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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第三章:闇に沈みし影の刃
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149:アリアの寝巻き事情

 夜も更けて街が静まった頃、ベッドから起き上がる人物がいた。


「ハンナ、どうしたのですか?」


 声を掛けたのはマイリーンだった。

 寝ない性質のマイリーンはアリアの傍らでいつも静かに見守っている。

 寝相の悪いアリアの布団を掛け直したり隠れたお世話をしている。

 寝ているアリアが魘れていないかを気にしながら落ち着いて眠っているのを見ると、自然と心が落ち着く。


「起きていらしたのですか?」


 ハンナはマイリーンの寝ない性質を知らない。

 アリア以外には話していなかった。

 これ以上余計な心配を掛けたくなかったから。

 だがリアーナはマイリーンが寝ていない事を知っていた。

 知っていたと言うより気が付いた、と言った方が正しいだろうか。

 話さないマイリーンを尊重し、敢えて口にしないだけだ。


「はい。あんまり寝付きが良く無い物で。ハンナはこんな時間に?」


 マイリーンが起きていると思っていなかったハンナはどう説明しようかと思案する。


「単純に夜の襲撃に備えてです。夜の帳が下りてからが一番、危険ですから」


 ハンナが警戒しているのは襲撃だった。

 元々、自身がいた組織なのでやり方もよく知っている。

 だからと言ってアリアとリアーナに常時警戒させる様な事はしたく無かった。


「ハンナはお二人がとても大事なんですね」


「お二人とも私の救ってくれた大切な恩人ですから」


 マイリーンはハンナの生い立ちについてはリアーナから聞かされていた。

 過去、暗殺を生業としていた事も当然、知っている。

 アリアの侍女にする際にリアーナから相談を受けた折に説明されたからだ。

 マイリーンは最初、ハンナが元暗殺者だと言う事に驚いたが、アリアと仲睦まじく一緒にいる姿を見ていたので反対する事は無かった。

 半分はリアーナの見る目を信用していた、と言った方が良いだろう。


「そうですか……」


 マイリーンは静かにその言葉の意味を考えた。

 その言葉に何処か深い後悔の念がある様に思えたからだ。


 ハンナは静かに身支度を整える。

 マイリーンはそれを静かに見ている。

 二人は言葉を交わさずにその場で静かに佇む。


 そんな静寂の中、ハンナの耳が僅かに動く。

 息を殺しながら周囲の気配を探る。

 獣人と言っても種類は様々だが、金狐族は気配に敏感な種族だ。

 他の獣人より優れているのが魔力の感知である。

 一般的な獣人は魔力の操作が苦手な種族が多かったりする。

 修練で克服出来る程度ではあるが、人間と比べると苦手な傾向がある。

 しかし、金狐族は獣人では数少ない魔力の扱いが得意な種族なのだ。

 魔力の感知が得意なのもその為だ。


 そうすると金狐族が他の獣人より優秀と思えてしまうが、金狐族は他の獣人と比べて身体能力が劣る。

 狼の特徴を持つ灰狼族や獅子の特徴を持つ獅子族は人より優れた身体能力を持っている。

 俊敏さとその膂力には目を見張る物がある。


 ハンナは気配に加えて周囲の魔力の動きを見る。

 部屋の外に明らかに魔力を持つ気配が存在していた。

 ハンナとアリアではアリアの方が察知能力は高い。

 魂で見るのである程度、相手の予測が出来る。


 気配を確認しながら静かに傍にいるベリスティアとヒルデガルドに起こす。

 アリアとリアーナはハンナの目線の合図を受け取ったマイリーンが起こしに掛かる。

 起きた面々にバジール経由で状況を伝える。

 悪魔同士の意思疎通なのでマイリーン以外は問題無い。


 起きた四人はいつ戦闘になっても良い様に身構えながら布団へ潜る。

 ここで迎撃するつもりなので、逃げ出されては困るのだ。

 襲撃があった際は確実に仕留める事を事前に決めていた。


『廊下と屋外に潜んでいる様だね』


 カタストロフは悪意の塊を敏感に感じ取っていた。


『結構、近くにいる?』


『そうでもないかな。敵意や殺意が薄いから外にいるのは監視役じゃないかな?』


 カタストロフは感情の強さで敵の役割を判断しているのだ。

 一応、アリア自身もカタストロフと同じ精度で感じ取る事が出来るが、経験として判断出来る材料を持ち合わせていない。

 これは単純に生きてきた長さから来る物でどうしようも無い。

 今のアリアは他人の心に対する機微、特に親しい者以外には非常に疎くなっている。


『じゃ、そいつらは一端、無視だね。動きを見て対処かな?』


『そうだね。リアーナから廊下にいるのはハンナとベリスで対処。君は状況把握に努めて欲しいみたいだよ』


