172:人知れぬ伝説の魔剣
この日、ギルドの応接室にはいつもとは違う顔ぶれのメンバーが集まっていた。
リアーナ、ヒルデガルドにハルファス、ハンナ、そしてグラーヴァの五人だ。
今日はヒルデガルドが完成した剣をグラーヴァに渡す為にギルドの応接室を借りて場をセッテイングしたである。
最終的な持ち主になるミレルはアリアとベリスティアに連れられてスイーツ食べ歩き中である。
「グラーヴァさん、今回は私に大事な剣を打たせて頂きありがとうございました」
ヒルデガルドがグラーヴァに軽く頭を下げる。
「気にしなくても良い。我も人の事情を詳しく知らない中でヒルダが申し出てくれたのは非常に嬉しかった」
グラーヴァは人の営みについては全く知らない訳では無いが、細かい所まで把握していない。
自分の肉体を武器にするグラーヴァにとって武器を持つ必要も無いので、武器に関する知識は少ない。
そう言う意味ではヒルデガルドの申し出は非常に嬉しかった。
それに加えて最初に見たヒルデガルドが打った剣を見て、その剣に込められた物を感じ取り、ミレルに送る剣も打って欲しいと思ったのだ。
「そう言って頂けるなら私も嬉しいです」
ヒルデガルドはチラッとリアーナを見るとリアーナは問題無いと言わんばかりに首を縦に小さく振る。
「この牙はグラーヴァさんの物とお聞きしたのですが、グラーヴァさんが彼の伝説のキングベヒーモスなのでしょうか?」
ヒルデガルドはリアーナからグラーヴァの正体を聞いていた。
ただ自分の口で確認をしたかった。
「うむ。それで相違無い。無闇に脅かすのは良くないと思い黙っていた。信を預ける者には言うべきであったな」
グラーヴァはプライドはあるが、自らに非があれば謝罪が出来るタイプだ。
実際に正体を告げなかった事を多少、気にはしていたりする。
貴重なチェス仲間と言う所で。
「いえいえ!私も御伽噺でしか聞いた事が無かったので……。私も人とも悪魔とも区別の付かない様な半端者です」
ヒルデガルドは謝罪が欲しくて言った訳では無かったので慌てて言葉を付け加える。
グラーヴァの正体を知って少し恐縮している所もある。
「そんなに自らを卑下する事は無い。種族でその者の性質の全てが決まる訳では無い。人であろうが悪魔であろうが、その者の持つ心次第であろう」
グラーヴァは種族で差別する事は基本的に無い。
同じ種族の者でも愚か者であれば評価はしないし、人であっても優れた者であれば正しく評価をする。
長き時を生きている者にとって種族の差は小さいとも言えた。
「それでは完成した者を見せて貰おうか」
ヒルデガルドは布に包んだ剣をテーブルの上に置き、布を捲る。
そこから現れたのは一見すると王宮の近衛兵が使いそうなサーベルが現れた。
そのサーベルは明らかに普通の物とは違っていた。
普通のサーベルは片手で扱う事を想定して作られている為、刀身の長さはそれ程長くは無いが、このサーベルはクレイモア並みの長さが有り、かなり長い。
更に指や手を守る護拳の部分も大きく作られており、柄も両手でしっかり握れるように出来ている。
グラーヴァは剣を手に取り鞘からゆっくりと抜くと刀身が露となる。
その刀身は白いが僅かに赤く発光しており、見る者を威圧する様な気配を放っていた。
それ以上に刀身の描く弧は美しく、横で見ていたリアーナですら溜息を吐いてしまう程である。
「これが我の牙から出来た剣か……少し感慨深い物があるな……」
グラーヴァ自身、自分の牙が剣になると言われた時、どんな物になるのか全くイメージが浮かばなかった。
自分の自慢の牙をミレルにプレゼントしたい、と言う何とも締まらない理由だった。
しかし、完成した現物を見て予想を遥かに超える物が仕上がってきたと思った。
グラーヴァ自身、自分の牙がここまで美しく強い輝きを放つとは思わなかった。
