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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第三章:闇に沈みし影の刃
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143:別れと探し人

 ミレル達は想定外の事が幾つかありながらもミルマットを発って三週間でピル=ピラへ到着した。

 馬車への乗車拒否と言うトラブルはあったが、道中は魔物に襲われる事は無く平穏な旅路だった。

 普通だともう一週間ぐらい掛かるが、ミレルとカトリーヌはクアールのシルヴァラとルーに乗り、グラーヴァはキングベヒーモスで人とは比較にならない化け物、ブレンも騎士なので体力には自信があり、普通だと必要な休憩が少なかった為、一日の移動距離が一般的な旅行者より速かった。


 ミルマットで二日長く滞在したり、馬車が使えなかった事で予定より一週間遅い到着となってしまった。

 これはカトリーヌやグラーヴァの存在が非常に大きい。


 街の門でミレルとカトリーヌは入場手続きを行っていた。

 ブレンとグラーヴァはギルドカードを見せるだけで直ぐに終わったが、二人はクアールであるルーとシルヴァラがいるので、手続きに手間が掛かるのだ。

 Sランクの魔物となればいくら手懐けていると言っても不安は大きい。

 その為、審査が厳しい。


 ピル=ピラは領都でもあるので小さな街と比べるとセキュリティに厳しくなる。


 厳しいと言っても冒険者ギルドでカードの登録内容の確認、と幾つかの質疑応答があるぐらいだ。

 普段、首輪をしていないルーとシルヴァラも街に入る時は首輪を付けている。

 原則、街に手懐けた魔物を一緒に入場する場合は魔物を手懐けていると言う意味を示す為に首輪を付けなければいけないからだ。

 基本的には従属効果のある首輪を付けるのだが、ルーとシルヴァラの付けている首輪はたたのイミテーションだ。

 ミレルもカトリーヌは基本的に首輪を付けたくないと考えており、街から出ると外してしまう為、飾りの首輪にしているのだ。


 彼此、門の詰め所で十五分程、衛兵との質問に答え、漸く入場が許可される。

 詰所の前で待っている二人と合流する。


「お待たせ」


「随分、長かったな」


「大きい街だから審査が厳しいのよ。シルヴァラのランクを考えたら仕方が無いけどね」


 これは予想済みだった。

 ミレルはここまで入場に時間が掛かったのは初めてだったが、カトリーヌはよくある事なので慣れていた。

 事前にどの様に答えたら良いかも聞いていた。


「お姉さん達はこれからどうするの?私は船が無いか探すつもりだけど」


 カトリーヌの目的は西の大陸なので海沿いの街を行きながら便を確認していく形だ。


「私達はここから先は未定ね。でも暫くはここにいると思うわ」


 ミレルとブレンには大事な任務がある。


「じゃ、ここでお別れだね。私の所為で迷惑を掛けてごめんね」


 カトリーヌは二人に頭を下げた。

 開き直っている様に見えて気にはしていたのだ。


「良いのよ。こうやってシルヴァラに会えたんだから」


 ミレルはそう言ってシルヴァラの喉をゴロゴロと撫でる。


「グラーヴァはお姉さんに無茶を言ったらダメなんだから」


「我がミレルに迷惑を掛ける訳無かろう。お前の心配はせんぞ。どうせ適当に何とかするだろう」


 カトリーヌは微妙に常識が欠けているグラーヴァがミレルに迷惑を掛けないかが心配だった。

 そもそもこの原因を作った張本人でもあったので、そこは心配だった。


「大丈夫だろ。意外と常識はある様だし。見ている俺の気持ちはあれだが……」


「おじさん、頑張って」


 カトリーヌは遠くを見るブレンを気の毒に思い励ます。


「おじさんじゃなくてお兄さんだろ。これでも若いんだぞ」


「おじさんはおじさんだよ」


 おじさんと言う言葉にブレンの表情が暗くなる。

 二十八歳なのでおじさんと言われてもおかしくは無いが、気持ち的に辛かった。


「それじゃみんな元気でね」


「お姉さん見つかると良いわね」


「体には気を付けろよ」


 三人はカトリーヌと別れの挨拶をして見送った。

 賑やかなカトリーヌがいなくなり少しばかり寂しさを感じたミレルだった。


 それから三人は冒険者ギルドへと向かう。

 本格的な情報収集は明日からにして、宿を取ってゆっくり休む事にしたのだ。

 冒険者ギルドへ入ると視線がミレル達へ集まった。

 理由は難しくない。

 全員、クアールのシルヴァラの存在に驚き、警戒、興味を見せているのだ。

 手懐けてはいてもSランクの魔物はどうしても警戒してしまうのだ。


 ミレル達はそんな視線を気にも留めず受付へと向かう。

 こう言う視線を向けられるのは初めてでは無い。

 道中のミルマット、ドーソンの冒険者ギルドでも同じ事があったのだ。


「ピル=ピラの冒険者ギルドへようこそ。受付のミランダです。ご用件をお伺いします」


 紫髪が特徴の受付嬢、ミランダが三人を受付で出迎える。


「宿舎の利用申請で三名分一週間でお願い。一部屋は魔獣共用可にして欲しいわ」


 ミレルが代表してミランダに伝える。

 各自ギルドカードを提示する。


「畏まりました。ミレルさんは魔獣と一緒に泊まられるのですね。空き室を確認しますので、少々お待ち下さい」


 ミランダはさっと三人のギルドカードを確認し、受付にある端末で空き室状況を確認する。

 その間にざっと冒険者ギルドの中を見渡す。

 依頼掲示コーナー、解体受付、酒場と順番に見ていき、ある一点に目が留まった。

 酒場の奥にある立派な低めのソファーが置かれた席だ。

 席には『予約済』と書かれた立て札が置いてあった。

 冒険者ギルドの酒場は原則、平等が基本な為、席の場所取り、予約は受け付けていない。

 それなのにも関わらず特定の人物を贔屓する様な行為に違和感を感じたのだ。

 ミレルが冒険者ギルド内を確認していると、ミランダが端末から手を離す。


「お待たせしました。部屋に空きがございますので一人一部屋ずつと言う事でよろしいでしょうか?」


「えぇ」


「それではブレンさんとグラーヴァさんは銀貨五枚と大銅貨五枚になります。ミレルさんは魔獣共用可能な部屋なので銀貨八枚になります」


 何処の宿でもそうなのだが、魔獣と一緒に宿泊が可能な部屋は通常の部屋より割り増しとなる。

 ミレルにとって地味に痛い出費だが、可愛いシルヴァラの為なら財布の紐は緩かった。

 三人はお金を支払いギルドカードを仕舞う。


「こちらが部屋の鍵になります。お出掛けの際は鍵は受付に預けて下さい」


 各自部屋の鍵を受け取る。


「ありがとう。ねぇ、あの席って、何?」


 ミレルは酒場の予約済みの席を指す。


「あれですか。あれはこちらで活躍されたマイリーンさんの席です。お体の関係上、普通の椅子では都合が悪いのでここの冒険者有志の多くの希望も有り、専用の席とさせて頂いております」