 リアーナがそう判断したのは手練の暗殺者の場合、他の面々では遅れを取る可能性があると考えたからだ。

 対人経験が少ないヒルデガルドとマイリーンはこう言う襲撃に慣れていない。

 それに加えてマイリーンは狭い場所だと身動きが取り辛い。


 アリアに関しては気配感知能力の高さと言うのもあるが、何より手加減が苦手なので宿を破壊する恐れがあったからだ。

 リアーナは状況を見て遊撃と言う形になる。

 このメンバーの中では一番、経験豊富だからだ。


『分かったよ』


 アリアは渋々頷く。

 本当は迎撃に出たかったのだ。

 狙ってくる者は徹底的に殺すつもりだからだ。

 リアーナの判断に逆らう事はしない。

 アリアにとってリアーナの判断が最善だと思っているからだ。

 戦闘に関しては全面的な信頼を置いている。

 母親と言う事もあるが、何よりも隔絶した強さを持つ事が大きい。


 アリアは未だに模擬戦でリアーナに勝った事が無い。

 当然、悪魔の能力は禁止してだが、カタストロフの戦闘技術を如何無く発揮しても全く通用しないのだ。

 圧倒的な力と速さで繰り出される攻撃、360度に視界があると思わせる反応速度、相手の攻撃を読む経験。

 そして武器を持たなくても相手を蹂躙する力量に単身で難攻不落の要塞に挑んでいる気持ちになる。


 戦闘に関しては理不尽の塊とも言えるリアーナと対峙したランデール兵がトラウマになるのが理解出来た。

 鮮血の虐殺姫と呼ばれるのも頷けた。


 アリア自身、悪魔の能力を使っても勝てるイメージが全く出来なかった。

 アリアの破壊の能力はリアーナの獄炎でさえ破壊する事が出来る。

 触れてしまえばアリアの勝ちだが、本気のリアーナに触れる自信が無かった。


 カタストロフ曰く、アスモフィリスの能力が無くても能力無しの戦いであればカタストロフ自身と互角に戦える、と言わせるぐらいだ。

 カタストロフは今はアリアにほとんど力を渡してしまいその力は全盛期とは程遠いが、魔王の一角からそう言わせるだけの実力を持っているのだ。

 契約したアスモフィリスは元から人間の領域にいないと豪語する。

 寧ろこれで人間だと言う事に疑問を覚えると言うぐらいだ。

 リアーナの強さはそれ程にまでに隔絶していた。


 因みにハンナとは偶に勝つ事が出来る。

 これは単純に攻撃力の違いが大きい。

 ハンナが負ける時はアリアが捨て身の攻撃に打って出る時だ。

 リアーナの攻撃であれば受ければ致命傷だが、ハンナの攻撃は受ける場所を気を付ければ対処が出来る。

 ハンナはスピード特化なので攻撃力はアリアより劣る。

 それに加えてアリア自身もどちらかと言えばスピードを生かして戦うタイプなので似た所があるのもあるだろう。

 それでも十回やって二回勝てれば良い方なので、まだハンナの方が強い。


 そもそもアリアの真骨頂は悪魔の能力と心象魔法なので本来の戦闘形態からはかなり離れている。

 リアーナは能力や魔法が使えなくても戦える様にする為に行っているので無意味では無い。

 戦場で自分の力を満足に振るう事が出来ないなど珍しくは無い。

 アリア自身もリアーナからそれを聞いていたので必死に頑張っていた。


 そう言う事も有り、アリアは布団の中で寝る時のお供であるふかふかの兎のぬいぐるみを抱きしめながら敵を待つ。

 締まらない姿と思うだろうが、ハンナ以外全員寝巻き姿である。

 全員で着替えれば気配で逃げられてしまう。

 このメンバーで一番締まらないのはアリアの寝巻きだろう。

 何と言っても兎の柄がプリントされた寝巻きだからだ。

 アリアの寝巻きはほとんどリアーナが選んでいる。

 理由は単純でリアーナが可愛い姿のアリアを見たいだけである。

 アリア自身、寝巻きに拘りが無いのであんまり気にはしていなかった。


 気にしていなかったのは過去の話である。

 リアーナとハンナと一緒にいる時は実際に気にしていなかった。

 ヒルデガルドやベリスティアと言った家族以外の面々の寝巻きがかなり大人っぽくて、自分だけが子供っぽいのを着ているのが目立ったからだ。

 そう思いながらもリアーナが嬉しそうに選ぶので断れないと言う板ばさみ状態だった。

 はっきり言ってアリアの着ているパジャマは子供向けの物なので十六歳が着るにしてはかなり幼い感じで子供っぽいのは事実である。

 そもそも十六歳で動物柄の寝巻きを着ている女子はほとんどいない。

 アリアは貴重な同い年の友人がレイチェルしかおらず、この場には誰もいないのが致命的だった。


 そろそろ指摘してやめさせるべきではと心の中で思っているマイリーンだったりするが、仲睦まじくやっている二人を見ていると指摘し辛く、言うのを留まっていたりする。

 アリアは気にはしているが嫌と思っていないので寝巻き事情が改善されるのは大分先の話である。



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