167:リアーナとアスモフィリス
明くる日、リアーナはベッドの上で過ごしていた。
体の傷はハンナのお陰で完治しているが、魔力が底を尽いている事に加えて、ポーションによる強制的な回復により体力が多く失われている事もあり、医者から安静を言い渡されていたのだ。
安静は念の為ではあったが、周りに心配を掛けない様に大人しくしている事にしたのだ。
魔力も体力も一週間も安静にしていれば大丈夫だった。
肝心の事後処理はマイリーンとハンナがガルドに協力する形で行っている。
街の中心に現れた真紅の死を象徴する蠍についてはブレンとガルドが口裏を合わせる形で全て静粛の黒烏に押し付ける形にした。
フルフルやイリダルの存在もあったのだが、住民の安心させる為に完全に崩壊した静粛の黒烏に押し付けて、これ以上は危険は無いと言う結論にしたのだ。
憤怒を纏いし真紅の蠍についても同じ様に処理をした。
リアーナ達については偶然、出現した場所にいて応戦した事になっている。
静粛の黒烏を襲撃した結果、起きた事と分かれば責任が及ぶからだ。
領主側は静粛の黒烏がこの事件と共に潰れた事に安堵した為か、細かい追及は無かった。
今回の事件は静粛の黒烏の凶行による物として片付けられた。
マイリーンとハンナがいないが、二人の世話はベリスティアが行っている。
そしてベッドの横の椅子にはアリアが陣取っていた。
アリアはリアーナの看病と言う名目で部屋にずっといる事にさせていた。
表向きは普通を装っているがアリアの心はかなりのダメージを受けていた。
何かあった場合、精神が不安定になった時にリアーナが一緒にいないと落ち着かせる事が出来ないと判断したカタストロフがハンナから遠回しに看病をさせる事にしたのだ。
アリア自身、片時もリアーナから離れたくないと思っていた。
リアーナを失う事は何よりも耐え難がった。
じっとしているのが苦手のアリアが素直に頷いたのはこう言う理由があった。
アリアはリアーナが無事だった事に安心したが、一つ気になっている事があった。
「リアーナさん、一つ聞いても良い」
「ん、何だ?」
ボーっと窓の外を見ていたリアーナはアリアの方を向く。
「何で髪の色が青いの?」
リアーナの髪は輝く銀では無く、力を使う時に変化した色のままだった。
「それは僕も気になるね」
普段は姿を露にしないカタストロフも姿を現した。
カタストロフ自身もリアーナに対して気になっていた事があるのだ。
「あら、あなたが気にしてくれるの?」
アリアとカタストロフはリアーナの言葉に思わず目を剥く。
リアーナとは思えない柔らかく少し妖艶な口調だったからだ。
「混乱させてすまない」
今度はいつも通りのリアーナの口調だった。
余計に混乱を深める二人。
リアーナは少し困った顔をしながら素直に話す事にした。
「今まで黙っていたのだが、言わざるを得ないだろう」
直ぐに真剣な表情に切り替える。
「私とアスモフィリスは徐々に融合している。今は七割と言った所だな」
リアーナゆっくりと自分の状況を白状した。
「何で?契約したからって、そんな事になるの?」
アリアはカタストロフから契約に関して聞いていたが、そんな事になるとは聞いていなかった。
「どう言う事だい?普通に契約したからって、そんな事にはならない筈だよ」
実際の所、カタストロフもそうなる事は知らないので仕方が無い。
「そんな事を言われても困るわよ。私だってこんな事になるなんて思ってもいなかったんだから。でも原因は分かったわ」
リアーナとアスモフィリスは融合が進んだ事によってアスモフィリスは意識は存在するが、肉体を顕現する力を失っていた。
その代わりにリアーナの体を一時的に動かす事が可能なのだ。
傍から見れば声は一緒でリアーナとアスモフィリスの口調だけ変わると言う不思議な状況である。
「私から言うのも何だけどリアーナって、人間にと言うには些か異常だと思うのよ。私と契約する以前から強過ぎると思わないかしら?」
アスモフィリスが喋っていると言うのは分かっているが、自分自身で異常と言っている様にしか聞こえず、アリアとカタストロフは思わず苦笑いを浮かべる。
「そんな事を言われても困る。私はただ鍛錬を積み重ねてきただけだ」
そんなアスモフィリスに言葉を返すが、その光景が何とも言えない一人芝居にしか見えないだろう。
「ちょっと、二人ともそこはうん、と言う所よ」
アスモフィリスに振られるてもうん、とは答えにくかった。
それに加えて契約前の強さを二人とも知らない事もあった。
「いくらたくさん鍛えたって、リアーナみたいに強くなれる人間なんてほんの一握りよ。貴族のお嬢さんが鍛えたって一騎当千の武人になる訳無いじゃない。それにリアーナって、力がある割に体付きは普通なのよ」
