150:真夜中の襲撃者
ギルドの宿舎へ幾つもの影が侵入する。
事前に何度も下見をし、夜の警備が巡回から離れるタイミングを見計らって忍び込む。
冒険者ギルドの宿舎は常時警備が敷かれている。
冒険者とは言え、宿ではゆっくり心を落ち着けて体を休めたい。
長旅や依頼で疲れた体を癒すにはゆっくりと休む事が必要不可欠だ。
その為、冒険者ギルドの宿舎は他の宿よりはしっかりとした警備体制が組まれている。
警備を担当するのは冒険者で大体EランクからCランクぐらいの一番、人数が多いランクの者が多い。
冒険者にとってCランクを超えるのが一つの壁と言われている。
その為、ここを超えるか超えないかが上位の冒険者への分かれ目となり。そこへ辿り着けない者が集まる為、仕事が足りなくなる事もしばしばある。
冒険者ギルドの宿舎の警備はそんな冒険者達の救いの手でもあるのだ。
安定して収入が入ってくる依頼なので競争率は非常に高い。
ただこの仕事はどの冒険者でも請けられる訳では無い。
依頼の成功率が低い者、過去の依頼に対する信用度が加味される。
依頼者とトラブルを起こした者や犯罪歴のある者は当然、依頼を請ける事は出来ない。
そしてランク毎に定員が存在する。
ピル=ピラの冒険者ギルドの宿舎を例にするとCランクが五名、Dランクが十名、Eランクが二十五名と言う割り振りになっている。
ランクが高い冒険者が多い方が質は当然、良いのだが、仕事斡旋と言う役割もあり、ランクが低い冒険者を優先となっており、ランクが高い冒険者は他の依頼を受けろ、と言う事なのだ。
そんな冒険者で警備を固めている冒険者ギルドの宿舎だが、その警備は必ずしも万全と言う訳では無かった。
ある一定の手練の者の侵入の場合、Cランクの冒険者程度では気が付く事は出来ない。
基本的に宿舎の警備を請け負う冒険者と言うのはCランクで頭打ちしてしまっている者がほとんどだ。
相手がBランク以上の場合は役に立たない。
侵入に限って言えば同ランクの斥候タイプの冒険者でも怪しいだろう。
侵入者達は静かに目標の場所へと素早く向かう。
気配を消して音を立てず進む。
その先には何処にでもある宿舎の一室。
他の部屋と違うのは多人数宿泊用の部屋と言う事だろうか。
部屋の中の気配を窺う侵入者達。
彼らの任務はこの部屋にいる者の暗殺。
先頭を切るリーダー格の男は幾度と無く暗殺を成功させてきたプロだ。
貴族、王族、商人、犯罪者、時には高ランクの冒険者を手に掛けてきた。
今回の獲物がSランクの冒険者と聞いて男は心を躍らせた。
暗殺した冒険者で過去最高がAランクだった。
自分の手でSランクの冒険者の息の根を止める事が出来る事が何よりも嬉しかった。
この男も元は冒険者だった。
仲間の冒険者に裏切られ、復讐をした為、犯罪者としてなってしまった。
男は裏の世界で用心棒をやったりしている内に今の組織に身を置く様になった。
今回はSランクが三名いると聞き、いつも以上に襲撃のメンバーは厳選した。
人数も二十名と大規模だ。
数名は監視要員だが、切り札もあるので失敗する事は無いと踏んでいた。
この布陣で失敗したら大恥だからだ。
男は部屋の中の対象が寝ている事を確認する。
確認が取れた所で部屋の鍵を静かに開錠して部屋へと侵入する。
そこには静かに眠る女性冒険者が五名に魔物が一体。
男達は対象に忍び寄る。
ここで殺せば組織で幹部の道が見えてくると思うと、思わず笑みが零れる。
だが彼の思惑通りには行かなかった。
突然、仲間の一人が胸から刃が突き出しながらその場へ倒れる。
「がっ!」
「ぐぁっ!?」
それと同時に廊下から仲間の声が聞こえた。
明らかに誰かから襲撃を受けたかの様な。
寝ていたと思っていた冒険者達が武器を取ってこちらを向いていた。
この時、男は襲撃が失敗したのだと悟った。
一瞬で把握出来ただけでも五人はやられたと判断した。
ここで彼は逃げを選択する。
仲間へ合図を送る。
いくらAランクの冒険者を手に掛けた事があると言っても不意を付いての事で正面から戦った訳では無い。
Sランクの冒険者と正面切って戦える程、男は強くないのだ。
身を翻そうとした瞬間、殺気を感じ身を仰け反らす。
そこを一本のナイフが通り過ぎていく。
相手は逃がす気は無いと言わんばかりだ。
だが彼とて無闇に突っ込む程馬鹿では無い。
男は懐から何かを取り出す。
手の平に収まりそうな筒状の物だった。
