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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第三章:闇に沈みし影の刃
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151:戦争の記憶

 酷い光景だった。

 元々は広大な緑溢れる場所だったのだろう。

 そよ風が草を靡かせ、心地よい空気に癒される様な場所。

 今でもそれは変わらない。

 一部を除けば。


 そこは噎せ返る様な血の臭いが充満し、大地には夥しい数の死体に埋め尽くされていた。

 人だけではなく馬の死体もその中に混ざっている。

 緑の絨毯だった場所は赤く染まり、惨憺たる様相を見せている。


 その中心にプツンと佇むかの様に立つ女性がいた。

 手にはハルバートを持ち、顔以外は全身鎧に包まれてる。

 元々は綺麗な鎧だったのだろう。

 その鎧は返り血によって赤く染まっていた。

 彼女の美しい銀髪も返り血で所々濡れていた。


 この惨劇は彼女一人で起こした物である。


 彼女は単身、千人にも及ぶ敵国の部隊と戦ったのだ。

 相手側は単身で突っ込む彼女を嘲笑った。

 普通に考えて千にも及ぶ一軍を単身で挑むなど無謀極まりない行為だ。

 だが仲間は彼女の理不尽なまでの強さを知っていた。

 単身でいるのは彼女を見捨てた訳では無い。

 邪魔にならない為に一人にしたのだ。


 いざ戦いが始まってみるとそれは無惨としか良い様が無い戦いだった。

 戦いと言うよりは蹂躙と言った方が正しいだろう。

 人も馬も彼女が振るう一撃に悉く屠られていく。

 それは一方的な虐殺に近い光景だ。


 相手側は必死に彼女に攻撃を仕掛けるが、圧倒的な力の前に成す術無く散っていく。

 彼女が武器を振るう度に命が刈り取られていく。

 次第に相手側の兵士は彼女に恐怖を抱いた。

 彼女の足音は死神の足音の様に聞こえた。

 兵は震え上がり、恐怖に耐え切れず逃げ出す者が現れる。

 指揮官のその行為を諌める様に大きな声で逃げ出さない様にするが、兵達は止まらなかった。


 一人が逃げ出せば、また一人、更に一人と徐々に逃げ出す者が増えていった。

 彼らとて無駄死にする為に戦っている訳では無い。

 待っている人もいるし、守らなければならない人がいる。

 ここで無惨に殺される為にいるのでは無いのだ。


 兵の半分近くがこの平原で命を落とした。

 残りの兵は恐怖で全員逃げ出していた。

 彼女の圧倒的な強さにより勝利が齎された。

 味方からは戦乙女(ワルキューレ)と呼ばれ英雄として扱われ、敵からは虐殺姫として恐怖の対象、悪鬼の如く扱われた。


 これはカーネラル王国とランデール王国との戦争の一幕だった。


 一方で相手側の指揮官もプライドなどお構いなしに必死に逃げた。

 道中、何度も転び、泥に塗れながら、恐怖に染まり怯えた兵を引き連れた帰還した。


 帰還するなり拘束され牢屋へと入れられた。

 そこで彼に待っていたのは軍法会議だった。


 敵前逃亡と言う不名誉な罪を押し付けられたのだ。

 実際に彼は敵から逃げたには違い無かった。

 それでも兵を少しでも生きて帰そうと必死で指揮をし、時には自らが殿に立ち、兵を半分も生きて帰らせた。

 本来であれば重罪でも何でも無い。

 戦略的な退却に近い物だった。


 だがランデール王国の上層部はそう捉えなかった。

 理解している者がいなかったと言う事では無いが、敗戦の責任を取る者が必要だったのだ。

 上層部は彼にその責任を押し付けたのだ。

 圧倒的な敗北。

 これは王家だけでなく要職に就いている者達からすれば失脚するだけの大きな要因だった。

 そこにちょうど良い人間がいた。


 逃げてきた指揮官だ。

 彼は子爵位を持つ貴族で軍の中でそれなりの地位を持っていた。

 その地位が格好のスケープゴートの的となってしまった。


 軍法会議では彼が逃げた事について意見が飛び交った。

 と言っても結論は決まっており、単なる茶番でしかない。

 そうと知らない指揮官は必死に結論が良い方向に転がる様に祈った。


 だが出された結果は彼の望む様な物にはならなかった。

 軍籍剥奪の上、爵位剥奪と言う重い処分が下されたのだ。

 普通では有り得ない程、重い処分だった。

 だが保身に走る上層部は彼に重い処分にする事により責める矛先を彼に向ける様にしたのだ。

 上層部の想定通り、彼は周囲から強い非難を受ける事になる。

 カーネラル王国に屈した臆病者として。


 一部の兵が嘆願を申し出たが上層部は取り合わなかった。

 伯爵家の三女の妻からは離縁を突き付けられた。

 子供も全て妻に取られ、独りとなってしまった。


 男は有り金を全て持ってランデール王国から出る事にした。

 国内にいれば敗戦の原因を作った臆病者として扱われるのが我慢出来なかった。

 彼はこの戦争で地位を、名誉を、家族を、仲間を全て失った。



