138:呑んでも呑まれるな
プレゼの街は歓喜に沸いた。
森の魔物は街に住む人々に大きな影を落としていた。
街に住む物にとって狩人達が成り立たないと不安なのだ。
それだけ狩人と言う存在の大きさが分かると言う物だろう。
アリア達が街へ戻ってギルドで討伐完了の報告をすると瞬く間に討伐の話は広がった。
街ではアリア達は一躍、時の人となった。
カヤを含めAランク以上の冒険者と言う事もあり、子供達は憧憬の視線、大人達から感謝と尊敬の視線を浴びる事になる。
その日の夜は冒険者ギルドの酒場で魔物討伐を祝ってのお祭り騒ぎだった。
リアーナは街の腕っ節の狩人達を腕相撲で片っ端かた倒し、いつも以上に飲んでいた。
狩人に勧められたお酒をうっかり飲んでしまったアリアが呑みすぎたリアーナのお腹を見て狸扱いしてお仕置きされる、と言う一幕があったりと賑やかな夜だった。
静かなカヤもお酒が入るとスイッチが入るようでヒルデガルドとマイリーンを掴まえ、日頃の愚痴を只管ぶちまけていた。
宴会途中でやってきたベリスティアは酔っ払っているアリアとリアーナにほとほと困った様子で苦笑いを浮かべるしか出来なかった。
そして翌日、アリアとリアーナは宿舎の部屋の床で正座をさせられていた。
二人の前にはハンナとベリスティアが腰に手を当てて仁王立ちしていた。
その表情は非常に険しかった。
「リアーナ様、アリア様、何故、こうなっているかお分かりですか?」
いつもより低い声で二人へ問いかけるハンナ。
その様子は罪状を問う地獄の閻魔である。
「羽目を外して呑みすぎてしまった……」
凛々しいリアーナとは対照的で言葉の後ろの方に行くに連れて声が小さくなっている。
「呑みすぎてごめんなさい……」
アリアも怒られる原因はしっかり理解していた。
一般的に十六歳で成人なのでアリアも酒を飲んでも問題無い年齢である。
「昨日、酔っ払って何をしたか覚えていますか?」
ベリスティアも主であるアリアと尊敬の対象であるリアーナに対し厳しい視線で問う。
二人は俯き、黙る。
アリアもリアーナも宴会の途中から記憶に無かった。
「まずリアーナ様からです」
視線だけで射殺せそうな視線を主であるリアーナへ向ける。
「いつも呑むのは程々とお願いしておりますよね?朝になりましたが、そのお腹は何ですか?」
リアーナのお腹がポコンと膨らんでいた。
体質で食べ過ぎたり、呑み過ぎたりするとお腹が膨らむのだ。
食べ過ぎてもお腹を壊さない辺り強靭とも言えるが、服装的に腹部が出ている格好なので膨らんでいる部分が非常に目立つ。
「それでも侯爵家のご令嬢ですか?そんな姿をアレクシア様が見たらどれだけ悲しむと思いますか?」
リアーナはハンナの厳しい言葉に一瞬、エマに叱られているのではないかと錯覚した。
実際に同じ様に何回もエマに注意された事があった。
「人前でみっともない姿を晒さない様にして下さい」
「以後、気を付ける……」
リアーナは反省した様子で俯きながら答える。
「次に呑むのは構いませんが、力加減を忘れないで下さい」
ハンナの言葉にリアーナは全く記憶に無かった。
だが記憶に無い時に何かあったのは間違い無かった。
普段のリアーナであれば余程の事が無い限り記憶が飛ぶなんて事はまず無い。
はっきり言ってしまえば笊なのだ。
笊が記憶無くすレベルと考えれば誰から見ても呑みすぎに違いない。
「はぁ、覚えていらっしゃらないのですね……」
ハンナは溜息を吐きながら呆れ果てた。
「昨日、リアーナ様が壊した酒場のテーブルは全部で六卓です。握りつぶしたジョッキが十二杯、ひっくり返って壊した椅子が四脚。何か弁明はありますか?」
リアーナはいつも以上に呑みすぎて意識を飛ばした後は力加減が出来ず、色んな物を壊していたのだ。
本人はハンナからそれを聞き、顔が真っ青になっていた。
「……すまない。後で謝罪に行く」
リアーナは深く頭を垂れる。
自分がどれだけ愚かな飲み方をしていたのかを実感し、反省した。
「それが良いでしょう。一応、弁償のお金は昨日、私から払ってあります、と言うより討伐報酬を全額、そちらに回して貰う様にしました。結果、あの討伐依頼は無料働きになりました」
「みんな、すまなかった……」
リアーナは全員に謝罪する。
この様なリアーナの姿はある意味貴重だった。
「次はアリアちゃんです」
ベリスティアがアリアに厳しい視線を送る。
チラッとテーブルでお茶を飲んでいるヒルデガルドとマイリーンを見るが、二人とものんびりお茶を飲みながら傍観しているだけで助け舟を出してくれる様な雰囲気では無かった。