 ミレルはマイリーンの名前に聞き覚えがあった。

 一緒にアリアを迎えに行った神官で教育係としてリアーナの屋敷に住んでいたのを記憶していた。


「なるほどね。それって、神官のマイリーン様の事よね?教会に行ったら会えるかしら?」


 リアーナからピル=ピラに赴任していた事を聞いていた。

 久しぶりに会いたいと思ったのだ。

 ミレルはアリアのお転婆に振り回されているマイリーンの姿を幾度と無く目にしており、休日にお茶をしながら愚痴を聞いたりする仲だった。


「マイリーンさんは教会にはおりません。あの失礼ですが、マイリーンさんとどの様なご関係でしょうか?」


 ミランダがミレルに対して警戒を強めた。

 マイリーンは特殊な事情があるので迂闊に情報を話す事が出来ない。

 ミランダの警戒の仕方に普通に話す事が出来ない何かがあるのを察したミレルはある程度素直に話す事にした。


「マイリーン様がこっちに来られる前に一緒に仕事をしていたのよ。マイリーン様は教育係で私は護衛。ちょっとお転婆な子だったから大変だったわ」


 最後に少しアリアの事も匂わせる。


「そうでしたか。残念ながら今はこの街にはおりません。一週間程前にこの街を発たれました」


 ミランダは警戒を緩めず淡々と事実を告げる。

 その様子にミレルはミランダからこれ以上情報を得るのは無理だと判断した。


「残念ね。一つ、聞きたいんだけど、マイリーン様は元気かしら?」


「はい」


 ミランダは質問の意図が読めなかった。

 だがミレルに深い意味は無く純粋にマイリーンが健在な事を知りたかっただけだった。

 教会にはいないが、この街にはいた。

 マイリーンが何かがあって神官をやめたのでは無いかと、ミレルは推測した。

 余程の事が無ければ職をやめる様に思えず、その身が心配になったのだ。


「良かったわ。ありがとう」


 ミレル達は受付を離れて一度、部屋へ荷物を置き、酒場へと場所を移す。

 適当な席に座り、酒と料理を注文する。


「さっきのは知り合いか?」


「そうよ。アリア様の教育係をしておられた方よ」


 ブレンはアリアの教育係と聞いて物凄く大変そうな想像をした。

 グラーヴァは特に気にする事無く料理を頬張る。


「あなたは知らないかもね。マイリーン様はほとんど屋敷から出ないから」


 当時、マイリーンは神教の人間との接触を絶つ為に屋敷から一歩も出なかった。

 その為、リアーナの屋敷に来た事が無い人間には余り知られていなかった。


「なるほどな。でもそのマイリーンってのはかなり大柄なのか?」


 ブレンはチラッと専用席を見た。


「そんな事無いわよ。普通のスラッとした綺麗な方よ」


 ミレルはさっと否定したが、マイリーン専用座席のソファーは普通の人間が座るには大きすぎるのは気になっていた。


「我からも少し良いだろうか?」


 グラーヴァが珍しく会話に混ざってくる。

 普段は人に関しては反応を示さないのでミレルは珍しいと感じた。


「何かしら?」


「そのマイリーンとやらは人間か?」


「そうよ。私と一緒の人間よ」


 ミレルはグラーヴァの質問の意図が分からなかった。


「そうか。気になったのは、あの席から魔物の様な匂いがしたのでな。匂いからするに虫系だと思うが」


 合成獣(キメラ)となっているマイリーンの事を知らない三人には疑問だけが積み重なっていく。


「私みたいにシルヴァラの様な存在がいるとか?」


「その可能性は否定出来ん」


「ここで話をしていても始まらないわ。情報収集と一緒にマイリーン様の事も聞いてみましょう」