この剣は本気に近いグラーヴァの牙と同等の力を発揮する事が出来る。
「刀身はグラーヴァさんの牙を削り出して私とこの街の腕利きの鍛冶師のイヴァノさんとハルファスの協力を貰って全身全霊を以って打ちました」
グラーヴァはヒルデガルドの横に座る妖艶な悪魔を見た。
「そうか。無理をさせたな」
ハルファスは思わず労いの言葉に自分の状態を見抜かれている事に気付く。
この剣を打つのに魔力が底に近い状態なのだ。
あれから三日は経ったとは言え、それ程回復はしていない。
普段と変わらぬ表情をしてはいるが、姿を現すだけで手一杯なのだ。
「まぁね。でもこれだけ心躍る剣が打てたんだから気にしてないわ」
ハルファスはこの剣を打っただけでそれなりに満足している。
作り手としてはそれだけ魅力的な作品だったのだ。
「一応、説明に戻りますね。柄の芯には神至宝鉱、護拳の部分には極硬鋼を使用しています。芯に神至宝鉱を使用したのは刀身が持つ魔力の負担を使用者に掛けない為です」
この剣は刀身に使われている素材の強さ故に人が扱うには過ぎた力を宿している。
それは攻撃力として見れば良いが、使用者に何も影響が無い訳では無い。
剣が持つ強すぎる力は使用者に何かしらのフィードバックがあるのだ。
過去に魔剣、呪剣と呼ばれる曰く付きの武器はこのフィードバックによる影響でそう分類されている物もあるのだ。
本当に呪いが掛かっている剣も実在する。
ヒルデガルドへ剣全体を設計する上でどうやって使用者へのフィードバックを回避するかを常に考えていた。
そこで大枚を叩いて購入した虎の子である神至宝鉱を柄の芯に選んだ。
神至宝鉱には魔力を抑制する効果がある為、出し惜しみせず使う事にしたのだ。
「何とも贅沢な。神至宝鉱を使った剣なんて普通は国宝じゃないか?」
神至宝鉱は非常に希少な金属である。
希少とは言っても全く採れない訳では無く、他の鉱石に比べると採掘量が圧倒的に少ない。
それに加えて神至宝鉱の加工のしにくさも希少価値を上げている要因である。
固さは極硬鋼より遥かに硬く、融点も比較にならない程高い。
その為、普通の手段では加工が出来ないのだ。
加工に関しては熟練の錬金術師が行っている。
それでも簡単に加工出来る訳では無いので非常に厄介な素材とも言えた。
神至宝鉱はその加工の難しさから剣の素材にされる事はほとんど無く、魔道具の部品として加工される事が多い。
極稀に古い遺跡の発掘品に神至宝鉱で作られた剣が発見される事があるが、その希少性から国宝と認定されている物が多い。
魔力を抑制する特性も相まって守護の魔封じの剣として珍重されるのだ。
「それは全部が神至宝鉱の場合のみですね。こうやって柄にフィードバックを抑える目的で使う場合は割とあるのでそこまで珍しくは無いですね。刀身の価値を言われると何とも……」
この剣はの最大の価値は何と言っても刀身の素材である。
「確かにキングベヒーモスの牙から作られた剣なんて例が無いからな。帝国の国宝である竜剣と竜槍だってゴールドドラゴンの牙だ。よくよく考えれば人と悪魔と獣の王が作った剣と考えれば充分、伝説の剣と言えるんじゃないか?」
リアーナの伝説の剣と言う言葉にヒルデガルドは硬直する。
これまで全くそんなつもりは無く打った剣だったので、言われるまで全く気にも留めていなかった。
寧ろ未知の素材と言う興奮にテンションが上がっていた所為でもあった。
横にいるハルファスも言われてみればそうだな、なんて思いつつ自分の手元に残らないから良いや、なんて言う逃げの思考だった。
「この剣の価値がどのぐらいあるかは分からんが、この剣は意志のある剣だ。分不相応な者が手にすれば剣自身が牙を剥くだろう」
この剣は意志を宿した剣の為、剣が拒絶して使用者に牙を向けるのだ。
立派に魔剣と呼べる剣なのだ。
「そうするとミレルは大丈夫なのか?」
