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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第三章:闇に沈みし影の刃
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147:剣とヒルデガルド

 グラーヴァは少し考える。

 ヒルデガルドの申し込みはありがたいが、目の前の女性が武器を造れる様には思えなかった。

 武器屋の男は屈強な男が多く、ヒルデガルドの様なか弱い女性がやっている印象が無かった。


「これでも武器を作るのは得意ですし、ベヒーモスやレッドドラゴンの牙であれば扱った経験がありますので。もしあれであれば私の作った武器を見てみますか?」


「そうだな」


 グラーヴァはヒルデガルドの武器を見てから考える事にした。

 ヒルデガルドはポーチから一振りの剣を取り出す。

 直刃で冒険者なら片手で振れるサイズで特にこれと言った特徴が無い。

 所謂、ロングソードだ。

 グラーヴァはヒルデガルドから剣を受け取り手に取る。


「これは私が鋼のみで自分の手で打った剣です。採掘から鋼作り、仕上げまで己の手で行った物で私の作った物の中で、これを超える物はありません」


 この剣はヒルデガルドが三年程前に長期休暇を利用して鉄を自ら採掘しに行ったのを機に一から自分の手で完結させたいと思って作った剣だ。

 変哲も無いロングソードなのは初心に帰ると言う意味も込められている。

 武器としての性能でこれを超える剣は何本も作っている。

 自らの持つ技術を出し尽くした作品は存在しない。

 それに加えてこの剣以上に魂の込められた作品は無い。


 グラーヴァはその剣をじっくりと見定める。

 何処にでもありそうな普通の剣。

 軽く力を入れただけで曲がりそうな軟弱な剣。


 それ以上に感じるのは剣から伝わる意志。

 折れようが曲がろうが斬ると言う想い。

 グラーヴァの心の中で思っている事に対して負けないと主張する強い意志。

 それを変哲の無い剣から感じ取る事が出来た。


「良い剣だ」


 先程のヒルデガルドの言葉の通りだと思った。

 この剣には明確な意志が存在する。

 作り手に応えようとする武器の心が。


「ヒルダ、お願いしても良いだろうか?」


 この剣を打った者なら任せても良いと判断した。

 武器の事が分かる訳では無いが、武器から伝わる強い意志は間違いが無かった。


「ありがとうございます。私から言い出しておいてあれなのですが、少し仲間と相談しても宜しいですか?打つとなるとそれなりの日数が必要なので」


 アリア達への相談もあるが、工房を借りなければいけない。

 普段は錬成だけで作ってしまうが、強い魔物の素材となるとそう言う訳には行かない。


「それは構わん。滞在日程については私もミレルに相談が必要になる」


 グラーヴァとて役目があるミレルを無理に引き止めるのは気が引けるのだ。


「分かりました。因みにどの様な素材ですか?」


 ヒルデガルドは加工する素材の事を聞いていなかった。


「うむ。一応、これだ」


 グラーヴァは腰に着けたポーチから自分の牙を取り出し、テーブルの上に置く。

 かなり大振りの牙で太さもかなり有り、人の身丈程の長さがあった。


「こ、この牙ですか!?」


 素材を目の前にしてヒルデガルドが驚愕の表情を浮かべた。

 姿を消しているハルファスも思わず息を飲む。

 蚊帳の外だったベリスティアもその素材に目が釘付けになっていた。


「触ってもよろしいですか?」


「構わん」


 ヒルデガルドは懐から手袋を出して、それを嵌めてからその牙をじっくりと観察する。

 見れば見る程、素材の凄さが伝わってくる。

 触れずとも牙から放たれる威圧感がこの魔物の存在感を感じさせた。


「これは……何の牙でしょうか?ドラゴンの牙より威厳が有り、ベヒーモスの牙より雄大な……こんな魔物が存在すると思っただけで身が震えます……」


