閑話23:ミレル・ランベルト④
冒険者ギルドの試験は無事に合格し、私は晴れて冒険者の一人となった。
デニスさんからお墨付きを貰って冒険者になった私は街の中の依頼を中心に必死にこなしている。
何故、街中の依頼が中心なのかと言うと両親が私の事を心配して、と言うのもあるが、それ以上に定期的にある冒険者ギルドの講習を受ける為だ。
冒険者になったとは言え、年齢がまだ既定の年齢に至っていないので討伐依頼を受ける事が出来ない。
その制限を解除する為に講習を受けているのだ。
講習と言っても最初は座学と修練場で鍛錬がメインだ。
座学は魔物に対する知識を学ぶ。
魔物生態や生息域、どんな種類がいるのか等だ。
それに加えて自然の中での対処の仕方も教えてくれる。
鍛錬の方は魔物を想定した戦い方、逃げ方、更にパーティーを組んで戦う時の連携方法等、非常に実践に基づいた事が多い。
最初は講習を受けなくても直ぐやれると思っていたけど、実際に講習を受けてみると知らない事が多く、受けて良かったと思った。
ある程度教わると実際に街の外で魔物を討伐しに行く。
この付近だと街の北側の麓に現れるランドボアを狙っていく。
Eランクの猪の姿をした魔物で割と冒険者の間では狩りに適した難易度の低い魔物として有名だ。
ランドボアは美味しいので買い取り価格もランクの割には高いので低ランクの冒険者の貴重な獲物の一つである。
初めての討伐は緊張したが、無事に討伐する事が出来た。
日頃からお父さんやデニスさんの様な人と鍛錬していた所為か、余裕を持って戦う事が出来た。
その場で魔物の解体方法も教わり着実に冒険者としてスキルを積み重ねていった。
何度か討伐の実践講習をこなすとEランクになり、討伐依頼が受けられる様になった。
それから私は魔物と討伐と街の依頼を半々ぐらいの割合でこなしていく。
そんな生活を続けているとある日の夕飯後、お父さんの書斎に呼び出された。
「お父さん、どうしたの?」
書斎に呼び出された事が無かったので私は少し怪訝な表情で聞いた。
「いや、少し大事な話があってな。そこに座りなさい」
お父さんに促されて書斎にある椅子に腰を下ろす。
「今日、王都のギルドから一つの通達があってな。それでお前を呼んだんだ」
通達の内容は私には想像が付かなかった。
でもお父さんの表情を見る限り悪い話と言う雰囲気では無さそうだった。
「実は王都の下級学院の騎士科に優秀な若い冒険者を推薦して欲しいと言う依頼があったんだ。もしミレルが騎士になりたいと思うなら推薦しようと思っている」
私は騎士と言う言葉に驚きを隠せなかった。
お父さんの話に私は素直に喜ぶ事が出来なかった。
普通なら両手を挙げて喜ぶ話なのだが、私には後ろめたい経歴がある。
「過去の罪に関しては更生していれば問題は無い。実際に下級学院の騎士科にはそれなりに同じ様な者はいる。過去に罪を犯したからと言って騎士になれなかったなんて事も無い。出世には影響するかもしれんが、冒険者をやっているより騎士の方が仕事としては安定しているからどうかと思ったんだ」
騎士が全員、清廉潔白な人間かと言えばそんな事は無い。
王都の騎士でも近衛、神殿、私のいる第五騎士隊では犯罪歴のある者は基本的にいないが、王都警護の第二騎士隊では犯罪歴を持つ者は多くはないが、それなりにいる。
密偵や裏方の表に出ない業務を行う第零騎士隊だと元暗殺者がいたりするぐらいなので、私程度の犯罪歴であれば可愛いとも言える。
「正直、これはチャンスだと思う。ミレルはウリヤからマナーもしっかり勉強しているし、私は騎士に向いていると思っている」
正直な所、マナーに関しては教わっているだけなのでしっかり出来ているとは言い難い。
言葉は以前よりは気を付けてはいるけど、まだまだ足りない。
「ま、本当の所は冒険者より騎士の方が私達が安心だと言うのが本音だが」
お父さんは優しい笑顔で言った。
冒険者は非常に不安定な仕事だ。
いつも依頼がある訳では無く、依頼が少ない時期は冒険者達で依頼が取り合いになる事も珍しくない。
食いっぱぐれないのはランクが高い冒険者だけだ。
一番数が多いCランクの冒険者は特に大変だ。
Cランクの依頼は冒険者の数に対して依頼が足りない。
