141:冒険者と傭兵と英雄
翌日、アリア達はヒルデガルの馬車で一路、再びピル=ピラへと向かっていた。
ハンスの帰路の護衛に関しては断った。
護衛の依頼を受けて、自分達の所為で巻き込まれたら元も子もない。
ハンスも出来れば、と言う形で引き下がったが、カヤを紹介する形で渋々納得してもらう形になった。
リアーナはカヤならハンスの護衛として充分な力量があると判断していた。
カヤも護衛依頼の紹介に二つ返事で了承した為、アリア達は一足早くプレゼを出発した。
「行きもそうだったけど、全然馬車とすれ違わないね」
アリアは窓から森を眺めながら呟く。
「それは仕方ないだろう。基本的にプレゼはハルネート方面の中継地としての役割が大きい。軍が陣取っていてそこから先が戦争となれば行く人間は少ない」
危険を冒してまで行く必要がある人間なんて言うのは非常に限られている。
ハンスにしても一部の魔物の素材の仕入れの為にプレゼに来ただけでそれ以上南下するつもりは更々無い。
特に素材屋であるハンスには戦争なんと言う物は避けるに限る物だ。
一部の大手の武器商人であれば戦争をチャンスと言う者がいるかもしれないが、それは珍しい方だ。
「態々、危険地帯へ赴く馬鹿はいないかと。傭兵メインの冒険者ならあれですが」
ベリスティアが言うのは雇われ兵を主にこなす冒険者の事だ。
戦争になれば傭兵の需要は高くなり、報酬も大きい。
危険は多いが、報酬の大きさから戦争を転々をして歩く冒険者がかなりいる。
一般的に冒険者と言ってもいくつかタイプがある。
一つは魔物討伐を中心に行う者。
冒険者の中には人を殺す事に忌避感を持つ者もいる。
ある意味、プレゼの狩人に近い。
次にアリア達の様な魔物討伐や護衛依頼、盗賊討伐等、色んな種類をこなす者。
このタイプの冒険者が一番多い。
多種多様な依頼を受ける事によりリスクと報酬の分散が出来る。
そして傭兵として活動する者だ。
戦争に参加する傭兵の報酬は一般的に冒険者のランク毎に決まっているが、宿の手配、食事の保証が付く事が多く、報酬も下手なランクの魔物を討伐するより多い。
更に活躍すればボーナスが出る場合もあり、これを目当てにする者も多い。
その一方、命を落とすリスクが非常に高い。
戦争となれば指定の魔物を討伐するのと違い、相手の強さが分からないに加えて、万が一、戦争に負けて相手側の捕虜となって場合、処刑されたり、一生、拘束されることある。
基本的に冒険者ギルドは戦争に介入する事は無い。
傭兵募集の依頼を出すが、積極的に人員を募集する事はしない。
第一の理由は冒険者ギルドは何処の国にも属さない中立した組織である事。
次に過去の統計上、傭兵中心とした冒険者の死亡率が高い。
それだけ危険が多いと言う事が数字で証明されている。
最後に傭兵中心の冒険者が後々、犯罪を行い賞金首に成り下がってしまう事が多い。
これは戦争の最中、略奪行為が行われる事があり、戦争でその味を占めて、戦争が終わった後も行う者がいるのだ。
最終的には盗賊になって手配される。
実は盗賊の半数が元冒険者だった、と言う統計があるぐらいだ。
冒険者ギルドによっては戦争に関する傭兵の募集依頼を受け付けない所もある。
そこはギルドマスターの方針に因る所が大きいが。
「傭兵は報酬が良い。だが私からすれば戦争なんて御免被りたいな」
実際に二度の戦争に参加しているリアーナ言葉は重い。
戦争の悲惨さを身を持って知っている。
「英雄なんて呼ばれているが……英雄なんて殺人鬼と大差ない。寧ろそれより酷い。私なんか有名な殺人鬼なんかより遥かに多くの人を殺している」
リアーナは殺人を肯定している訳では無い。
国を守ると言う大義名分の下、敵国の兵を殺した。
殺した人の数で言えば千は下らない。
たった二度の戦争で近接戦闘が主体のリアーナが千を超える人間を殺す事がどれだけ困難な事であるかは、戦争に参加した兵であれば容易に想像出来る。
ランデール王国との戦争ではリアーナがハルバートを振れば数人のランデール王国兵が物言わぬ肉塊と化し、拳が当たれば頭が弾け飛び、蹴れば腹を穿つ。
味方からすれば圧倒的な英雄ではあるが、相手からすればどうだろうか?
