164:混迷する状況
ハンナは避難誘導がある程度出来た段階でバジールと別れて冒険者ギルドへ向かっていた。
ガルドに憤怒を纏いし真紅の蠍の討伐の協力を要請する為だ。
ハンナは街を全力で駆け抜ける。
道中、爆音を耳にするが、真っ直ぐ目的地に向けて走り抜ける。
嫌な予想が予感が止まらない。
何故か良くない事が起きそうな不穏な物を感じ取っていた。
その不安を拭う様に走っていると冒険者ギルドの建物が目に入った。
冒険者ギルドへ着くとカウンターにいる受付嬢を捕まえる。
「Sランクのハンナです。緊急事態でギルドマスターをお願いします」
ハンナは自身のギルドカードを提示しガルドを呼ぶ様に言った。
「ハ、ハンナ様ですね!少々、お待ち下さい!」
受付嬢はSランクであるハンナの緊急事態と言う言葉と鬼気迫る表情に唯事では無いと判断して、急いでガルドを呼びに行く。
暫くするとガルドと一緒にマイリーンも奥から一緒に現れる。
マイリーンはガルドの書類整理の手伝いと言う名目で一緒に過ごしていたのだ。
「どうした?もしかして南側での爆発の事か?」
既に街の南側での爆発は耳にしていた。
状況を把握する為に数名のギルドの職員を派遣した所だった。
「暗殺者達が街中で蠍の巨大なモンスターを召喚して暴れています。リアーナ様が応戦中ですが……」
ハンナの説明を遮る様に凄まじい轟音と揺れが冒険者ギルドの建物を襲う。
「ここまで全力で戦って決着が着かないのは考えられません」
リアーナが本気を出せば人が捕まえられるモンスターであれば一瞬で灰に出来るのを知っているだけに不安が募る。
青い火柱を何度も目撃しており全力で戦っているのは明らかなのだ。
「周囲の住民はある程度、スラムとの境ぐらいまで避難は知り合いに頼んでやってもらってます。ただ一人では限界が……」
「それは今直ぐ人員を回そう。避難誘導ならランクの低い冒険者でも出来るからな」
ガルドはギルド内にいる冒険者をざっと見回す。
その中にランクの高い冒険者がほとんどいない事に心の中で肩を落とす。
リアーナの強さを正確に把握している訳では無いが、ハンナの表情から中途半端な実力しか無い者が行けば足手まといにしかならない。
そう都合良く高ランクの冒険者がいれば苦労はしない。
寧ろ、日の高い内にギルド内にいる方が問題だ。
ガルドとしてはそんな暇があるのであれば依頼をこなしてこい、と言わなければならない。
「避難誘導は請け負うが、救援は足手まといになりそうだ」
「そうですね。私はリアーナ様の救援に急ぎます」
ハンナもガルドと同じくランクの高い冒険者以外は足手まといにしかならないので戦闘の救援はいらないと考えていた。
「ハンナさん、私も行きます」
マイリーンはハンナに同行を申し出る。
しかし、ハンナは首を横に振った。
「本気で戦っているリアーナ様の前では戦闘経験が少ないマイリーン様でも足手まといになります」
ハンナは正直に言った。
一見、酷ではあるが、この緊急事態に言葉を濁して伝える方が危険だ。
ガルドはハンナの言葉が事実と言う事は痛い程に分かる。
いくら強いと言ってもマイリーンは戦闘のプロフェッショナルとは程遠い。
マイリーン自身、それはよく理解している。
だからこそ何も出来ない自分が悔しかった。
「ガルド様、マイリーン様をお願いします」
ハンナは別の心配もしていた。
暗殺者が一人で行動しているマイリーンを狙う可能性があるのでは無いかと危惧していたのだ。
ギルド内でガルドの傍にいる分には安全だと言うのもあった。
ガルドはリアーナから事前に状況を聞いていた為、ハンナの言っている言葉の意味を悟り、強く頷く。
「任せておけ」
肩を落とすマイリーンを横目にハンナは急いで現場へ戻ろうと踵を返す。
それと同時に街の衛兵がギルドへ駆け込んできた。
「大変だ!!突然、大通りに巨大な蠍の化け物が現れた!!応援を頼む!!」
その言葉にハンナは思わず足を止めた。
ガルドは衛兵の傍に駆け寄る。
