表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第三章:闇に沈みし影の刃
184/224

165:守る者、守りし者

 ピル=ピラの街は突如現れた二体の魔物によって混乱の渦に巻き込まれていた。

 憤怒を纏いし真紅の蠍(ラース・アンタレス)に関してはスラムでの出現、ハンナ達の住民に対する避難誘導のお陰で混乱は比較的少なかった。

 だが大通りのど真ん中に現れた真紅の死を象徴する蠍(アンタレス)はそう言う事に はならない。

 ピル=ピラで一番、人が行き交うメインストリートだ。

 そんな所で真紅の死を象徴する蠍(アンタレス)の様な魔物が出現すれば一大事である。

 アリア達が対処に入ったとは言え、現れた時に運が悪く真紅の死を象徴する蠍(アンタレス)の近くにいた者達は帰らぬ者となった。


 魔物の出現は瞬く間に街の住民に広がる。

 領軍はハルネートの叛乱に備えて半数以上がプレゼの南に出払っており、非常に手薄な状態だった。

 領主であるバルナパスも急いで領軍を向かわせる様に指示をしたが、混乱している住民が障害となり、真紅の死を象徴する蠍(アンタレス)の元へは辿り着けていない。

 バルナパスがまだ領主なのは単に引き継ぎに時間が掛かっているだけである。


 大通りへ向かうマイリーンとガルドも肌で街の混乱を感じていた。

 二人ともそれなりにこの街で過ごしてきたからよく分かるのだ。

 平和だった街が戦禍へ放り出された様に錯覚するぐらいだ。


「大通りに見えるデカブツが見えるな」


 ガルドは大通りの方を見ながら真紅の死を象徴する蠍(アンタレス)を視認する。


「それよりあっちはどうなってるんだ?」


 ガルドが気になったのはスラムから昇る青い火柱と爆発音だ。

 リアーナが戦っている場所だ。

 明らかに街中での戦闘から逸脱している。

 あの戦闘が続けばスラムが無くなってしまうのでは無いかと思えるぐらいだ。


「……あの戦いは……私には無理ですね……」


 マイリーンはあれが一人で戦って引き起こせる事象には思えなかった。

 あんな戦いに自分の力が足りないのは火を見るより明らかなのが痛感してしまう。


「気にするな。俺達がやれる事をやろう」


 ガルドはマイリーンに優しい声を掛けて先を促す。


「……そうですね」


 マイリーンは頷くものの気持ちは晴れなかった。

 二人が大通りへ差し掛かろうとした時、何かが飛来した。


「フン!」


 ガルドは咄嗟に背負った大剣で叩き落す。

 地面に乾いた音を立てて投擲用のナイフが転がる。


「マイリーン、警戒しろ」


 ガルドはマイリーンへの射線を遮る様に立ち、剣を構える。


「な、何が……」


 状況が掴めていないマイリーンが突然の攻撃に動揺を隠せない。


「敵だ。素直に俺達を通してくれないようだ」


 ガルドの言葉にマイリーンはメイスを取り出す。

 ハンナに言われた言葉は心に深く刺さっているが、戦いであればそうは言ってられない。


 ガルドは周囲を見回すが気配は目の前の建物の影に一人しか分からない。

 だが明らかに気配は無いが敵は一人では無いと予想する。

 ガルドは過去に護衛等の依頼で暗殺者と対峙した経験があるが、余程の熟練の暗殺者では無い限り単独で襲撃された事が無い。

 ほとんどチームを組んで行動していたのだ。

 実際に組織化された暗殺者の集団は単独で任務に当たる事は少ない。


 暗殺の実行役は一人かもしれないが、色んな事を想定しサポート役の暗殺者を何人か周囲に配置する。

 任務を確実に成功させる為もあるが、失敗した場合に迅速に撤退し、自らへの被害を減らす為でもある。


「正面以外も警戒しろ」


 マイリーンはガルドの言葉に静かに首を縦に振り、メイスを強く握り締めながら周囲を探る。

 敏感な鼻は敵が放つ血の匂いを見逃さなかった。

 ハンタータームクイーンとの合成獣(キメラ)であるマイリーンは人より優れた嗅覚を持っている。

 元々は子のハンタータームとの意思疎通を図るフェロモンを嗅ぎ分ける為に発達した機能だ。

 それは血の匂いにも敏感だ。

 広い草原で手負いの獣は格好の餌だからだ。


「恐らくですが、目の前の建物の影と背後にある左右の路地の影に潜んでいると思います」


 僅かに漏れ出る血の匂いで敵の数までは分からないが、いるかどうかの判断ぐらいは可能だ。

 普段は狐の獣人であるハンナの優れた索敵能力で出番は無いが、マイリーンの嗅覚も優秀なのである。


「最低でも三人か……」


 人数的に不利なのは分かっているが守りながら戦うとなると厄介だ。

 路地の位置から囲まれているのに等しい状態だ。


「俺が先陣を切る。背中は頼んだ」


 ここで止まっていては何も進まない。

 ガルドはさっさと始末を着ける事にした。

 一見、無謀な特攻に見えなくも無いが、マイリーンの強さ、相手の位置を予想した上での考えだ。

 そもそもマイリーン自体は決して弱くは無い。

 戦闘経験と言う意味では心許ない部分はあるが、Aランクの冒険者と肩を並べる強さを持っている。

 あれはリアーナの本気の戦いと言う意味合いであってマイリーンの実力を示している訳では無い。

 ガルドは手練の暗殺者で無い限り遅れは取らないとも思っていた。

 マイリーンとアリアはよくギルドの訓練場で模擬戦を行っているのを目にしておりその実力を分かっていたのだ。


「任せて下さい」


 マイリーンはガルドの言葉に力強く頷いた。

 恋人に頼られる事が非常に嬉しかった。

 ガルドが地を蹴って飛び出す。

 それと同時に路地から黒ずくめの男達が姿を露にする。

 それと同時に黒ずくめの男達はナイフを投擲する。


「光りよ、障害を退け。光障(ライト・シール)


