20:謎の少女
「お嬢ちゃんは何処でクアールを拾ったんだ?」
ブレンはクアールに乗った少女、カトリーヌに聞いた。
馬車に乗っているのはブレンにミレル、そしてクアールのルーとカトリーヌだ。
「ルーは拾ったんじゃないもん。友達だもんね」
そう言ってカトリーヌはルーの喉元をゴロゴロ撫でるとルーが気持ち良さそうな顔をする。
「ミドラ高原にいるクアールではないの?」
「違うよ。ルーはそんな野良クアールと違うんだよ。ほら髭が四本あるマスタークアールだよ」
「ぶっ!」
ブレンがカトリーヌの言葉を聞いて噴き出した。
ミレルも石の様に固まった。
頭の中に走馬灯が走る気がしたミレルだった。
「マ、マスタークアールって、Sランクオーバーの魔物だよな?」
「……えぇ……そうね」
二人は驚きの余り大した言葉が出てこない。
だがそんなのを気にせずルーは何処か自慢げな顔をしている。
それを見てカトリーヌはルーの頭を撫でる。
「ふふん。ルーはとっても良い子だもんね~」
二人はクアールを従えた少女、カトリーヌに対してどの様に対応すべきか困惑していた。
通常任務中であればネッタに到着次第、騎士隊の詰所に行って報告を上げるべきなのだが、今は密命の任務中だ。
迂闊に騎士隊の詰所に寄れば騎士とバレる可能性もある。
「カトリーヌはネッタで何か用事でもあるの?」
ミレルはまず情報を集める事にした。
「西の大陸に行く予定なの。だからまずはファルネットのサールナーンまで向うつもりだよ」
「また遠い所を目指しているのね。でも一人で大変じゃない?野営とか大丈夫なの?」
「それは大丈夫だよ。そもそもルーに襲ってくる魔物なんていないし、ルーと一緒に寝れば暖かいし、何か近づいてきてくれたルーが気付くし」
ルーの顎をゴロゴロする。
ミレルはこのクアールが徐々に猫の様に思えてきた。
クアールなので決して気を抜いてはいけないのだが、ゴロゴロいっているルーは何とも言えない可愛らしさを醸し出しているのだ。
「そりゃあ、寄ってこないわな」
ブレンは少し呆れた感じで言った。
実際、魔物のヒエラルキーではクアールはかなり上位に位置する魔物だ。
マスタークアールともなればそこいらにいる魔物では敵う筈が無い。
魔物も上位の魔物に対して襲いかかる事は非常に少ない。
「そういや、お嬢ちゃんはどうやって街に入るんだ?」
「あ、そう言えば」
ブレンの言葉にミレルも気付いた様だ。
カトリーヌは不思議そうに首を傾げる。
「街に魔物連れでは入れないからな」
あー、と言ってカトリーヌはスカートのポケットからカードを出す。
「ふっふっふっ……私にはこれがあるから大丈夫なんだよ」
カトリーヌが胸を張って出したカードを二人はじっと見る。
「これギルドカードか?」
「えぇ、そうね。あ、ちゃんとルーの事も書いてあるわ。それにBランクとかあんたより上じゃない」
「何だと!?」
ブレンは目の前の少女が自分よりランクが上な事に驚愕した。
「ちゃんとカードに書いてもらったもん」
「それなら大丈夫ね」
魔物を従えた場合、ギルドのカードに登録する事により一緒に街に入る事が出来る。
万が一、何かあった場合は当然、飼い主の責任になる。
「まぁ、でもよくよく考えたらお嬢ちゃんに勝つのは無理だわ。そもそもクアールに勝てん」
「そうね。ルーが友達の時点で下手な冒険者なんか相手にならないわ」
二人ともルーを見ながら溜息を吐く。
「お姉さん達はネッタでどうするの?」
「私達はネッタに用事がある訳じゃなくて、ピル=ピラに向ってる途中なの」
「じゃあ、お姉さん達と一緒に付いていって良い?」
カトリーヌの要望にミレルは一瞬戸惑う。
「一人だと淋しいし、途中まで一緒なら楽しいと思ったの」
無邪気に笑顔なカトリーヌ。
ミレルはブレンに視線を送ると任せた、と言わんばかりの視線を返される。
「まぁ、カトリーヌ一人と言うのも不安だから途中まで一緒に行ってあげるわ」
ミレルはカトリーヌの要望を素直に受け入れる事にした。
ブレンも何も言わない所から反対は無かった様だ。
ミレルには幾つか打算があった。
まずは安全にクアールと少女をカーネラルの外に見送る事。
いくらカトリーヌに懐いていてもSクラスオーバーの魔物であるマスタークアールは脅威だ。
確実に国外出た事が分かれば安心出来る。
次は旅の安全面だ。
マスタークアールに襲い掛かる魔物はまずいない。
それは同行するミレルとブレンの安全がある程度は保証される事だ。
警戒するものが減れば必然と旅の道程は楽になる。
「お姉さん、おじちゃん、ありがとう」
カトリーヌはルーと一緒に頭を下げる。
「お、おじちゃん……まだそんな年齢じゃないんだけどな……」
おじちゃんと呼ばれ何処か遠い目で外を見つめながらショックを受けるブレン。
彼はまだ二十四歳だった。
実はミレルの方が年上だったりする。
「もう少しでネッタだからゆっくりしよう」
そう言ってネッタはカトリーヌの頭を撫でた。
カトリーヌも存外、嫌では無かった様だ。
それに負けじとルーもミレルの前に頭を出す。
「ん、これは?」
ルーの行動にミレルは首を傾げた。
「珍しい。ルーが他の人におねだりするなんて」
「これは頭を撫でてあげればいいの?」
「うん」
ミレルは恐る恐るルーの頭を撫でる。
鳴き声は猛獣の様だが表情は嬉しそうな猫の様になっている。
「思いの外、ふわふわで触り心地が良いかな」
手に伝わる感触が予想以上に気持ちよく撫でてる相手がクアールだと忘れそうになる。
「私もクアールを飼おうかしら?」
ミレルは冗談っぽく言った。
「おいおい、何処で飼うんだよ……」
触り心地が良くてクアールを撫で続けるミレルにブレンは呆れていた。
「それならルーにお願いして良い子を呼んでもらえばいいよ」
カトリーヌん言葉にルーも頷く様に鳴き声を上げる。
「え?」
ミレルは本当に冗談のつもりだった。
「高原に行ったら良い子をお姉さんに紹介してあげるね」
「ちょ、ちょっと、そんなの悪いわよ」
カトリーヌがミレルの冗談を本気にして焦るミレル。
「気にしなくても良いよ。折角、途中まで一緒に付いてきてくれるんだし、ルーもお姉さんに懐いているし」
ミレルはブレンの方を見ると変な冗談を言うからだ、と言わんばかりの非難の視線を受け本当にどうしようか頭を抱えそうになった。
「無理しなくても良いのよ」
「無理なんでしてないよ。ルーがちょっとお話するだけだし」
魔物同士のお話がどうなるかは全く分からないミレルだが、もう断れる様な感じではなくなってきたので、諦めて肩を落とす。
そしてブレンは俺は知らん、と言う顔をしていた。
「大丈夫だよ。きっとお姉さんも気に入ると思うから」
カトリーヌの満面の笑みにミレルは完全に諦めるしかなかった。
そして後にカーネラルにクアールの騎士と呼ばれる女騎士に彼女がなるとは誰も知らない。