 本来の目的はマイリーンでは無くリアーナと接触する事だ。

 ミレルとブレンの任務の事はグラーヴァに話してはいなかった。


「確かにそうだな。我はミレルの邪魔になら無い様に気を付けよう」


 グラーヴァはミレルの事情を全く知らない。

 しかし、情報収集の時は距離を置いて邪魔にならない様に気を配っていた。

 ミレルも一緒に付いてくるなら事情を説明しなければいけないと考えていた。


「グラーヴァ、少し良いかしら」


 ミレルは佇まいを正してグラーヴァを真っ直ぐに見る。


「む、どうかしたのか?」


 ミレルの変化にグラーヴァは何か心配事でもあったのかと思った。

 微妙にずれている。

 ブレンは事前に相談を受けていたので、静かに黙っている事にした。


「今まで黙っていたんだけど、私達は冒険者じゃないの」


 ミレルの独白をグラーヴァは静かに耳を傾ける。


「少しは気付いているのかもしれないけど、私とブレンはカーネラル王国に仕える騎士。ここには任務でここに来たの」


 ミレルは何かあった時の為にグラーヴァに事情を話しておかないと不味いと判断した。

 万が一、リアーナとぶつかってしまう事を恐れた。

 いくらリアーナが強いと言ってもグラーヴァと戦えば只では済まない。


「ミレルは騎士だったか。凛とした姿が似合いそうだな」


 グラーヴァはミレルが騎士だろうが気にはしない。

 突拍子も無い褒め言葉に思わずミレルは顔を赤くする。


「差し支えなければどの様な任務か聞いても良いだろうか?」


「えぇ……任務と言っても手紙を渡すだけなの。ここからがお願いなんだけど、出来れば……」


 ミレルの歯切れの悪い言い方にグラーヴァは何を言いたいのか察した。


「心配する必要は無い。我も無闇に絡んだりはせん。ミレルに危険が及ばぬ限り大人しくしていよう」


 グラーヴァの言葉に二人は安堵する。

 彼にとって人間は取るに足らない存在で脅威にはならない。

 愛する者に脅威が及ぶ場合は別だが。


「今まで黙っていてごめんなさい」


「気にしなくて良い」


「任務が終わったら王都に戻る事になるけど、あなたはどうするの?」


 今は国外だから良いが、グラーヴァは王都まで来るのは問題が多い。


「当然、一緒に行く。ミレルを守るのは我の役目だ」


 完全に姫を守る騎士状態のグラーヴァだった。

 ミレルは相手が相手なだけに断る事も難しかった。

 パッと見は普通の青年だが、中身はキングベヒーモスの長だ。

 シルヴァラの事も含めて報告をしなければいけないと言う事にミレルは少し憂鬱になる。


 片やブレンはと言うと多少の小言は言われるのは覚悟済で、そこさえ過ぎてしまえばいつも通りの生活に戻れると思っており、割と気楽だった。

 キングベヒーモスの長に求婚され、クアールを従える騎士。

 ミレルが否が応にも話題の中心になり、厄介事に巻き込まれるのは想像に難くない。


 ある意味グラーヴァがいればミレルの安全は担保されるので、ブレンとしてはグラーヴァが一緒に来る事に反対の気持ちは無かった。


「ま、ゆっくり考えれば良いんじゃないか?時間はあるんだから」


 気楽な調子でブレンが言うとミレルから恨みがましい視線が送られてくるが、気にも留めない。

 グラーヴァは反対されなかった事を良しとした。

 ブレンは心の中で二人を応援する。

 そして自分にも早く春が訪れる事を願いながら。



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