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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第三章:闇に沈みし影の刃
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178:エピローグ

 ピル=ピラの街の繁華街から少し離れた所にある宿の一室で女は帽子を脱いで虚空へ放り投げると薄墨の様に滲んで消えてしまう。

 露になるくすんだ灰色の髪。

 彼女は柔らかいソファーにドスン、と倒れこむ様に体を沈めて、ブーツを脱いで足をテーブルの上に放り出す。


「あー、やってらんない」


 思い通りに事が運ばない事は珍しくは無いが、想定を遥かに超えた事態に彼女は悪態を吐く。


「何よ!?何よ、あの化け物!絶対人間じゃないし!」


 クッションを抱きかかえながら体を揺らす。

 彼女は先日の出来事を思い出すと苛々が止まらない。


「あー、あれなら様子見なんてやめるんだった……」


 彼女はグラーヴァに手痛くやられて逃げたフルフルだった。

 尻尾を巻いて逃げたので彼女自身に大したダメージは無い。

 ただ余計な事に首を突っ込んだ所為でイリダルに余分な仕事をやらされる事になったのだ。

 自業自得ではあるが想定外の化け物の存在に憤慨していた。


「仕事は仕事だから仕方が無いけど、あれは無い」


 フルフルの仕事はとある伝手から手に入れた真紅の死を象徴する蠍(アンタレス)の卵と薬をラースに渡す事だ。

 物は無事に渡せたので仕事は問題無かった。

 正直な所、仕事も成功しても失敗してもどちらでも良かった。

 彼女の目的は物の出所の情報なのだから。

 懐からアンプルを取り出す。


「でもあんな所で奴の名前が出てくるのは予想外」


 アンプルを見ながら口元が思わず緩んだ。

 これの中身はラースを異形と変えた薬だ。


「まだ情報が足りない……」


 彼女はアンプルを懐に仕舞い、テーブルに置いてあるワインの瓶を手に取り、強引にコルクを外してそのまま呷る。


「はぁ~、飲まないとやってらんないっての」


 毀れるワインを手で拭う。

 アリア達を相対した時と言葉遣いが別人の様だが、人前では丁寧な話し方を心掛けていた。

 それはあくまでビジネスモードであり、普段は粗野な喋り方なのだ。


「それにしても大きくなっていたよね……」


 何処か懐かしい様な郷愁を感じさせる様な色を浮かばせた。


「それにしてもアイツがいるとは思わなかった……」


 フルフルは懐かしい気配につい感情が高ぶった。

 そうでなければ様子見なんてしなかった。


「それにしても不安定……次はどうするか……」


 フルフルは今後の方針を迷っていた。


「本当はアイツを追いたいけど尻尾が掴めない……でも何処にいるか全く手掛かりが掴めないし」


 彼女には追うべき敵がいた。

 だがその相手は表立って動かないので情報が出てこないのだ。

 要職に就いているにも関わらず何処にも情報が出てこないのでお手上げ状態だった。


「あの子を張って向こうから出てくるのを待つのが無難かもね。それにコルドバーナ行くらしいから一緒にリゾートでストレス発散も有り?」


 フルフルは追っている相手がいつかアリアへ接触を図ると予想していた。

 これは間違いが無く、その時を狙う事にした。


「それにしても間々ならない物ね……」


 フルフルは自分の体の事を歯痒く感じていた。

 この体は十全と力を振るえない。

 カードを模した魔法も試行錯誤で考えた物で本来の力があればあんな事をする必要は無い。

 事前にカードに魔法を封じ込めておいてここぞと言う時に使っているので、使えば当然消耗する。

 フルフル自身が暇な時にあのカードを作っているのだ。

 元々、膨大な魔力の持ち主であったが、諸事情により本来の十分の一程度の力しか振るえない。


「それでも感謝しないとね。じゃなきゃこうする事も出来なかったんだから」


 贅沢を言える身では無い事はフルフル自身が一番分かっている。


「でも、そのお陰でアイツは私の事に気が付かなかったみたいだから一長一短かな?」


 まだ自分の正体を気付かれる訳には行かなかった。

 フルフルは時が来るまでは自分の正体を隠さないと行けないのだ。


「あれを何としても壊さないと……」


 フルフルはもう飽きたのかテーブルの上にあるコルクの蓋を取り、瓶に蓋をする。

 そして服を適当に脱ぎ散らかしてそのままベッドへダイブする。

 枕に顔を埋める。

 フルフルは枕の感触に心地良さを感じながら意識を手放した。



******



 メッセラント王国の国土の半分以上は砂漠で占めている。

 その砂漠の西側、砂漠沿いにあるどの街からも離れた場所、そこに要塞の様な巨大な建物が聳え立っている。


 そこは異端の監獄と呼ばれる砂漠の修道院だった。

 修道院と言っても全うな施設では無い。

 神教によって異端と認定された者が送られる監獄だ。

 ここに来た異端者は死ぬまでここから出る事は無い。


 ヒルデガルドに辞令が下された場所がここだ。

 ここへの異動は公には辞令が下されない。

 全て秘密裏に行われる。

 ここは神教の最も仄暗い部分でもある。


 この建物自体は神教が建てた物では無い。

 神魔大戦以前に作られた建物で大戦の戦禍を逃れた貴重な建物だ。

 古い遺跡だったこの建物を神教が勝手に占拠して使用しているのだ。

 どの街から遠い事もあって誰も所有権を固持する者はいなかった。


 この建物が元々、何に使われていたのか分かっていない。


 修道院の奥で一人の老人が一つの水槽の前に立っていた。

 神教の大司教の一人、ガリア・ノルンドだ。

 見た目は好々爺の様に見えるが、何人もの人間を陥れてきた神教の裏を代表する人物だ。

 ガリアは水槽の中に浮かぶ女性を見ていた。


「あれから全く反応が無いか……。まるで抜け殻だな」


 ガリアは手元の紙に女性の様子を記す。

 彼の口振りは昔は反応があったかの様だった。

 否、あったかの様では無い。

 あったのだ。

 ガリアは水槽越しに彼女と何度も会話をしていた。

 それがある時から会話所か何にも反応しなくなった。

 まるで魂が抜けたかの様に。


「やはりこの素体だけでは無理か……。あれが逃げられたのも痛い」


 ガリアは苦々しげに唇を噛む。

 ここではとある実験が繰り返されていた。

 今から十数年前、一つの成果が出ようとしていた。

 しかし、実験の結果は忽然と姿を消した。

 それと同時に水槽の中の女性の反応が無くなった。


「ほとぼりが冷めた段階で回収する筈が逃げられるとは何とも手痛い誤算だ」


 実験の結果は一年近く前に確保出来たが、逃げ出されてしまったのだ。

 普通なら絶対に逃げる事が不可能な場所だった。


「全く不愉快だ」


 ガリアは不満の色を隠さない。

 そして一つの本を手に取る。


「まぁ、あの女は殺されてしまったが思いの外、役に立ったな」


 ガリアが手に取ったのはサリーンが行った実験内容を記した物だ。


「この実験結果を上手く利用すれば劣化版になるかもしれんが、上手く行くかもしれん」


 ガリアは本と閉じ、テーブルの上に置いて部屋を静かに出た。

 水槽に漂う女性は空色の髪を漂わせながら何も反応を示さない。

 ガリアはふと振り返り、女性を見る。

 一瞬、見られている様な錯覚を覚えたのだ。

 だが、そこには何も無かった。

 ガリアは単なる思い過ごしだと思い、部屋を後にした。



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