160:暗躍する者達
アリア達は声のした方向を向くと真紅の死を象徴する蠍に腰を掛ける者が女性がいた。
少し小さめのシルクハットを被り、黒地のショートジャケット、胸には青い薔薇のコサージュに首元には同じ色のスカーフを巻き、体を強調させるコルセット一体型ワンピース。
黒と差し色で入る紫が妖艶さを醸し出している。
「あなたは誰?」
「別に名乗っても支障は無いでしょう。私は帽子屋フルフルと申します」
フルフルと名乗る女に三人は警戒を強める。
「そんなに警戒なさらなくてもよろしいのに。それにしてもこの子がこんな傷ましい姿に……」
少し悲しげな表情を浮かべるフルフル。
彼女は何処からともなく一枚のカードを取り出した。
それはトランプのハートの2のカードだ。
フルフルはそれを空中へ放り投げた。
それは緑色の光を放つ。
アリアはその光が何を意味するか直ぐに理解する。
「虚魔」
アリアは魔法を打ち消す虚無魔法を放つ。
緑色の光は鏡が割れる様に霧散する。
「あら、流石聖女様ですね。この子が使えないとなると私が足止めしないと行けないのは面倒です……はぁ……」
フルフルは面倒そうに溜息を吐く。
アリアはフルフルが何をしたか理解していた。
あの緑色の光はアリアが使う治癒魔法と同種の物だ。
フルフルは真紅の死を象徴する蠍を回復しようとしたのだ。
真紅の死を象徴する蠍は完全に死んではいなかったのだ。
とは言っても放っておけば死んでしまう状態で抵抗する力も無い。
「仕方がありませんね。イリダルさんも手伝って下さい」
フルフルはそう言って真紅の死を象徴する蠍の回復を諦めて地面へと下りる。
真紅の死を象徴する蠍の影から薄汚いローブを纏った男が出てくる。
「一人では手に余るか」
イリダルはフルフルの言葉を肯定し、アリア達の前に立ちはだかる。
遠くから轟音が鳴り響いているのベリスティアはずっと聞いていた。
この状況下で三人で戦えば勝機はあるが、リアーナの状況が不透明で加勢には行けない。
そこで一つの判断を下す。
「アリアちゃんはリアーナ様の下へ。私とミレルさんでこの二人を何とかします」
アリアは一瞬、二人を置いていくのに戸惑った。
だがここで足止めをされて加勢に行けないのは余計に不安が募った。
「分かった」
アリアはベリスティアの言葉に頷く。
ミレルもベリスティアの意見に異論は無かった。
この中でアリアが一番強いと言う事が分かった。
少し信じられない気持ちはある物の目の当たりにすれば信じるしかない。
アリアは直ぐ傍の裏路地へ走り出す。
「逃がすかよ!」
イリダルの手が閃く。
ベリスティアは射線上に転移してそれを剣で叩き落す。
「させません!」
一瞬で移動したベリスティアを訝しげに観察するイリダル。
ベリスティアは魔剣をイリダルに向けて牽制する。
路地を抜けたアリアは脇目を振らず、青い火柱が上がる方向に向かう。
「三対二では抜けてしまいますね」
フルフルは虚空からカードを出現させる。
「あなたの相手は私よ」
フルフルの前にミレルが立つ。
「あなたでは役不足な気はしますが、仕方がありませんね」
ミレルはフルフルの言葉に剣を力強く握り締める。
「その言葉、後悔させて上げるわ!」
ミレルは体を魔力で強化してフルフルとの距離を一気に詰める。
「そんなに焦らなくても良いんですよ」
フルフルはクラブの5を引いてミレルの方へ向ける。。
カードは消えて五つの魔力弾がミレルを襲う。
ミレルは冷静に魔力弾を避け、避けきれない魔力弾は魔力を込めた剣で叩き落す。
距離を詰めるミレルにフルフル後ろに下がりながらカードを引く。
クラブの7のカードを引いたフルフルはそれに魔力を込めるとカードが消えて魔力で出来た鞭が出現する。
「近付かせませんよ」
魔力の鞭は蛇の様にうねりながらミレルを襲う。
ミレルは冷静に鞭の軌道を見極め避ける。
見るのは手の動き。
先端を見ると惑わされるが手元であれば分かりやすい。
それでも動きを見極めるのは技量が無ければ出来ない事だ。
リアーナの影に隠れて目立たないが、ミレルは第五騎士隊でも五指に入る強さの持ち主なのである。
だがこの状況は良い状況では無い。
間合いは完全に相手の間合いで主導権は完全にフルフルに握られている。
そして攻撃は鞭だけでは無い。
フルフルは空いている左手で虚空からカードを引く。
カードの内容はクラブの2.