 これが目の前にいるグラーヴァの牙とは露とも知らないヒルデガルド。

 この牙は番と喧嘩した時に折れた一番大きい牙の横にある少し小さい牙だった。


「それはキングビヒーモスの牙だ」


 グラーヴァの言葉にヒルデガルドは思わず牙から手を放し、ベリスティアは食べていたケーキの刺さったフォークを落とす。


「キ、キングベヒーモスの牙ですか……」


「キングベヒーモスって言ったら今まで討伐された事が無い魔物の筈です……。確か魔王の一角の獣王がキングベヒーモスだと……」


 この世界の圧倒的な強者である魔王の一角である獣王の種族がキングベヒーモスであると言うのは有名な話だ。


「残念ながら奴の牙では無いな」


 平然としているグラーヴァと驚きの余り、思考が半分程停止してしまっている二人。


「どうやって手に入れたのでしょうか?」


 グラーヴァはヒルデガルドの質問にどう答えようか考える。

 正体を明かすと面倒な事になりそうな気がするので黙っているつもりではあったが、適当な理由がパッと出てこなかった。


「……とある伝手があってな……」


 苦しい言葉を捻り出す。


「冒険者にとって貴重な素材の調達先は明かすのは無理だと思いますよ。それが大事なネタの一つなので」


 ベリスティアのギルドの元受付嬢としての言葉がグラーヴァの都合の良い方向で解釈された。


「確かにそうですね。グラーヴァさん、すみません」


「いや、良いのだ」


 謝るヒルデガルドに少し良心の呵責を覚えるグラーヴァ。

 意外と気にする性質なのだ。


「それより報酬はどのぐらい用意したら良い?」


「そうですね……」


 ヒルデガルドは報酬と言われて少し悩む。

 今回の話はお金が欲しくて申し出た訳では無く。一職人として剣を作りたい、と言う思いからだった。


「あの、剣を作るだけならこの牙一本あればお釣りが出るぐらいありますので、余った部分を頂くと言う形でどうでしょうか?」


 グラーヴァの牙からは剣を三本は軽く作れるぐらいの大きさがあった。


「そのぐらいなら構わん。因みに余った素材はどの様に使うのだ?」


 自分の牙が強力な武器になると分かっている以上、変な使い道をされては困るのだ。


「私が使っているナイフと仲間が使っているダガーを作らせて頂こうかと」


 ヒルデガルドが考えていたのは自分の使っているナイフとハンナのダガーを作る事を考えていた。

 本当ならリアーナのハルバートを新しく作りたいと思ってはいるが、構造的な強度が現状、確保出来ないのだ。

 グラーヴァの牙であれば当然、刃の部分に使うが、それに見合うだけの柄に使える材料が無かった。

 作るのであれば中途半端な物は作りたくなかった。


「そのぐらいなら構わんか。報酬は余った素材で頼む」


 さらっと二人は余った素材を報酬とする事に決めたが、下手に金貨を積むより余った素材の方が価値がある。

 そもそも討伐例の無い伝説級の魔物であるキングベヒーモスの牙となれば国が確保に動き出すレベルの代物だ。

 金貨より更に上の白金と金を混ぜて作った金貨百枚分の価値がある白金貨が十枚を超える価値なる可能性があるのだ。

 そんな物をギルドの酒場で出しているのはとても無用心とも言える。


 グラーヴァからすれば自分の牙でいつでも手に入る物であり、人間達の思っている価値など微塵も気にしていない。


「まだ戻ってこないな」


「そうですね」


 あれから地味に時間が経っているが戻ってくる気配が無い。


「もう一戦でもするか?」


「それは良いですね。やりましょう」


 グラーヴァの提案にヒルデガルドは笑みを浮かべて答え、グラーヴァも口角を上げる。

 こうしてアリア達が戻ってくるまで二人はチェスをやり続けていた。

 そして蚊帳の外状態のベリスティアは一人、甘味を堪能しつつ、お腹の肥やしにならないかと心配しながら二人の戦いの成り行きを見守る事となった。



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