18:食料の現地調達は冒険者の基本
アリア達は監督役のニールと共に北西の海岸沿いの岸壁に来ていた。
ピル=ピラから歩いて二時間程の場所だ。
「ニールさん、確か海沿いの岸壁に月影草は生えているんですよね?」
ヒルデガルドは依頼の一つ、月影草の生息場所をニールに確認する。
「あぁ、月影草はここの岸壁に自生している。コイツは大体この岸壁の中腹しか生えないから取るのが大変なんだ。上から行くにしろ、下からに行くにしろ厄介だからな。どうやって採るかはお前さんに任せる」
月影草は採取場所が岸壁の中腹と言う採取困難な場所にある為、Dランクとなっている。
風属性の魔法、飛翔が使用出来れば一瞬だ。
しかし、飛翔は五級の魔法なので簡単に使えない。
この魔法が使えるレベルになると上のランクの依頼を受けた方が割が良い為、余り人気の無い採取依頼だったりする。
ヒルデガルドは岸壁を見上げながら月影草を探す。
空に反りかえる様な細い葉を持つ草が群生している場所を発見する。
「ニールさん、あれですよね?」
ヒルデガルドは先程見つけた草が群生している場所を指差す
「あぁ、あれだ。お手並み拝見と行こうか」
ヒルデガルドは少し考え岸壁に手を当てる。
「錬成、階段」
言葉と共に月影草が群生している場所まで階段が出現する。
ヒルデガルドは錬成で岸壁に階段を作ったのだ。
「な、マジか!?」
ニールはその光景に唖然とした。
目の前の起きた事に頭の理解が追いつかなかった。
熟練した土属性の魔術師でもあんな一瞬で階段を作るのは難しいのだ。
そんな唖然としているニールに気付かず階段を上って月影草を採取していくヒルデガルド。
粗方取り終えた所でニールの所まで戻ってくる。
「分解」
先程作った階段が消え、元の岸壁に戻る。
空間収納が付与されたポーチから月影草を取り出しニールに見せる。
「ニールさん、これで大丈夫ですか?」
「これだけあれば充分だ」
ニールは採取した量が充分だと確認した。
「こっちが終わったからもう一人のお嬢さんに声でも掛けるか……」
そう言い岩に腰を掛けて釣りをしているアリアを見た。
アリアはやる事が無かったので適当な岩場に陣取って釣りをする事にしたのだ。
空間収納に仕舞ってあった木の桶に海水を張り、釣れた魚を放り込んでいた。
昔住んでいた孤児院の近くに川と湖があり、よくそこで釣りをしたり泳いだりしていたのだ。
餌は岩の隙間にいる虫だ。
釣りを始める前に十匹程捕まえて殺した状態で岩の上に無造作に置いてある。
既に五匹の魚を釣っており、昼食にするには少し足りないが、釣果としては上々だ。
「ニールさんもいるから後一匹は釣りたいな……」
アリアは海をぼーっと見つめながら呟いた。
ふと後の方から人の気配が近づいてくるのに気づいたアリア。
依頼の月影草を採りに行っていたヒルデガルドとニールだった。
「アリアちゃん……それ、何?」
ヒルデガルドは岩の上にある潰れた虫を見ながら言った。
「ん、これ?釣りの餌だよ」
そう言い引き上げた針に餌が無い事を確認すると無造作に潰れた虫を掴み、針先に付けてまた海に沈める。
それを見て触るのが無理と言わんばかりのヒルデガルド。
「また剛毅なお嬢さんだな。ん、五匹か。後一匹は欲しい所だな」
海水の張った木桶の中の魚の数を確認するニール。
「そうなんだよね。三人だから後一匹釣れば二匹ずつでちょうどなんだよね」
アリアは竿先から目を離さずに言う。
「俺は折角だから岩場で手軽に捕れる美味いヤツがあるから捕ってくる」
「よろしく~」
アリアは気軽にニールに手を振る。
ニールは波が被る岩場付近を探し始めた。
一人の残されたヒルデガルドは手伝える事が無さそうなので安定した岩場を探し、火が起こせる準備をする事にした。
暫くするとアリアとニールも火の準備をしていたヒルデガルドの所にやってきた。
「無事に六匹釣れたよ」
火の近くに木の桶を置き、自慢げに言う。
「おう、こっちもそこそこの数が取れたから飯にしよう」
ニールの網袋には何かの爪の様な形をした物がたくさん入っていた。
「それは何ですか?」
火を起こしていたヒルデガルドは見た事が無い食材に訝しげな視線を送りながら質問した。