「これはどうですか?」
フルフルの左手から二発の魔力弾が放たれる。
その軌道は鞭を避ける様に弧を描いてミレルを襲う。
鞭を避けながら魔力弾をギリギリで躱し、もう一つの魔力弾は剣で弾く。
弧を描く魔力弾はミレルの避ける位置を読んで放たれていた。
「手堅いですね。これならどうです?」
フルフルは同時に三枚のカードを引いて発動させる。
クラブの2なので先程と同じ弧を描く魔力弾だ。
「面倒ね!」
タイミングをずらして放たれた魔力弾が次々とミレルを襲う。
ミレルの動きを邪魔する様に鞭が襲い、思う様に攻撃に繋げられない。
さっきから防戦一方でだった。
鞭の間合いを活かしながら相手を牽制しながら距離を保ち、トランプのカードから呼び出される魔法で攻撃。
近接戦闘がメインのミレルには厳しい相手である。
それに加えて多彩の効果を発揮するトランプカードも厄介だった。
絵柄によって効果が違うのは分かるが、どのカードがどんな効果なのかは見てみないと想像も出来ない。
トランプの枚数分の効果が存在するなら迂闊な攻め方は出来ない。
相手は見せていない手札をたくさん持っているのだ。
そんな攻撃がやってくるか読めないのは恐ろしい物がある。
それがミレルの動きを精神的に阻害していた。
フルフルは自分の間合いを常に守りながら優位な位置を保ちながら立ち回っている。
ある意味、フルフルは策士である。
敢えて自分の攻撃手札をトランプに置き換える事によってあたかも手札を隠し持っている事を態と見せている。
手札を隠し持っている的に迂闊な攻めは出来ない。
相手に攻めにくい様に見せているのだ。
ミレルはこの状況を少しでも打破するべく今以上に前へ出る。
鞭と魔力弾が襲い掛かる中、少しでも距離を詰めるべく攻撃を弾きながら進む。
罠が待っていようが防戦一方では何も進まないのだ。
多少の掠り傷等、物ともせず間合いを詰める。
フルフルは距離が詰められるのを嫌がりダイヤの9を引き、解き放つ。
「離れなさい!!」
それは九つの光線となってミレルを襲う。
だがミレルはここで魔石を取り出す。
「風結界!」
ミレルは目の前に強化した風の結界を出現させる。
それは障壁となりフルフルの放った光線を全て防ぐ。
「な!?」
フルフルはミレルに先程の光線が全て防がれるとは思っておらず、その表情に焦りの色が出た。
「風結界、付加、螺旋!」
ミレルは剣に螺旋に渦巻く風を纏わせて剣を振るう。
「この程度!!」
フルフルはハートの6を引いて目の前で解き放つと魔力障壁が展開される。
ミレルの剣に纏った風は障壁と共に散る。
ミレルとフルフルほぼ零距離。
フルフルは鞭を振るおうとするが一呼吸遅い。
ミレルの頭突きがフルフルの顔面を捉える。
「んぶぅっ!?」
ここで頭突きを喰らうとは思ってもいなかったフルフル。
予想外の攻撃に足元がふらつく。
ミレルも無理矢理な体勢で頭突きを放ちバランスを崩す。
直ぐ追い討ちを掛けたいが体勢を整えるべく間合いを取る。
フルフルは鼻を押さえていた手を見るとそこには血溜まりが出来ていた。
「よくもやってくれましたね」
そう良いながらフルフルはハートの2のカードを取り出して怪我を治す。
「油断したのはそっちでしょ?」
ミレルは肩に剣を担ぎながら余裕を見せる様に言う。
「そうですね。全く頭突きとは粗暴な……」
フルフルは先程の頭突きに呆れながら言うが、ミレルからすれば頭突き程度大した事は無いと思っていた。
今は丸くなったミレルだが、昔はかなりやんちゃだったのだ。
それを知る者は非常に少ないが。
「それじゃ、さっさと消えて貰おうかしら」
ミレルは飛び出す様にフルフルに斬り掛かる。
フルフルもそれは予想していたのか、既にカードを一枚準備していた。
そのカードが示すのはダイヤの3。
ミレルは多少のリスクは覚悟の上で踏み込む。
カードの効果が解き放たれると眩い光が放たれる。
光で視界が塞がれるがミレルはそのまま剣を振るう。
しかし、手応えは無く空を切る。
目が慣れた所で周囲を確認するとフルフルは真紅の死を象徴する蠍の頭の上に降り、その手にはハートの2のカードの力が解き放たれようとしていた。
それは最初にアリアが阻止した回復の効果が秘められた物だ。
「危ない所でした。ですがこれで形成逆転です」
ミレルはしまった、と思うがフルフルと距離が空いてしまい攻撃して間に合う距離では無かった。
それでも駆け出す。
「それではもう一働きして貰いましょう」
フルフルはカードを放すと優しい緑色の光が真紅の死を象徴する蠍の体を包み込む。
そして傷付いた体を癒していく。
ミレルはその前にフルフルを始末しようと斬り掛かる。
フルフルはクラブの9を引く。
それを放り投げるとそれと同時に無数の魔力の刃が無数の円弧を描きながら空中にいるミレルを襲う。
空中で体勢を崩しながら体を捻って避けようとする。
全てを避ける事は出来ず、手足や肩等に魔力の刃が突き刺さる。
体勢を崩した所為で着地に失敗し地面に転がる。
「残念でしたね。これでチェックメイトです」
ミレルは傷付いた体を起こそうとするが、先程のダメージが大きく足下が覚束ない。
剣を杖にしながら必死に立ち上がる。
目の前には回復した真紅の死を象徴する蠍とその頭の上に座るフルフルが目に入った。
「それではさようなら」
フルフルはミレルを一瞥すると真紅の死を象徴する蠍は鋏を振り上げる。
ミレルは剣を構える。
無駄な抵抗だと分かっていても最後まで足掻く。
それが彼女の生き方なのだから。
容赦なく鋏が振り下ろされる。
しかし、ミレルには衝撃がやってくる事は無かった。
目の前には金色に煌く毛を靡かせながら優雅に、そして威厳を漂わせた一匹の魔物がいた。




