148:騎士の独身事情
アリアは応接室から出てもシルヴァラの上でモフモフを堪能していた。
ここに住むと言わんばかりだ。
そんなアリアにミレルは半分諦めながら酒場へと向かう。
シルヴァラが嫌がっている様であればやめさせるだが、シルヴァラ自身嫌がっておらず世話の掛かる子をあやす様な雰囲気を出していた。
酒場のマイリーン専用席へ向かうと難しい顔をしながら睨み合うヒルデガルドとグラーヴァの姿があった。
ミレルは恐る恐る近づいて様子を見ると二人はチェスをやっていた。
二人の手元に駒がある所からしてある程度流れが進んでいるのが見て取れた。
ベリスティアはそんな二人を置いて、席から立ち上がりミレルの許へ。
「ミレルさん、さっきからずっとあの感じなので暫く放っておいた方が良いかと。彼是二時間もやってますので」
ミレルは自分達が向こうに行ってからずっとチェスをやっていた事に驚いた。
正確には間で少し雑談をしていたのだが、細かい事は気にしない。
「……そうなんですか。リアーナ様、どうしましょうか?」
「横に空いている席をくっつけて夕飯にしよう。少し早いが折角だから一緒に食べないか?」
ちょうど陽が沈みかけており、夕焼けが窓から差し込んでいた。
「それでは言葉に甘えさせて頂きます。ブレンも良いわよね?」
「あ、俺は構わんぞ」
ブレンは気にした様子も無く返事をする。
「それよりもアリア様が完全に寝てしまってシルヴァラが困ってるぞ」
ミレルは振り返ってアリアを見ると気持ち良さそうに寝息を立てていた。
アリアに乗っかられているシルヴァラは何処と無く困った雰囲気を漂わせていた。
困った様な視線をリアーナへ送る。
「すまん。マイリーン殿、アリアを頼んでも良いか?」
「はい。それなら先に席に行きますのでお願いします」
ミレルとブレンは何をするのか分からなかった。
マイリーンが席に着くとリアーナがアリアを起こさない様にそっと抱え上げ、マイリーンの胴体の上に乗せて毛布を掛ける。
マイリーンの上はアリアの特等席の一つだ。
「そう言う事か……でも重たくないのか?」
「辛そうには見えないけどね」
ミレルとブレンは先程のやり取りの意味と専用席の意味が分かり納得する。
アリアはシルヴァラの上からマイリーンの上に変わった事に気付かずにすやすやと寝ている。
漸く解放されたシルヴァラはミレルの傍に寄り、体を擦り付ける。
「シルヴァラ、アリア様をありがとうね」
ミレルはシルヴァラを目一杯撫でてやると気持ち良さそうな表情でゴロゴロと声を鳴らした。
「後で美味しい物をあげるから」
席の準備をして適当に飲み物と食べる物を注文していく。
今日はリアーナの奢りだ。
「リアーナ様、すみません」
奢らせてしまい申し訳無さそうに謝るミレル。
「気にするな。ここまで態々来てくれたんだ。私にも少しは労わせてくれ。それともう様付けはいらないぞ。ここにいる全員、ただの冒険者だからな」
リアーナ達は全員、貴族では無い冒険者なので畏まる必要は無いのだ。
「それは出来ません。私の中での隊長はリアーナ様だけです」
ミレルの言葉にリアーナは心苦しくなった。
「……私はそんなに立派な者では無いんだがな……」
リアーナが自嘲気味に零す。
王宮での大暴れの時にミレルを傷つけてしまった事を今でも気にしていた。
ミレルはその事については既に許している。
だが大切にしている部下を傷付けてしまった自分の事をリアーナ自身が許せなかった。
凛とした佇まいで周りの者を引き付けているリアーナだが、その内はかなりのネガティブ思考だったりする。
この事はミレルだけでなくマイリーンもよく知っていた。
飲んで愚痴を言い出すと大抵、マイナス方向に思考が傾くからだ。
それに加えて本人の自己評価の低さ。
これは完全に過去の事件から来る物だった。
「そう言えばミレルが魔物を飼っているとは意外だな」
「そうですね。自分でもここまで懐かれるとは思ってもいなかったですから。でも一緒にいると可愛いんですよ。それにシルヴァラの触り心地は最高で」
そう言ってミレルはシルヴァラを撫でる。
シルヴァラはと言うとミレルに注文してもらった肉の塊に夢中だ。
「そうか。それよりも良い相手は見付かりそうか?」
ミレルはリアーナの言葉に思わず目を逸らす。
「はぁ……私が言うのもあれだがそろそろ拙い年だからな。貴族では無いのが救いだが……」
溜息を吐きながら言うリアーナの言葉が心にグサりと突き刺さり、現実を思い出すミレル。
二十七歳の彼女には辛い現実だった。
この辺りの一般的な結婚観は貴族と平民では違う。
貴族の子女であれば二十歳を越える前に嫁ぐか婿を貰って結婚するのが一般的だ。
その為、リアーナは相当の生き遅れになる。
リアーナの場合は独身とは言え、国でそれなりの立場にあるだけマシとも言えた。
何も取り柄の無い生き遅れの令嬢の場合は国が運営している修道院へ送られるのだ。
この修道院は神教が運営している物とは完全に別物で別名、貴族の墓場と呼ばれており生き遅れの令嬢以外に問題を起こした貴族もここへ送られる。
平民はどうかと言うと貴族とはかなり乖離が有り、生き遅れと呼ばれるのは三十歳からだ。
二十歳で結婚出来る者もいるが、出来ない者の割合の方が多い。
平民はそもそも貴族みたいに生活に余裕が無く、親が相手を決めると言う事が無い。