敵からすればリアーナの存在は迫り来る死神と同義だ。
ランデール王国兵でリアーナと対峙し命からがら逃げてきた者は、恐怖の余りリアーナの存在がトラウマとなっている。
酷い者は女性の騎士を見るだけで体が震え、その時の光景がフラッシュバックすると言う。
ランデール王国では鮮血の虐殺姫として多くの人々に恐れられている。
親が悪い子を叱る時に悪い子には南から虐殺姫がやってくる、と言う脅し文句に使われるぐらいだ。
南からやってくる、と言うのはランデール王国の南にカーネラル王国があるからだ。
まだ戦争から三年しか経っていないのだ。
リアーナはこの事は知らない。
ベリスティアは諜報活動の一環でその情報を知ってはいるが、本人の前で話す必要は無いので黙っている。
「リアーナ様……」
ベリスティアはリアーナの様子を心配そうに見つめる。
「ベリス、別に後悔している訳じゃない。ただ英雄と呼ばれる事がどうかと思っているだけだ」
「リアーナさんは嫌なの?」
「あぁ……」
実際の所、リアーナ自身は戦争で大量の人を殺めた事を後悔している訳では無い。
ただ英雄と呼ばれる事は望んではいなかった。
リアーナからすれば単なる大量殺人を行ったにしか過ぎないので英雄と呼ばれると、どうも滑稽に感じてしまうのだ。
「私のお母さんでいてくれるならどっちでも良いや」
アリアは満面の笑みをリアーナに向ける。
「私はずっとアリアの母親だ」
リアーナは微笑みながらアリアの頭を撫でる。
「昔のリアーナ様からは想像も付きませんね。アリアちゃんの前では別人に見えますよ」
ベリスティアは凛とした佇まいのリアーナしか見た事が無かった。
笑っていてもこんなだらしない笑顔を浮かべる事は無かった。
「アリア様といるとああ言う顔になるんですよ」
マイリーンはアリアが屋敷に来た当初を知っているので見慣れた光景だった。
色んな意味で意外な姿のリアーナを見てきている。
普段見せないある意味、可愛い部分を。
「学院時代にあんな顔のリアーナ様を見たら一発で悩殺間違い無しですよ」
「ギャップでイチコロでしょう」
アリアにデレデレになるリアーナを見ながら二人は頷く。
「当たり前だよ。リアーナさんはモテモテだもんね」
二人の言葉に呼応する様にアリアがリアーナがモテる事を主張した。
「そうか?学院時代なんか私に寄ってくるのは肩書きしか見ない奴ばかりだったぞ」
寄ってくるのはそう言う人間ばかりだが、好意を持っている人間が少なかった訳では無い。
実際に女子の間では本人非公認のリアーナ派と言う派閥が存在していた。
これは理想の王子様の様な凛々しさがリアーナにあった。
女子はそれに憧れたのだ。
更に都合が良い事にリアーナが女性である為、絶対に結婚する事が出来ない存在。
それが彼女達を余計に燃え上がらせた。
男子の間でもリアーナを推す人間も多い。
しかし、リアーナの持つ圧倒的な強さが人を近寄らせなかった。
それに加えてリアーナが付き纏われる事を好まない事も大きい。
派閥の女子が気を利かせてリアーナを直接追いかける事を禁止していたからだ。
何より派閥の女子はリアーナと同い年の他国の王子と一緒にいる姿に萌えた。
それを見る為に敢えて離れた所で見守っている方が都合が良かったのだ。
「モテるよ。だってフェルディナントさんから婚約申し込まれているのを見たもん」
アリアの暴露にマイリーンは驚きを見せる。
マイリーンと第一騎士隊の隊長であるフェルディナントとは同級生だ。
ベリスティアは噂で知っていたので驚きは無い。
だが詳細は知らないので興味津々だ。
こう言う人の恋愛事情はいくつになっても気になるのは女子の性である。
「アリア!何で知っているんだ!?」
フェルディナントの婚約の申し込みはリアーナの屋敷の応接室で本人から直接申し込まれた物だ。
その時、アリアは同席はしていない。
「……もしかして覗いていたのか?」
アリアは可愛い素振りで誤魔化そうとする。
「えへ。だってベルナールさんが誘ってくれたから。私だけじゃなくハンナも見てたよ」