アリアは言われて確かにと思った。
筋肉は普通より付いているが、ムキムキと言う訳では無かった。
「魔法での強化無しにリアーナと同じだけの力を出そうと思ったらムキムキのゴリラよ。でもこんなに体型は女性らしいじゃない」
アスモフィリスは腰を手に当てて体をくねらせながら体付きを強調する。
「おい!私の体でそんな恥ずかしい動きをするんじゃない!」
リアーナは予想外のアスモフィリスの行動に声を上げる。
説明の為に体を主な主導権を一時的にアスモフィリスに渡しているのだ。
「あら、良いじゃない。こんな魅力的な体で独身なんて勿体無いわよ。話が脱線したけど、結論を言うとリアーナは先祖帰りなのよ」
アスモフィリスの言葉にアリアは首を傾げ、カタストロフは何処か納得した表情をした。
「つまりリアーナは君が生み出した悪魔の血を引いていると言う事だね?」
カタストロフの言葉にアスモフィリスは首を横に振った。
「いいえ。リアーナは私の血を引いているわ」
「ど、どう言う事だ!?私は悪魔だったと言うのか!?」
アスモフィリスの言葉にリアーナ本人も動揺を隠せなかった。
「あなた自身は私と契約するまでは人間だったわ。そうでなければ契約の時に気付くしね。昔、ちょっと魔が差して人間と子共を作った事があるのよ。作ったと言っても錬金的な物では無くて、ちゃんと人間と恋をして生んだのよ。その子は私の力を何も受け継がなかったの。悪魔から生まれたのに普通の人間だったのよ。笑っちゃうでしょ?でもその子が普通に過ごせると思ったからそれでも良いと私は思ったわ。それが今から千五百年程前ね」
カタストロフはアスモフィリスの言った数字に僅かばかり反応を示した。
だが特に言葉にする事は無かった。
「一応、その子の子孫は私の影響が出ないか監視していたんだけど、千二百年前の戦争で見失ってしまったの」
「あの大戦で行方が分からなくなるのは当然だね。僕やアスモフィリスが結果的には負けたけど、人間の被害も大きかった」
リアーナとアリアは千二百年前に起きた出来事が何か直ぐに思い当たった。
神魔大戦と呼ばれる神と悪魔による戦争が起きたのだ。
戦争の原因は語り継がれる事は無く、創世の女神アルスメリアが原初の魔王と呼ばれるリナリールを封印したと伝えられている。
「人間もあの戦争で人口が半分も減ったわ。戦争が終わって戻ったら街が跡形も無くなっていたわ。神と悪魔が本気で争えば人間なんて紙切れ同然。戦いの余波で消えた街は数知れず、国もいくつか滅んだわね。白状すると私が放浪していたのは私の血を受け継いだ子孫を探していたのよ。生きているか分からないのにね」
「でも気付いたのは最近なんだろ?」
「そうよ。融合が進んだお陰でリアーナの中に自分と同じ魂の一部を見つけたわ。不思議な物よね。まさか契約した相手が自分の子孫だったなんて……」
アスモフィリスは少し俯いた。
「そもそもなんだけど、悪魔と人間で子共なんて出来るの?」
アリアは素朴な疑問をぶつける。
「普通には出来ないわ。擬似的に体内に人間と同じ構造の子宮を生み出して魔術的に色々細工をしてなんとか、と言った所ね。普通に行為に及んでも子共は出来ないわよ。って、リアーナ、ちゃんとそう言う事を教えておかないとダメじゃない」
アスモフィリスはリアーナに突然、責める様に言った。
何故ならアリアは行為と言う言葉に首を傾げて理解していない様な素振りを見せたからだ。
「……時が来ればちゃんと教える」
それは何時なのか、と突っ込みを入れたくなったアスモフィリス。
十六歳なのにどうやったら子共が出来るかを知らないのだ。
既に説明をする時期は過ぎている。
因みにこの話はアリアが屋敷にいる時にマイリーンがリアーナに簡単に教えてはどうかと提言した事があったのだが、リアーナはまだ早いと一蹴したのだ。
そして何だかんだで知らないまま今に至ってしまった。
「この話は後でしっかりするとして普通には子供が出来ないと言う事ね。で、普通の人間が悪魔と契約したとしても融合する事はまず無いわ。これは私とリアーナだから起こった事ね」
「でも先祖返りなら髪の色は君と一緒になるんじゃないかい?」
リアーナはアスモフィリスと違い、元々の髪の色は銀だ。
「それはリアーナの家系に原因があるわね。これはリアーナは知っていると思うけど、リアーナは純粋な人間では無いのよ」
アリアは徐々に頭がこんがらがってきた。
さっきから人間と言ったりそうでないといったりで訳が分からなかった。
「アリア、混乱させてすまない。私の家系は人間以外の血が混ざっていると言う事だ」
