145:三者三様の幸福
最初はマイリーンの専用席で話そうと考えていたが、周囲に人が多い状況でする話でも無かったので、冒険者ギルドの応接室を借りてアリア達に加えてブレンで話す事になった。
グラーヴァとヒルデガルド、ベリスティアはマイリーン専用席で待機となった。
グラーヴァとヒルデガルドは関係者では無い。
ベリスティアは万が一の時にアリアに直ぐに連絡を取る事が出来る為、別行動となった。
リアーナは一通り集まった段階で口を開いた。
「用件を聞こうか?恐らく殿下の命令だろう?」
リアーナの言葉にミレルとブレンは気まずそうな表情をする。
実際にその通りなのだが、言う前に当てられると言い出しにくい物がある。
リアーナは遅かれ早かれヴィクトルが何かしらの接触を試みてくるのは想定済みだった。
そこにミレルが選ばれる可能性が高い事も分かっていた。
ブレンに関しては昔、よく扱いたと言う認識しか無いので単なるミレルのお供としか認識していなかった。
「正にその通りです。私とブレンは殿下からの書状をリアーナ隊長に渡す命を受けてここまで参りました」
ミレルは懐から王家の印がなされた封筒を取り出してリアーナへ渡す。
リアーナは封を開けて中の書面を広げて読み始める。
「ふむ。まぁ、内容も予想通りだな」
リアーナは手紙の内容に驚く事は無かった。
「リアーナさん、何が書いてあったの?」
アリアは恐らく自分に関する事が書かれていると思った。
「カーネラル王国はアリアを犯罪者として扱わないと言う旨が書かれていた。陛下のサインが入っているからカーネラル王国内ではアリアを罪人として扱うのは難しいだろう」
この手紙で一番、意味があるのが国王のサインが入った書面でアリアを犯罪者では無いと宣言している事だ。
国内の貴族と言えどこの手紙を持つアリアを捕まえれば国王の意に背いた事になる。
解釈を変えれば叛意があると言う事にもなるのだ。
それだけにこの手紙の持つ意味は大きい。
「はい。皆様、アリア様とリアーナ様の事を非常に心配されておられました。特にマグダレーナ様が心配の余り体調を崩されております」
マグダレーナの体調にリアーナが反応した。
「それは大変申し訳ない事をしたな……。ミレル、陛下とマグダレーナ様と父上に手紙を書くので届けて貰っても良いだろうか?」
「はい。アリア様とリアーナ様が元気な事を知ればマグダレーナ様も元気を取り戻してくれると思いますので、是非ともお願いします」
今回、ミレルがこの任務を二つ返事で了承したのにはマグダレーナの体調不良の事があった。
二人が元気だと言う事を自分の目で確認して報告すれば安心すると思ったからだった。
「すまないが、頼む」
リアーナの話が終わるとミレルはマイリーンに視線を移す。
「マイリーン殿、ミレルに事情を説明しても良いだろうか?」
リアーナはミレルの視線に気が付き、説明をして良いか、念の為、マイリーンへ確認する。
「はい。それなら私から説明致します」
マイリーンは合成獣となってしまった顛末をミレルに説明を始めると、ミレルの表情がどんどん悲しい表情になっていく。
マイリーンと関係の無いブレンも人とは思えない所業に険しい表情になり、マイリーンに同情の念を抱いた。
説明を聞いてミランダがマイリーンの事に関して警戒を示した理由が分かった。
こう言う事情があれば迂闊に話せないのは仕方が無い事だった。
ミレルはあれから街で聞き込みをしていたが、マイリーンの事に関しては割と口が固く情報が集まらなかったのだ。
街の人間もマイリーンが好奇の目で見られる事を良しとせず、特に外から来た者には話さない様にしていた。
「マイリーン様……」
余りにも酷い仕打ちにミレルはいつの間にか涙していた。
「ミレル様、私の様な者に涙を流してくれる事に感謝致します。今はアリア様と一緒になので幸せです」
マイリーンはにこやかな笑みを浮かべる。
まだ引き摺っているのだが、アリア達と一緒にいる事で少しずつではあるが前に進んでいる。
アリアはずっとミレルの横にいる魔物が気になっていた。
クアールのシルヴァラの事だ。
ずっとミレルの横で大人しく座っている。
応接室に来る時はミレルに撫でられて気持ち良さそうにしていたのが印象深かった。
それ以上にあの豊かな毛並みでモフモフしたい、と言う欲求が沸々と静かに湧き上がっていた。
アリアとリアーナの後ろに控えるハンナもアリアがシルヴァラに視線を注いでいる事が気が付いていた。
そしてアリアが無類のモフモフ好きだと言う事もよく知っている。
ハンナとシルヴァラの目があった。
ハンナはさらっとこれまで幾度と無くアリアを癒してきた自慢の尻尾を見せ付ける。
シルヴァラは尻尾だけアピールされても、と言わんばかりに大きい口を開けて欠伸をする。
その行動に静かにハンナは闘志を燃やす。
自らの尻尾の毛並みを自慢するかの様に毛並みが綺麗に波打つ様に尻尾を振る。
その行動にシルヴァラの目の色が変わる。
負けてなるものかと長い尻尾を振り、尻尾の先の毛を高級絨毯が風で靡くような美しい毛並みを見せ付ける。