リアーナは視線を僅かに御者席へ向ける。
のんびりヒルデガルドと他愛ない話をしていたハンナは突然、背中に冷たい汗を流していた。
「もしかして、結構、見ていた者が多いのか?」
「うん。だってフェルディナントさんだったらお父さんになる可能性が一番ありそうに見えたから」
リアーナは屋敷の者がその光景を見ていたと言う事に頭を抱えたくなった。
それと同時にアリアがフェルディナントが父親になっても問題無さそうな口振りをしている事に驚いていた。
「アリアは私とフェルディナント殿が結婚しても良いと思ったのか?」
「リアーナさんが良いなら私は全然、問題無かったよ」
アリアはフェルディナントとはそれなりに面識があった。
正しくはいつも美味しいお菓子のお土産をくれる人と言う認識だが。
フェルディナントはリアーナ邸に来る時は必ずアリアへのお土産を欠かさなかった。
本人より先にアリアと仲良くなって外堀を埋めに行く作戦だった。
この作戦自体はそんなに悪い作戦では無い。
リアーナはアリアが認めない人間とはまず結婚は考えないからだ。
餌で釣られるアリアが安い、と言う説はある物の少なからずアリアが父親になってくれていい、と思えるぐらいに好感度が上がっている事から作戦は成功しているとも言えた。
ここで一つ忘れている事があった。
リアーナの恋愛に対する感情の問題だ。
あの事件以降、性に関する事について忌避感が高い。
性欲はあるが、自分で慰める事を良しとせず、厳しい鍛錬で誤魔化す程。
結婚、男性とのお付き合いと言う行為がどうしても過去の出来事とリンクしてしまい、そう言う関係になる事を無意識の内に恐れていた。
彼はリアーナの心と向き合えていなかった。
しかし、リアーナの幼少の時の事件はベルンノット侯爵夫妻、国王、王妃等の一部の人間にしか知らない為、仕方が無いとも言える。
ただ言えるのはフェルディナントはリアーナと結婚出来る可能性があった数少ない人物だと言う事だろう。
国を出奔してしまった今ではもう関係の無い話ではあるが。
「アリアに父親はいないからな……」
リアーナはアリアの父親がいない事に少しばかり責任を感じていた。
結婚相手はアリアが認めた人物と言う建前はあるが、実際の所、リアーナ自身の心の問題が一番大きかった。
本人もそれを自覚しており、そこに関しては負い目を感じていた。
「私はお母さんがいるから充分だよ」
アリアは笑顔でリアーナに返す。
リアーナに対してアリアはそこまで父親への要求は持っていない。
今の関係に満足しているからだ。
「アリア様は奥様にべったりですからね」
「マ、マイリーン殿!?いきなり何を言うんだ!?」
突然の奥様呼びにお母さんと呼ばれて表情が緩んでいたリアーナが慌ててふためく。
その様子を見ていたベリスティアは初めて見る意外なリアーナの反応を注視していた。
「アリア様も屋敷にいた時から奥様が大好きですもんね?」
「そうだよ」
マイリーンの問いに素直にアリアが答えるとリアーナの顔が真っ赤に染まっていく。
人前では恥ずかしいのだ。
この反応はマイリーンには予想済みだった。
「ピル=ピラに戻ったら昔みたいにドレスを着てお出かけになってはどうでしょう?懐かしくて意外と良いかもしれませんよ」
これはマイリーンの悪ノリである。
揶揄っていく内に楽しくなってきたのだ。
「な、何を言っているんだ!?買い物なら普通に行けば良いじゃないか!」
リアーナは必死にドレスを着るのを拒む。
冒険者なのに買い物へ行く為にドレスを着るのが理解出来ないし、着るのが嫌だった。
アリアが屋敷に来た頃は仕方なく我慢して着ていたのだ。
「私もドレスは嫌。でも買い物は行きたいかも」
助け舟を出したのはアリアだった。
どちらかと言えばアリア自身、動きにくいドレスを着たくないだけである。
マイリーンは内心失敗したと零す。
「そうか。それなら普通に行こう」
さらっと了承し、普通の部分を強調して言うリアーナ。
いつも以上に賑やかで和気藹々とした雰囲気で馬車は森を駆け抜けていく。