リアーナはそんな物騒な剣をミレルに持たせて大丈夫か心配になった。
「言われてみれば確かに……」
打った本人であるヒルデガルドも心配になってきた。
ハルファスは最初から分かっていたので平然としている。
「それなら問題は無い。先程、剣との話は済んだ。我の力があればこの程度、言い聞かせるのは大した事では無い。それに元々は我の体の一部だからな」
グラーヴァからすれば造作の無い事だ。
それに剣を持った時に剣の意志を明確に感じ取ったと言うのもある。
それと対話するのは普通の者では難しい。
剣の意志は明確な言葉で語られる訳では無い為、剣が放つ魔力から感じ取るしかない。
この剣はグラーヴァの牙から出来ている為、意志疎通が容易だった。
「これは武器を使わぬ我から見ても良い武器だ。此度は非常に助かった。礼としては少ないかもしれないが受け取ってくれ」
グラーヴァは空間収納から徐に大きな石を幾つかテーブルの上に置いていく。
それを見たヒルデガルドは思わず目を丸くする。
「グラーヴァさん!?こんの高価な物、受け取れません!報酬は牙の余った部分で充分と……。これでは貰い過ぎです!」
目の前に置かれたのは宝石の原石だ。
人の拳大以上大きさのあるダイアモンドにルビーやエメラルド、サファイアと種類も豊富だ。
それも非常に透明度が高い。
下手をすればこれだけで屋敷が数件建つぐらいの価値がある。
「気にするな。棲家に戻ればこんな石ころいくらでも転がっている。我が街に行く時の駄賃程度の物だ」
グラーヴァのいるアドレナール山脈の奥地、特に深い周辺は様々な鉱床が眠っており
鉱物の宝庫の様な場所なのだ。
アリアが育った孤児院の近くの街であるディートの鉱山もアドレナール山脈の一角に有り、人里から近い貴重な鉱床の一つだ。
ファルネット貿易連合国のカルピモデナ領もアドレナール山脈を有している為、鉱山資源が非常に多い。
一番鉱床が多く眠っている部分は腐海に最も近い為、人が足を踏み入れる事すら出来ない。
この情報を聞けば腐海の探索遠征に乗り出す欲に塗れた愚かな権力者が出てくるかもしれない。
しかし、それは探索遠征隊全滅と言う悲しい無惨な結果を齎すだろう。
伊達に長い間、未開の地となっている訳では無い。
「それにその神至宝鉱と言うのは非常に高価な素材なのだろう?それの代金と思ってくれれば良い」
神至宝鉱より遥かに高価な宝石の前にヒルデガルドは困った表情を浮かべる。
「貰っておけば良いじゃないの。彼が私達の打った剣にそれだけの価値を見出したって、事なんだから。それなら堂々と受け取れば良いのよ」
ハルファスは尤もらしい事を言ってはいるが本音はリゾートの軍資金としか見ていなかったりする。
当面は休息に時間を費やすとハルファスは見ていた。
本調子で無いリアーナ、精神状態が不安定なアリア、地味に魔力が底を着いている自身の状況からリアーナが判断すると思ったのだ。
「ヒルダ殿。その報酬は正当な報酬と思って良いんじゃないか?謙遜も良いが、時には堂々とする事も大事だ」
リアーナは人生の先輩としてアドバイスをする。
「分かりました。グラーヴァさん、この報酬は受け取らせて頂きます。何か私に出来る事があったら言って下さい」
ヒルデガルドは覚悟を決めて報酬を受け取る事にした。
「そうだな。また会ったら我と共にチェスをしよう。ヒルダの戦略は非常に面白かったのでな。これでまた面白いネタが出来た」
グラーヴァにとってヒルデガルドは自分よりレベルが高いチェス友なのでそっちの方が大事だった。
面白いネタと言うのはチェスで喧嘩を売りに来る腐乱花の女王を新たな戦術で負かせる事が出来ると意味である。
「チェスならいくらでも。私もグラーヴァさんとの一局は楽しかったので」
何処と無く和やかな雰囲気でミレルへプレゼントする剣の受け渡しは終わった。