******



 リアーナは不思議と一番、早く目が覚めた。

 いつもはハンナが起こしてくれるまでぐっすりと寝ている事が多い。

 元々、朝はゆっくり寝ていたいタイプなのだ。

 原因は予想出来ていた。

 戦争の事を夢で見たのは久しぶりだった。

 リアーナ自身、余り夢を見ない。

 それもあり、夢で昔の出来事が出てくるのは非常に珍しかった。


 ゆっくり体を起こそうとするがお腹の辺りに重みを感じた。

 布団を捲るとアリアが腰にしがみついて寝ていた。

 そっと優しく頭を撫でる。


「もう少しこのままでいるか……」


 気持ち良さそうに眠るアリアを起こすのは気が引けたリアーナは暫くベッドで惰眠を貪ろうとしたが、ふと横にいるマイリーンと目が合った。


「おはようございます。リアーナ様」


 マイリーンはアリアを起こさない様に静かに挨拶する。


「おはよう、マイリーン殿。暫くは動けなさそうだ」


 少し苦笑じみた表情を浮かべながら言うリアーナ。


「そうですね。でも気持ち良さそうに眠っておられるので良かったです。昨晩は魘されていなかったので」


 マイリーンの言葉に少し安心する。

 未だにアリアが魘されている姿を見るのは辛い物があった。

 リアーナでは癒す事が出来ない部分で魘されている姿を見る度に心が締め付けられる様な思いだった。


「それにしても寝る時は隣のベッドにいた筈なんだがな」


 アリアとリアーナのベッドが隣とは言え間には隙間がある。

 基本的にその隙間にマイリーンがいる形になっている。


「夜中にトイレに起きて、そのまま寝ぼけながらリアーナ様のベッドへ入って行かれましたよ」


 マイリーンはその一部始終を見ていた。

 リアーナのベッドに入る分には止める必要は無かった。


「やはり母親の温もりを自然と求めているのでは?」


「そうなのか?私ではちゃんとした母親をやれているのか、いつも不安なのだが……」


「大丈夫ですよ。幸せそうな顔で寝ているアリア様を見れば一目瞭然じゃないですか」


 アリアは気持ち良さそうにリアーナを放すまいとしっかり抱きしめながら寝息を立てている。


「……そうだな」


 リアーナはマイリーンの言葉に安心を覚えながらアリアが起きるまでその温もりを感じながらゆっくりと朝を過ごした。


 夜の襲撃も有り、全員が起きたのは正午を過ぎた時間だった。

 最後まで寝ていたのは珍しくアリアだった。

 この面々で最後に起きるのは基本的にリアーナだ。

 最後に起きるリアーナが最初に起きてしまったのと、気持ち良さそうに寝ているアリアを誰も起こそうとしなかった事が大きい。

 ギルドの聴取は早朝には終わったのでそこから寝ればこの時間も仕方が無い事だろう。


 一行は朝食か昼食か区別が付かない食事を取る為に宿舎の食堂へ移動する。

 昼の食堂はガラガラだ。

 それも当然だ。

 この時間の冒険者は依頼を受けて外に出ている事がほとんどなのだ。

 いるのは夜の依頼をしていた者か依頼を受けずにのんびりしている者だ。


 アリア達は各自で食事を選んで指定の席へと向かう。

 食堂も酒場と同様にマイリーンを支援する有志の要望によって専用席が作られたのだ。


 昨日の襲撃の所為か、食べている内容にかなり個人差があった。

 こう言うのに慣れているリアーナとハンナ、ベリスティアはいつも通りの食事だが、アリアとヒルデガルドはいつもより少なめの食事だった。

 アリアは単純にまだ眠気が取れておらずガッツリ食べる気分では無かった。

 ヒルデガルドも同じなのか少し眠そうにホットケーキにカットフルーツと言う軽めの内容をゆっくり食べていた。


「ふぁ……甘い……」


 半分、ぼーっとしながらアリアはフルーツサンドを頬張るが、何処かしゃっきりしない様子。


「アリア様、口にクリームがたくさん付いてますよ」


 横にいるマイリーンがハンカチでクリーム塗れになっている口の周りを拭く。


「……ごめんなさい……ふぁぁぁ……」


 盛大な欠伸をするアリア。

 いつもとは違い時間に寝て、寝すぎてしまい余計に眠いのだ。

 過剰な睡眠は逆に体に良くない。


「アリア、今日は特に何もしない予定だからゆっくりすると良い」


 リアーナは余りにも眠たそうなアリアにのんびりする様に促す。

 因みにやる事が無い訳では無い。

 リアーナとハンナはこの後、ギルドで昨日の後処理をする予定だ。

 早朝に行ったのは簡易的な事情聴取なので詳細報告は別途行わなければならないのだ。

 細かい説明は対応に慣れているリアーナとハンナが行えば充分だ。

 アリアを含めた他の面々はのんびりしていても問題無かった。


「……うん。そうする……」


 眠たそうに目を擦りながら小動物の様にフルーツサンドを食べるアリアは今日は大人しくしていようと心に決めた。

 のんびりした調子で食事をしていると見知った顔が席に近付いてきた。


「皆さん、おはようございます」


 その人物は昨日、再会したカーネラルの騎士であるミレルだった。



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