 飛び道具だと厄介と思っていたマイリーンは光の魔法壁を出現させて飛来するナイフを弾く。


「ハッ!こんなちまいモンでやられるかよ!」


 ガルドは大剣で難なく飛んできたナイフを払い落とす。

 スピードを落とす事も無く正面にいる黒ずくめの男と肉薄する。


「チッ」


 黒ずくめの男は舌打ちをしながらロングソードを手にガルドと対峙する。

 ガルドの動きは大剣を手にしながらも無駄が無く予想以上に素早かった。

 はっきり言って厄介でしかない。

 重量武器を持ちながら身軽に動く巨体。

 これは脅威以外の何者でも無い。


「オラッ!!」


 ガルドの一振りはギリギリの所で避けられてしまう。

 そんな事は想定の範囲内である。

 身軽な暗殺者に対して破壊力重視の重量武器の攻撃はそう簡単に当たらない分かっている。

 初撃が避けられる事は想定内の事だ。

 ガルド自身、初撃で仕留められればラッキー程度にしか思っていない。

 その為、次に繋げる二撃目、三撃目に繋ぎやすい攻撃を心掛けている。


 ガルドは大剣の勢いを殺さない様に返す刀で間髪入れずに大剣を振るう。


「ぐっ……」


 素早い返しに黒ずくめの男は思わず呻く。

 ギルドマスターとして第一線から退いたガルドだが日々の鍛錬は今でも欠かしてはいない。

 ギルドを代表する者として、冒険者を導く存在であるが故に現役以上の力を持たなければいけない、と彼は考えていた。

 冒険者は良くも悪くも実力主義の世界だ。

 権力だけで冒険者を纏めるのは難しい。

 ギルドによっては冒険者としての実力が足りない者がギルドマスターをやっている街もある。

 その場合は冒険者としての実力以外に秀でた所があるからだ。

 ほとんどのギルドマスターは実力のある冒険者の中から選ばれている。


「テメェらが何モンかは知らねぇが、この街で好き勝手出来ると思うなよ!!」


 ガルドは剣で押し、バランスを崩した黒ずくめの男の腹に拳を捻じ込む。


「がはっ……」


 強烈なボディブローに体をくの字に折れる。


「フン!」


 ガルドは大剣の柄を頭に打ち据えて黒ずくめの男の意識を飛ばす。

 ガルドは意識を飛ばした男を一旦、その場に置き、直ぐにマイリーンの方へ向かう。


 マイリーンは二人の黒ずくめの男と対峙していた。

 正直、黒ずくめの男達をマイリーンの相性は悪い。

 体の都合上、素早い動きが出来ないマイリーンに対して黒ずくめの男達は素早い動きを基本とする暗殺者だ。

 マイリーン自身もそれが分かっているので距離を保ちながら結界で守りながら石を投擲しながら相手を牽制する。


「意外と鬱陶しいな……」


 一人の黒ずくめが投擲される石を避けながら鬱陶しそうに呟く。

 マイリーンが投げているのは河原にいけば転がってそうな拳より少し小さめの握りやすいサイズの石だ。

 たかが石と言う事無かれ。

 普通の人が投げる石であれば大した事は無いが、人外の膂力で放たれる石は十分に必殺となり得る。

 マイリーンは腰に着けている空間収納のポーチから石を取り出して投げるだけなので魔法よりタイムラグが少ない。

 何より結界を展開しながら攻撃出来るのが大きい。


 石の投擲を提案したのはヒルデガルドだ。

 マイリーンはどうしても立ち位置が中途半端なのだ。

 前衛ではあるが比較的戦闘経験が少ないアリアに劣る。

 だからと言って援護にしてもヒルデガルドに劣る。

 かと言って回復や防御に長けている訳でも無い。

 合成獣(キメラ)となった体は速さを望めない。


 そこでヒルデガルドがマイリーンの人を超えた膂力に目を付けた。

 力が強いのであれば大した事をしなくても殺傷力を得るのは簡単だと気が付いたのだ。

 ワイバーンを素手で倒す膂力ははっきり言って脅威である。

 そこで単純に石を投げてはどうかと考えたのだ。


 非常に原始的な攻撃方法ではあるが、その有用性ははっきりしている。

 普通の人間が投げてもそれなりのダメージを与える事が出来る。

 当たり所が悪ければ死に至る事もある。