二人の視線の間に火花が散る。
その様子に気付いた人間がいた。
「お前ら、何やってんだ?」
しがない間男となりつつあるブレンがハンナとシルヴァラのやり取りに突っ込んだ。
ブレンが突っ込む事でアリア達の視線も自然とそっちに移る。
「私達の尊厳を掛けた戦いです」
大真面目に言うハンナに他の面々は首を傾げる。
「ミレルさん、そう言えばその子はどうしたの?」
アリアはちょうど話が区切れたのでシルヴァラの事を聞く。
「道中、クアールをお供にしている方と縁がありまして、シルヴァラを紹介して頂いたら懐かれまして」
ミレルがシルヴァラの顎の毛を撫でると気持ち良さそうな声を出す。
その光景にアリアは羨ましそうに見つめる。
「宜しければ触ってみますか?」
「良いの!?」
ミレルの言葉にアリアは嬉しそうに聞く。
思わず立ち上がってしまう程に。
「シルヴァラ、アリア様に少しだけ、ね」
シルヴァラはミレルの言葉に従って大人しくする。
そしてハンナを見て勝ち誇った表情をする。
ハンナはと言うと後ろで悔しそうにぐぬぬ、と言わんばかりシルヴァラを睨みつける。
「ありがとう!シルヴァラ、よろしくね」
そう言ってアリアはシルヴァラを撫で始める。
その毛並みに自然を顔が綻び始める。
「え、うわっ!?」
シルヴァラはアリアの服の襟首を掴んで背中に乗せる。
突然の事に驚いたアリアだったが、モフモフに埋もれる事で幸福感に溢れていた。
アリアの余りにも幸せな顔にハンナは悔しそうに膝を着く。
静かにハンナとシルヴァラの勝負は決着した。
「シルヴァラはアリア様にも懐くとは……ブレンには懐かないのに」
シルヴァラはブレンには全く懐かなかった。
理由は単純で弱いから。
グラーヴァに関しては圧倒的な強者に逆らえない動物的な本能が働いていた。
実はアリアに関しても同じ様な事を感じていた。
「アリアはモフモフが好きだからな。寝る時もモフモフのぬいぐるみが欠かせないし、寝起きのハンナの尻尾も……どうしたんだ?」
リアーナはふと後ろにいるハンナが膝を着いて項垂れているのに気が付いた。
「暫く、そっとしておいて下さい……」
「そ、そうか……」
物凄く悲壮感の漂うハンナにリアーナはただただ頷くしか出来なかった。
自分には懐くのかが気になり、空間収納から干し肉を取り出す。
香ばしい匂いを察知したシルヴァラはリアーナの手に持つ干し肉に視線が留まる。
「食べるか?」
リアーナの問いにシルヴァラは頷く。
「ほら」
シルヴァラの目の前に干し肉を持っていくと美味しそうに齧り付く。
「ブレンがやっても全く興味を示さないのに……」
ブレンは何度かシルヴァラに餌を与えようとしたが見向きもされなかった。
そしてブレンはシルヴァラに受け入れられるアリアとリアーナを見ながら一人やさぐれていた。
「ふむ、美味そうに食べるな。ギガースゲイターの肉は美味いからな」
リアーナの言葉に思わず目を剥くミレルとブレン。
「そ、そんな高級品を……」
「俺の肉と偉い違いだ……」
ギサースゲイターの肉はあっさり目の淡白な味で凝縮されたうま味を持つ高級食材である。
プレゼで獲れたギガースゲイターのほとんどはピル=ピラへ出荷される。
その為、プレゼでは余り流通していない。
実はギガースゲイターをピルーピラへ卸しているのがハンスが経営するリードル商会なのだ。
リードル商会がギガースガイターを買い占めている訳では無い。
現地で消費するよりピル=ピラで売る方が金になるからだ。
ピル=ピラは領都の為、貴族や富豪等の金持ちが多く、高級食材の需要が高い。
プレゼの街としても高く売れる方に売りたいと言う思惑もあるのだ。
ギガースゲイターは一匹仕留めるだけで平民の年収以上の金額を手に入れる事が出来る。
狩人にとって一攫千金とも言える魔物だった。
因みにリアーナはダナンの伝手でギガースゲイターの干し肉を密かに購入していた。
ギガースゲイターが非常に美味なのを知っており、プレゼに来たら何としてでも食べたいと思っていたのだ。
まさかプレゼでほとんど流通しておらずピル=ピラへ流れている事を知らなかったので、ダナンと知り合う事が出来なければ手に入れる事は出来なかった。
シルヴァラは食べていた干し肉が無くなるとリアーナじっと見る。
「まだ欲しいのか?仕方が無い奴だ」
台詞とは裏腹ににこやかな笑顔で干し肉を取り出す。
おねだりするシルヴァラの可愛さもあるが、何と言ってもシルヴァラの上でモフモフを堪能するアリアの幸せそうな顔がリアーナには堪らなかった。
干し肉を与えるだけでこの光景が見られるのであればリアーナは満足だった。
モフモフにご満悦のアリア。
幸せそうなアリアにご満悦なリアーナ。
美味い肉を食べてご満悦のシルヴァラ。
この三者の構図が暫く続いた。
マイリーンはこの状態の二人を止めるのは無理と諦めていた。
ミレルとブレンはこの状態のリアーナを止めて機嫌を損ねるのが怖かった。
結局、この状態は一時間近くも続くのであった。




