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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第三章:闇に沈みし影の刃
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142:人々には知られていない魔物は多い

 クアールに跨る女性が二人、その横に男性二人がカーネラル王国からピル=ピラへ向かう街道を歩いていた。


「はぁ……まさか馬車への乗車を拒否されるとは思っても無かったわ……」


 自分の跨るクアールの触り心地を堪能しながら溜息を吐く。


「仕方が無いだろ?ルーとシルヴァラがいると馬が怯えるんだから」


 ブレンは諦めろと言わんばかりの表情だ。

 ミルマットを出発するべく乗合馬車に乗ろうと馬車屋へ行った時の事だ。

 チケットを購入し、馬車へ乗り込もうとした時、馬車屋の馬が一斉に怯えだした。

 馬車屋には少し多くお金を渡してクアールが二匹一緒に乗る事は了承して貰っていた。

 馬が怯えてしまった事で馬車へ乗るのを拒否されてしまったのだ。


「私はルーとシルヴァラの所為じゃ無いと思うよ」


 カトリーヌの視線はシルヴァラの横を歩く赤髪の男、グラーヴァへ向けられていた。


「何かあったか?」


 視線を感じたグラーヴァへ特に何かを気にする事も無く聞き返す。


「私、絶対グラーヴァの所為だと思う。ネッタに行く時もミルマットに行く時も大丈夫だったし」


 カトリーヌと一緒になってからも馬車に乗っていたので馬が怯えたのがクアールと言うのは納得が行かなかった。


「言われてみればそうだな」


「確かにそうね……」


 ブレンとミレルも素直にカトリーヌの言葉に頷く。


「どうしてもあれなら我が牽いてやろうか?ミレルが乗るなら喜んで牽こう」


 グラーヴァはミレルを真っ直ぐに見つめて言うと、ミレルは恥ずかしくて目を逸らす。


「それは絶対ダメ。グラーヴァが本当の姿になったら大混乱になるんだから」


 今は普通の冒険者の様相をしているが、それは彼の本来の姿では無い。

 本当の姿は下手な城を凌駕する巨躯を持つ魔物の頂点に君臨するキングベヒーモス。

 街道でその姿を露にすれば近隣の街が大混乱に陥る。

 ベヒーモスでさえ人里に現れれば厳戒態勢が布かれ、高ランク冒険者へ一斉に緊急の討伐依頼がされるぐらいだ。

 それがキングベヒーモスとなれば災害級の魔物の出現と言う事になり下手をすれば各国が軍を出す事にもなりかねない。

 グラーヴァはそんなキングベヒーモスの中でも群れの長と言う立場にある。

 魔物の群れは一般的に群れで一番強い者が長になっている事を考えると、最も恐ろしい魔物が人里に向かっているとも言える状況なのだ。


 グラーヴァ自身、非常に理性的なので無闇に人を襲う事は無い。

 降りかかる火の粉を払う程度はするが、根本的に人を脅威と見做していない。

 彼からすれば人は脅威に成りうる存在では無いのだ。


「また我儘を言う奴だ。我の足なら一日も掛からず着くと言うのに」


 グラーヴァの言葉にカトリーヌは溜息を漏らす。


「そう言う問題じゃないの。自分の存在が世界にどれだけ影響を与えるか考えてよ」


 グラーヴァの存在を知る者は非常に少ない。

 そもそもキングベヒーモスと遭遇して生きて帰ってこられる人間が少ない。

 ほぼいないと言っても良いぐらいだ。

 そもそもキングベヒーモスの存在自体、伝説と言っても良いぐらいだ。