「これはタートクと言ってこの街では割とポピュラーな食材なんだ、ちょっと見た目は悪いが茹でるだけでも充分美味い」
そう言って海水を張った鍋にタートクを入れ火に掛ける。
アリアはナイフで魚の腹を手際よく捌き、内臓を取り出して木の枝に刺して魚を焼いていく。
釣った魚の内臓を出すのは餌となった虫が気になるからだ。
触るのは平気だが流石に口の中には入れたくはない。
ヒルデガルドに関しては強さよりも野営の方が課題かもしれない。
彼女自身、旅をする時は空間収納のポーチに食材を事前に買い込む為、外で食料調達をした経験が無いのだ。
冒険者は手持ちの食料を食べずに可能な限り動物を狩ったり、周辺の果実等を採って食べるのだ。
食料と水は有限だから節約出来る時に節約をしないと、いざと言う時に飢え死にしてしまう恐れがあるからだ。
そう言う意味では長い間、神殿にいたヒルデガルドはいくら実力があっても冒険者としては初心者なのだ。
アリアは田舎の孤児院で育った為、山や川、湖で食料を確保する事は珍しい事では無かったのと、リアーナに引き取られるまでは貧しい生活をしていた。
年によっては作物が充分に収穫出来ず、毎日お腹を空かせながら耐えた事もあった。
その為、食料と水が如何に貴重かを身に染みて分かっているのだ。
貧しさの余りにいざとなれば毒さえなければ問題無いとまで思っている。
そこまで言える彼女はある意味、元から普通ではない。
ニールはタートクが茹で上がったのを確認し鍋のお湯を捨て、鍋からタートクを一個摘み取る。
「タートクはなこうやって殻を取ってこの部分を食べるんだ」
タートクの殻を剥き、出てきた白い繊維状の身を指す。
「うん、美味い。ほら、お前らも食え」
タートクを食べながらアリアとヒルデガルドに食べる様に促す。
アリアはニールと同じ様に殻を剥いて身を口に放り込む。
「はむはむ……うん……見た目によらず美味しいね」
食べると軽い磯の香りが鼻を抜け、甲殻類特有の甘みが口の中に広がる。
海水の塩分が甘みを良い具合に引き立てる。
「だろ?ほれお嬢さんも食べてみな」
手に持ったタートクと睨めっこしていたヒルデガルドだが意を決して食べてみる。
「ん……何でしょうか?蟹と海老の中間の様な味がします。これは美味しいです」
「そうだな。味はそんな感じだな。これは店では出ないからな」
三人ともタートクの美味しさに次々と殻を向いて口の中へ吸い込まれていく。
「何でお店では出ないのですか?こんなに美味しいのに」
ヒルデガルドがニールの言った事に疑問を感じた。
「それは店で出すには面倒なんだよ。この小さいのを客に出す分の殻を剥くのは骨が折れるし見た目も悪いしな。それでも海の近くで野営する時の為に覚えておいても損はないさ。ファルネット、バンガの沿岸沿いの岩場にいるからな。ま、コイツだけで腹を膨らますのはちょいとキツイがな」
タートクの身の部分は小指の先ぐらいしか無いのでかなりの量を捕らなければいけないのだ。
「因みにお嬢さんは野営の時の食事は普段どうしてるんだ?」
アリアが美味い具合に焼けた魚を二人に配っているとニールはヒルデガルドに質問をした。
「そうですね。普段は街で買ったパンや食材で簡単に調理して食べてます」
ニールはヒルデガルドの答えにやはりか、と言う顔をした。
「お嬢さんは俺に比べたらかなり育ちが良いのだろうな。ただ冒険者をやるなら極力、食料はその場で調達する様にしな」
ニールが食材を捕りに行っている時に食材を探しに行かなかったのが気になったのだ。
「冒険者をやっていると何かしらのトラブルで長い間、人里に辿り着けない時が出てくる。そんな時に大事なのが食料と水だ。いくら街で買い込んでもそれは有限だ。いつかは無くなる。そんな時は現地で調達しか無くなるんだ」
少しヒルデガルドの顔が暗くなる。
「因みに獲物解体は出来るのか?」
ヒルデガルドは首を横に振る。
「それならついでに教えてやるよ。まぁ、これは昇級には関係無いが知っていて損は無い事だからな。そんなに落ち込むな。別にこんなのは珍しい話でもない」
そう言ってヒルデガルドを慰める。
「そっちのお嬢さんはどうする?」
ニールはついでにアリアにも聞いてみる?
