と思っても死角では無いのだ。

 そうとも知らないランデール王国の兵達は儚い反撃を行い、無惨に命を散らしていく。


 この光景は彼らにとっては地獄でしか無い。

 万が一、命からがら逃げ延びたとしてもトラウマとして残るだろう。


 私はこの時程、カーネラル王国の騎士で良かった。

 リアーナ隊長の部下で良かったと安堵した事は無い。


 敵の姿が無くなるとそこには真っ赤に染まった夥しい血で染められた大地に一人立ち尽くすリアーナ隊長の姿だけしか無かった。

 その姿は英雄と言うよりも絶対的な孤高の強者だ。

 しかし、その背中は何処か悲しげな様に感じた。


 そして第一次ランデール戦役での活躍は誇張無く事実だった事を身を持って知った。


 第二次ランデール戦役はこの戦いで二度もリアーナ隊長に殲滅され、兵士達の士気は大きく下がり、戦争を続ける事が困難となったランデール王国は多額の賠償金を支払い、停戦協定を結び、戦争が終結した。


 ここで一つ、リアーナ隊長の隠された可愛い姿を一つ紹介したい。


 普段は真面目で凛としたリアーナ隊長だが、アリア様の事になると残念になる。

 ちょうどランデール王国軍を殲滅して数日経って、砦に一通の手紙が届いた。

 それはリアーナ様とすれ違いでアリア様が屋敷に一時的に戻られた事が書かれた物だった。

 その手紙を見たリアーナ隊長はこの戦争の所為でアリア様との再会が無になってしまった事に酷く落ち込まれた。


 手紙を読んだ時は直ぐに王都へ帰ると我儘を言い始めて、私達がそれを必死に止めると言う珍事があった。

 手紙に滞在は一週間程と書かれていたので、この手紙がここに来る頃にはアリア様は王都を発たれているので戻った所で再会は出来ない。

 それを必死に理解して貰ったのは良かったが、今度は部屋に引き篭もってしまった。


 執務に関してはリアーナ隊長が何かをしなければ行けないと言う案件が無いので問題は無い。

 敵軍との戦闘に関してはリアーナ隊長が盛大に殲滅したお陰で攻めて来ない。

 正しくは攻めて来れない。


 そんな訳で何もしていなくても執務に影響は無かった。


 引き篭もったリアーナ隊長が気になって部屋を覗くと意外な光景がそこにあった。


 ベッドの上で蹲って大きなぬいぐるみに顔を埋めていたのだ。

 普段の様子からは想像出来ない姿だった。

 一緒に覗いた仲間も驚きの余りどう反応して良いのか困惑するぐらいだ。


 これ程までに女らしいリアーナ隊長を見るのは初めてだった。

 これは私の予想ではあるが、抱き締めているぬいぐるみはアリア様が使われていた物だと思った。

 リアーナ隊長らしからぬ可愛らしく、少し使用感があったからだ。

 聞く様な事はしないが、間違い無いと思っている。


 そして、リアーナ隊長が復活する頃には王都への帰還命令が下された。



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