あるとすれば大きな商人の家ぐらいだろう。
その為、自由恋愛による結婚なのでどうしても結婚するのが遅くなる者が出てきてしまうのだ。
平民は貴族と違い、成人すると何かしらの職に就くので三十歳で結婚していなくても世間的には余り気にはされない。
リアーナはそう言う意味で貴族で無くて良かった、と言ったのだ。
ミレルの唯一の救いはマイリーンだった。
三十を越えても独身だからだ。
ミレルのそんなマイリーンに向ける視線に気が付いたリアーナが釘を刺す。
「ミレル、マイリーンはもうすぐ独身では無くなるからな」
「え?」
リアーナの言葉にミレルは驚愕の表情を浮かべ肩を落とす。
だがいきなり話に出されたマイリーンは顔を真っ赤にしながら慌てる。
「な、何を言っているんですか!?私は結婚なんて……」
「落ち着いたらガルド殿と一緒になるつもりだろう?」
リアーナは自分の恋愛には鈍感だが人に対してはそれなりに察する事が出来る。
マイリーンとガルドは完全に両想いである。
アリアの覗き見した場面では断っていたが、状況が落ち着けばゴールインまで時間は大して掛からないと踏んでいた。
「ま、まだ決まってませんからね!?」
生き遅れ代表であるマイリーンはミレルにとってはある意味、心の拠り所であったのだが、独身組一抜け候補だと知り、更に肩を落とす。
「ミレル様も私がずっと独身なんて期待されても困りますからね?」
落ち込んでいるミレルだが、マイリーンに対して非常に失礼な話だ。
「すみません……」
ミレルは素直に謝った。
「独身と言うならイライザはミレルより年上だろう?」
「三ヶ月前に彼氏が出来てリア充まっしぐらですよ……」
まるで女の怨念の様な恨みがましい雰囲気を漂わせる。
第五騎士隊は女性王族、来賓の護衛を中心とした部隊で所属の騎士は全員女性である。
女性のみの職場ではあるが、地味に既婚者が多い職場であった。
理由は貴族出身の者が多いからだ。
どうしても王族や他国の来賓と接する機会が多い為、礼儀作法を身に付けていないといけないからだ。
ミレルは平民出身なので騎士の訓練より差礼儀作法を覚えるのが大変だった。
貴族の女性が多いとなれば二十歳を越えている者は結婚している事になる。
騎士隊で二十歳を越えて独身なのはリアーナと一部の騎士だけだ。
独身のほとんどは平民出身者が占める。
イライザもミレルも平民出身だ。
一応、イライザは現在、隊長職である為、男爵相当の騎士爵を賜っているので、一代限りではあるが貴族扱いになる。
リアーナ在籍時の独身の最年長はリアーナと現隊長であるイザベラだ。
ただリアーナは一生独身宣言をしている様な人物で結婚しようと思えば相手に選べる立場と言うのもあり、独身者からは仲間扱いはされていなかった。
「イライザに彼氏が出来たか。同い年ならテティスも独身では無かったか?」
「テティスは半年前に第二騎士隊の後輩と結婚しましたよ。私を置いて結婚するなんて……」
「そ、そうか……」
「た、大変ですね……」
リアーナとマイリーンはミレルから黒いオーラが立ち昇っている様に見え、少し引いてしまう。
「そんなに言うぐらいならグラーヴァと結婚すれば良いじゃねぇか?」
ここでブレンが爆弾を投下する。
「ちょ、ちょっと何を言ってるのよ!?」
黒いオーラを放っていたミレルは突然の暴露に顔を真っ赤にしながら声を荒げる。
「だってあれだけ熱烈に言われて満更でも無いんだろ?」
ブレンの言う通りミレルはグラーヴァからのアピールに嫌とは思っていなかった。
「ほう……ミレルもちゃんと見てくれる人がいるじゃないか」
「散々言っておきながらちゃっかり相手がおられるのですね」
面白い話を聞いたと言わんばかりにリアーナとマイリーンが食いつく。
「どうしたミレル?そんなに顔を赤くして」
タイミング悪くグラーヴァが現れてミレルは余計に顔を赤くする。
その様子にリアーナ達はニヤニヤと面白い物を見たと言わんばかりだった。
「な、何でもないわよ!そうよ。何も無い……」
ミレルは必死に心を落ち着かせる。
「グラーヴァはミレルに求婚しているんだよ」
「そうだ。ミレルを我の番にと思ってな。最初は人とは思えぬ良い香りがする雌だと思ったが、性格も良い。こう言う反応が素直な所が可愛い」
グラーヴァはブレンの言葉に素直に頷く。
それに対してミレルは真っ向から可愛い、言われてまた顔を真っ赤にする。
「ちょ、可愛いって、いきなり!」
「そう言う素直な所が好みなのだ」
グラーヴァはミレルの動揺を意に介さず頭を優しく撫でる。
ミレルは恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「ふむ……ミレル」
「え、何でしょう?」
「おめでとう」
ミレルはリアーナに盛大に勘違いされている事に焦る。
「リアーナ様!?まだそんな関係では無いですからね!?」
「グラーヴァ殿、ミレルは少しそそっかしい所があるかもしれないがよろしく頼む」
リアーナはグラーヴァの方へ向き直り言った。
「ちょ、私の話を聞いて下さい!」
「うむ、ミレルを不幸にする事はせん」
ミレルの抗議は誰も聞いておらず、グラーヴァは言うまでも無いと言った感じで答える。
久しぶりの出会いは賑やかに過ぎていった。




