閑話21:ミレル・ランベルト②
奉仕活動の施設を出ると馬車があり、それに乗って移動だった。
これが人生初の馬車だった。
暫く、馬車の揺れに委ねていると目的地に着いたのか馬車が停まった。
「さ、着いたから降りましょう?」
ウリヤさんが私の右手を優しく掴んで一緒に降りる様に促されて馬車から降りると、そこは少し大きめの一軒家だった。
私の実家より遥かに大きい。
この家のある場所も街では中流の住宅が並ぶ地区だった。
「さ、こっちよ」
私はウリヤさんが妙にそわそわしながらも手を引っ張っていくのに抵抗せず付いていった。
何故か不思議と嫌では無かった。
玄関は入り口に花や絵画が飾られており豪華では無いが、来客を遇そうと言う雰囲気が見て取れる。
ウリヤさんの行動からしてここはランベルト夫妻の家なのだろう。
「ここへ座って」
小汚い私がこんな綺麗な椅子に座って良いのかと戸惑いながらも促されるまま座る。
「左手を見せて」
向かいに座ったウリヤさんの言葉に私はさっと庇う様に左手を隠した。
自分の一番醜い所を見せるのには抵抗があった。
「大人しく左手を出さないと治療出来ないぞ」
ウリヤさんの後ろからコンドラートさんが少し困った様な口調で言った。
私はそれ以上に治療と言う言葉に驚いた。
この傷を治そうとしてくれる人がいるのかと思ってしまっていたのだ。
罪によって付いた傷は一般的には残すのが慣習だからだ。
「……何で?」
「ミレルちゃん、そのままじゃ痛くてお風呂にも入れないでしょ?はい、手を出して」
私は恐る恐る手を出す。
私の手は肘まで包帯が巻かれており、あちこち血が滲んでいた。
ウリヤさんは慎重に包帯を外すと見るも無惨な酷い状態の腕がそこにあった。
毎日、地獄の痛みを伴う消毒を行っていた為、化膿している傷口は無かった。
はっきり言ってこの消毒は拷問である。
何度、この消毒で意識を飛ばした事か。
ミドラスネークの牙は鋸状になっているので抜く時に肉をこそぎ取っていく。
最初の内は小さな穴だった物が線になり、直りかけた場所にまた噛まれて終いには何処が噛まれたか分からない様なデコボコで歪な醜い手となっていた。
余りの傷の酷さにウリヤさんは口を手で抑え、コンドラートさんも顔を顰める。
「この手は私の罰だから仕方無い」
私はそう言って手を引っ込めようとすると強い力で止められた。
「ダメよ。ここで治療しないと大変な事になるわ。あなた、私の治癒魔法じゃダメだわ。ポーションを持ってきて」
「分かった」
コンドラートさんは部屋から出て直ぐにポーションを手に戻ってきた。
ウリヤさんはポーションを受け取り、腕の下に桶を置く。
「あなた、ありがと。少し染みるかもしれないけど、我慢して。消毒よりは痛くないわ」
私が首を縦に振るとウリヤさんは青い液体の入ったビンの蓋を開けて私の手の傷口に振り掛ける。
その瞬間、私の傷口はあっと言う間に塞がっていく。
傷口の痛みも引いていく。
「やっぱり完全にはダメみたい。ごめんなさい」
ウリヤさんは私の腕を見て申し訳無さそうに言った。
私からすれば傷口の凹凸はほとんど無くなり傷跡が少し残っているだけで、痛みも全く無い。
私からすれば充分過ぎる治療だった。
私は首を横に振った。
「痛みが無いだけで充分。……ありがと」
私は正面からお礼を言うのが気恥ずかしくて視線を逸らしてお礼を言った。
まだ素直になれていないのだ。
私はウリヤさんから貰ったタオルで手を拭く。
「先に大事な話をしよう」
コンドラートさんがウリヤさんの横に座って私を見据えた。
私は不思議と背筋を伸ばした。
「ミレル、君は家族の元へ戻りたいか?」
コンドラートさんの質問に私は俯いてしまう。
正直、戻りたいと思ってはいない。
家族は私をもう家族とは思っていない。
犯罪を犯したとあれば尚更だろう。
私は首を横に振る。
「多分……家族は私を許してくれない……。帰ってもいる意味は……無いかな?」
「だろうな。君のご両親は君を自分の子供とは思っていないからな」
コンドラートさんの言葉に私は意味が理解出来なかった。
私は両親の子供で無かったと言うのだろうか?