「うぐ?」
「取り敢えず、口に入っている物を飲み込んでからな」
アリアは口に入っている物を飲み込む。
端から見ているとリスの様である。
「解体は別に良いかな。猪や鹿ぐらいなら小さい頃に教えてもらったし。メイルスパイダーやランドスコーピオンとかも出来るしいいや」
アリアは頭の中ではメイルスパイダーの脚の味を思い浮かべて途中で見掛けたら獲って食べようと思った。
「……そこまで出来れば十分だろう」
思いの外、逞しいアリアにニールは苦笑いを浮かべた。
「ニールさん、この辺でメイルスパイダーって、いる?」
「草原の近くにある森にいるが、どうかしたのか?」
そんな魔物をどうするのか不思議そうにニールは尋ねた?
「久しぶりに食べたいなー、と思って」
それを聞いてヒルデガルドとニールは驚いた。
「アリアちゃん、蜘蛛を食べるの?」
「あれ食えるのか?」
二人はそれぞれ疑問を口にした。
「食べるのは脚だけなんだけど淡白なあっさりとして結構、美味しいよ。見た目は悪いけどタートクみたいな物だと思うけど」
さらっと美味しいと言い切ってしまうアリア。
メイルスパイダーはこの東の大陸の中央部の森林地帯なら何処にでもに生息している蜘蛛の魔物だ。
一般的には食用にされていない。
アリアは孤児院のある村が不作で森に食料を探しに入った時に余り大きくないメイルスパイダーを焼いて食べた事があったのだ。
腹部は内臓ばかりで食べるのには躊躇いがあり手を付けれなかったが、脚は大きい蟹の脚に見えてきて焼いてみたら美味しかったのだ。
正直、運が良かっただけの話ではあるが、お腹が空いては森で大きすぎないメイルスパイダーを見つけては食べていたのだ。
孤児院のシスターに見つかってこっぴどく叱られたが食料の足りない時は孤児院の食事によく出てくる様になり、孤児院のある村では食材として認識される様になった。
因みにリアーナとハンナはアリアに勧められて食べた事はあるが、味は問題無かったが見た目の抵抗感には勝てずに好んでは食べない。
脚の殻を剥いてしまえば大きな若干味の薄いタートクの様な味だ。
「見つけたら食べさせて上げるから期待してもらって良いよ」
にっこり勧めるアリアに流石のニールも苦笑いを浮かべるしかなかった。
アリア「自炊ぐらい出来ないと良いお嫁さんにはなれません!」
ヒルダ「あのー、自炊ぐらいは出来ますよ……冒険者としての心構えが足りなかったのは反省しております……」
ア「軽く反省を促した所でサクッと進めていこう!身の回りに初の男性登場です」
ヒ「ヴィクトル様やヴァン様は?」
ア「何処か遠い空の彼方なのでスルー」
ヒ「扱いが酷い……」
ア「ニールさんは王子的な綺麗なイケメンでは無いけどワイルド系イケメンなのでオススメ。困っている冒険者に優しく手を差し伸べるとっても良い人」
ヒ「知識も豊富だから私も大助かりです。ニールさん、監督役と言いながら指揮を取っていて大丈夫なんでしょうか?」
ア「細かい事を気にしたらダメだよ。今回食材として出てきたタートクは亀の手そのままだったりする」
ヒ「あれ美味しいですよね。亀の手?」
ア「細かい事は端っこに置いておいてヒルダさんって、魔法は割りと万能だよね」
ヒ「属性は土と氷、水なんですが応用幅は広いので下手な宮廷魔術師より魔法の扱いは上だと思いますよ」
ア「それにしても私の出番が無い!」
ヒ「結構、出番あるじゃないです。魚釣りしたり、野営スキル披露したり、蜘蛛を食べる事をカミングアウトしたり」
ア「いや、そんな事じゃなくて主人公らしく戦闘で活躍したい!」
ヒ「まだ先みたいですよ」
ア「えー」
ヒ「文句言ってると更に出番が無くなったりして?」
ア「……」