「状況を詳しく教えろ!」
「いきなり巨大な蠍の化け物が大通りに現れて暴れ始めて襲ってきたんだ!今はその場にいた冒険者の女三人が食い止めてる!!早くしないと!!」
ハンナは大通りにいる冒険者の女三人と言う言葉が引っ掛かった。
大通りにはアリアとミレルとベリスティアの三人が遊びに出ていたからだ。
『バジール、ベリスに状況を確認して下さい。大通りにも蠍の魔物が現れたみたいです』
ハンナはバジールに状況を確認させる。
『分かった。早くこっちの仕事を終わらせたいねぇ。ちょっと待ってて』
バジールの報告を待たないと判断が出来なかった。
リアーナの救援にも行かなければならないが、状況によっては大通りの方へ行かないといけない可能性もあったからだ。
衛兵がガルドにしている説明を聞きながら待っているとバジールからの念話が来た。
『ベリスに確認が取れたねぇ。今は三人で交戦中。三人で対処出来そうみたいだねぇ』
『分かりました。ありがとうございます』
ハンナは三人が問題無ければリアーナの方に行くだけだ。
『それより状況はちょっと拙いかもしれないねぇ』
バジールらしくない少し不安げな言い方だった。
『何かありましたか?』
『アスモフィリスが念話に出ないんだよねぇ。それにリアーナの魔力出力が大きすぎるねぇ。明らかに街中で放つ魔力じゃない……』
アスモフィリスと念話が繋がらない状況は普通では無い。
『リアーナ様の下へ急ぎます』
『そうした方が良いねぇ』
ハンナは衛兵から状況確認しているガルドを横目にギルドから飛び出した。
その背中を見つめるマイリーンの表情は複雑な物だった。
力が無いが故に置いて行かれた事に自分自身に悔しさを覚えた。
無理を言わないのは足手まといになると言う自覚があったからだ。
衛兵からの状況を聞いたガルドは直ぐ様、大声で冒険者に指示を出す。
「ここにいる奴、全員聞け!!ギルドから緊急依頼だ!街に突然、巨大な蠍の魔物が現れた!どっちも高ランクの冒険者が応戦中だ!ここにいる者は街の住民に被害が出ない様にギルド職員に従って街の住民を安全な場所に避難させて欲しい!!」
ガルドはここにいる冒険者には住民の避難誘導をさせる。
大通りで戦っているのがアリアだと分かったからだ。
衛兵が大剣を持った空色の髪の少女を言っていたので間違いが無いと判断した。
アリアの実力は直接、対峙したガルド自身がよく分かっている。
「ハーフェ、レイノは南のスラムだ!アレックスとベナーノ、サガンは大通りだ。急げ!!」
ガルドは職員に的確に指示を出していく。
それとは対照的にマイリーンはこの場で何も出来ない事に歯噛みする。
「マイリーン、頼みがある」
ガルドは職員に一通り指示を出した後、マイリーンへ向き直る。
「今から大通りの現場確認に行くから一緒に来てくれ。あのお嬢ちゃんが無理をしているかもしれん」
ガルドはマイリーンの表情からこのままでは良くないと思い、適当な理由を付けて現場へ向かう事にしたのだ。
一応、建前としては実力者として救援と確認だ。
「……良いんですか?」
ハンナに足手まといと言われた事が心に引っ掛かっているのだ。
「それはリアーナの応援だろう?それにあのお転婆娘の面倒を見れるのはマイリーンしかいないだろう?」
理由は何でも良かった。
ギルドに入れば安全ではあるが、マイリーンは間違いなく気に止む。
優しいマイリーンは自分を責めるだろう。
少なくてもアリアの方で戦いが終わった後でも合流すれば気が紛れるのでは無いかと考えたのだ。
道中はガルドが警戒すれば良いのだ。
「分かりました」
表情は暗いが自分にしか出来ないと言う言葉に目に力が宿る。
「ドラグノフ、ここの指揮はお前に任せる!俺は応援に出る」
指揮を副ギルドマスターに一任する。
ガルドはギルドマスターと言えど元Aランクの冒険者だ。
今、ギルドにいる中では一番強い。
「マイリーン、行くぞ!」
「はい!」
二人は大通りの戦場を目指す。