 ミドラ高原の南部、腐海より更に南に行った場所、アドレナール山脈の北端にキングベヒーモスの群れが集まる場所が存在する。

 そこは人類未踏の地と呼んでも差し支えない場所だ。

 この場所に行くには腐海を越えなければならない。

 過去に腐海に到達した者はいるが越えた者は記録に無い。


 腐海は高ランクの魔物がひしめく魔境。

 辿り着くだけでも冒険者にとっては偉大な事だ。

 一般的に腐海へ行くルートは西のプレゼ方面からアプローチするルートが一番安全と言われているが、群れが集まる場所は反対の東側。

 最短で向かうにはミルマットから南下する必要がある。

 だがこのルートはクアールの群れが集まる場所を越えなければならず腐海に辿り着く事すら困難なのだ。

 こうした条件が重なりキングベヒーモスを目にする者がいないのである。


「それを言うならお前もだろう?」


 この中で唯一、カトリーヌの正体を知っているグラーヴァからすれば彼女が世界中をふらふらしている方が影響が大きい、と言いたかった。

 カトリーヌが正体を明かせば各国、大慌てになる。


「私はちゃんと周りに迷惑を掛けない様にしてるし。じゃなかったらおじさんとかお姉さんに私の事、とっくにバレてるよ」


「それもそうか」


 明け透けに話す二人に対してミレルとブレンは話しに加わらなかった。

 カトリーヌの正体は気になるが、聞けば碌でもない事になりそうな予感がしたからだ。


「それにしても平和だな」


「そうね。ミルマットを出てから魔物と遭遇しないなんて珍しいわ」


 ミルマットを出発して二日だが、全く魔物と遭遇していない。

 遭遇はしなくても遠めで姿を見るぐらいはあるのだが、それすらもない。


「それはグラーヴァがいるからだよ」


 カトリーヌがミレルとブレンの会話に入ってくる。


「何でだ?」


「魔物は感覚で自分より強い魔物が分かるからね」


 魔物は地域によって強さが変わる。

 強い魔物がいる地域は全般的に強く、弱い魔物が集まる地域は強い魔物は現れない。

 その理由は魔物は本能的に強い相手を察知する事が出来る。

 正しくは魔力の大きさで強さを判断しているのだ。

 それに加えて一部の理性のある魔物以外は縄張り意識が強く、自分のいる地域から動く事が無い。


 一般的に人の住む地域に強い魔物が余りいないのは、強い魔物が住む地域を避けて街が造られたからだ。

 人が近寄らない場所と言うのは魔物が強いか自然の難所となる場所だ。

 山脈の奥地、砂漠の中心、広大な森林の奥と言った場所の事である。

 ミドラ高原の南部も上記に挙げられた場所に該当する一つの秘境とも言える。


「それは初耳だな」


 ブレンの言葉にミレルも頷く。

 魔物に関しては生態が分かっていない事が多い。


「グラーヴァを襲う魔物なんて相当に強い魔物か、単なる命知らずぐらいじゃないかな?」


「そうだな。この付近で我に喧嘩を売ってくるのは腐爛花の女王ぐらいだろう」


 聞いた事の無い名前が出てきた事にミレルとブレンは首を傾げ、その存在を知っているカトリーヌを顔を顰める。


「なぁ、それって、どんなヤツなんだ?」


 好奇心に負けたブレンがグラーヴァに腐爛花の女王の事を聞く。


「奴の事を知らんのか?いや、奴は腐海の中央からほとんど出て来ぬから知らぬのは無理は無いか。簡単に言えば賢くて魔法が得意なアシッドラフレシアの変異種だ。まぁ、出会う機会は無いだろうが、割と話せば分かるタイプだから安心するが良い」