「君には辛い事実だが、君は無くなったご両親の兄の子供なんだよ。赤ん坊の時に引き取られているから君は気付かなかったのかもしれない。君だけ常に別の所で食事を取らされたりしていただろう?」
確かに不思議に思っていた。
私だけいつも先にご飯を食べる様に言われるのだ。
それは仕事の関係で仕方無くそうなのだと思っていた。
「君を仕事を手伝わせていたのも自分の子供達と接触させない為らしい。一応、君のご両親に君を引き取るかと言う確認を取ったが、答えはNoだ」
私はこの時、何かが崩れていく様な気がした。
自分でもよく分からなかった。
自然と私は涙を流していた。
「もし君が良ければウチの養子にならないか?」
優しい手が私に差し伸べられる。
でも私は素直にその手を取って良いのか分からなかった。
言われた言葉の衝撃が大きすぎて頭の中がグチャグチャだった。
「……私はあんた達みたいに真っ当に生きた人間じゃない……それに……私みたいな犯罪者がいたらきっと……迷惑が掛かる……」
混乱する頭の中で思ったのはこの二人に迷惑をこれ以上掛けたく無いと思った。
「迷惑じゃないわ。これから真っ当に生きていけば良いのよ。ミレルちゃんはまだ若いから道はたくさんあるわ。こんな所で踏み外すのは早過ぎるわ」
ウリヤさんの優しい言葉に目頭が熱くなる。
「実はお前さんの母親と俺は従妹なんだ。あいつが亡くなった時、俺はまだ冒険者で依頼で街を離れていてな……。今は俺が引き取っていた方が良かった少し後悔している」
コンドラートさんは親戚関係だと言う事は始めて知った。
実の母の顔を知らない私には何とも言えなかった。
「突然で本当にゴメンね。着替えてご飯にしましょう?」
ウリヤさんは私なんかに何度も頭を下げてくれた。
感謝で頭を下げなければいけないのは自分の筈なのに素直になる事は出来ない自分が歯痒かった。
私はウリヤさんにされるがままに服を着せられる。
この時の私は何処か疑心暗鬼に駆られていた。
でもこの二人が私の為と思ってやってくれていると言うのも同時に理解していた。
素直になれない私が愚かなのだ。
この日は久しぶりとも言える暖かい食事に涙が出そうだった。
今までとは違うふかふかのベッドの寝心地は最高だった。
私は正式にコンドラートさんとウリヤさんの養子になる事にした。
スラムに戻るよりはここにいた方が良いのは間違い無いし、何と言ってもここが暖かくて離れたくなかった。
二人をお父さんとお母さんと呼ぶのは難しい、と言ったら無理をしなくて良いと優しく言ってくれた。
そう簡単に壁を壊す事は難しかった。
それでも二人はとても優しくて家族と言うのを少し実感出来た。
それからは私は毎日色んな勉強をする日々となった。
お父さんとお母さんが仕事の日は一緒に冒険者ギルドに行ってギルドの掃除や雑用をし、空いた時間にお父さんやお父さんの知り合いの冒険者の人が私に稽古を付けてくれた。
冒険者として必要な知識や技術を丁寧に教えてくれた。
家に帰るとお母さんから料理を教えてもらった。
普段は二人とも仕事で忙しいから少しでも楽をさせてあげたかった。
お母さんが休みの日は礼儀作法を習った。
冒険者になっても仕事によっては必要と言う事でみっちり仕込まれた。
今、思えばお母さんがしっかり礼儀作法を教えてくれたお陰で王宮での仕事が出来ているんだと思う。
そんな生活を半年続け、今の生活に慣れた頃、私は冒険者としてデビューする事になった。