これは冒険者ギルドの運営の問題とも言える。
簡単な依頼は受注ランク制限に引っ掛かってしまう。
これは低いランクの者の仕事が奪われない様にする為の処置なので必要なのだが、Cランクはランク上限に引っ掛かる一番下野ランクだったりする。
だからと言ってBランクの仕事が受けられる訳では無い。
Bランク以上の依頼は危険度がかなり違っており、Cランクの冒険者が受注するのは難しい。
受注出来ない訳では無いが、冒険者ギルドから余程の信用を受けていない限り厳しいのが現状である。
更にCランクは冒険者がぶち当たるランクの壁に阻まれるランクでもある。
Bランク以上に上がるのはそれなりの実力や知識が必要になってくる。
Aランクぐらいになると貴族からの依頼も増える為、マナーも必要となってくる。
冒険者だからと言って自由気ままにとは行かないのだ。
冒険者はある種一つのセーフティネットではあるが、非常に不安定な仕事だ。
それに比べて騎士は危険を伴う仕事ではあるが、冒険者に比べたら非常に安定した仕事だ。
有事の際は前線で戦う事もあるだろうが、冒険者も似た様な物だ。
それに騎士は国から毎月一定額の給金が貰える。
見習いでも銀貨二十枚、平民の平均月収は貰え、正式な騎士になればそれ以上になる。
傍から見ればこんな美味しい仕事は無い様に思える。
しかし、騎士になるのはそんなに楽では無い。
中途でなる場合は一旦、置いておいて普通に騎士になるには王都の下級学院、または上級学院の騎士科を卒業しなければならない。
第一関門がこの学院への入学だ。
上級学院は基本的に貴族や豪商等のそれなりに立場のある子息、子女、或いは立場のある人物から推薦された者で無いと入学が出来ない。
平民が騎士になるには必然と下級学院へ入学しなければならないが、入学の競争倍率が非常に高いのだ。
平民から文官、騎士を目指す者が一斉に集まるのだ。
領の文官をするにしても下級学院への経歴は必須だ。
基本的に騎士、文官は平民にとって非常に高給な仕事の代表だ。
目指す者が少ない事は有り得ないのだ。
そんな訳でどちらにせよ大変なのが分かって頂けただろうか?
そしてお父さんの推薦があれば入学は恐らく固い。
これは騎士になってから知った事だが騎士科の場合、育ちよりも実力の方が優先される傾向がある為、冒険者ギルドの推薦はほぼ確実に合格にするらしい。
騎士の仕事は最終的には荒事の処理だ。
そうなると育ちよりも実力のある人間が欲しいのが本音なのだ。
多少、育ちが悪くてもそこは目を瞑っても良いぐらいらしい。
リアーナ様は弱いボンボンを採用するぐらいならスラムで力を持て余している連中を採用するとまで言うぐらいだ。
これは極論だが、荒事対処が基本の騎士は実力が大事だと言う事である。
長々と説明ばかり続いたが、私としてはお父さんの提案を受けようと思う。
冒険者も楽しいが騎士なら両親が引退後も楽させてあげる事が出来る。
それだけの給料があれば二人を養う事も難しくない。
「どうだ?行ってみないか?」
私の答えは既に決まっていた。
「はい。私も騎士の方が将来的に良さそうだし。それに私が騎士になったら老後はしっかり面倒を見てあげられるから」
「私達はそこまで世話されるつもりは無いぞ」
と言いつつ嬉しそうなお父さん。
口元が緩んでいるのが私に分かるぐらいに。
「やっぱ騎士の方が仕事としては安定しているし、そっちの方が良いわよね」
「ウリヤは間違いなく喜ぶな」
「そうね」
お母さんは結構心配性で毎日、私が受けた依頼内容をこっそり仕事の合間に確認していて、色んな人に様子を聞いて回っているのだ。
半分、職権乱用に近い気がしなくもないけど。
「私の方から推薦しておく。王都に行ってしまうと寂しくなるな」
嬉しいようで何処か寂しげな雰囲気を出していた。
そう言われると少しむず痒い。
何だかんだ可愛がってくれているので私は嬉しい。
小さい頃に住んでいた家族より今の方がとても家族だと思う。
正直、両親に引き取られたのは私にとって一番の幸運な出来事だった。
そうでなければ私はきっとスラムの生活に戻っていただろう。
私は両親に感謝してもしきれない。
騎士になった今でもそれは変わらない。
ここで私は騎士への第一歩を踏み出した。