 グラーヴァのざっくりとした説明に不安が過ぎる二人。

 アシッドレフレシアは腐海に住む魔物の中でも非常に危険な事で知られている花の魔物。

 嗅いだ者を魅惑する香りを撒き散らし、精霊銀(ミスリル)ですら溶かす強力な酸の蒸気を放ち、獲物を丸ごと溶かして養分にしてしまう。

 人であれば一瞬で溶かされてしまうだろう。


 そんな恐ろしい魔物の変異種が存在する事は今まで知られていない事だった。

 それがグラーヴァの口から存在が明らかにされてしまった。

 国を守る騎士である二人からすればとてつもない脅威が身近にあると言う事を知ってしまったのだ。


「案ずるな。奴は無闇に人に害を成す様な性格はしておらん」


 二人の不安を察してグラーヴァがフォローする。


「確かに……ちょっと面倒だけど、人にはあんまり害は無いかも」


 カトリーヌもグラーヴァと同調した。

 人からすれば謎の災害級の魔物の存在は単なる恐怖でしか無い。

 この辺りは大きく感覚が違う。


「喧嘩と言っても定期的にチェスで勝負を持ち帰られるだけだからな」


「負けず嫌いだもんね。結局、獣に頭脳労働で負けて悔しいって、言っているだけでしょ?」


「うむ。その通りだ。まぁ、もう少し大人しければ可愛げ気がある奴なんだがな」


 ミレルとブレンは一気に腐爛花の女王イメージが和らいだ。

 ただ魔物がチェスをするのは理解出来なかった。

 人の姿を取り、人に求婚して付いてくる魔物が目の前にいるので何とも言えないが。


「だけど怒らせたら厄介だからね」


 カトリーヌは忠告だけはしておく。


「それは間違い無い。奴が本気を出せば街なぞ一瞬で溶かしてしまうだろう」


 飽くまで理性的で話が通じると言うだけであり、絶大な力を持っている事には変わりは無い。

 その力を無為に振るわないと言うだけだ。


「出会わない事を祈るしか無いわね」


 ミレルの言葉にカトリーヌは黙って流したが、グラーヴァと一緒にいる以上、絶対会うだろう、と思っていた。

 定期的にチェスの勝負をしに来るのだから。

 ミレルはその事に全く気付いていない。


「万が一、襲われても我が守るから安心するが良い」


 グラーヴァの言葉に顔を赤らめるミレル。

 事ある毎にミレルへ行われるアピールにブレンとカトリーヌは少し疲れた表情をした。

 これがグラーヴァの一方的な好意ではあるのだが、ミレルも意外と満更では無い反応を示していた。


 求婚されてからまだ四日ぐらいしか経っていない。

今まで男性から熱烈なアプローチを受けた事が無いミレルはそこまで悪い気はしなかった。

寧ろ、これ程好きと言って貰える事が少し嬉しかった。

 これまで浮いた話が無かったミレルにとっては恥ずかしくて素直に受け止めて言葉を返す事が出来なかった。

 その純粋な反応は周りからすれば惚気に見えるのだ。


 まだ四日しか経っていないが、四日もこの様な光景を見せられれば独り身の二人からすれば砂糖を吐きそうな気分になるのも当然の結果だった。


「早く結婚すれば良いのにな」


「同感」


 少しやさぐれてやけくそ気味言ったブレンの言葉にカトリーヌは同意し、道中、この光景を定期的に拝む事になると思うと二人は憂鬱な気分になった。



141話の御者席での会話


ハンナ「何か一瞬、寒気が……」


ヒルダ「どうかしましたか?」


ハ「いえ、なんでもありません」


ヒ「それにしても森の中を走る街道も良いですね」


ハ「そうですね。街道は少し開けているので陽射しも程好く心地良いですし、魔物や盗賊が出なければ最高です」


ヒ「あ、そう言えばプレゼで買ったお菓子があるんですけど、どうぞ」


ハ「ありがとうございます。はむ……飴ですか?」


ヒ「はい。樹液の蜜を固めて飴だそうです。プレゼの特産みたいです。独特の香りが香ばしくて良いんですよ」


ハ「この味ならパンケーキと合いそうです」


ヒ「それは美味しそうです」


ハ「それにしても中が賑やかですね」


ヒ「珍しくリアーナさんがはしゃいでいますね」


ハ「意外と恥ずかしがり屋なので」


ヒ「なるほど」


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