それ以上に吐き気と頭痛が凄く辛かった。
完全に二日酔いである。
「少し前に同じ様な事がありましたよね?」
「……ピル=ピラの宴会で……」
アリアはバツが悪そうに消え入りそうな声で答える。
「そうですね。あの時も勢いに任せて呑んだ挙句、二日酔いです。今回もそうですね?」
「……うん」
アリアは素直に頷く。
ただ二日酔いだけではベリスティアがこんなに怒る事は無い筈である。
その事に酔っ払って記憶が無いアリアは内心、戦々恐々としていた。
膝の上で握っている手は嫌な汗でびっしょりだった。
「昨日、私は酔っ払ってお腹を出して寝ているアリアちゃんをおんぶして宿舎へ連れて帰ろうとしました。そこでアリアちゃんが何をしたか分かりますか?」
その言葉に明らかな怒気が含まれていた。
アリアは真っ直ぐベリスティアを見る事が出来ず俯く。
「あろう事かアリアちゃんは盛大に私の頭と背中にぶちまけてくれましたね」
ベリスティアの言葉にアリアが自分が何を仕出かしたか理解する。
アリアは呑みすぎてギルドの酒場の床で寝ている所をベリスティアがおんぶして連れて帰ろうとしている道中、突然、吐いたのだ。
おんぶしているベリスティアは当然、頭と背中が大惨事である。
マイリーンが直ぐに大惨事に気が付き洗浄で綺麗にしたが、頭から吐かれた身からすれば怒るのも当然だった。
それを知っているマイリーンとヒルデガルドはこれを機会にしっかり反省するべきだろうと傍観を決め込んでいた。
「更に寝ぼけて私のベッドに入ってきたのは良いですが、そこでも盛大にぶちまけてくれましたよね」
これにはハンナも申し訳なさ一杯で朝からベリスティアの使っているベッドやシーツを掃除する羽目になった。
二度も被害にあったベリスティアは怒り心頭である。
そんな事実を知らないアリアはただただ頭を垂れて謝るしかなかった。
「……ごめんなさい」
いつも以上に深く頭を下げるアリア。
「反省はしている様ですね。マイリーンさん、たっぷりお仕置きをお願いします」
ベリスティアは満面の笑みでマイリーンに言った。
アリアはマイリーンの方へ顔を向けるとその表情はお仕置きの時にする目が笑っていない笑顔だった。
アリアは立ち上がろうとするが長時間の正座で足が痺れて立つ事が出来なかった。
更に二日酔いの頭痛が襲う。
マイリーンにあっさり捕獲されるアリア。
容赦なく捲られるホットパンツに振り上げられたマイリーンの右手。
アリアの涙交じりの悲鳴と共に尻には綺麗な紅葉が出来ていた。
「さて、次はリアーナ様ですよ」
ニコッと笑いながらリアーナを見るマイリーンの目は笑っていなかった。
「マ、マイリーン殿!?もう三十だぞ!流石に……あぁっ!?」
リアーナは逃げようと立ち上がろうとするが、長時間の正座でアリア同様に足が完全に痺れていて立ち上がる事が出来なかった。
実はリアーナのお仕置きに関してはわざとアリアの後にしていたのだ。
逃げられない様にしっかり足を痺れさせる為に。
「親子一緒にしっかりお仕置きを受けましょうね?」
マイリーンの言葉は正に死刑宣告その物だった。
こうしてリアーナは二十九歳になって初めて尻を叩かれると言う事を経験したのだった。
ベリスティアはその光景を見ながら少しやりすぎたかもしれないと思いながらも口にはしなかった。
それ以上にお仕置きに怯えるリアーナの姿が少し可愛いと思ったのであった。
アリア「うぅ……お尻が痛い……」
リアーナ「私もだ……」
ヒルダ「二人とも自業自得ですよ」
リ「マイリーン殿にお仕置きされるアリアの気持ちがよく分かった……あれはキツイ……。それ以上にこの年になって人前で尻を叩かれるなんて……」
ア「マイリーンさん、昔より手加減が無いから本当に痛いんだよ……」
ヒ「アリアちゃんのお仕置きされる光景はいつもの事ですが、リアーナ様がお仕置きされるのは貴重でしたね」
リ「いや、そんなに見ても面白い物では無いぞ」
ヒ「いえいえ、ハンナさんやベリスさんは意外と楽しそうに見ておましたよ」
リ「ぐっ……次からは気を付けないと……」
ア「これでお揃いだね」
リ「流石にマイリーン殿の紅葉が一緒と言うのはどうかと思うぞ」
ヒ「私もそう思います。お揃いと言えばお二人のパジャマもそうですよね?」
ア「あれはね……」
リ「アリアには可愛いパジャマが良い。可愛い猫がよく似合う」
ア「私は良いんだけどね。リアーナさんが着ると……」
ヒ「アリアちゃん、言いたい事は分かります。幸せそうだから良いじゃないですか」
ア「そうなんだけどね」