 それだけの威力があるのであれば人間の膂力を超えたマイリーンが投擲すればどうなるだろうか?

 はっきり言ってしまえば下手な魔法使いが使う土魔法の石弾(ストーン・バレット)より殺傷力が高い。


 石弾(ストーン・バレット)は同時に何発も撃てるので別の強みはあるので一概にマイリーンの投擲が強いとは言えないが、強力な装甲を持っていない魔物や対人に非常に有効な攻撃なのだ。

 マイリーンの投擲は素人に毛が生えた程度で急所へ向かって的確に投げる事は出来ない。

 だが体のどの部分でも当たれば良いのなら難易度は下がる。

 普通の人間でしかない黒ずくめの男達にとってマイリーンが投擲する石は十分、脅威になっていた。


「なかなか当たりませんね」


 マイリーンは結界を維持しながら呟く。

 投擲した石は一発も黒ずくめ達に当たっていないからだ。

 効果が無い訳では無い。

 結界を盾に石を投擲するマイリーンは黒ずくめ達は攻めあぐねていた。

 理由は難しくなく接近戦に持ち込むのが正解か判断に迷っているからだ。

 人を超えた力で投擲される石の威力を考えて、手に持つメイスの破壊力を考えた時に接近戦は危険では無いかと考えていた。

 だからと言って遠距離の攻撃は結界に阻まれる。


「これならどうですか!」


 マイリーンが手にした石を投擲して黒ずくめの男に近付いた瞬間、石は光を放ち雷を撒き散らす。

 放たれた雷光は黒ずくめに触れると体中を一気に駆け巡る。


「っ!?」


 ちょうど黒ずくめの男達が石の近くにいた為、二人は声にならない声を上げてその場に崩れる。

 先程、マイリーンが投げた物は魔法が不完全に封じ込まれた魔石だ。

 アリアやリアーナが魔石に魔法を封じ込む過程で出来た失敗作である。

 魔石に魔法を封じ込めるのは魔法を扱う物の力量と魔石の質で決まる。

 無理に質の悪い魔石に魔力量の多い魔法を封じ込めようとすると魔法を封じ込める事は出来るが、魔法が思い通りに発動しない。

 発動しても威力が遥か劣る物になってしまう。


 マイリーンが行ったのは雷陣(アークボルト)を封じ込めた失敗作を魔力を込めて投げつけたのだ。

 失敗作は不思議な事に魔力を込めた量で発動までの時間が変わるのだ。

 理由は分かっていないがそう言う現象が起きるのをヒルデガルドが知っており、威力は格段に下がるが簡易的に魔法を使う事が出来るので一つの手札として使えるのでは、と提案したのだ。


 雷陣(アークボルト)を食らえば雷で体中が焼き尽くされてしまうが、失敗作は相手を痺れさせる程度の威力しかない。

 威力が低くても攻撃魔法がほとんど使えないマイリーンにとってはかなり貴重な攻撃手段の一つだ。


 マイリーンは身動きが取れない黒ずくめに近寄ろうとするが、その肩を突如掴まれる。

 驚いて振り返るとそこにはガルドがいた。


「こいつらは俺がふん縛っておくから少し待っていてくれ」


 ガルドは慣れた手付きで手にした縄で黒ずくめ達を縛っていく。


「ガルドさん、ありがとうございます」


「そんな事は無い。マイリーンがこの二人をあっさり倒すとは思っていなかった」


 ガルドは足止めだけで良いと思っていた。

 止めは自分でやる予定だったからだ。

 魔物との戦闘経験はあっても対人経験が少ないので少し不安だったのである。


「……頑張りました」


 ガルドは小さい声で言うマイリーンの肩を引き寄せる。

 マイリーンは内心、かなり不安で合成獣(キメラ)襲撃時の様に襲われたらと頭に過ぎっていた。

 それでも平静を装えたのはリアーナが戦闘中は如何なる時でも冷静にと口酸っぱくアリアに注意していたのを聞いていたからだ。

 アリアが学ぶ事は自分にも当て嵌まると思ったのだ。

 マイリーンにとってアリアの模擬戦に付き合っていたのは良い勉強になっていた。

 二人は捕まえた黒ずくめの男達を後を追ってきたギルド職員に引き渡して大通りを目指した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