それを放り投げた瞬間、部屋は眩い光に包まれた。
男が投げた物は閃光弾だった。
この光は外で監視しているメンバーに作戦の失敗を伝えると共にこの場から離脱する為だ。
男はすかさず窓へ向かう。
ここは三階だが飛び降りるつもりだ。
廊下では他の警備に見付かったり、騒ぎを聞きつけた他の冒険者に遭遇する可能性が高い。
だが男は窓へ辿り着く事は無かった。
閃光弾の眩い光が埋め尽くす部屋を駆け抜ける途中、男の意識は突如途切れた。
******
男達が侵入する時まで遡る。
部屋で襲撃に警戒するアリア達は部屋に何者かが侵入したのを確認した。
半数以上が部屋に入ったのを確認した時点でベリスティアは部屋の外へ転移する。
宿舎の廊下の空中に出現したベリスティアは一太刀でその場にいた侵入者を斬る。
「がっ!」
「ぐぁっ!?」
突然の攻撃に男達は動揺し、動きが乱れる。
ベリスティアはその隙を逃さない。
一気に廊下にいる侵入者を制圧に掛かる。
元々、こう言う戦闘には慣れていた。
伊達に密偵が主体の第零騎士隊にいた訳では無いのだ。
右手には魔剣、左手には新しく調達したソードブレイカー。
ベリスティアは両手に剣を持っていないと落ち着かなかったので新たな武器を調達していたのだ。
刀身に受けた刃を加えてしまう様な形状をしており、その部分で剣を受け止めて相手を封じる剣だ。
双剣のリントの時は同じ剣を二本使用していたが、正体が露見するのを恐れてそのスタイルは封印している。
若干、使い勝手が違う武器だが両手に剣を握っていると不思議と安心出来る。
ソードブレイカーは切れ味より強度を優先しているので殺傷能力は決して高いと言える物では無い。
盾代わりに使うぐらいだ。
だがベリスティアの様な熟練した使い手が使えば充分な力を発揮する。
魔力で強化されたベリスティアの動きは侵入者が反応する事が出来ず、一瞬で切り捨てる。
今はDランクだが元々はSランクに近いと言われたAランク冒険者だ。
リアーナに大きく負けているが、相手が悪かっただけの事。
彼女の実力は非常に高い。
ベリスティアが廊下を制圧し始めた頃、部屋の中ではハンナが悪魔の能力である交換で動揺する侵入者の四角へ移動する。
近くにいた数名を一瞬で手にしたダガーで切り刻む。
ハンナがいた場所は侵入者と壁の間の隙間で普通では現れるのが不可能な場所だ。
予想外の攻撃に侵入者達の動きに乱れが生じる。
その隙が命取りだった。
ハンナは手を緩める事無く侵入者達を切り刻む。
撤退を決めたリーダー格の男が閃光弾を放ち、部屋は光に包まれる。
その男が逃げようとしている事をいち早く気が付いたのがアリアだった。
この面子でアリアとベリスティアは目に頼らなくても相手の位置を正確に把握する事が出来る。
その為、閃光弾を食らったとしても相手の行動を把握する事が可能だ。
部屋で立ち回る関係上、アリアはいつもの大剣を手にしていなかった。
今回は状況把握に徹すると言う事もあり、戦闘に加わるつもりが無かったからだ。
武器は無くても問題は無かった。
アリアは男に向かって全力で疾走する。
そのまま跳び、両足を相手に向ける。
何をしたかと言うとドロップキックだ。
アリアのドロップキックは見事に男の後頭部に直撃し、意識を失った男は吹き飛ばされて床に転がる。
閃光弾の光が収まるとそこには倒れる襲撃者達の姿があった。
リーダー格の男以外は全員死んでいる。
アリアは空間収納から縄を取り出し、蹴り飛ばした男を縛り上げる。
リアーナとハンナは死んでいる侵入者を確認する。
「烏だと思うか?」
「恐らく。動きが私が習った事と似ています」
暗殺者の使う技術も教える人間によって多様で師が違えば細かい動きが違ってくる。
特に組織に属して鍛えられた者は共通した動きがあるのだ。
「アリア、外の気配はどうだ?」
アリアは静かに首を横へ振る。
「閃光弾と同時に逃げた感じ。追おうと思えば追えなくは無いよ」
「深追いは禁物か……。ありがとう。無理に追う事はしない」
逃げに徹する暗殺者を追撃するのは楽では無い。
この面子であれば多少、遅れを取った所でどうにかなる可能性は高いが、リアーナは不測の事態が起こる可能性を極力減らしたかった。
足の遅いマイリーンは追撃には不向きだ。
「取り敢えず、ここの後始末が先だ」
この部屋の惨憺たる状況をギルドに説明しなければならない。
アリア達はギルドの事情聴取も有り、朝食後に再び寝なおす事になった。