その言葉にカタストロフは意味を理解した。
「なるほど。君の先祖に魔族がいるんだね?」
「その通りだ。と言っても曾祖母が魔族とのハーフだったんだだけだからパッと見て魔族と思われる特徴は無いんだがな」
「いや、言われてみればそれはもっと早くに気が付くべきだった。僕も失念していたよ。純血の人間には基本的にアルビノで無い限り銀髪にはならないんだ。何かしら薄くても魔族の血が入らない限り銀髪にはならない。魔族は銀髪と赤い目がセットだから片方だけの特徴だと見逃してしまうんだけどね」
魔族とは人間と似た様な特徴を持った種族で魔法の扱いに優れ身体能力にも優れた種族だ。
外見で判断出来るのは美しい銀髪と赤い瞳ぐらいだ。
この大陸では魔族の住んでいる地域は北部のみで中央、南部では余り見掛ける事は無い。
「リアーナは私だけじゃなくて魔族の因子も現れていたのよ。と言っても銀髪だけだと先祖返りか判断出来ないんだけどね」
先祖返りでなくても銀髪の特徴が出るからだ。
ベルンノット家は侯爵夫人であるアレクシア以外は全員銀髪である。
「そう言う事もあってややこしいのよ。でも私の力を人として秘めていれば人として有り得ない力も説明が付くのよ」
「そんな特殊な事はそうそう起きないね。見た感じ、アスモフィリスが引っ張られている感じかな?」
「そうよ。完全に融合したら私の意識は消えてなくなるでしょうね」
アスモフィリスの言葉にカタストロフは何とも言えない表情になる。
「君はそれで良いのかい?」
「私は構わないわ。結果的には私の願いは叶っているのだから。抜け殻のあなたも半分は同じでしょ?」
カタストロフの質問にアスモフィリスは迷い無く答える。
「君は察しが良いね。ま、君なら分かるか……」
「当たり前じゃない。あなたがアリアを選んだのを見れば一目瞭然よ」
カタストロフとアスモフィリスにはアリアには知らない繋がりがあった。
リアーナは融合が進んでいる事もあり、アスモフィリスと記憶を共有していたので、言葉の意味を理解する。
だがそれを言葉にする事は無い。
それはアスモフィリスの事であってリアーナの事では無いからだ。
人の庭を土足で荒らす様な行為は出来ない。
「……そうだね。僕は君程割り切れないんだよ……」
アリアはカタストロフが何処か遠くを見ていた感じがしてじっと見るが。何を思っているかは想像も付かなかった。
「大丈夫よ。あの女は素直に消える程素直じゃないから」
アスモフィリスは人の悪い顔で返すが、それが慰めだと言う事はカタストロフは直ぐに分かった。
「そうだね。この話は皆に話さないと行けないね?」
「分かってるわよ。でもアリアに先に話して置きたかったのよ。でも肝心な事は私から語る事は出来なさそうだから、そこはあなたかリアーナに託すわ」
アリアが話していない事があった。
それはカタストロフは当然、知っているし、記憶を共有しているリアーナも語るべき事を理解している。
だが今、語るべきでは無いと言う事も理解していた。
その時は既に自分の意識が無いだろう事をアスモフィリスは悟っていた。
「そうだね。分かったよ。僕もいつか話さなければいけない時が来ると思っているから」
アリアは二人の様子に自分の知らない何かを黙っていて、それが今は教えられないと言っている事が分かった。
だからと言って無理に聞こうとも思わない。
大事な事であればリアーナがちゃんと話してくれると信じているからだ。
「アスモフィリスは消えちゃうの?」
アリアは何処か不安げな表情で聞く。
「私は消える訳で無いわよ。リアーナと一緒になるだけだから表には出てこなくなるかもしれないけど、ちゃんと見ているわ」
物は良い様だ。
アスモフィリスはアリアが心配しない様に言った。
「そうなの?寂しくなるね……」
「大丈夫よ。私がちゃんと見守ってあげるから」
アスモフィリスはリアーナの体でアリアの頭をを優しく撫でる。
「髪の色が一緒になったからか今まで以上に親子に見えるね」
カタストロフはポロッと零した。
リアーナの髪の色はアリアと一緒の青い色なのだ。
並べば今まで以上にそう見えるのは自然な事だ。
「言われてみればそうだな」
リアーナはアリアを撫でている反対の手で自分の髪の毛を手に取ってマジマジと見る。
髪の色が変わってしまった事に少し残念な気持ちがあったリアーナだったが、そう言われるなら思っているよりも悪くないかもしれない、思った。
「お母さんと一緒……嬉しい……」
アリアはリアーナと一緒な部分が出来たのは純粋に嬉しかった。
リアーナとアスモフィリスの事は夜に全員が集まった時に仲間に改めて説明をした。




